爆ぜた先に残されたもの
足が壊された。
ついに、壊されてしまった。
もう歩けない。
もう進めない。
もう……たどり着けない?
いいえ! わたしの体はまだ残っている!
まだ、前へ進める!
まだ……あの場所へたどり着ける!!
この意思が残り続ける限り、わたしは絶対に諦めない!!
粉々に砕けた破片が辺りへと降り注ぐ。
破片といえども小さな岩ほどあるそれらを避けもせず、バリューは壁剣を杖代わりにしながら瓦礫の山から急いで降りていた。
「ライトっ! いたら返事をして! ねぇ!!」
声を張り上げ相棒へと呼びかけるが、蒸気に呑まれた視界からは返事一つ帰ってこない。
ゴーレムの右足だった残骸は至る所に転がっている。
だが、蒸気で煙る彼女の視界の中に、人影は全く見当たらなかった。
「ねぇ……。返事をしてよ……!」
ひたすらに探し回ていた彼女の足は、遂にその場で止まる。
残り僅かな体力を奮い立たせ歩き続けていたが、もう立つことすら限界に近い。
一歩踏み出すだけでも辛い状態にもかかわらず、それでも彼が生きていると信じていた。
だが、どれほど声を張り上げてもライトからの返事は帰ってこない。
こんな絶望的な状況で、彼が生きているという保証はもう存在しない。
兜の中、乾いていた頬に一筋の雫が流れ落ちた。
「ううん。大丈夫……絶対大丈夫……! ライトはこの程度で死ぬような人じゃない」
「……当たり前だろ。こんな所で死んじまったら、レイジさんに顔向けできないしな」
咳き込む声がすぐ近くで聞こえた。
「ライト?」
「……ああ、俺は、ここにいるぞ」
「ライト……っ!」
すぐさま声のもとへと駆け寄ると、水浸しになっている瓦礫に背中を預けている状態でライトは手を振っていた。
「……悪い、さっきは助かった」
幾分か水を飲みこんでしまったが、彼は大量の水で体を包み込みクッションのようにしていた。
咄嗟の判断ではあったが、おかげで地面に叩きつけられることなく、水蒸気爆発によるダメージも微弱な程度に済んでいる。
だが、バリューにはそれを悟れる余裕などない。
「け、怪我は! は、早く手当てしなきゃ……!」
「落ち着け。水をクッション代わりにしたから、そこまで酷い怪我はない」
「ほ、本当……!」
「ああ、本当だ。バリューのおかげで、爆ぜた破片すらこちらに飛んでこなかったしな」
「このバカ! 命知らず! 私が、どれだけ、心配したと、思っているの!!」
「おいおい疲れているのに、そんなに怒るなって。迷惑をかけたのは謝るが、これじゃいつもと立場が逆だな」
くっくっ……と小馬鹿にしたように笑う。
体力を使い果たしたからだろう、彼女へと向ける表情は弱々しい。
それでも少しの余裕があると装っているのか軽口を叩いていた。
「本当に心配したんだから! ……でも、無事でよかった」
安心して力が抜けたのか、バリューはその場で仰向けに倒れこむ。
属性開放を使って疲れた体にむち打ちながら、無事を確認するために急ぎ駆けたのだから仕方ない。
彼女の体力もとうに限界を超えていた。
「これでもう、ゴーレムは動かないよね?」
「ああ、少なくとも、もう歩けないはずだ」
「やっと、やっと終わった……!」
「ああ、これでもう大丈夫……!」
緊張から解き放たれた解放感と達成感、そして限界を超えた疲れのせいだろう。
堪えきれなくなったのか、自然と二人の口から笑い声が漏れ出していた。
――――その和やかさを掻き消すように、金属の軋む音が辺りに響き渡った。
「「……っ!」」
慌てて二人が振り向くと、地に伏したままのゴーレムは右脚で大地を蹴ろうとしていた。
勿論、先ほどの爆発で膝から下を破壊されているので、大地に触れることなく虚しく空を切る。
それでもなお、幾度となくゴーレムは右脚で歩くような動作を繰り返し、その度に金属の軋む音が鳴り響く。
その音はまるで、悲痛に咽び泣く女性の叫び声のように聞こえなくもない。
手足を完全に失ったゴーレムは立ち上がることも、歩くことも不可能だろう。
―――だが、失ったものはそれだけだ。
「今度は、何だ……!」
「う、嘘でしょ……!?」
