孤独な彼らの考察
「……お、終わった、のか?」
「…ああ、ライトがやってくれた」
紅くゆらめき消え始めた分身たちの中から、鎧兜と灰色の髪が頭を覗かせる。
ゾディアックが消滅するのがもう少し遅かったら、二人は分身に押しつぶされているところだった。
全て消滅したのを確認し、力を消耗してくたびれた体を労わいながらゆっくりとその場から歩き出す。
彼女らが向かう先、ライトはその場で膝をついて惚けたように空を仰いでいた。
「そうか……。ゾディアック、お前は……」
「おい、ライト……だったよな。大丈夫か!?」
「ああ、計画通りに事が進んだから全然問題ない」
「問題ないって、その肩……!」
驚きのあまりブロウは閉口してしまうが、この光景を見てしまっては致し方ない。
遠く離れていたライトがどのような事をしていたか、見ることすら叶わなかったのだから。
ナイフによる裂傷は右肩を貫通するほど深く刺さっており、そこから絶えず滴り落ちる鮮血がぽたりぽたりと紅い水たまりを作り出している。
だが、痛みのあまり気絶してもおかしくないのにも関わらず、彼の顔に苦悶はない。
代わりに少し哀愁漂う表情で、どこか遠くの方を見つめていた。
痛覚が死んでいるのではないかと思ってしまうほど肩の怪我を気にかけていない。
そのあまりの異様さにブロウは絶句していた。
「痛くないわけじゃないぞ。ただ、今はどうでもいい」
「……はあ!?」
「少し静かにしてくれないか? 俺は大丈夫だから」
「―――っ!」
淡々と述べられた言葉にブロウは怯む。
声を発した主が顔面を蒼白にしながらも訴えかけてきた。
弱弱しく語るライトの姿はまるで亡霊のようにも見える。
ブロウが怯えたようにたじろいでしまうのも無理はない。
けれども、当の本人はそんなことはいざ知らず、ふぅ……と溜息を吐き、首を垂れた。
地面に転がっている根元から折れたナイフの柄を見てボソッと呟く。
「まてよ、銅の兵隊に『刎膨茶釜』……!? まさか―――」
その顔がどのような表情になっていたのか、前髪に隠れて確認することができない。
だが、隙間から覗き見える口元は歪に曲がっている。
それは、首を垂れたことで右肩の痛みを感じたことによる苦痛ゆえか。
……はたまた、彼にしか見えない何かを見たことによる影響か。
歪んだ口はどのような事を意味しているのか、本人以外に分かることはない。
「―――何が大丈夫なの? どこも大丈夫じゃないでしょ!? いいから動かないで、すぐナイフを抜くから! あとブロウは邪魔だからどいて!」
「あ……ああ、悪い」
「お、おお、怖い怖い……」
遅れて駆け付けたバリューは、膝立ちの彼の言葉を無視し歩み寄る。
兜の中から向けられる鋭い視線は、拒否権が無いかのようにじっとりと二人を睨む。
あまりの威圧感からたじたじになりながらも、彼らは言われた通りにした。
「はい息止めて、さっさと抜くから。いくよ? ……ふっ!」
「―――っ!!」
「うへぇ……痛そう……」
肩に刺さったままの刃をバリューは思いっきり引き抜き、血が噴き出す
見ていて痛々しい光景にブロウは顔を顰める。
自分の方がよっぽど痛々しい目に遭っている事を決して忘れているわけではない。
ただ、身近にいる人がここまで大けがを負ったことがないことで、その光景を見ることに慣れていないだけだ。
対するライトは感覚が麻痺しているのか、少しだけ歯を食いしばっていたが表情がほとんど変わらない。
それはバリューに至っても同様のようで。
「よっ……と」
「ちょ……っ! なんで急に服を脱いでんだ!?」
「なんで、って言われても。包帯が無いからに決まってるでしょ?」
「―――」
問いかけたブロウはまたもや閉口せざるを得なくなる。
上半身の鎧とシャツを脱ぎ捨て、下着だけになった上半身を気にすることなく答えた。
あらわになった彼女の体は、下腹部から首元にかけて内出血で真っ青に染まっている。
口元には乾いた血がこびりつき、こめかみから流れる血は耽美な黄金の髪と混ざり合い、風化した金塊を思わせた。
ライトにも負けず劣らず酷い傷を負っているにもかかわらず、彼女もまた苦痛に顔を歪めたりはしない。
まるで普段通りの行動であるかのように手際よく、黙々とシャツの腹部分を割いて作った簡易的包帯でライトの右肩を縛り付ける。
