凍り付け
「なるほど、さっき滑るって言っていたのはこういうことか」
「そうそう。これなら瓦礫とか気にせずに移動できるからね」
建造物の上を滑るように高速で駆けるバリューは、手足から強力な冷気を噴き出すことで空気中の水分を凍結させ即席の滑り台を作っていた。
これで足が無い三人も移動するには不向きな地面を駆けることなく、ゴーレムの元へと向かうことができる。
蒸気砲を作るための廃材を持って滑り台を滑り、ライトたちも彼女と同じ速度でその後に続く。
とはいえ、その移動手段も悠々自適なものだとは到底言い難い。
即席で作られた滑り台の性か、四人が通り過ぎるとともに滑り台は壊れてしまうのだ。
速度を少しでも落としてしまったなら、最後尾の人物は容赦なく地面へと叩きつけられるだろう。
なので、バリューと速度を落とすことは出来なかった。
……ちなみに、最後尾はブロウである。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!! はええええええぇぇぇぇぇぇ!! うぉおおおおおおおおお!! 後ろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「全く、五月蝿いやつじゃのう……」
大騒ぎするブロウを後ろ目で見つつ、飄々とした口ぶりで悪態を吐いた。
そんな老人の顔も心なしか強張っている。
むしろ、強張らないようにするほうが無理な話だ。
速度を落とすことが出来ない以上、落下するように近い感覚を味わないとならないのだから。
「それで、属性付与されたのはいいが、どのように使うんだ?」
先ほどまで弄られていたこともあってか、後ろ二人を無視して問いかける。
滑り台の不安定さや速度に全く動じていないのは、この場においてライトぐらいだった。
「うーん、説明しにくいんだけど……簡単に言ったらイメージすることかなぁ」
「イメージする……?」
「うん、この氷の滑り台だってあまり考えて作っているわけじゃ無いんだよ」
「とは言ってもなぁ」
期待していた答えは得られず、漠然とした回答しか返ってこない。
期待していたといっても、彼女の事だからあまり過度な期待をするのはどうかと思っていたが、ここまで雑談だとは思わず、長年相棒でいるライトですら困惑していた。
「あーもう! とにかくイメージさえ出来れば難しくないから!」
「そ、そこまで言われるなら、そうなんだろうな……」
「ライトには水が付与されているから、流れとかを意識したら上手くいくはずだよ」
「流れ、か」
考えを読み取ったようにバリューはプンスカと怒る。
その状態で今一度説明されるも、やはりピンと来てないのか、ライトは手を組み思考し始めた。
その数分後―――。
「……はい、着いたよ」
ものの五分程度で、一行はゴーレムから一番近い平坦な屋上がある建物へと到達した。
滑り台から降りたライトは後ろが詰まらないよう、移動しつつ伸びをする。
「なかなかに快適な移動方法だった……っておい、大丈夫か?」
「はあ、はあ。もう、無理。疲れた……」
目的地に到着して真っ先に、バリューは両手両足を投げ出し仰向けに倒れこんでいる。
無理はない。力を使いながら建造物の上を走り、ゴーレムの後を追い続けていたのだ。
疲労は相当溜まっているに違いない。
四肢を投げ出している彼女は、鎧越しからでも分かるほど大きく深呼吸していた。
その体をよくよく見ると、鎧を覆っていた氷は二割ほど解け落ちている。
どうやら、使った氷の量が見た目に反映されるらしい。
「老体にはちと辛いぞ、あの滑り台は……」
老人も、壊れた蒸気機関を杖代わりにして、よろよろとライトに近づく。
後に続くブロウは数歩だけ歩いた後、バリューと同じようにその場にぶっ倒れた。
「あいつ、何やってんだ」
「今はほっといてやりんしゃい」
老人は酷く悲しげな表情を浮かべる。
ブロウの様子を見て悲しんでいると言うよりは、昔の自分のことを思い出しているように見えた。