両手片足が存在しない状態では、ただの人形に過ぎないゴーレムどころか、普通の人間すら動くことがままならないだろう。
……それでも、ゴーレムは動きを止めようとしない。
左脚で大地を蹴り右脚でその補助をすることで、まるで這いずるかのような動きで体を少しずつ前へと進め始めていた。
それは最早、前方へと進むだけしかできない人形などとは到底呼べない。
死力を尽くしていたライトたちと同様に、ゴーレムも自らの力を限界まで使っていたのだ。
「まだ動くのかよ……」
「私たちの方が、もう動けないんだけど……」
「俺も、これ以上は無理だ……」
二人はその場から一歩も動くことなく、ゴーレムの挙動を見つめる。
今の彼らにゴーレムを止めるすべはない。
属性付与は使う体力が無いからか解除されている。
当然ながら、破剣や壁剣程度の武器では、いつまで経っても核を破壊できない。
そもそも、今の二人は指先一つを動かすことですら至難の業だ。
こんな状態では、いくら抗う意思があったとしてもどうしようもない。
―――頼みの綱はたった一つに絞られた。
「言われたようになったのは少し癪だが、仕方がないか……。頼んだぞ、ブロウ」
ぽつりと呟いたライトの手から、握りしめている硬剣が滑り落ちた。
*
「よし、出来上がったぞ!」
「やっとか! 今どうなってんだ!?」
「あ奴ら、ゴーレムの足を見事に砕きおった! 動きは止まっておらんが、この程度なら撃ち抜けるじゃろ?」
「おう、いろいろと助かったぜ、じじい。あとはオレの仕事だ」
そう言って老人と立ち位置を入れ替わり、出来上がった蒸気砲のスコープを覗き込んだ。
ゴーレムは未だ片足を使って這うように進み続けている。
その姿はまるで、《ハーツ》へとたどり着くという強い信念を貫こうとしているようで。
体の中心からは眩いばかりの閃光が、赤く爛々と輝いていた。
「こいつは……まるで心臓みてぇだな……!」
光を発しているのはゴーレムの核だろう。
それも、ただ煌々と辺りを照らしているだけではない。
まるで生きているかのように、一定の間隔で大きく脈動している。
それはまるで、魂が宿った無機物というよりも、力強い命を有している一種の生命体と何ら変わりなかった。
「お前はすげぇよ。手足を失ってんのに、誰よりも強い信念を持って《ハーツ》へと進んでる」
ブロウは素直に感服するしかなかった。
ゴーレムの魂は、あの頃の自分よりも強い意志を持っているのだと。
そして、そんな相手にとどめを刺そうと砲口を向けていることを少しだけ恥じた。
「……けど悪ぃな、どんな理由があったとしても、オレはあんたの意思を砕く」
それら全てを認めたうえで、ブロウはそれを否定する。
ゴーレムに意地があるように、自分にだって意地があるのだと。
自らの信念を再確認するかのように、名もなきゴーレムに告げる。
「あんたがどんな信念を持ち合わせているのかは知らねーけど、無関係な人々を巻き込みかねないその行動を許すわけにはいかねぇんだ」
その信念が崇高なものだとしても、たとえ世界を救うためのものだとしても、ブロウは否定する。
誰が何と言おうが、命を奪おうとする者に命を救うことなんて、出来るはずがないのだから。
標準を合わせ、引き金に指をかけたブロウは大きく息を吐く。
「……じゃあな、せめて安らかに眠れ」
誰に告げるでもなく静かに呟き、引き金を絞る。
ピタリと目標への標準が定められた砲口から射出された歪な弾丸は、寸分の狂いもなく煌々と輝き続ける信念の塊へと吸い込まれた。
*
決して止まるわけにはいかない!
人間に復讐するために。
二人を蘇らせるために。
私はまだ……!
「――――待って」
……?
私を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
それは、どこかで聞いたことがあるような声だった。
「――――俺たちを置いていかないでくれよ」
……。
違う声も私へと呼びかけた。
それは、懐かしさを感じる声だった。
「――――もう、止まっていいんだよ」
「――――俺たちはここにいるからさ」
……!
そうだ、私は……!
