知る者は言わず、言う者は知らず Side:?
「お願い! わたしじゃどうしようも出来ないの……!」
「えぇ、急に言われてもなぁ……」
いやはや、久々に連絡を頂く身にもなって欲しい。
それも、突拍子も無く唐突で面倒なお願い事ときたものだ。
流石のわたしでも、無下に断っても良かったのだけど……。
まあ、連絡してくれるのはこれが初めてだから大目に見てあげよう。
某国で試用されている“魔機話”の導通チェックにもなるからね。
“魔機話”越しに聞こえてくる彼女の声は涙声で、随分と慌てているのか早口だった。
「まったく……珍しく頼って来たと思ったら、助けてほしいって流石に唐突過ぎないかなぁ?」
「私の事じゃないの! むしろ、私はどうなってもいい! だけど、あの子は! あの子だけは……!」
その慌てようときたら、わたしが片目を無くした時よりもずっと深刻そうで、正直イラッとしなくもなかった。
でも、彼女にもそんなに大切な子が出来たのだと思うと感慨深いものがある。
相手のことはさておいて、我が子のことをこうも思いやれるって素晴らしいよね。
「わかったよ、すぐに行くからさ」
お願いを聞き入れて“魔機話”の源を止める。
正直、わたしが出る必要すらない諍い事だ。
少数の衛兵たちを寄こすだけでも解決しそうだしね。
でも、わたし自らその地へと赴くことにした。
なにせ「私はどうなってもいい」と彼女に言わせるほどだからね、是非ともその子とやらを実際に見てみたくなった。
きっと彼女に似て、周りにいい顔ばっかりして、家族には猛反発するような子なんだろうなぁ。
―――なんて、実際に会ってみるまでは本気で思っていた。
「はぁ……」
目の前の惨状を見て、思わず口から溜息が漏れだした。
言われた通り《カッパー》の南方面に来たものの、そこで行ったのはただの弱い者いじめだから聞いて呆れる。
すぐにおつきの二人+αと共に、二十数名はいる無法者たちと戦ったけど、ほんの僅かな時間で何事もなかったかのようにその場は静寂に包まれた。
結果は勿論、騎士たちの圧勝。
所詮はスラムの名もない人間たちだ、精鋭である騎士たちの相手ではない。
とはいえ、例外もあった。
「申し訳ございません、枢機者様。ベクター・ゴルドーの姿を見失いました」
「あ、逃げちゃったか。まあ、そう遠くまでは行ってないでしょ。見つけ次第拘束して檻の中にぶち込んどいて。じゃ、ヨロシク!」
「はっ! 者共、周囲一帯の警戒を怠らず、ベクター・ゴルドーを何としても捕らえるぞ!」
「おおおおおおお!!」
正直、わたしよりもこの+αたちが要らないよなぁ。
少し声をかけてあげるだけでここまでの歓声を毎度毎度あげるのだから、ホントたまったものじゃない。
これから奴を探しに行ってくれるからやっと落ち着けるんだけどね。
そうそう、ベクターがこの地に潜んでいたことだけは吃驚してる。
《カッパー》の治安が悪いとて、あんな世界的犯罪者までのさばっているとは思いもしなかった。
こりゃあ、ここの現状もいい加減改善するように力を加えなきゃねぇ……。
「さてと、これでようやく話が出来るかな」
ベクターは彼らに任せるとして、わたしはあの子の事情を聴かないとね。
+αたちが剣の血を拭い鞘に納めている中、わたしは一人血だまりの中へと歩き出す。
先ほどまで断末魔を上げていた外道の死体たちをひょいと避け、奥の壁へと寄りかかる一人の子供の前で足を止めた。
随分と酷い怪我をしているように見えなくはないけど、意識があるときに手出しをしちゃうのは流石に不味いかな。
体を染めている赤も大半は外道共の返り血だろうから、見た目より出血量は少なそう。
複数人相手でここまで生きながらえるなんて、なかなかやるじゃん。
それにしても、彼女の慌てようから実の子でも襲われていたのかと思ったら、彼女とは血の繋がりが一切ない子供だとはね。
後で調べて分かったけど、この子は幼いころにベクター・ゴルドーから買われ、殺し屋として育てあげられそうになっていたらしい。
勿論、名前も偽名を名乗っていた。
本名は新雪のような美しい名前だったのに、少し残念だと思う。
そこで彼女に買われて今に至るってことだから、実の家族扱いをされていてもおかしくはないのかな。
ともかく、意識を失ってなさそうだから声をかけたいところだけど、ちょっとだけわたしのことをにらんでいるように見えなくもない……いや、これは睨んでるなぁ。
近づいてよくよく見ると、体格のいい男たちに嬲り殺されそうになっていたにもかかわらず、瞳には未だ怒りの火が灯っていた。
「少しいいかな?」
なるべく敵意が無いように見せないと、襲い掛かってきたり自殺されることもあるから、慎重に優しく語り掛ける。
こういった子供を助けるのも、もう数十回目になるのかな?