……そんな常軌を逸脱している行動に、一体どのような言葉を投げかけられるだろう。
「はい、応急処置完了。『大地の祝福』も使ってるけど、しばらく動かさないでね?」
右肩の手当てを終え、その場に座り込む。
傷の痛みからか額には汗が浮かび上がり、呼吸もやけに浅い。
無理しているのは一目瞭然だ。
「すまない。だけど、お前の頭は……」
「ああ、気にしないで。止血ぐらいは自分で出来るから」
静止の手を出したあと、微笑みながら残ったシャツの切れ端を頭に押し当てる。
自分の怪我よりも人のことばかり考えているその様子に、ライトは自然とため息を吐いていた。
「……悪ぃな、手当てどころか何も出来なくて」
一言も発していなかったブロウがようやく口に出来たのは、二人への謝罪の言葉。
それは、ただ見ることしかできなかった己への怒りが込もっているように聞こえる。
「言いたいことがあったら、罵倒でもなんでもーーー」
「いや、正直言って助かった。それに、得意分野は一人一人違う。適材適所でいいんだ」
「散々文句言われたけど、手を壊しちゃったのは紛れもなく私なんだから仕方がないよ」
「……怒らねぇのか?」
「だって、何も悪いことしてないでしょ。怒る方がおかしいって」
「それに、怒る体力なんて残ってないしな……」
帰ってくる言葉に棘は無い。
むしろ棘で傷ついた人を手当てするかのような、暖かみのある慰めの声が掛けられる。
傷つき、くたびれているのは彼らの方だというのに。
「それで、何を考えてたの?」
「……バレてたか」
「わかるよ、なんだかんだで付き合い長いんだから」
ブロウが自らを責めている時に、二人は別の話題に切り割っていた。
どうやら、声をかけられる前に空を仰いでいたのは、惚けていたわけでなく潜考していたかららしい。
「考えてただぁ? だから静かにしろって言ってたのかよ」
「悪い悪い、なかなかの複雑さだったものだから、ついつい集中してたんだ」
「はぁ……??」
「何を考えていたわけ?」
「うーん……まぁ、話しておくか……」
何を言っているのかとブロウは目を白黒とさせている。
それをさておいて、問いかけに回答するためライトはゆっくりと息を吸い……。
「結論から言うと、俺たちが戦っていたのは大悪魔だが、ゾディアックじゃない。やつと融合していた別人の人格だ」
相変わらず唐突に核心だけを語った。
「……それで、なんだ? 実はアイツって悪魔じゃねぇのか?」
「いや、紛れもなく奴は大悪魔だ。その点は間違ってない」
「は……?」
沈黙を破ったのは先程まで目を回していたブロウだった。
だが、相変わらずわかりにくい表現で語られるせいで、話についていけてない。
やれやれとばかりにバリューは首を横に振る。
「どこでそれに気づいたの?」
「荒唐無稽だが……。ナイフからゾディアック……いや、悪魔とは別人の記憶が流れ込んできた」
「なんだそりゃ……そんなことを信じろとでも?」
「いや、別に信じろとは言ってない。ただ、さっきまで俺が何を考えていたのか話しているだけだからな」
あまりにも適当な返事が帰ってきたからか、ブロウむうと顔を顰め開こうとした口を閉じる。
とりあえずは話を聞き続けるらしい。
「断片的だから詳しくはわからないが……恐らくゾディアックは、とある経緯で人間と融合することになったんだろう。あれほどまでに人間の形をしていたのもそれが原因だ」
「もしかして、あの肉体らしきものって……」
「わかったぜ。その人間の肉体を使ってたってことだな?」
「ご名答。そして肉体の持ち主もある程度予想がついている」
「大悪魔ゾディアックと融合していたのはーーーアントの実父だ」
「……は? んなことあんのかよ!?」
食いつくような勢いでブロウは問いかける。
先程まではどうにか話についていくことができていた。
だが、これだけはただ聴いただけで納得しろと言うのは流石に無理がある。
「原理としてはあり得るけど……」
「確率は恐ろしく低い、だろ? だが、これにはきちんと理由がある。思い出してみてくれ、ゾディアックの行動はどれもアントを優先的に考えられている」
「あっ……!」
「確かに、何をするにしても許可を取っていたよな」
「ただの契約者に固執していたこともそうだが、身を粉にして働いた末にあれほどまで献身的にしていたことは、悪魔の行動としてはどうしても解せない」
