二人の独り言
「自壊って、要するに自滅させるってこと?」
「いや、正確には自滅させる手伝いをするといったところだな」
「んん……?」
問いかけに対し、ゴーレムの膝を見つめ続けたまま答える。
バリューは首を捻りながら彼が言った意味を考えていた。
ふいと視線を戻したライトは神妙な面持ちで悩んでいる彼女へと目を向けた。
「それには少し下準備がいる。バリュー、あの山の頂上辺りで待機していてくれ。着いたら合図を頼む」
そう言って指差した先にあったのは、建造物よりも一回り小さな瓦礫の山。
たしかに、昇る必要があるのなら建物よりも幾分かは楽だろう。
だが、肝心の高所へ昇る必要性について、ライトは一切語っていない。
首をひねっていたバリューは、何を思ったか急にライトをじっと見つめる。
「……ねぇ、それって絶対?」
「……ああ、絶対だ」
「……わかった。なるべく早く合図を送るから、少しだけ待ってて」
妙な含ませ具合があったその不自然な会話は、バリューが折れる形で決着した。
まだ彼女は何か言おうとしていたが、兜に隠された表情を確認するすべはない。
おそらく不愉快に顔を顰めているに違いなかった。
わざわざ怒っている相手に口を出すのはよろしく無いのだが……。
「ああ、それと……」
「何?」
「もう俺に『大地の祝福』を使わなくていいからな。バリューだって十分に怪我しているだろ」
「あ……っ」
彼女へとその一言だけは伝えておく必要があった。
付与された属性を開放するたびに、体力の疲弊を感じるのはまだわかる。
それに対して傷の痛みは、少しずつではあったが治まっているような気がしていた。
それに包み込んでくれているようなこの感覚。
彼が旅の途中で何度も世話になった『大地の祝福』と全く同じだった。
「う、うん。そうさせてもらうね!」
間違いなく図星だったのだろう、焦りのあまり両手を振っている。
そんな様子をごまかすためか壁剣を杖代わりにしながら、バリューはせかせかと瓦礫の方へと歩き出した。
「はぁ……もう少し自分を大切にしろよ、バリュー」
とはいえ、自分も人の事は言えないか。
なんてことを思いつつ、ライトは溜息を吐きながらその様子を呆れがちに見送った。
*
「あはは……。やっぱり、ライトの目は誤魔化せないかぁ」
喉元までせり上がる血で咳き込み、洞察力がありすぎる相棒の愚痴をこぼしつつ体を引きずりながら、バリューはゆっくりと瓦礫の山を登っていく。
彼女が地面に降り立った時から付近に感じていた気配は、いつの間にか消え去っていた。
おそらくブロウが撃退したのだろう。
(片腕が使えない割には、なかなかやるじゃん……)
「っと……痛っ」
余計な事を考えていたせいか、出っ張りに足を引っかけてなすすべなく転ぶ。
彼女の体にはもう受け身を取る力すら残っていない。
外側からは見えないが、兜の中に隠れる口元からは赤黒い血を時折吐き出していた。
それもそのはず、ライトの傷を永続的に癒していた分、自分の体を全くと言っていいほど治癒していなかったのだから。
もはやバリューは肉体から神経に至るまで既にボロボロであり、しっかりと意識を保つこともままなっていない。
「何やってんだろ……早く、昇らないと……!」
それでも、彼女の頭の中にあるのはいつも他人のことばかりだ。
身近にいる誰かが怪我をするたびに、自分が守らなきゃと思い込み、その性格は後悔と反省をしていくうちにどんどん変な方向へとねじ曲がっていく。
勿論、自分が心配性で献身的な人物であることを把握している。
しかし、バリューの心配性や献身性は彼女が思っている以上に過剰で強情な部分があった。
彼女の武器である壁剣ですら、周りを傷つけないために切れ味を殆どなくしている。
極めつけに、隣にいる相棒を心配させないがために、怪我は隠れたところで治癒し苦しんでいる姿を全く見せようとはしない。
黒糖売りの商人の時もそうだったように、誰に頼まれたわけでもなく身近にいる者のために行動を起こす。
そして、そこに自分を含むことはない。
周りの幸せのために彼女は喜んで死地に出向き、喜んで自らの体を犠牲にしていた。
だから、そういった無茶をするたびにライトに怒られる。
その内容はいつも彼女のことを気遣ったものなのだが、バリューがそれに気づくことはない。
気づいたとしても、彼女は性懲りもなく誰かへと献身し続けるだろう。
それが自分としての在り方であり、バリュー・ヴァルハルトの存在意義だと信じているかぎり……。
「ふぅ……。この辺りでいいかな」
頂上付近で待機しろと言われていたにもかかわらず、中腹にある一つだけ飛び出した廃材の隣に腰かける。