ほんと、目の前で自傷された時は焦ったからなぁ。
警戒心を解くことがまず第一次すべきだって身をもって経験したからね。
「……何だよ、アンタら」
「んー? 正義のヒーローって感じかなぁ」
「……まあいいや、どうせオレの事を知って、助けたんだろうが、何がお望みだ?」
「え、特に望みなんて……そうだ! 質問を質問で返して悪いけど、きみは“暗部”の人たちに迷惑をかけないように、こんなことをしたんだよね?」
「……」
「うーん。とりあえず肯定と捉えることにしよう」
助けたはずなのにこうやって睨みつけられるのは腑に落ちないんだけどなぁ。
とはいえ、怪しまれるのも仕方がないか。
《カッパー》で弱者を救う者なんて、大体は現状よりもっと悪い事をさせるためだったりするわけだし。
……まあ、この子の行動もイマイチ理解に苦しむんだけど。
聞いた話だと、たった一人で無法者たちに喧嘩を売ったらしい。
やんちゃをしたがるお年頃なのはわからなくないけど、それが殺意を伴っているのならやんちゃではすまされないしね。
この子は《カッパー》で生まれ育ったおかげか、はたまたベクターに経験を積まされたからか、いくつもの銃器を自裁に使い、自らの力をどのように使ったら最も効率的なのかをしっかりと把握していた。
駆けつける直前の報告では、アジト内でひと暴れした後、狭い路地へと逃げ込んだらしい。
無法者たちを翻弄し、憤怒の感情を煽った手腕は感情的だが、逃げる方向や場所においては計画的で、こういった一体多の戦いでは理想的とも言える。
……問題は喧嘩を売る相手だ。
よりにもよってどうにか縁を切ることが出来た相手へ、この子はわざわざ会いに行っているのだから。
年齢、体格、経験……、およそ全てにおいて絶対に勝てるはずのないとわかっているのに。
そして、その子自身が誰かの為に自らの身を投じたことが一番分からない。
自分の利益だけを求めるであろう《カッパー》の者とは思えない、自らの利益のない戦いへと踏み込んでいるのだから。
女性はそれがどうしても気になっていた。
「……それを聞くだけのために、オレを助けたってか? 理解出来ねぇな、助けてほしいなんて頼んですらねぇだろ」
「それじゃあ、もう一つだけ質問に答えてほしいなぁ。きみはどうしてこんな無謀な行動をしたのか、ね」
「―――」
だから尋ね方を変えた。
本当はこの子にここまで声をかける必要なんて無い。
このまま放っておいても、自力で手当てをして姿をくらますことだろう。
“暗部”は勿論、下手したら国内からすらも。
―――それは流石に困る。
決してとは言えないけど、せっかく助けた命を無為に扱われるのが困るからではない。
ただ、わたしがこの子に聞きたかったことは何一つ聞けていないんから。
彼女の子供だからという理由ではなく、ただ純粋な興味で問いを投げかけた。
「決まってんだろ、けじめだよ」
「けじめ、ねぇ……。君に利益があるとは思えないけど?」
「利益なんかいらねぇよ。もう十分に貰ってきたからな」
子供の双眸がわたしの目を捕らえた。
鷹のように鋭く尖った瞳に、わたしの視界は捕らえられてしまった。
「……アイツらはいいヤツらだ。何をやってくれても鬱陶しそうにしてたってのに、それでもオレに優しく接してくれたんだ」
