あの日の自分を乗り越えるために Side:B
「ブロウ……おい、ブロウ!!」
「ん……っ!? あ、じじい……」
「いつまで寝とるんじゃ、いい加減起きんかい」
「あ、ああ……。悪ぃ」
起き上がって辺りを見回すと、丁度鎧が建物の瓦礫を伝って下に降りてんのが見える。
じじいもオレが起きたのを確認するや否や、止めていた手を動き始めていた。
そうだ、オレはあの氷のすべり台を滑っていて―――。
ああ、クソっ! こっ恥ずかしい姿を見られちまったぜ。
「……そういや、そんな事もあったな」
さっきのはただの夢、か。
昔、随分と散々な目に遭った夢を見ちまった。
にしても、今になってみるとあの頃のオレは無鉄砲極まりねぇな。
感情の赴くままに突っ走って、勝てるかどうかもわからねぇ相手にも適当に殴り掛かるいい加減さ。
思い出すたびに頭を抱えたくなっちまう。
そんな事にはならないようにと、ずっと戒めてきたはずだってのに。
今こんな状況になっちまってるのはなぜだ?
手足を失っちまったのも、アイツらやじじいに迷惑をかけたのも、結局は考えなしに突っ走ったせいじゃねぇのか?
なんだよ、結局、あの頃と全然変わってねぇじゃねぇか。
「蒸気砲はわしが作る。お前さんは邪魔するやつらを蹴散らしといてくれ」
「……わかった」
「……ふむ」
パッとじじいがオレの方へと額にしわを寄せて振り向いた。
な、なんか癇癪に障るようなこと言ったか?
半分ほど出来上がっている蒸気砲を弄っていた手を下ろすと、そのままオレの方へと歩いてきて……。
「なんじゃ、意識を失っている時に昔の夢でも見たのか?」
「……まあ、そんなもんだ」
「まさかこの期に及んで、自分は何も出来ておらず助けられてばかりだと考えておるんじゃなかろうな?」
「……」
じじいの言葉に何も言い返す言葉なんてねぇ。
今回の出来事の発端は、間違いなくオレだ。
あの場で対峙することなく、さっさと逃げ帰って主様に伝えていたら。
きっと、こんなことにはならなかったはずなんだから。
「のう、ブロウ―――」
「オレは無力だ。こんなんじゃ、“暗部”のヤツら誰一人だって守れやしねぇ。アイツの……姉ちゃんの抱えていた事情すら知らなかったんだぜ? ホント、能天気で救いようもない阿呆だ」
「お前さんに助けられたものだっておるんじゃぞ?」
「どうだろうな、勘違いしているだけかもしれねぇぜ?」
「こんな時に不貞腐れておる場合か!」
不貞腐れて何が悪いってんだよ。
オレが誰かを助けたとしたら、それは成り行き上で困っているヤツを認知していない時だ。
てか、助けようと思っても無事に助けられるとは限らねぇじゃねぇか。
無駄な苦労になるかもしれねぇし、自分の身が危険にさらされるなんて十分あり得る話だ。
……なのに、このじじいは―――。
「なあ、じじい。何であの時オレを助けたんだ?」
「なんじゃ? そんな当たり前のこともわからんか?」
「わかんねぇよ! アイツらだったりアンタだったり、利益も出ねぇのに人助けを率先してしやがる理由がな!」
正直言って、アイツらはわからなくもない気はする。
騎士である以上、困っている誰かを助けたがるような教育でも受けてんだろ。
けど、じじいは別だ。
このじじいは不思議な力が使えるだけの、しょうもない老人でしかねぇ。
それなのに……わざわざ危険に飛び込んでいくその行動が理解出来ねぇ。
「いい年してんのに、自業自得で殺されそうになったオレをアイツらから助けた。それだけじゃねぇ、手足を失ったオレにこの手足をくっつけ、今もこうしてあのデカブツを止める手伝いまでしてやがる」
初めからおかしいことだらけだ。
目の前で見知らぬ誰かが倒れていたとして、誰が救うってんだ。
もしも罠だったら、救って不利益が生じるかもしれねぇ。
にもかかわらず、じじいはオレを助けた。
何があるかわからねぇのに、手を差し伸べる必要なんてあるのかよ。
「オレが何も出来ねぇことぐらいわかんだろ。なのに、じじいはどうしてオレを助けた? ……ただその答えが知りてぇだけだ」
老人はブロウのその問いかけに溜息を吐きながらもさも当然のように答える。
「先ほどの二人にもその事を聞いたのではないか?」
「ど、どうして知ってんだよ!?」
「おぬしのような若造の考えは分かりやすいわい。どうせ、自分は今まで何をやっていたのだろう、などといった焦燥感や悲壮感に暮れてばかりであろう?」
「うっ……!」
じじいのヤツ、オレの考えでも見えているんじゃねぇか!?