振り返るとそこには二人の影が見えた。
影しか見えないほど、私は先を歩いていたんだ。
この体に顔はない。
なのになぜか、頬を伝う熱い雫が感じられる。
感じることが出来る何かが、胸の内から溢れ出して止まらなかった。
心の叫び声はもう聞こえない。
溢れんばかりの衝動もなくなった。
代わりにあるのは、ほのかな熱。
じんわりとした人肌のような温もりだった。
壊れたはずの足でその場から駆け出し、存在しないはずの両腕で二人を強く抱きしめた。
ようやく……! ようやく、三人一緒になれた!
もう、進まないでいい!
もう、復讐しなくていい!
二人がいるだけで、私はそれだけで十分だから……!
―――だから、一人ぼっちにしちゃってごめんね……グレイシャ。
*
核が破壊されたことにより、ゴーレムだった廃塊は重厚な鉄屑で出来ているとは思えないほど静かに崩れ始める。
内部に溜まっていた蒸気が吹き出す様子は、さながら肉体の中に宿っていた魂のようだった。
それは遠くから見ると、子供を抱こうとしている女性のようにも見えなくはない。
だが、ひと時もせずにその形は崩れ、曇天へと戻っていた空に高く高く昇っていく。
その様子を、少し離れた建物の屋上から二つの人影がじっと見つめていた。
「結局、あたしたちの出番は無かったみたいね」
「ブロウと……見たことない二人組だな。たった三人でこの怪物を仕留めるとは、なかなか成長したじゃないか」
「てかあいつ、腕と足おかしくない? なんか比率が変に見えるんだけど、あたしの気のせい?」
「……いや、確かにあれはおかしい。まさか、連絡が取れないうちに肉体を改造することにでも嵌ったのか?」
明らかに見た目が変わってしまっているその姿に困惑しながらも、事情を説明してもらうためにもブロウの元へと跳躍した。
*
「やった、やったぞ……! おい、じじいとアンタらのおかげでゴーレムを倒せたんだぞ……? なあ、おい……!?」
上手く身動きが取れないブロウは、ありったけの声量で下の方へと声を掛ける。
だが、立ち込める蒸気と白煙によって白く染まった地面から、二人の声が返って来ることはない。
すぐ近くにいたはずの老人も、いつの間にか姿を消しているせいで、ブロウの焦りは加速するばかりだった。
「返事をしろって! クソッ、蒸気のせいで良く見えねぇ……!」
「あんたはそこで何してんのよ。そんなに下に降りたいなら蹴り落してあげるけど?」
「その口調! ノエルだな!?」
ブロウが振り向くと、茶髪ので小柄な女性と白髪で長身の女性が音もたてずにその場へと駆けつけていた。
そう、先ほどまで遠目でゴーレムが崩れる様子を確認し、壊れた蒸気砲の元へと跳躍していたその二人こそ、ブロウと同位地の騎士であるノエルとカトレアである。
辛辣な言葉を言い渡していたノエルだが、呼び捨てされたのが嫌なのか、口の聞き方にムッとしてた。
「ノエルさん、ね。あたしを呼び捨てにするなんていい度胸じゃない!」
「来るのが遅ぇんだよ! あと少し遅かったらゴーレムが《ハーツ》までたどり着いているところだったぞ!」
「はあ? そんなのわかっているわよ! それと口調を治しなさいって前から言ってるわよね!?」
「まあまあ、二人とも落ち着け。ところでブロウ、その手足―――」
「そんなのは後でいいだろ! 先にアイツらを見つけねぇと……!」
ブロウの記憶が確かなら、二人はゴーレムの付近にいたはず。
だとすると、もし爆発に巻き込まれていたなら、今度こそ生きてはいられない。
「ああ、それなら心配することはないさ」
「何言ってんだよ! アイツらはオレの手助けをしてくれたんだぞ! それなのに見捨てろってか!?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
言い淀んでいたカトレアは、その場から少し横へと移動し背後を指さす。
「もうここまで運んできているんだ」
「……は?」
指さした先をよくよく見てみると、確かに二人が横たわっていた。
ご丁寧に、落ちていた武器も拾ってすぐ横に置かれている。
「い、いつの間に……」
「アンタがただあたふたしている間に決まってるでしょ!」
「ああもう、ノエルはいちいちうるせぇんだよ! ……で、コイツらは生きてる、よな?」