「ライトには悪いけれど、私だけ安全なところで待機するなんて出来ないから」
小さく口に出して、決意を再確認する。
今の自分でいられているのは、紛れもなく主と相棒、そして恩人であるあの人のおかげであり、彼らの為ならこの命を使い切っても構わない。
それに……ライト本人も自覚しているが、たまに歯止めが利かなくなってしまう時があった。
だから、バリューは彼からなるべく離れないようにしている。
いざという時ライトを止めることになるのは、すぐ近くにいる自分の役目なのだと信じて。
「そうだ、合図しなくちゃ……」
ぼーっと考えているうちに地面の揺れは次第に遠ざかっていく。
慌てて兜を外したバリューは、かけている首飾りを引き上げる。
一つはロケットが付いたペンダント。
あの人の形見であり、大切な依頼品だ。
もう一つは木の小笛が付いたラリエット。
随分と前に「何かあった時に使えよ」と渡された、鳥の鳴き声に似た音の鳴る木の子笛。
合図をする機会があれば、幾度となくこの笛を使っている。
「そういえば、これを使うのもあの時以来かな……」
虚空を見つめ、ほんの少し感傷に浸りながら、血で汚れた口に笛を咥えて息を吹き込む。
温もりを感じられるような、心地よい音が響き渡った。
……何故かわからない。
だが唐突に彼女の脳裏へと、故郷にいる両親の顔が浮かびあがった。
*
(やはり、まだ壊し足りないな……)
腕の調子を確かめつつ休憩を兼ねて地面に座り込んでいたライトは、落ちている廃材を拾っては折っていた。
その瞳は、怪しげな色を浮かびあがらせているようにも、酷く澱んでいるようにも見える。
ライトの戦闘方法は基本的に何かを破壊することだ。
対峙する相手の武器を壊し、鎧を砕き、骨を割る。
無作為に命を奪うことは決してしないが、その戦闘方法は場合によっては非人道的とも言えなくはなかった。
だからだろうか、激情のように体の奥底から破壊衝動が滲み出る事がまれにある。
湧き上がる衝迫は留まることを知らず、溜まれば溜まるほど暴虐に身を投じてしまう時間も増えていく。
根源といえるものはライト本人にも把握できていないが、感情が不安定になっている時や戦闘の長期化などが、破壊衝動を膨らませていることだけは分かっていた。
そのためライトは戦闘時こまめに破壊衝動を吐き出し、どのような戦闘でも短期決戦で仕留めていた。
しかし、今回は休む間もなく長い戦闘時間を費やしてしまっている。
未だ彼の内側には、嵐の真っ只中にいるかのような災禍ともいえる破壊衝動が渦巻いていた。
勿論、このことをバリューに話すことなんて到底できない。
身近にいる人に対しては特に心配性になるバリューのことだ。
話せばますます自分の事を後回しにするだろうし、下手すれば四六時中ライトの傍を離れなくなるかもしれない。
いや、きっとなるだろう。
とはいえ、鬱陶しいとか面倒だとかそういった理由で語らないわけではない。
ただ、守るべき者である自分が周りに迷惑をかけ、下手すれば命を奪ってしまうのではないかと彼は時折思ってしまうのだ。
流石に大げさな考えかもしれない。
それでもライトは万が一のことを常に考えてしまうことで、自分の事を語るのが少し億劫であり、不安に思ってしまうのである。
……もしかすると、ただ純粋に誰かへと甘えることに慣れていないだけなのかもしれない。
「―――いやいや、それはないだろ」
誰に言うわけでもなく、わざわざ口に出してまで考えを否定する。
確かに自分の事を誰かにしっかりと伝えてはいなかった。
それは語る必要に迫られるような出来事が無く、そのような状況に陥ったことなど無かったからであり、相手に悪い影響や印象を与えるのが嫌だったわけではない。
ないはずだと自分に言い聞かせた。
「ん、合図か」
そんな無駄なことばかり考えていたライトの耳に、あの戦い以来に聞く、懐かしい笛の音が聞こえてきた。
しかし、彼が思っていたよりも音の発生源が近い。
「あの馬鹿、頂上って言ったのに中腹辺りで止まったな!」
苛立ちまぎれについつい口調が荒くなってしまうが、まてよ、と回らない頭を必死に回す。
(中腹辺りだとおそらく巻き込まれないはず……いや、巻き込まないように調整すべきか。それに余計な事を考える余裕があるくらいなら、まだ破壊衝動を制御できるはずだ)
少し想定外ではあったが、体力もある程度回復していたのでタイミングとしては最高だった。
ライトはゆっくりと立ち上がり、先を進むゴーレムを見据えて不敵に笑う。
「リベンジだ、銅屑。絶対にお前を止めてみせる」
ゴーレムを見据える瞳に先ほどの暗色は無い。
その代わりに照り付ける日差しの影響か、黒いはずの虹彩はその名の通り七色に輝いて見えた。