「わしもあれくらいの年じゃったら途中で失神しておる。後でしっかりと起こしてやるから、お前さんはやるべきことだけに集中しておれ」
「は、はい」
死屍累々の状況を見渡し、ライトは漸く察した。
滑り台の移動で快適だと感じていたのが自分だけだったということに。
「とにかく、わしは蒸気砲を作っておくから、お前さんらはなるべく長くゴーレムの足止めを頼むぞ!」
「分かりました任せてください。いくぞ、バリ―――」
相棒の方へとライトは振り返るも、氷漬けの鎧は未だ仰向けのまま呼吸を整えている。
どうやら彼が想像している以上に、精霊の力を体に宿すことは負荷がかかるようだ。
「はあ、はあ。ゴーレムを、止める、一番の、方法って?」
「……そりゃあ、足さえ壊せば手が無いあいつが移動することは出来なくなるはずだ」
「壊せ、なかったら?」
「そうだな……その時は氷漬けにでもしてくれ」
「りょーかい。じゃあ、先に足へ、攻撃しといて。私は、ちょっと、休憩」
「あいよ。ゆっくり休んでていいからな」
いつもなら小言の一つでも告げるのだが、流石に今回ばかりはやめておいた。
代わりに落ち着かせるような言葉を口にして、崩れた建造物を慎重に下る。
ライトは毎度のように軽い文句を口にする。
そこで何くそと思わせることにより、バリューのポテンシャルの維持を目論んでいた。
だが、今の彼女に無理をさせることは出来ない。
面倒なことはやりたがらないくせに、平然と無理ばかりするバリューをこれ以上働かせると、本当に取り返しがつかないことになる。
「まあ、俺も大概無茶しているから人のことは言えないか」
誰に言うわけでもなく、独り言を漏らし嫌味ったらしく笑う。
右肩に巻かれた包帯から血が滲み出しているのを見て見ぬふりをしている以上、間違いなくライトも無理ばかりしていた。
降り立った地上は、ゴーレムが歩いた跡がまるで轍のようにくっきりと残り、踏みつけたであろう潰れた蒸気機関から熱が発せられている。
そして、ライトがいる場所から二十メートルも無い所で、錆銅の巨体が慎重に歩みを進めていた。
「くっ……!」
吹き付ける熱気に思わず両腕で顔を覆う。
たった一歩だけ歩みを進める程度でも、蒸気による熱暴風がライトの立つ場所にまで届いていた。
「くそ、蒸気が邪魔だな。あの時は全く動いてなかったのに、今になって機関が再始動しているのか。このままだと、ろくに接近出来ない……!」
両腕を落とす時は体から熱など発されていなかった。
だが、身体を構築している壊れているはずの蒸気機関から、絶え間なく蒸気が噴出していた。
ある程度の距離があるというのに、怯んでしまうほどの熱風を感じるのだから、ブロウから食らったあの蒸気より数倍以上の高温を発しているのはまず間違いない。
どうやって接近すべきか考えながら後を追うライトへ、今のところ邪魔が入っていない。
この熱暴風のせいで手出しをしたくても出来ない状態なのだろう。
だがそれは彼も同じ事。
近づいたら大火傷では済まないだけでなく、蒸気のせいでゴーレムの足元が見辛いのは、ライトにとって大きな誤算だった。
近づけないのなら、剣で足を叩く事が出来ない。
剣が使えないのだから、足を壊すなんて到底不可能だ。
それなら、どうすべきか……。
やけに湿った硬剣を見てふと思いつく。
水の属性付与を上手く利用できれば、いけるか……?
「考えているだけじゃ埒が明かない。とりあえずやってみるしかないか……!」
思い切ってゴーレムの足まで一気に迫る。
蒸気熱にやられないよう慎重に。
ゴーレムに近づけば近づくほど、熱風が強烈になっていく。
しかし、足を止めるわけにはいかない。
『ライトの場合は水だから、流れとかを意識したらうまくいくと思う』
「流れ、か」
言われたことを思い出しながら限界距離まで接近、水の流れを意識しつつ、湿った硬剣をゴーレムの足元へと振るう。
切っ先から発生した水がまるで鞭のようにしなやかに動き、ゴーレムの足を浅く切りつけた。
「なるほど、こういった使い方でいいのか」
(属性付与で持っていかれる体力量も大体把握したが、やはり、結構持っていかれるな……!)