「だが、その優しさを利用しようとしてるヤツらもいやがる。“暗部”ばかり利益を搾取しているだとか言いたい放題だ。アイツらは自らの利益を誰かに無償で提供するようなヤツらなのに……!」
「そして、何もやられねぇことをいいことに、悪逆非道な行為を起こそうとしやがった! それを黙って見てるだけにはいかねぇだろ!」
「他者の幸せを無作為に奪い取って不幸を笑うヤツらはただのクズだ! ソイツらをオレは絶対許さねぇ! 二度と人前で笑えなくしてやる!」
「オレには心配してくれる親や仲間はいねぇし、この身はすでに悪行で汚れちまってる。これ以上にいなくなっても都合がいい人間なんていねぇ」
「だからオレは、屑どもを断罪できるならなんだってやるって決めた。たとえそれが理由で死ぬことになったところで構いやしねぇ。幸せになるべきヤツらの邪魔をするクズを断罪する! それがオレの信念だ! アンタらが何者かなんてどうでもいい! オレの邪魔をするな!」
「……へぇ、なるほどね」
怒鳴り声を最後までしっかりと聞いたからよくよく理解した。
この子は、はっきり言うと愚直なバカなんだなぁ。
威勢がよく、鉄砲玉のような正直さに猛々しさ、そして戦闘技術もしっかりと兼ね備えている。
でも、如何せん知識が無さすぎだ。
守りたい人たちを守る方法なんて探せばいくらでも浮かびそうなものだけど、ベクターの教育ではそんなこと学びそうにないしねぇ。
それに、《カッパー》の環境でここまで純粋な性格をしているのもそうだけど、よく今日まで生き延びてきたなぁと思わざるを得ない。
「……だけど、わたしは好きだなぁ。そういうの」
「……は?」
その力強い瞳は、魂が込められた言葉は、あの時どうにか救うことが出来た子供を連想させた。
だから、この言葉は自然と口から零れ出していた。
自分ですら正気かと疑ってしまいたくなるそんな言葉を語る。
……でも、不思議と後悔はない。
むしろ、自分すらも超えてくれそうな、そんな漠然としたイメージが頭の中に浮かび上がっていた。
「決めた、君にしよう。うん、合格だよ灰髪君、君はわたしの元で三人目の専属騎士になってもらおう」
この子は、わたしでさえ投げ出しそうな《カッパー》の現状を、きっと変えてくれる。
まるで天啓を受けたかのようなわたしの直感がそういっているから、絶対に間違いない。
そう、無謀で無鉄砲で無神経で……それでも、貪欲に全てを得ようとしたあの頃の私のように……。
*
…………。
「……さま! レプリカ様!」
わたしをじっと睨んでいた子供の姿は掻き消えて、微睡んだ視界の中から専属騎士の声が聞こえてきた。
この声は……ノエルか、相変わらずイレギュラーに耐性がないのかねぇ……。
「うるさいなぁ……。懐かしい夢を見ていたのにさぁ……」
「カッパーにて謎の巨大物体がこちらへと向かっております!」
「巨大物体ぃ…?」
「まったく! ホームの衛兵たちがゴーストに呪われて動けないって言うのに、次から次へと問題事ばっかりですよ!」
「ああ、何かそんなこと言ってたね」
うーんと伸びをして目を擦る。
あいたた……やっぱり玉座でウトウトするのは良くないなぁ。
体のあちこちを痛めてしまう。
それで、えーと、巨大物体が現れた、だったっけ?