「生きてはいるが、だいぶ衰弱している。とはいえ、まだ私の治癒でどうにかなる程度だから安心してくれ」
「よ、よかったぜ」
カトレアの言葉にほっとしたのか、壊れた足を庇いながらヘナヘナとその場に座り込んだ。
心なしか顔に疲れが見えるが、それも当然だろう。
ライトたちの邪魔をされないように援護射撃を継続した後に、一発しか打てず外すわけにはいかない蒸気砲を制御していたのだから。
「それで、その手足ってどういったものなの? ちゃんと説明しなさいよ」
「……話すと長くなるぜ?」
「別に構わないさ。私はここで完全治癒を彼らに唱えるつもりだったしな」
「それなら話せるか。……えーと、そうだな。どこから話したらいいか―――」
完全治癒の長乗詠唱を小声で唱え始める傍ら、ブロウはこれまでの経緯を語る。
普段の任務をこなしていたら、見知らぬ二人組に襲われ手足を失ったことから、蒸気砲でゴーレムの核を破壊するまで、その全てを。
あまりの情報の多さからか、会話中でも煩いノエルですら、ブロウの言葉に口を挟むことなく耳を傾けていた。
「……で、今に至るってわけだ」
「そのご老体が姿を消したのは、私たちに姿を見られたくないからだろうな」
「それは……この手足に使った力が関係してんのか?」
「さあね。罪を犯していたからあたしたちに見つかりたくなかったのかもしれないし? とりあえず城に帰るわよ。そんなことがあったなんて全く知らなかったし、レプリカ様に報告しないといけないことが山積みなんだから」
ここで話していても不毛だと気付いたのだろう、ノエルは足早に去ろうと促す。
カトレアもやれやれと首を竦めながら、その後に続く。
だが、足を進めない者が一人だけいた。
「……いや、帰らねぇ」
「え?」
「悪ぃ、今は帰れねぇんだ」
「はぁぁぁぁぁ!? あんた、何言ってんのかわかってんの!?」
「わかってるっつーの。けど、行かなきゃならねぇ場所があるし、会わなきゃならねぇ人もいる。だから、もう少しだけ待ってくれねぇか。……頼む」
「そんなの後でだっていいでしょ!?」
「今じゃねぇとダメなんだ。オレはバカだから、この思いだってすぐに忘れちまうかもしれねぇ。そうなっちまう前に、迷惑や心配を掛けちまったヤツらにきちんと話しておきてぇんだ」
「うっ……」
ここまではっきりとした理由を告げられるとは思っていなかったのだろう。
何を言われても言い返してやろうとしていたノエルは、一言も発することが出来なくなっていた。
「そこまで言うのなら止めないさ。そうだろう、ノエル?」
「わ、わかったわよ! レプリカ様に何言われても知らないからね!」
「……あ、ありがとよ」
「ああ、そうだ。ブロウ、少し待て」
「ん? なんだよ」
「『巻き戻れ』」
引きずっていた足にそっと触れ、一言だけ囁く。
ただそれだけのことだったが、一瞬にして変化は訪れる。
歪に変形していた右膝の蒸気機関は、みるみるうちに元の形へと戻っていった。
「おい、これって……」
「ただのその場しのぎさ。そのままだと目的地に着く前に日が暮れるだろう? ただ、端略詠唱だから一日程度しか持たない事を覚えておくように」
「わ、悪ぃ。恩に着る! すぐに帰るって主様に伝えといてくれ!」
右足の動作を確認するとともに、脇目も振らず建物から建物へと飛び移っていった。
「はあ……甘やかしすぎじゃない?」
「それが私の誇っているところだからな。それに……」
「それに?」
「さっきのブロウは今までで一番騎士らしかった。成長しているのならばちゃんと健闘を称えてやるべきじゃないか?」
「ま、まあ、昔よりほんのちょっとだけ成長したかもね」
「相変わらず素直じゃないなあ、ノエルは」
「う、うるさいわね。とにかく、こいつらを病院に連れていくわよ」
文句を言うノエルを笑いながら、カトレアは『転位召喚』を常套詠唱で唱える。
(見ていないうちに守られる者から守る者になったんだな、ブロウ)
それが誇らしくも少し寂しさを感じながら、『転位召喚』の最後の句を唱える。
そして、転位の『呼び出しの光』に包まれた四人は、《カッパー》から姿を消した。
こうして漸く、《カッパー》で起こっていた大量殺戮事件の幕が下りることになった。