「うーん……確かにそうだけどさ、まだ納得出来ないというか……」
「もちろんそれだけじゃない。俺がゾディアックと戦っていた時、一度だけ自身が冠する名前の表情、憎悪の表情をした時がある。―――それは、ちょうどアントの命が尽きた時だ」
「……契約が切れたから、ゾディアックがそのことに気付いたって感じか」
「恐らくな。そもそも、悪魔は人間を道具のようにしか見ていない」
「だから、契約者が殺されたことによって激情するとは到底思えない、ってことでしょ」
「ああ。自分の名である『憎悪』の表情をさらけ出していたからなおさらな」
「そうか……。ゾディアックは息子を思っていたのか……ああクソ、胸糞悪ぃな」
一通り話を聞いたブロウは、折れたナイフの柄を見つめ舌打ちする。
怒りというよりもやるせなさを吐き出すかのように。
「たとえ奪われた者と与えたかった者だったとしても、二人がやったことは決して許されることじゃない。……けどまあ、今はゆっくりと休ませてやろう。もう十分以上苦しみを受けてきたからな」
「お墓でも作ってあげたいけど……流石にこんな場所に建てるのはね」
「……」
二人の会話に返ってくるはずの言葉がない。
見れば返事を言うはずだったブロウは、俯いて唇を噛んでいる。
何かを言いたい、けれど言い出せない。
そんなジレンマに焦らされているように見えた。
「どうした? どこか痛めていたか?」
「ちげーよ。……ほんのちびっとだけど羨ましいなって思っちまっただけだ。気にすんじゃねぇ」
「……羨ましい、かぁ」
ブロウは溜息を吐き、空を見上げる。
いつの間にかちらほらと雪が舞い始めていた。
「……オレはここで捨て子として育った。だから、そういったことはよく分かんねぇ。分かんねぇけど……」
ポツポツと語りながら静かに瞳を閉じ、ゆっくりと開く。
言いたかった言葉がようやく形になった。
「オレも誰かに幸せを与えたい、誰かに幸せを貰いたいと……そう思う」
「それは家族がいないからか?」
「……わかんねぇ……わかんねぇよ。けど―――!」
言いたいことはうまく口にできたはず。
なのに、胸の内にある感情をうまく吐露できない。
喉元まで出かかっているのに、胸に感じるつっかえのせいか、ブロウはただただ下を向き拳を強く握るしかなかった。
「正直、俺はブロウのいる環境が羨ましいけどな」
「……は?」
「私も同じだよ。だって変える場所があるし待ってくれる人もいる。決して独りぼっちじゃないよ。それに、きっとみんなブロウの事を心配してると思う」
「けどそれは、今だけの話かもしれないぜ? この先どうなるか分かんねぇんだし」
「親がいないオレだって、アンタらと同じ独り者だ」
「それは違うぞ、ブロウ。お前は俺たちのように孤独ではないし、これから先お前が孤独になる事なんてない」
「まるで自分たちは孤独だ、みたいな言い方だな?」
「私たちには責任があるから。それを果たすためにこうやって旅をしているの。……いずれ独りになる長い長い旅を、ね」
含ませぶりなその言い方に、思わず眉をひそめる。
だが、ブロウは深く追求するのをやめた。
たとえバカだったとしても流石にわかる。
この話の続きを聞いて欲しくないことぐらいは。
「……ま、まあ、俺の周りにいるヤツらってなんだかんだお人好しばっかだし! た、たまには甘えてやってもいいか!」
「素直じゃないなぁ……」
「人に甘えるのが苦手なんだろ。話をする時はいつもつっけんどんな態度を取ってしまう自分が嫌だからか、あまり人を受け付けようとはしないしな」
「う、うるせぇな……! 勝手に人の事を考察するんじゃねぇよ! ……てか、雪が強くなって来たじゃねぇか、早く屋内に入るぞ! こんなとこで凍え死ぬとか、オレはまっぴらごめんだぜ!」
ブロウはボソボソと文句を言いながら、ひっそり赤くなった顔を隠し建物へと急ぐ。
そんな取り乱している後ろ姿を見て、取り残された二人は顔を見合わせ吹き出す。
「怪我人に対してそれは酷いな」
「からかい甲斐があるから仕方ないね」
そう話し合いながらライトたちは立ち上がり、少し遠くなっている子供の姿をゆっくりと追いかけ始める。
《カッパー》で生き残っているわずかな蒸気機関が、彼らの体をほんの少しだけ温めているかように、大きな音を立てて白煙を吹き出した。




