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二人の専属騎士

「おいおい、またかよ。そこまで頭が固いと、おれも文句の一つや二つは言いたくなるぞ」

「レイジの方こそ、文句はいつも言っているだろ」

「そもそもなぁ、ライトは難しく考えすぎなんだよ! おれみたいにもっと楽観的に生きようぜ?」

「むしろ気楽すぎなんだよ。だから見ていてひやひやしているこちらの身にもなってくれ」

「そうかあ? 堅っ苦しい考えに囚われるよりもよっぽどいいと思うぞ?」

「堅っ苦しい、か……。確かに、効率重視の考え方ではあると思うけど……」

「おっと、もうこんな時間か。じゃあ、俺は行くぜ」

「ちょっと、待っ……!」

「次に会う時はその辛気臭い顔をもっとマシにしておくんだぞ!」


 *


「おい! レイ……っ!」


 伸ばした手の先には誰もおらず、ただ無機質な白い天井があるだけ。

 拳を握り、ゆっくりと下ろす。


「夢、か……」


 本当に、レイジは楽観主義で自分に正直な人間だった。

 そして、心の内に何者にも負けないような信念を抱き、それを一心に貫く人生を送っていた。

 それに比べて俺はどうだろう。

 ライトは寝ころんだまま、自身の在り方に思い馳せる。


 彼は己の信条である『誠実さ』を意識して今までやってきた。

 決して驕ることなく、自らの限界を理解した上で行動している。

 ……そのはずなのに、今回ライトは誰かに助けられられてばかりだった。

 きっと、このままでは駄目だ。

 あの頃から変わっていくことが出来ないせいで―――。


「……いや、今考えても仕方がないか。それにしても、ここは一体―――」

「ハーツ中央病院。枢軸城と合併している病院だってさ」

「……バリューか」


 仕切られたカーテンの裏から答えが返ってくる。

 バリューもまた、こうして病院へと担ぎ込まれたことに一抹の辛苦を感じていた。

 自らの身を呈して誰かを守る。

 そのためには『不屈』である自分が倒れるわけにはいかなかったのに、と。

 それに、彼女が辛いと思う理由は他にもある。


「……まだうなされている時があるんだね」

「見苦しい姿を見せてしまったな」

「うん。―――見てて、苦しいよ」

「―――悪い」


 ライトは決して泣かない。

 レイジの遺体を見た時も、戦争に終止符を打った時も、その瞳から涙が零れ落ちるところを彼女は見たことがなかった。

 だからこそ、彼女の心配性は加速する。

 もしかして、強がって涙を隠しているのではないか?

 本当は、自分以上に深い苦しみを負っているのではないか、と。

 ……だが、それを口にしてしまう事が何よりも恐ろしいのか、バリューは一向に本心を聞き出せない。

 今回も、彼女は本心を言い出す前に飲み込んでいた。


「それにしても、随分と遅いお目覚めだったね」

「俺はどれぐらい寝ていたんだ?」

「丸二日ぐらいかな。私も少し前に起きたばかりだよ」

「ここまで疲労が蓄積するとはな」

「鍛え方が足りないんじゃないの?」

「よっと……。そう言うお前はもう鎧を着ているのかよ」


 体を起こしたライトは、隣のベッドから見える影を見て呆れたように言葉を返す。

 ベッドに座っていたバリューは、すでに鎧を身にまとっていた。

 看護師たちから見た目を隠すために、慌ててすぐ近くにあった鎧を着たのかもしれない。


(……手当てを受けている時点で、姿を見られていると思うんだけどな)


「ねぇ、今失礼なことを考えてなかった?」

「いいや、別に考えてないぞ」

「失礼します……あら、起きられましたか。調子がよさそうで何よりです」


 部屋に入って来た看護師は、談笑している二人を見て嬉しそうにはにかむ。

 顔を見せないのは失礼だと思ったのか、ライトは声が聞こえてすぐにカーテンを引いていた。


「この様子でしたら体に不具合があるなどの心配はなさそうですね」

「不具合、ですか?」

「ええ、こちらに運ばれてきたとき、お二人とも凄い大怪我をしていたように見受けられたのですが、よくよく検査させていただいたら、不思議なことに傷の大半が治癒されていたので驚きました」


(傷が癒えていた……?)


