廃塊はその身に魂を宿す
降り続ける雪の中、寸胴な銅塊は自らについて問う。
わたしは一体何者なのだと。
廃塊のゴーレム。
他人から与えられた命。
主の命令でのみ行動が出来る存在。
当たり前だ。何者かによって意図的に作られた生命体なのだから。
それなのに何故だろう。
わたしには意思がある。
わたしは思考できる。
そして、心がある。
その心から何者かが叫んでいるのだ。
聞こえてくる言葉を理解するすべはない。
だが、急かされているような気がする。
急がないと間に合わないとばかりに焦らしてくる。
ああ……、それでも、行く先だけは分かっていた。
そこに辿り着けたなら、きっと望みが全て叶う。
確証なんてないけれど、そう思ってしまったから仕方がない。
わたしを生み出した主はもう居ない。
存在する理由だってもうどこにもない。
ならばこのまま消えてなくなるのが自然の摂理だろう。
けれども、この心は叫んでいる。
わたしはその叫び声を止めてあげたい。
たとえ残されている時間が僅かな物でも、出来ることはきっとあるはずだから。
……だから、今はただ前へと進もう。
考えを反芻し、鉄塊は再び立ち上がった。
今度は誰からの命を受けず、自らの意思で……。
失ったものを取り戻すために、歩みを進める。
「そういや、アンタら『十忠』なんだよな? なのにどうして旅をしてんだ?」
降り続けている雪を廃墟の中から確認しながら、ふと思い出したかのように問いかける。
先ほどまで手足を調整に悪戦苦闘していたブロウだったが、どうやら埒が明かないのか完全に投げ出していた。
せめて、ただの手足としてでもうまく動いてくれたらよかったのだが、念入りに壊されたことが災いし変にいじるとますます酷くなるようで、手の施しようが無いらしい。
「『十忠』と言っても、元、が付くけどな」
そんな不貞腐れているブロウを一瞥もせず、右肩の調子を確かめながらライトは返事に応じる。
パッと見た限りだと、切り傷の殆どは塞がっているように見える。
だが、ゴーレムから受けた攻撃による体内に相当のダメージを受けているため、まだ『大地の祝福』を授かり続ける必要があった。
「元……? ってことは、剥奪されたか何かか?」
「そうだなぁ……。どちらかと言ったら自ら返還したようなものかな」
今度はすぐ隣で兜を磨いていたバリューが返事を返す。
その頭には持っていなかったはずの包帯が巻かれていた。
これは運よく廃墟の中で発見した状態のいいもので、多少雑ではあるが止血できていなかった額部分に巻き妥協している。
そんな彼女は先ほどまで調子を確かめる鎧を全て脱いでいた。
体に受けたダメージを鑑みると、装着するべきではないに限る。
しかし、そんなことはまったく気にしていないのか、確認が済むと即座に磨かれた鎧を装着していた。
その様子をチラチラ見ていたブロウは当然ながら不思議に思う。
常に鎧を装着してないといけない病にでも罹っているのか? と。
けれどもそれ聞くはやめ、戻って来た返事に再び問いかけを投げる。
もしかすると本当にそんな呪いに罹っているのかもしれない。
―――いや、この女性に限ってはあり得ないだろうけれども。
「んん? つまり今は騎士じゃなくてただの浮浪人って感じかよ?」
「まあ、大体そんな感じだと思ってくれていい。その代わりなんだが……俺たちの存在は秘匿してくれ」
「なんでだよ?」
「私たちは死んだことにされているの。生きているってバレると色々大変だからね」
「ふーん、だから独りぼっちになるって言ってたわけか」
どうやら隠密的な任を受けたらしい。
それも、『十忠』という重要な位置に属したものが死んだ扱いにされるほどの重要な物を。
もしくは本当に捨てられたのかもしれない。
要するに、国外追放するための口実として達成困難な任務を与えられたといったところだろう。
「……いや、ちょっと待て。その割には声高に自分のことをアピールしてた気がすんだけど?」
「あ、ああ、昔の癖でな」
「相手を威圧させるためにも、何かあったら口走るようにしていたんだよね……」
呆れがちに二人を見回すと、どちらも視線が泳いでいる。
その様子を確認してなおのことブロウは心底ガッカリとしていた。
「……なあ、『十忠』って変な奴しかいないのか?」
「他の『十忠』に会ったことが無いから性格云々に関しては何とも言えないが、宣言は覚えておいて損はないぞ」
「使わないって思っていてもいずれか使う時が来るからね……」
「それ本当かよ……?」
(もしかしたら、オレもいつかああいった宣言しなきゃならねぇ時が来るのか……?)
