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Past:とある子供のきっかけ Side:B

「あれ、オレ今さっきから何考えてたっけ」


 確か適当に食い物をかっぱらってから、“暗部”に帰ってきてシャワーを浴びていたんだが。

 なんだ? 何か忘れている気がしやがる


「ま、思い出せねぇってことはどうでもいいことなんだろ」


 わざわざ考えるだけめんどくせぇ。

 それよりもさっさと銃の整備をしなきゃいけねぇし、早く帰らないとアイツにも怒られちまう。


「……っとヤベェ、アイツを待たせたままだった!」


 汗を流した後だから走りたくねぇけど、怒らせるほうがよっぽどめんどくせぇ。

 何よりすぐオレに絡んできやがるし、“暗部”の中でも顔が利くヤツだからなおの事ウザい。

 小言をグチグチ言われる前に、さっさとアイツのとこへ―――。


「いい加減にしろよ、これで何度目だと思ってんだ?」

「さあ、何度目でしょうね?」


 男と女の口論が聞こえてくるが、ここは“暗部”だぞ?

 女はオレを待つアイツだってのは声色で分かる。

 けど、ここに男なんているはずがねぇんだけど。

 面倒ごとに巻き込まれねぇように、建物の陰に隠れながら様子でも見てみるか。


 つまらなさげな顔をしている女と図体がデケェ男。

 女の方は想像通りアイツだった。

 相手のずんぐりとしている男は、チッ、間違いねぇ!

 ベクター・ゴルドー。オレをこき使っていやがった奴隷商じゃねぇか……!


「ん? 誰かいるのか」

「(―――!)」


 ベクターの白く濁る眼球がオレを見た気がした。


 ―――ああ、そうだ。

 生きるために、同じような境遇のヤツらを出し抜かねぇと。

 銃の腕ももっと磨かなきゃ、また鞭打ちが待ってる。

 他のヤツらの不意打ちに対策できるように眠りも浅めにしなきゃならねぇ。

 それに成績が優秀じゃねぇと、食事抜きで暗い路地に放置されちまう。

 それだけは、それだけは絶対に嫌だ。

 積みあがった廃材に身を縮こめ、体の芯まで凍えるような寒さに耐えるだけじゃねぇ。

 襲ってくる怒号や嘲笑、そして亡者の野郎から逃げねぇと、道端で無様に転がり雪に埋もれる死体になっちまう。

 嫌だ! 嫌だ!! 何があっても、こんな風にオレはなりたくねぇ!!

 誰か!誰か!誰か!誰か!誰か!誰か!誰か!誰か!誰か……!!


「そうやって不意でも付こうとしているわけ? か弱い女性にも容赦ないのね」

「もとはと言えばきさまが悪ぃくせに、よくそんなことをぬけぬけと言えるな」

「(はぁっ! はぁっ! はぁっ……!)」


 あ、あぶねぇ。アイツの声を聴いて、どうにか自我を取り戻せたぜ……!

 クソッ、落ち着け! アレはもう終わった話だろうが!

 嫌な記憶にいつまでも翻弄されてんじゃねぇよ!

 それよりも、何でベクターが“暗部”に居やがるんだ!?

 確かにヤツの所有物だった時もあったが、ここの者どもにオレは買われたはずだぞ!?


「今月分の振り込みが足りねぇと何遍言やぁ分かるんだ? あぁん?」

「悪いけど、ないものは支払えないの。ごめんなさいね」


 ……振り込み? 今、振り込みっつったか?


「分割払いで許してやったってのに、よくもまあそのような態度が取れるものよ。暴力でも受けなければ理解出来やしねぇのか?」

「わたし一人に暴行したところで、これといった利益はないわよ。代わりにあなたの心臓に風穴が開くかもしれないけどね」


 分割払いだと……ふざけやがって!

 あんな大金をここのヤツらが何度も払えるわけがねぇだろ!

