終わりの再開
兵士たちがフロライア国へと旅立つのを見送った後、カファル国王と兄弟騎士を木に縛り付けて、ライトたちは旅を続けるために、また歩き始める。
すでに日は落ち、辺りは仄かな月光に照らされていたが、大幅な遅れが発生してしまったことや、縛り付けた奴らのそばで野宿するのも嫌だったので、二人は移動することにしていた。
……だが、なぜかライトの表情は、腑に落ちないと言いたそうに曇っていた。
「やっぱりおかしいだろ。どうして、俺が吐く嘘はいつもすぐにバレるんだ? どこも怪しまれないように、表情から態度まで徹底しているんだぞ?」
ライトは横を歩く相方に、そう愚痴を漏らす。
先ほどの戦いで彼が言ったこと、そのおおよそ半分は嘘だった。
今はもう騎士ではない、戦争で目立ったから解雇云々、これらは全て嘘である。
……幸いにも、それらの嘘はバレていないようだったが、肝心な時に吐いていた嘘は、ものの見事にバレていた。
「ほら、言わんこっちゃないじゃん! やっぱり私の方が、交渉事が得意だって!」
巨大な鎧の中から、男にしてはやけに声が高く、可愛らしい返事が返ってくる。
歩みも、戦闘時のようなどっしりとした感じではなく、どこか羽のような軽やかさを感じられた。
それはまるで、さっきまで戦っていた者とは別の人が宿っているようで―――。
「だって、私は常に男だって嘘吐いてるから、多少の誤魔化しは得意分野だしー。あ、兜もう脱いでも大丈夫だよね」
そう言ってバリューは勢いよく兜を外し、髪を解いた。長く淡い金の髪はさらりと広がって夜風に靡き、キラキラと月光を受けて輝く。
その髪の持ち主は、まるで夏空のように吸い込まれそうな蒼天の瞳に、絹織物に劣らない美貌の白い肌と、まだ年若き子供のような可憐さが残る顔―――。
そう、明らかに女性の顔だった。
「あの声色でバレない方が凄いと思うけどな。そもそも、性別を隠匿する事と、人に嘘を吐く事は同じだとは言えないぞ?」
「そ、そんなことないし!」
「それと、一度値切りさせたら倍近い値段で買ってきただろ。流石に交渉事が得意ってのは無いな」
「なにおう!」
「そしてその傷! さっき別れ際に隊長から聞いたぞ。わざわざ二発目を喰らいに行くとか阿呆か! 一発目は本当に済まなかったが、二発も喰らって無傷なわけ無いだろ! ほら、明らかに額とか切ってるだろうか! 今すぐ手当てさせろ!」
ライトから散々叱られてむくれるバリューの額には、確かに爆風の衝撃で受けた傷があり、もう乾いてはいるが、血が流れている跡も残っていた。
傷の程度をしっかり見ようと、ライトはその額に手を伸ばすが、額の傷を一切気にしていないのか、バリューはうっとうしそうに、伸ばされた手から体を逸らす。
「大丈夫だってば。もう、心配性なんだから」
「心配性って、どの口が言うか……。だがまあ、心配はするさ。あの時のような事は、二度と起こしたくはない」
「……ごめん、そうだったね。うん、無茶はしない。大丈夫、ちゃんと覚えているよ」
「とか言いながら、こんな事しているからなぁ。正直言わせてもらうが、バリューの大丈夫ほど、大丈夫じゃなさそうな事はない」
「えー、そんなことないってば!」
あたかも楽しそうに二人は笑うが、顔の愁いによる陰りは、少しも隠せていなかった。
―――彼らの脳裏に浮かんでいたのは、あの数日間の光景。
戦争を終わらせるため、秘密の会合所として使われていた小さな洞窟での、三日間に及ぶ死闘だった。
「おれに、構うんじゃねぇよ。これは、自分で蒔いた種だ。お前らが、戦う必要なんて、ないんだ!」
彼はそう言っていたが、二人はそれを無視した。
深手を負っているのに、それをひた隠しにし、自分から引き離そうとする男を、二人は何も言わずに匿う。
罪なき彼を、戦争の首謀者として祭り上げた、巨大で強大な者たちから守るために。
それは、三国相手にたった二人で戦うという、無謀極まりない戦い。
それでも、二人がその場から逃げ出すことはない。彼らは、死ぬまで男を守ると決めていた。
ただ、自分たちの事を認めてくれた、ただ一人の友人を救うために。
―――だが、彼らがどれだけあがこうとも、結末は分かり切っていた。
「…入り口は任せろ。命尽きるまで、レイジさんを守る城砦になろう」
そう言った『城砦』の名を持つ者は、三日目の朝方、ただ、その場に立っているだけの壁と化した。
「洞窟内なら存分に戦えるな。……どんな武装であっても、一つ残さず壊してやる」
そう決心していた『破道』の名を持つ者は、三日目の夕方、決心と共に、意識を砕かれていた。
その戦いで、彼らが得られたものなど、一つたりともなかった。
大勢の人たちを裏切り、数え切れないほどの嘘を吐き、恩人たちの言葉を無視し続けた。
その結果は、大切な人を失うといった、惨憺たるもの。
……そう、戦争を終わらせるために奔走した真の英雄であり、二人の生き様を変えてくれた恩人で、数少ない友人だったその人物……レイジ・アベの命を、彼らはすぐ近くで失うことになった。
そして、護衛対象を守り抜くことができなかった二人は、その時にして、騎士たる者として面目が立たない者だったのだと悟った。
己の実力を過信していた二人にとって、その事件は尾を引く出来事となる。
戦争が終わり、安堵と幸福で包まれる街の中、彼らだけは、まるで亡者のように人知れぬ暗がりの中、ひっそりとうずくまっていた。
心身共に擦り切れたその姿は、誰から見ても騎士と呼べるような者とは言えず、『十忠』だったなどと言われたところで、誰も信じないに違いない。