ブツブツと独り言を呟きながら、ブロウは頭を何度も捻っていた。
「そういえば、雪が降り止んだ後はどうする気だ?」
「あん? 決まってんだろ、このことを報告しに《ホーム》の城まで……。いや、その前に『暗部』が無事かどうか確認してぇな。じじいもちゃんと墓に入れて弔ってやりてぇしーーー」
「あのー……。報告って、私たちも付いて行かないといけない?」
「は? あたりめーだろ! アンタらが相手してくれたんだし何者なのかも把握できてるじゃねぇか!」
「―――まあ、そうなるよな」
またもや一触即発の空気を醸し出し始めた二人を無視しながら、ライトは腕を組んで額にしわを寄せる。
そのまま、言い出しづらそうにポツリと呟いた。
「はあ……。結局伝えることになるのだとしたら、この場で一度言っておくべきか」
「なんだそれ? さっき言い忘れたことがあるみたいな言い方じゃねぇか」
「いいや、少し違う。さっきはあえて言わなかったんだ。ブロウは知らないだろうし、関連性があるのは俺たちだけだからな」
「…………??」
あまりにも意味深な言葉に、掴みかかっていた二人は固まっていた。
だが、その様子を気にすることなくライトは言葉を続ける。
「なあブロウ、《クラッドレイン》は十数年前に付近の国と戦っていたんじゃないか?」
「……よく知ってんな。って言っても俺も誰かから聞いただけなんだけど」
困惑しながらも、ブロウは答える。
確かに十二年ほど前、《クラッドレイン》は近国と敵対状態にあった。
だが、二年も経たずに対立は無くなり、平穏無事な日々が戻ってくることになる。
……肝心の原因が不透明ではあったが。
「その戦いでクラッドレイン側が勝ち、不可侵条約を結んだ。……違うか?」
「―――ホント気味悪ぃくらい当ててきやがる……。ああそうさ、けど聞いた話によると何者かが戦場に介入したせいで両陣営とも大打撃だったらしいぜ? 人員が多くて蒸気兵がいるこちらにとってはそこまでじゃなかったけどな」
それによってかはわからないが、隣国の情勢が急激に悪化。
物価は高騰し、一部国民は暴徒と化していた。
また、騎士の犯罪行為が黙認され、治安すらも喪失。
敵対する以前よりも国政は悪化の一途を辿っていた。
あまりにも早い衰退具合から、《クラッドレイン》では一時期話題になるほどだった。
ーーーまるで作り話のようだ、と。
「んで、戦争から数年も経つことなく滅んだっぽいぞ」
「―――」
「あん? どうしたよ」
バリューが驚いた顔をして、事細かに説明するブロウを見つめていた。
「いや、バカなのに記憶力はいいんだなぁって」
「は?」
「だって事実じゃん」
「おいお前、顔かせや! 一発ぶん殴ってやる……!」
またもや掴みかかっているブロウだった。
だが相変わらずやるならやれとばかりに彼女は微動だにしない。
相変わらず成長しないなと、ライトは何度目かになる溜息を吐いた。
「……話をつづけるぞ。さっきは言いそびれていたが、アントの父はその付近の国から出兵している」
「マジかよ……。じゃあ、アントのヤツが言っていた父が戦争で死んだって話も一致してんのか」
「ああそうだ。だが、アントの父がクラッドレイン戦場で死に至り、その数年後アントは自らの国を滅ぼしている……これは流石に偶然としては不自然じゃないか?」
「いや、まあ、そうかもしれねぇけど……」
「二国間の戦争、ゾディアックの誕生、そしてアントが祖国を滅ぼして《クラッドレイン》まで来た事……。もし、それら全てが仕組まれているものだとしたら?」
「おいおい、ちょっと待て! そんなこと絶対ないだろ! 戦争を一個人が生み出すなんてそんな……」
「―――ねえ、嘘、だよね……?」
「……」
震えた声が恐る恐る問いかけてくるが、返事は一向に帰ってこない。
だからこそ、察するほかなかった。
彼が見たという光景が、そこに写っている人間が全ての元凶だという、まぎれもない事実に。
そして、あまりの恐怖からか、鎧越しでも小刻みに揺れ動く体の震えを隠しきれていなかった。
「な、何の話をしてるんだよ?」
「……なんてことはない、俺たちはたった一人で三国間戦争を引き起こした人物を知っている」
「は――――――?」
本日何度目の絶句になるだろう。
それでも、ライトが先ほど発した言葉は今までの驚きを遥かに上回る。
彼は今、何と言った?