足がふらつき、剣を握る腕が緩む。
視界もぼやけ、体を包み込む熱気でさえ一瞬何も感じなかった。
それでもライトは慌てる事なくその場に踏みとどまり、強張った体から余分な力を抜く。
熱量が増し、ゴーレムの足が浮いたその場所から一時撤退、再び同じ足が地面へと着くポイントへいち早く向かう。
(剣を振る力は関係ないとすれば、流れさえ意識すれば……!)
二回目は先ほどよりも強く意識しつつも、体力を温存するように剣を軽く振るう。
水の鞭は大きさを増し、先ほどよりも深く足を切りつけた。
「よし……! この調子でいってみるか」
ライトは幾度となく力の調整をしながら、ゴーレムの足元へ向かって切りつけては離脱、切りつけては離脱を繰り返す。
水をまとわせて切りつけることを続けるうちに、水の鞭は、水による一閃と言えるぐらいには安定した威力を発揮できるようになっていた。
それなのに、ゴーレムは一向に倒れるどころか、バランスを崩すことすらない。
水閃を一部蒸発させている程に高温な蒸気ではあるが、それだけにしては壊れない方がおかしい……。
およそ二十三回目にして、その原因にようやく思い至った。
「こいつ、自動修復して、いるな……!」
正確に言えば、自動修復ではなく合体や吸収と言った方が正しいのかもしれない。
恐らくゴーレムは大地に転がる廃棄物を吸収することで、傷の修復・体表の強化を継続して行っている。
通行道にある瓦礫や壊れた蒸気機関が、通り過ぎた後に轍ができるほどやけに少なくなっていたのはそれが原因だった。
水鞭が水閃になったことで、手ごたえが分かりやすくなった半面、切りつける度に固くなっていく感覚に襲われる。
もはや切っているというよりは、叩いているといった状態になるまで、ゴーレムの体表は硬質化していく。
反対にライトの体力は随分と消耗していた。
なにせ、足を一回切りつけるための動作が大きいことや、熱が発生している場所での長時間の活動、扱ったことが無い属性付与の操作確認など並行してを行っていたのだ。
このまま一行に足が壊せない状態が続けば、ライトの体力が底尽きるまでそう長くない。
「くそ……どうする……?」
「待たせてごめん! もう大丈夫!」
耳元から声が聞こえてくる。
意識が薄れかけていたのか、その場に棒立ちしていたライトが気づいた時には、すぐ隣でバリューが立っていた。
「やっぱり、水じゃ厳しい感じ?」
「ああ。水を纏わせた剣で、足元を斬っては見たが、ガリガリと削っても、すぐに修復されて、埒が明かない。かといって、あんなに硬い装甲を、一撃で砕くのは、砲弾か爆弾でも使わないと、流石に無理だ」
「そう……じゃあ、私の出番ってことね!」
兜の中から嬉しそうな声色が聞こえてくる。
無茶をし続けた体はもはや限界だろう。
それでも、バリューは決して弱音を吐かない。
自らが誰かの役に立てること。
それが彼女にとって一番の誇りなのだから。
「じゃあ、いくよ!」
壁剣の柄を両手で持ち、静かに大地へと突き刺した。
『凍り付け』
まるで別人が言ったかのような、絶対零度の声色で発せられた言葉と共に、大量の冷気が大剣から噴き出す。
冷気は周囲の水分を瞬時に凍らせていき、あっという間にゴーレムの足元へとたどり着いた。
多少熱気に阻まれているが、熱さに負けることなく足元から徐々に凍り始めていく。
―――最高出力属性解放。
その名の通り、自らに宿した属性を一気に解放する技。
勿論、自身に降りかかる負荷は相当なものだが、周囲に与える影響も通常の属性解放より遥かに優れる。
「凄いな……あんな巨体を氷漬けにできるのか!」
無意識のうちにライトの口から感嘆の言葉が漏れ出す。