 言葉に疑問を抱いたライトは、深い裂傷があったはずの右肩に触れる。

 だがそこにあった痛みはおろか、初めから怪我などなかったかのように、傷跡すら残っていない。

 バリューへと訝しげな視線を向けるが、心外だとでも言いたそうに首を横に振っている。

『大地の祝福』を使ったのではないかとライトは考えたようだが、どうやら違うようだ。


「それでも、体の疲労は酷いものでしたので、あと1日は安静にして頂く必要が―――」

「邪魔するわよ」

「少し失礼」


 何事かと二人が顔を覗かせると、看護師の後ろから鎧に身を包んだ何者かが入ってきていた。

 一人は、肩元までウェーブのかかったセミロングの茶髪と、幼顔であらゆるものを見透かす水晶のような碧い瞳が特徴的な、革製の鎧を着用している小柄な女性……ノエルと。

 もう一人は、腰まで伸びている銀色のロングヘアに、雲のように揺れ動いて見える灰色の瞳と端正な顔立ちで、立派な装飾がびっしりと施されている鋼鉄製の鎧にも負けない美貌を持つ長身の女性……カトレアだった。

 とはいえ、ライトたちは彼女らのことを知らない。

 意識が無いときに遭遇したのだから当然といえば当然ではあったが、看護師の怯えた態度を見て二人は身構える。


「せ、専属騎士様、どうしてこちらに……?」

((専属騎士……!?))


 表情こそ変えなかったが、ライトたちは驚愕で体が思わず動きそうになった。

 専属騎士は基本的に実力者に与えられる称号で、主を守るため常に側につくことが多い。

 そういった理由で『十忠』だとほぼ採用されている。

 とはいえ、確かにブロウはそういった立ち位置には就きたがらないだろうし、似合うかと言われたら正直似合わない。

 だとしても、専属を任される騎士は相当の実力者でなければならないことは事実である。

 つまり、ライトたちの目の前にいる二人は少なくとも、ブロウ並みかそれ以上の実力者である可能性が高いのだ。


「貴方たちがあのゴーレムを止めてくれたそうだな。一国の専属騎士として礼を言わせてもらおう」

「まあ、礼を言うためだけに来るほど暇じゃないんだけどね」

「……用件は何だ?」

「悪いけれどついて来てもらいたい。レプリカ様が貴方がたに直接礼をおっしゃりたいとのことでな」

「それは、今すぐに、ですか?」

「当たり前でしょ? レプリカ様は忙しいの。なのに、あなたたちに時間を使ってあげようとおっしゃられているのだから。当然だけど拒否権なんてないから。わかったら早くして」


 相変わらずノエルの口は相当に悪い。

 一言発するだけでも毒が含まれているその言葉のせいで、ライトは内心ひやひやしていた。

 口が悪いとはいえ、ブロウみたいに敬語が使えないというのは例外だが、辛辣な物言いをする騎士なら数多く存在している。

 問題は、喧嘩っ早いバリューの神経が逆撫でされて喧嘩を売ろうとしないかだった。


「あの……彼らは先程目覚められたばかりなので、疲れがあまり取れていないと思いますし……大変言い出しにくいのですが……」

「重々承知しているさ、私としても無理はしてほしくない。だが、礼一つも言えずにこの国から去られることになったら、恥……というよりも、申し訳なくなるとのことなのでな」