 ……いや待て、まさかアイツそのお金をずっと払っていたってのか!?

 どうして何も言わねぇんだよ!


「……まあいい、お金が払えないならこの際金以外の物でも許してやろうじゃねぇか。例えば高価なもの、巷に出回っていない技術、ああそうだ、身売りするのも十分にありだな。健康な肉体さえありゃあ誰だって金になる」

「何が言いたいわけ?」

「おっと、まどろっこしいのは嫌いだったかあ。いやなに、そんなにあのガキを守りたいんなら、その身を売っちまったらいいだろ」

「それは……」


 このクソ野郎が!

 アイツがどれほど苦労しているのか知っていて提案してやがる!

 今すぐにでもここから飛び出して、心臓に風穴でもぶち開けてやりてぇぐらいだ!

 けど、なぜか足が動かねぇ。

 ヤツが怖いことぐらい重々承知してんのに、体が石になったみてぇだった。


「おら、どうするよ? このまま何も払えねぇって言うのなら、あのガキを俺が自由にしてもいいよなあ?」

「それだけはやめて!」


 アイツの気丈な声は、いつの間にか悲痛な叫びになっている。

 ベクターの野郎の下種さは折り紙付きでクソだ。

 けど、こうなってしまっている原因はオレにある。

 オレがいるせいでアイツは苦しんでいるんだ。


「……わかった。でも、これ以上わたし以外の人にまで迷惑をかけないで。わたし一人で十分でしょう?」

「はぁ? 何言ってんだよ。俺たちがどんな不利益を強いられたのかわかんねぇのか!? 何なら、仲間を引き連れてここの奴らを皆殺しにしても別に構わねえんだぞ!!」

「そ、そんな……っ!」

「ほれ、どうする? 今なら考え直してやってもいいぜ?」

「―――明日、私の()()()()()()()()()()。どうか、今日だけは見逃してください。……お願い、します。」


 う、嘘だろ……?

 アイツは両腕を交差して、指を交互に絡ませる。

 その腕を半回転させて相手に差し出していた。

 ……《カッパー》だけで使われる、()()()()()()()()()()()だ。

 何でだよ、何でそこまでしやがるんだ……!


「仕方ねぇなあ。明日の朝アジトまで来い。場所ぐらい知ってんだろ? 逃げたらどうなるかわかるよな……?」

「寛大な処置、感謝いたします」

「チッ! 今日は一旦帰ってやる。明日の準備でもゆっくりとしておこうじゃねぇか」


 首を垂れるアイツの顔は長い髪に隠れてよく見えねぇ。

 けど、唇を強くかみしめているところだけは確認できた。

 オレはなんて無力なんだ、あの地獄から助け出してくれたアイツに何も出来ねぇなんて。


「じゃあ、待ってるからなあ」


 そう言ってベクターは立ち去っていく。

 残されたアイツは、ヤツの姿をただぼーっと眺めていた。

 クソ……なんてことだ。

 このままじゃ、アイツがゴルドーの野郎にいいように使われちまう。

 そうなってしまう前に、オレが何とかしねぇと―――。


「……で、いつまで隠れているつもり?」

「ば、バレてんのかよ!?」


 嘘だろ! 気配は完璧に消していたはずだぞ!?


「それはそうでしょ。だってわたしはブロウのお姉ちゃんよ? 分からない方がおかしいでしょ」


 バレちまった門は仕方がねぇ。

 渋々とオレは物陰から出る。

 わけわかんねぇ理屈を当然のように語ったアイツは、オレを見てふふふ……と笑っていやがった。

 ……わからねぇ、全然わからねぇ。

 これから自分がどうなるか分かっているってのに、どうして笑えるんだよ……!