ほんの数十秒も経たぬうちにゴーレムから付近の建物に至るまで、全てが分厚い氷に覆い尽くされた。
「ど、どう? これが……」
「いや、疲れただろ。無理に喋らなくていいぞ?」
大規模な力を使った反動からか、バリューは疲労で再び仰向けにぶっ倒れていた。
「こりゃあ、属性付与を少し甘く見ていたな」
凍り付いた広域と、ピクリとも動かないゴーレムを見てライトは一息つき、くたびれた笑みを浮かべる。
「そう、でしょ?これで、動きを、止められたし、案外、私一人でも、どうにか、できたかな?」
「無理に喋らないでいいって。……っ!」
「……ライト?」
ライトは何を思ったか急にゴーレムの方へと振り返る。
その顔からは先ほどの笑みが消え、代わりに苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいた。
「……いや、そんなことはなさそうだ」
「え?」
―――ミシリ
聞こえてくる音は小さい。
だが、確かに何かが裂けるような音が聞こえた。
音は次第に数を増やし、ゴーレムの胴体辺りから蒸気が噴出し始める。
「や、ヤバい感じ……?」
「ヤバい感じだな……!」
次第に罅が入る音は大きくなっていき、できた亀裂から蒸気が次々と噴出し始める。
一際大きな音がした瞬間、凍結させたゴーレムの全身から大量の蒸気が巻き上がる。
分厚く纏わりついていた氷は、ものの数秒も持たずに溶け落ち、解き放たれたゴーレムは何事もなかったかのように再度歩みを進め始めた。
「えぇ……嘘、でしょ……? 残ってる力、殆ど、使ったん、だよ……?」
「まさか、さっきよりも熱量を増しているのか……!」
ライトの言葉通り、銅塊から発せられている熱は温度を増していた。
先ほどの水閃の表面をかろうじて蒸発させる程度だった蒸気が、分厚い氷を瞬く間に溶かしてしまうほど高温になっているのだ。
内部がどのようになっているのか分からないが、恐らく、体表から噴き出す蒸気以上に高温なのだろう。
水閃は体内に届くことなく、最高出力属性解放の氷すらも即座に溶かしてしまう時点で、もはやライトたちが持てる手段は半分以上潰されてしまっていた。
「と、止まって、よ……! 私、もう、殆ど、力を使えない、んだけど……っ!」
「言葉が通じる相手だったら苦労しなかったかもな」
荒い息で文句を言うバリューの声に聴く耳を持たず、ゴーレムは歩みを進める。
バリューの鎧を包んでいた氷は、ゴーレムを凍らせる際に殆ど使ってしまったのだろう、その八割以上が解け落ちていた。
となると、氷を扱うことはあまり出来ないと考えねばならない。
「くそっ! どうする……!? 何か、何か手は……っ!」
頭を抱えながらライトは必死に思考を巡らせる。
この時点で、二人に核を壊す手段は残されていない。
核の破壊は蒸気砲に頼る以外ないとして、問題はどうやって歩みを止めるかだ。
重厚な鉄の塊を、水とほんの少しの氷で止める方法なんて……。
(いや待て……重厚な鉄の塊?)
「……これならどうにかいけるか」
「なに……?いい案でも、浮かんだ……?」
「ああ」
重厚な銅の塊は、高温の蒸気を発しているせいで近づけないし、触れることは一切できない。
とはいえそれはあくまで命あるものに限る。
そこらに転がっている壊れた蒸気機関や瓦礫、建物は蒸気熱に晒されたところでどうということはない。
そして、重厚な鉄の塊だからこそ、あのゴーレムには致命的な弱点があった。
そう―――。
「奴の自重をつかって膝関節を破壊する」
高温の蒸気を発する銅塊のゴーレム。
弱点は地に轍を作るその重さだ。