はて、カッパーに城から見えるほどの巨大な物質があった覚えはないのだけど……?
「私たちは迎撃に向かいますが、主様は念のため地下シェルターへとお逃げください」
「えー……逃げる必要ある?」
「貴女様にもしもの事があったらどうするんですか!?」
「カッパーにはブロウがいるんだから何の問題もないでしょ」
心配そうにしていたノエルの顔は、ブロウの名前を出した途端、不機嫌そうになっていた。
あれぇ、そんなにノエルとブロウって仲が悪かったかなぁ……?
「何を仰っているんですか! ブロウが音信不通になった状態からもう一週間以上経っているんですよ!?」
「普通に考えたら何者かによって邪魔をされているか、サボっているかのどちらかだと思いますが……」
あ、思ったよりもカトレアも辛辣……。
よっぽどブロウって信頼されていないっぽいなぁ。
まあ、言葉遣いは置いておくとして、人に対する態度はよろしくないよね。
これは普段の態度とかをわたし自ら指南していくしかなさそうかなぁ……。
「ブロウはそんな二の足を踏むようなことはしないさ。巨大物体に対してもきっと何かしらの手を打とうとしているんじゃないかな? 音信不通だったのは対策を練っていたから……だとか?」
「それはただの推測じゃないですか! もしかしたら、あいつが巨大物体を……!」
……流石に、それは聞き捨てならない。
「ノエル、それこそただの憶測じゃないか。ブロウは自らの信念をしっかりと持つ、立派な『十忠』の一人だよ?」
「それは……っ! そうですが……!」
「わたしはブロウを信じている。君たちはどうだ?」
「あたしは―――」
「私はブロウが無事で、巨大物体を止める手立てを探っているのだと信じています」
「カトレア……。カ、カトレアがそう言うのなら……」
うん、とりあえずカトレアはまだブロウを信じてくれているね。
ノエルは……まあ、いつも通りで心配しているがゆえに辛辣になっているっぽいなぁ。
「……ですが、ブロウ一人だけでは少し荷が重いのではないかと」
……ふうん?
「……なるほど。それで?」
「依然ブロウからの連絡が無いということは、ブロウの置かれている状況が悪いのでしょう。我々二人でバックアップに回ることがベストなのですが、この城の警備が薄くなるのはあまりよろしくないでしょう。ですので一人城に残って―――」
「いや、いいよ。二人とも行ってあげて」
「えっ! でもそうなるとこの城の警備は……!」
うーん……やっぱりノエルは心配性だなぁ。
もしものことばかり考えていたら、その場から動けなくなってしまうのにね。
……あ、そうだ。一度ブロウとノエルを同じ任に就かせてもいいかも。
荒療治にはなるけど、きっと面白いことになるんじゃないかなぁ……ふふふ。―――っと、いけない。
「ノエルぅ……わたしのこと舐めてる?」
「と、とんでもありません!」
「大体の奴らは撃退できなくないけど……まあ、ヤバくなったらこの城の中を逃げ回っているから、なるべく早く戻って来てね」
「「承りました!」」
一礼した後、カトレアとノエルは玉座から出ていった。
外でバタバタと音を立てて走っていたのはノエルかな。
やっぱりなんだかんだでブロウの事を気にかけてくれているんだねぇ。
こりゃあ、心配して損したなぁ。
「……さて、と。ゴーレムは二人に任せて、わたしは四人の事について調べますかね」
二人の気配がしなくなった後、胸元に挟んでいた二枚の写真を取り出してじっくりと眺める。
一枚は体の半分が無い怪しげに笑う少年と、ナイフを持つ赤スーツの男性が写った写真。
もう一枚は変な武器を持つ軽装の青年と、対照的に重装備を纏う鎧の人物が写った写真。
彼らの正体と目的を調べることも、枢機者として当然のお仕事だ。
なにせ―――。
危険因子だったなら、わたし自ら赴いてでも始末しなきゃだからね。