「笑い事じゃねぇよ! お金が無いから自分の身を売るなんて馬鹿げてんだろ!」

「馬鹿げてるかもね。でも、実の家族を売ったブロウの親よりも馬鹿じゃない」

「……っ!」


 オレが見たことのない真面目な顔をしていた。

 いつもへらへらと笑っている姿ばかり見ているからか、ちょっぴり驚いちまった。


「なあ……アンタがそこまでする理由は何だよ」

「え、ブロウが好きだから?」

「すっ、好きだぁ!?」

「うん、大好き。わたしの家族以上に」


 何言ってんだコイツ。

 好きだから。なんて、理由になっていねぇだろ。


「ブロウこそわかってないでしょ? このままあの人に連れられたら、今度こそ殺し屋にされちゃう。あの男は最初からブロウを殺し屋として育て上げるために買っているんだから」

「何でそれを……!」

「そんなこと、普段の様子を見るだけでわかるって。子供にしては容量が良すぎるもん」

「く……っ!」


「でも、そんなことはわたしがさせない。人を殺して恨みを買って、苦しみ続けるためにある人生なんて、わたしが生きている限り絶対に歩ませない。だって、わたしはブロウのお姉ちゃんだから!!」

「    」


 何も言い出せなかった。

 買われてすぐに姉だと明言していやがったが、まだそんな事を言ってんのか。

 クソ……むかむかする。

 心臓が誰かに強く握られているような感じだ……!


「な、なにがお姉ちゃんだ! 頼んでもねぇのにかってに姉貴ぶりやがって! オレはオレのやり方でけりをつける。だから、これ以上関わるんじゃねぇ!!」


 おい、なんてこと言ってんだよ。

 アイツはオレのことを心配してくれているんだぞ!

 頭の中ではそう思っているはずなのに、体がいう事を聞かねぇ。

 そのまま、どこかへと足が勝手に駆け出しちまう。


「はぁっ、はぁっ、クソッ! クソッ! クソッ!! こうなったら、全て俺の手で終わらせてやる……!」


 気が付いたら、オレはヤツらのアジトまで来ていた。

 ガキ一人がなにしゃしゃり出ているのやら。

 でもまあ、ヤツらにとっては好都合だったらしい。

 扉はあっけなく開かれ、オレは臆することなく中へと入った。


「おいおい小僧、こんな所にのこのこと一人出来たら危ないぞ。もう一度売っぱらいたくなるじゃねぇか」


 人が住めそうにない環境。

 ウジ虫すら湧かねぇ極寒の牢獄。

 オレが今まで生活していた悪夢のような場所をどうにかくぐり抜けると、部屋の最奥ではゴルドーがふんぞり返っていた。

 どうやら何かしらの宴会中っぽいな。

 周りにはヤツの手下が下品な声で嗤ってやがる。

 ……手下がいることは想定外だったが、むしろ好都合だ。

 回答次第ではここで皆殺しにしてやる。


「……一つ聞きたいことがある。アンタらにとって、オレはどれほどの価値があるんだ?」

「ぶっ! ははははははは!!」

「このガキただのバカかよ! いや、バカだったな! ガハハハハハハハ!!」


 嘲笑がオレの耳を激しく打つ。

 悪い思いでしか浮かばねぇ以上、顔を見たくもねぇし嗤い声を聞きたくもねぇ。

 ―――けど、そんな事で怯むわけにはいかねぇんだ。


「おまえなんてな、おれたちにとっちゃこれっぽっちの価値もねぇよ! だがまあ、人によっては宝石にでも見えるんじゃねぇの? 自分の価値が分からねぇクソアマとかな!」

「価値が無い、か」

「あん?」

「じゃあ、アイツに金を返せよ。価値のないもので金を巻き上げんのは不当だ。ここのルールに反してる」

「ほう、口だけは達者になったみてぇだな。……まあいいか。おい、おまえら適当に痛めつけてやれ。迷惑料としてもう一人くらい持っていける程度にな」

「ああそうか。やっぱりアンタはくたばるべきだ」

「は? おまえ口をわき―――」

「この外道どもがあああああああああ!! くたばりやがれえええええええええええ!!」


 いちいち最後まで聞いていられるか! 死ね!!