たった一人で、三国間の戦争を引き起こした……だって?
想像を絶する答えのせいで、ブロウの頭はオーバーヒート寸前まで茹っていた。
「アントの父は生きたがっていた。愛する家族へと身を尽くすために。―――そして、その弱みに付け込まれて利用された。あの呪術師に」
「……それも、ナイフから流れ込んできたんだよね?」
「臨場感を感じるほどはっきりとな。死にかけの彼を覗き込んでいた男は、死んでいるような顔に満面の笑みをしていた。それに刎膨茶釜を抱えていた」
「―――! あの屑野郎っ! なんて非道な事を……っ!!」
ぎりりと奥歯をかみしめるような音が、兜の中から聞こえた。
やり場のない怒りに発した声はかすれ、苛立ちを吐き出すようにバリューは右腕を地面へと叩きつける。
悲憤慷慨としている姿をさらけ出す彼女に、ブロウはビクッと体を強張らせた。
怒りを見せることはあっても、ここまで激しく猛っている様子を見るとは思わなかったのだろう。
だが、バリューがそこまで感情を野ざらしにするのにも、ちゃんとした理由がある。
刎膨茶釜。
二つの相反した物体を無理矢理一つの物質へと合成させる呪器。
融合術を模倣して作られた禁断の器具は、限りなく近くて遠い物と化した。
むしろ、意図して融合術に似せたのかもしれない。
融合術の余分な部分と人道的な部分を剥ぎ取ったら、まさにこのような物体が生まれるだろう。
いずれにしても呪器と名の付く通り、それはこの世に存在してはならない代物だった。
―――そして、それが使われているところを彼女は見てしまった。
もはや人とは呼べない者が笑いながら刎膨茶釜をかき混ぜている、その姿を。
「とはいえ、これはほんの序の口にすぎないだろうな。この程度であいつが満足するとは思えない。……いや、そもそもあいつに満足なんて言葉は無いか」
「だとしても、あいつの気まぐれでこんな酷い苦しみを抱えなきゃならなくなる人たちが増えるなんて、絶対に許せない……!」
「ああ、ここまでくると奴は禍そのものだ。被害の拡大は免れないとしても、次の機会を与えるなんて出来ない」
「ち、ちょっと待てよ、嘘だろ!? 意思を持つ災いとか洒落にならねぇぞ!? そんなバケモンがここに潜んでいるってのか!?」
「いや、少なくともこの国にはいないはずだ。《クラッドレイン》と付近の国とで起きた戦いは三国戦争よりも前だろ。それに、あいつはよっぽどの用が無い限り、直接的に関わりたがらない」
「でも、今になって狙ったようにアントたちが《クラッドレイン》にやって来たってことは……」
「ああ。もしかすると、付近にあるの国のどこかにいるかもしれない」
「―――っ!」
深刻そうな言葉にブロウは息を呑む。
とはいえ、生きているだけでも悪魔以上に危険な存在が付近にいるかもしれないのだ。
そのように言われてしまっては、焦り慌てるのも無理はない。
「それでも十分ヤベェじゃねえか!! さっさと主様に連絡を―――」
だが、発していた言葉は最後まで続くことなく……。
「っ!」「わっ!」「うおっ!?」
――突き上げられるような巨大な地震が三人を襲った。
「な、なんだよ一体!?」
「とにかく出るぞ! 生き埋めになりたくないだろ!」
「ほら、早く……!」
大地が大きく揺れ、悲鳴のような金属音が断続的に辺り一帯に響き渡る。
ブロウを引っ張り出しながら、二人は地面に転がった。