「結論から言うが、理由なんてないわい。おぬしにも理由がなくとも人を助けた事などいくつもあるじゃろ?」
「まあ、あったかもしれねぇな」
「どうしても理由を言えというのであれば……そうじゃな、昔のわしみたいだからじゃな」
「は?」
(結局理由になってないじゃねーか!)
そう言おうと老人の方を向いて思わず口を閉じちまった。
文句など言える様子ではない。
横にいた老人はいつにもまして真面目な顔をしてオレ見つめていた。
「ブロウ、よく聞け」
「……おう」
「誰にだって負けられないものがあるように、おぬしにも誰にも譲れないものがあるじゃろ? オレに幸せは要らないと他人の優しさを跳ね除けた日や、暗部をたった一人で守ろうとした日のように」
「! どうしてそれを……!」
老人はその問いに答えない。
代わりに言葉を続けた。
「おぬしはどれだけ時間が経とうとおぬしのままじゃ。……じゃが、よりよい方へと変わろうとおぬしは一歩踏み込んだんじゃないのか?」
「それは……」
「変化することを悪いこととは言わん。しかし、“それ”はおぬしの『信念』じゃろ?」
「……ああ、そうだ」
「それならば何も悩むことは無かろう?自分が信じるままに、自分らしくいくがよい。それが、おぬしのためにもなるじゃろうて」
「―――」
そうだ……確かにオレはあの日誓ったんだ。
誰かが決めたルールに縛られるのが嫌で、何者も守れず惨めに負ける自分が嫌で……。
それでも、嫌なこと全部ひっくるめて認めちまうしかなかった。
昔の自分から逃げるためじゃなくて超えるために……。
「ほれ、おいでなすったぞ。早く撃退せい」
「言われなくてもわかってんだよ!」
ちんたら話をしている間に、獲物の匂いを嗅ぎつけやがったのか、ならず者たちが集まっていやがった。
今、アイツらの邪魔をされちゃ困るんだよ!
急いで蒸気ライフルを構えたオレは、建物の影から狙撃しようとしている亡者たちへ銃弾を浴びせる。
ボシュウ、バシュウと蒸気が噴き出す銃身は、瞬く間に熱を帯びていった。
火薬を使ってねぇから暴発する危険性は低ぃが、砲身が変形しちまって命中精度はどんどん落ちやがる。
けど、それに構っている余裕なんてねぇ。
とにかく邪魔をしようとしてんのか、ならず者共がうじゃうじゃと湧きあがっていやがった。
「ちっ! キリがねぇぞ!」
「もう少し」
「そんなこと言われてもよ……!」
クソッ! こうなったらオレも地面に降りて距離を詰めるか……?
―――バカか! 降りちまったら狙撃出来ねぇだろ。
うう……っ! どうすりゃいい! どうすりゃ―――ん?
オレが呻きながら蒸気ライフルをぶっ放しているうちにバリューが剣を地面に刺している姿が見えた。
アイツ、一体何をやって……。
『凍り付け』
「―――!」
位置が離れているここまでアイツの声が聞こえたかと思ったら、刺していた剣から白い靄が噴き出しやがった!