「……」


 用件を聞いた後から、バリューは一切言葉を発していない。

 ただじっと、二人の専属騎士たちに目を向けているだけだった。

 その様子を横目で見ているライトの心労は徐々に溜まっていく。

 もし、しびれを切らして罵詈雑言を浴びせかけてしまったら、何が起きても不思議ではない。

 そうなる前に、彼は先手を打つことにした。


「……ち、ちょっと待ってくれませんか? 流石に病衣で謁見するのは―――」

「…わかった、すぐに支度しよう。枢機者から直々の呼び出しとあらば、無下に断るわけにいかないからな」

「ちょ……っ!?」


 対する彼女は、なんと、肯定的な態度で相手に従うという返事を下していた。

 これにはライトも想定外だったのか、はた目から見ても戸惑いが隠しきれていない。


「へぇ、物分かりがいいじゃない。そっちの男も安心しなさい、着替える時間ぐらいはあげるから」

「では、城内通路前で落ち合おう。なに、場所はすぐにわかるさ。とはいえ、いきなり失礼して済まなかった。こちらにもいろいろと事情があるんだ」

「…なに、問題ない」

「とにかく、城内通路前で待ってるから。遅かったり来なかったりしたら覚悟しておきなさいよね」

「わ、わたしも院長に連絡を入れますので……」


 そうこうしている間に、看護師を含む三人はこれという言葉を掛けることなく部屋から出ていく。

 考えをまとめようと頭を抱えていたライトは、やけにてきぱきと準備を整え始めた彼女を見て、漸く文句を一切言わなかった原因に気が付いた。


「よし、壁剣も持ったし、他に置いてるものは無し、と。ライトも早く準備してよ」

「お前……もしかしなくても、レプリカ・クラッドレインに会えるからって内心舞い上がっていたな……!」


 《ホーム》で彼女はレプリカを尊敬していると確かに言っていた。

 憧れの存在と実際に会えるのだから、舞い上がってしまうのもわからなくはない。

 あの時、息もつかせぬ罵倒に動じていなかったのは、ただ上の空だったからだろう。

 心配して損したと、ライトはがっくりと肩を落とした。


「いいでしょ! 実際に会えるならちゃんと話しておきたいし」

「わかった。わかったからそう急かすな」


 ずっと考え事をしていたライトをよそ目に、せかせかと準備を整えていたバリューが待ちきれないように声を掛けてくる。

 未だ唐突な状況に戸惑いを隠すことが出来ないまま、ライトはベッドサイドに立てかけられていた破剣の柄を握った。


 *


「何も持っていくようなものなんてない癖に遅かったわね」

「まあまあ、そう怒ることないだろう」


 二人がいた病室から少し歩いた先には、城内への入り口であろう、他の無機質な扉とは違いきらびやかな装飾の扉があった。

 そして、専属騎士たちも当然のようにその場でじっとライトたちを待っていた。


「すみません、衣類が見当たらなかったのでこの格好で来たのですが……よろしくないですよね?」

「当たり前じゃない。病衣で謁見とか普通に考えて許されるはずないでしょ」

「ただ、君たちの衣類はとても着れるようなものとは言えない状態でね。代わりの服も用意できなかったものだから、特別に病衣で謁見することを許可されている。鎧の彼にとってはそこまで気にすることではないかもだけれどね」

「…まあ、そうなるな」


 自分たちの服が一体どうなっているのか、バリューでさえ軽く考えただけでも容易に想像できる。

 受けた傷でズタボロになっているだろうし、血と汗が混ざり合った汚れは洗ったところで全然落ちないだろう。

 寛大な処置を与えられて、正直なところライトは身が竦むような思いだった。


「とにかく、こんな所で油を売っている時間なんてないの。早くついてきなさい」

「…ああ」

「では、行くとしよう」

「はい」


 ノエルが先導するように歩き始めると、カトレアは二人と歩幅を合わせる。

 それも、彼らの間から少し後方でニコニコと微笑みながら。


(これって……)

(完全に警戒されているな)


 玉座までの案内が城勤めの騎士……それも専属騎士が案内するなど異例中の異例だろう。

 とはいえ、騎士を案内に充てるということ自体はおかしくもない。

 変な動きをしたら即座に拘束するという圧力を掛けているのと同意義であり、素性が知れない相手に対して正しい判断だ。

 恐らく、この城の最高戦力と思われる専属騎士を二人のために割いているということは、ゴーレムを倒した手腕があるということを考慮してのことであり、ブロウと戦闘したことやその後に連戦で悪魔と戦った事も調査済みなのだろう。

 決して国を栄えさせる手腕を舐めていたわけではないが、この城の主、レプリカ・クラッドレインは間違いなく王と呼べるべき頭脳を持つ計略家だとライトは確信した。


(とはいえ、現段階で身構えるのはあまり良くないか。今はただ黙って従っていれば問題ないとは思うしな)


 ポーカーフェイスでそんなことを考えているうちに、ノエルは目の前の扉を雑に開け放つ。


「…これは、凄いな」


 その先を見たバリューの口から、感嘆の声が意図せず漏れ出てしまう。

 枢機城内はそれほどまでに珍しい光景が広がっていた。

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