 隠し持っていた銃を両手に構え、見境なくぶっ放した。

 普通だったらきちんと狙いをつけねぇと、体にかすりやしねぇだろう。

 けどこんなせめぇ部屋じゃ、跳弾しまくって手に追えねえはず。


「がああああああ!? こ、このガキィィィィィィィィィィィ!!」

「ざまみやがれクズ野郎! そのどてっぱらにこれでも食わせてやるよ!」


 ぶっ放し続けて弾薬が空になった銃を、右肩に風穴を開けたゴルドーにぶち込んでやる。

 盛大なうめき声をあげてぶっ倒れるヤツへ蹴りでも入れてやりてぇが、オレの手元には武器になりそうなものがねぇ。

 今追い打ちをかけたところで返り討ちに遭うのが目に見えてる。

 なら、オレがやる事は一つしかねぇ。


「じゃあなゴミムシ。悔しかったら捕まえてみろよ!」


 そう、逃げる事だ。

 すぐさま建物から脱出すると、オレは南の方へと足を走らせる。

 少しでもアイツらを“暗部”から遠ざけるために。


「待て、このガキ!」

「ゴルドーさんに詫びろ」

「やなこった! 誰があんなクズに詫びるか!」


 逃げては後ろへと拾った瓦礫を放り投げていく。

 どれほど適当に投げても、狭い路地を逃げていればほぼ確実に当てることぐらいできんだよ!

 ……なんて、そんな余裕も前を見ていなかったせいでなくなっちまった。


「くそ……! 行き止まりかよ!!」

「もう逃げられねぇぞ、観念しろ」

「チィッ!!」


 壁際に寄りかかったオレに、覆面の男たちが襲い掛かった。

 ……まあ、最終的にどうなるかぐらいわかってたってーの。

 そんな子供だましが永遠に続くはずがねえってことくらい。


「このクソガキが……! 大人に散々なめ腐った態度を取ったことを後悔しやがれ!」

「がッ、あ、あああああああああああああああ!!」

「おまえらも好きなだけ甚振っていいぞ。けど、やりすぎねぇ程度にな!」 


 いつの間にか追いついていたゴルドーが掛け声を浴びせる。

 むさくるしい歓声とともに、暴力の嵐がオレの体に襲い掛かった。

 考えてみりゃ、無謀に突っ込んだところでどうなるかぐらい理解できる。

 そりゃあそうだ、ただのガキがこんな大人数を相手して勝てるわけがねぇ。

 オレはヒーローなんかじゃねぇんだから、きっと誰も守れやしねぇ。


「ストップ、ストーップ! やりすぎんなって言ったよな? 死んだら使いもんになんねーだろうが」

「……ま、まだ、だ」

「うるせぇ! 誰が喋っていいっつったぁ!?」

「げふ……っ! ごほっ、ごほ……っ!」


 もう、体をうまく動かすことすらできねぇ。

 視界もわりぃし、膝は小鹿のようにガクガク震えやがる。

 ―――けど、それがなんだ。

 膨れ上がった瞼を無理矢理こじ開け、震え続ける足に喝を入れる。

 こんな所で、オレが倒れるわけにはいかねぇ。

 ヤツらのような悪党に、“暗部”を渡すわけにはいかねぇんだ!


「アンタらの……ような、外道に、アイツらの、幸せを、奪われて……たまるか……っ!!」


 せめて心だけは負けてたまるかと、オレは吠える。

 この命尽きようとも、絶対にコイツらだけは止めてみせる。

 絶対にアイツの顔から笑顔を消させねぇ……!


 ―――そう決心した時だった。


「よく言った少年! その心意気、決して忘れちゃダメだからなあ!」


 オレの目の前に本物のヒーローが現れたのは。

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