靄はさっきの氷のヤツか! 靄が通った場所は凍ってったからすぐにわかる。
近づきすぎたならず者どもも例外なく氷漬けになってやがった。ざまみやがれ。
そして、靄はゴーレムまでもを包み込む。
最初のうちは動いていたゴーレムだが、あの靄のおかげか段々と動きが鈍くなっていき、靄が晴れた頃には立派な氷像となってやがった―――!
「や、やるじゃねぇか! あのゴーレムを氷漬けにしちまうなんて……!」
「やりおるのう。そして相変わらずじゃが、ここいらの者ども引き際だけは弁えておるな」
ゴーレムが凍り付けされた直後から、殆どのならず者共はなりふり構わず逃げ出していやがった。
さすがに、アイツらは手に負えないと悟ったんだろうな。
「おし! これでぶち抜くのも楽勝―――」
「いや、そう上手くはいかんようじゃぞ?」
「は……?」
きしむような音と共にゴーレムの体から蒸気が噴出し、視界が白く染まる。
オレとじじいは急に噴き出してきた蒸気に包まれちまった。
けど、火傷するほど熱くはねぇ。てか、むしろひんやりと冷てぇ!
この蒸気は……まさか!
嫌な予感を感じたオレの目の前、消えゆく蒸気の中で不条理な現実が見えた。
「う、嘘だろ! なんで何事もなかったみてぇに動けんだよ!!」
「氷を解かす熱量を持っておったか! 仕方があるまい、どうにか止まらずとも撃ち抜く手段を考えねばならぬかもしれまいぞ!」
「はぁ!? オレたちに止めるすべがねぇのかよ!」
「何と言おうが儂らでは無理じゃ! 核を破壊する手段はあるが、足止めすることはできん!」
「ちっっっくしょう!!」
ガッチガチに固まってやがったはずのゴーレムは、また元の通りに歩き出しちまってた。
つまり、アイツらが出来る足止めの手段も減ってるっつーことくらいオレだってわかる。
ちゃっちゃと蒸気砲をぶちかまさねぇと、このままじゃ―――!
「おい、じじい! まだ出来上がらねぇのかよ!」
「もうすぐできるわ! おぬしは自分のやるべきことに集中せい!」
「わかってるっつーの!」
再び湧き出してきたならず者共へ、けん制するようにライフルを打ち続ける。
くっそおおおお! こんなんじゃ、先に銃弾が無くなっちまうぞ……!
内心そんな文句を言っていると、ならず者共の動きがぴたりと止まりやがった。
コイツは運がいい! 今のうちにスコープ越しに標準を合わせちまえば―――。
いや、おかしいぞ? 何だ? 耳に手を当てて、音を聞いてる……?
「ん? この音は……!?」
ならず者共に聞こえていた音が、ようやくオレの耳元にも届いた。
なるほど、わけがわからねぇから念のために動かないようにするってのは懸命だわな。
オレだってわけわかんねぇや、こんな廃材の土地で鳥が鳴いてやがるなんて。
餌になるもんなんてここいらにはねぇってのに……。
まさか、この音がアイツらの奥の手ってことか―――?
「おっと、あやつら凍り付けにする以外にもまだ策を残しておったか」
「おい、じじい。今の音が何なのか分かんのか?」
「おしゃべりは終いじゃ。さっさと仕上げてあの動く廃材を止めようかの」
わけわからねぇことを言ってやがったじじいは、何事もなかったかのように作業を再開し始めた。
ちっ、気になっちまうがしょうがねぇ。
アイツらを狙う奴らがいねぇか、スコープ越しに確認する作業に戻る。
じじいが何を感づいたのかよりも、今はあのゴーレムを止めるのが先だ。
―――この思いを忘れねぇためにもな。
アイツらとじじいのおかげで、オレは漸く思い出せたんだ。
あの日騎士になったのは、心からの望みを叶えるためだったっつーことを。
だから、オレは……!