そんな彼らの精神状態を知った主たちは、二人の心象を悟り、古くからの友人に助言を受けながらも、とある書類をおおやけに公表する。
それは、彼らをこれ以上の苦痛に晒さないよう、また、彼らが苦しむ原因となった騎士号を失わせるだけでなく、もはや存在そのものすら悟られないようにする手段……。
「先の大戦で、我々は『十忠』を二人失った。一人は、『誠実』を誇る『破道のディジー』、もう一人は『不屈』を誇る『城砦のハルトマン』だ」
そう、二人の死亡通知である。
『十忠』のうち、二名の者が命を落としたというニュースは、世界中に瞬く間に広がったが、逃亡中の身であったテリブル王たちの耳には、届かなかったようである。
これで彼らは、もはや『十忠』とは呼べなくなり、騎士であるかどうかですら不安定な状況に置かれることになる。
だが、彼らの主はその前に、騎士として最後の任を二人に命じていた。
最後の任……それは、戦争の〝英雄〟レイジ・アベのロケットを、遠くの故郷に暮らしている彼の妻に届け、フロライア国へと帰ってくること。
そして、その任を無事終えた時、二人は正式に騎士ではなくなる。
……その後のことなんて、二人にはどうでもよかった。
今の二人にとって、『騎士』であるということは、ステータスでも誇りでもない。
『騎士である』ということ。それ自体が彼らにとって、自身の存在証明となる事実を作り出してくれている、ただのまやかしでしかなかったから。
「よし。とりあえず、手当てはこんなもんでいいだろ」
「ありがと」
額の傷の手当てが終わり、手ごろな岩に座っていたバリューは、立ち上がって体を伸ばした。
兜を脱いでいるだけなので、少し動くたびに、鎧の鉄同士を叩くような、重たく歪んだ音が辺りに鳴り響く。
「んー! 漸く進むことができるね。もう、いい加減疲れたよ!」
「今夜はもう野営できないな。こんな時間にこんな場所にいたら、何に襲われるかわかったもんじゃない」
再度、岩の上へ座りこむバリューを見ながら、ライトは気だるげに呟く。
今回もなんだかんだあったが、彼は特に怪我一つすることなく、先ほどの戦いを切り抜けていた。
「えー! もういいじゃん、ここで休もうよ」
「野生生物がこの付近に集まっている可能性がある。そんな状況で野宿なんてできるか」
「……? どうして、野生生物が集まっているってわかるの?」
「……あ、言い忘れていたな。縛り付けたあいつらが、今頃、跡形もなく喰われているだろうと思って、そう言っただけだ」
「なるほど。だったら、ここにいるのは確かに良くないよね」
納得したような表情をするバリューだったが、なぜかその場を動こうとせず、体を丸めてモジモジし始める。
それを見ていたライトは、段々と嫌な予感を感じ始めていた。
「それに、ここでじっとしていたら、もしかすると、すぐ隣にいる人に襲われるかもしれないし?」
「……は?」
「じ、冗談に決まってるでしょ!」
唐突にバリューから告げられた笑えない冗談に、ライトは頭を抱える。
「あのなぁ……。わざわざ死に行くような……それこそ、どこかの誰かさんみたいに、分かっていることに対して、無鉄砲に突っ込んでいくような真似はしない」
「ん? それって誰のことを言ってるのかな? ライトだって人のこと言えないと思うんだけどなぁー?」
「……ほら、せめて夜が明ける前に、次の町に着きたいから、少しばかり急ぐぞ」
「あー! はぐらかした!」
「いや、ここで立ち止まっているのなら、本気で置いてくぞ」
「えっと……それだけは勘弁してほしいんだけど……って、ねぇ! 置いて行かないでってば!」
もはや話を聞いていられないとばかりに、ライトはバリューを置いて、先に歩き始めている。
少しも振り返ることなく、どんどん前へと進み始めるライトに言葉を返すと、バリューは岩から立ち上がり、急いでその場から駆け出した。
―――彼らは、いつものようにどうでもいいことで口喧嘩をしながらも、歩みを止めることなく、ただひたすらに前へと進む。
きっとこの旅は、二人の人生の中で、ほんの一瞬の出来事かもしれない。
けれども、ロケットを届けるその任だけが、今の二人にとっての最重要事項であり、彼らが今も生き続けている意味だった。
それは、決して大げさではない。
レイジの魂を、家族の元へと帰すために。
取り残された家族に、己の罪を告白するために。
主たちから賜った、最後の任を全うするために。
そして、己の価値を捨て、騎士であることを辞めるために。
彼らは、旅を続けるのだから。
「だから……どうか、もう少しだけ待ってて下さいね」
「絶対に、貴方を故郷へ送り届けますから」
ふと立ち止まった二人は、バリューの首にかけられたロケットを、思い偲んでいる顔で見つめて、そっと呟いた。
そのまま、ほんの一瞬で表情を引き締め、彼らはゆっくりと視線を前に戻す。
こうして、二人の騎士たちは、終着地へと着実に、また一歩踏み出した。
初めまして、影斗 朔と申します。
処女作かつ、物書き歴も短いので、拙い部分が多々あったかと思いますが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
二人は旅の途中で様々な人に出会うことによって、自分たちの世界を広げていくことになります。
旅の終着地で、彼らは何かを見出すことができるのか。
騎士とは何か、守ることとは何か、そして彼らの旅路に待ち構える様々な問題……。
それらを、私の持論で書いていこうと思っています。
この作品で、何かを考察し、読者の皆様にとってお役に立てる答えが見つけられたら幸いです。
それでは、皆様により良い日々が訪れますように…。