そのまま何かが頭に引っ掛かったのか、ライトは思考をめぐらせる。
誰も初期微動を感じなかった辺り、震源は限りなく近い。
大地の精霊から『大地の祝福』を受けているにもかかわらず、気が変わって急に地震を起こすなんてことはしないはず。
だとしたら、今の地震は人工的に発生した爆発か、空から何かが落ちた音―――。
「まさか、今のは……!」
「ま、待って。わたしも行くから!」
「ちょっ、アンタら!? 揺れてんのに建物の上へいく必要ねぇだろ!!」
心当たりがあるのか、ライトは瓦礫を伝いすいすいと廃墟の上へと昇っていく。
バリューも巨大な鎧をまとっているにもかかわらず、駆け上がるようにその後へと続いた。
「ああクソ! この命知らずどもが!」
揺れが収まっていないにも関わらず、廃屋を昇る二人を見て戸惑う。
だが、その場に待機したところで何もできないと悟ったブロウも二人の後に続く。
棒のようになってしまった足といつ壊れてもおかしくない腕を酷使しながらも、ゆっくりと地道に登り始めた。
―――空から落ちてくる、地を揺るがす物。
普通に考えると、それは雷か巨大な竜ぐらいだろう。
だが、雷ならば音がしたはずだし、竜だとしても落下速度的に自ら大地に突っ込んだ形になる。
音が無い雷や自殺を選択する竜など、この世に存在するはずがない。
だとすれば、考えられるのはただ一つ。
「やはりあいつか……!」
「え、何……? あの人みたいなやつ?」
「あれは、オレがゾディアックと戦っていた時に作られたゴーレムだ。主が死んだ以上、動くことはないはずだと過信していた……!」
「じゃあ何で動いてるの!? もしかしてこれも―――!」
「いや、これは違う……と思いたい」
落下した物体はゴーレムの中に入った。
そのように考えれば全て辻褄が合う。
それは、普通ならば天に昇ったのち落ちてくるはずのないもの。
重さは存在しないが莫大な熱量をもつ塊。
―――そう、魂だ。
「あのゴーレムには、恐らく何者かの魂が宿っている。東に位置する国ではよくあるそうだが、時折無機物に魂が宿るらしい。先ほどの揺れや音はその影響で起きたものに違いないな」
「でもそれって、長い間使われ続けたものに限ってでしょ!? ガラクタをひっ付け合わせただけのゴーレムに魂が宿るなんて……!」
「はあ、はあ。お、置いていくなよ!」
ライトが話している途中でブロウが息を切らせつつもどうにか追いついた。
「あれが地震の原因なのか?」
「ああ、俺がゾディアックと共に相手していたゴーレムだ」
「……なあ、そいつ移動してないか?」
「え、嘘!? 私の目でも動いているか見えないんだけど!?」
「おいブロウ! あいつはどこへ向かってる!」
「おいおい、マジかよ……!?」
「ねえ! どこへ行ってるの!?」
「……まさか、《ハーツ》か?」
「ああそうだよこん畜生!!」
「っ! それって、まずいんじゃ……!」
「まずいどころじゃねぇ! 《ハーツ》には《カッパー》の十倍を超える人が暮らしているんだぞ! それに主様の城もある! もし壊されでもしたら、国そのものが無くなるかもしれねぇ!」
ブロウの慌てように二人は閉口する。
ライトたちにはゴーレムの姿が良く見えない。
それでも、ブロウの態度を見るだけで、ゴーレムがどのような物と化したのか、簡単に想像することぐらいはできる。
それは言葉通り……国一つを滅ぼさんとする絶望の化身そのものなのだと。




