三人の『十忠』vs大悪魔
金属のぶつかり合う音が、廃屋の立ち並ぶ《カッパー》の土地に反響する。
柔肌を引き裂くはずだったナイフは、いかなる理由かその身体を傷つけることが出来ずにいた。
剣筋を弾かれ、あるいは叩きつけられた四人のゾディアックは狙いをつけていた子供を睨みつける。
―――正確には、その前に立ちはだかった二人組を見据えていた。
「……随分としぶといな」
「…よく言われる」
「三日間一睡もせず猛攻に耐えてきたこともあったからな」
自虐的に語りながら、血塗れの騎士たちは剣を構える。
ブロウが四方から襲われる寸前……凶刃が差し迫るそのギリギリのタイミングで間に合ったライトは、左側を狙う二人の前に躍り出て、深紅のナイフを跳ね除けている。
突っ伏していた体を起きあげていたバリューも、彼に合わせるかのように空いていた右側に体を滑り込ませ、攻撃を防ぐ盾代わりになっていた。
「あ、アンタら……! そこまでしてオレを守る必要なんて……!」
「別に意味もなく守っているわけじゃないぞ。俺たちだけでこいつを倒すのは流石に厳しい。お前がいなくなったら困るんだ」
「…ブロウ、貴様は死ぬべきではない。貴様には帰る場所があるのだろう? 私たちにはそれがないだけの事。……まあ、成さねばならないことはあるけれども」
二人は近くにいる人にしか聞こえないほど、小さな声で言葉を発する。
掠れかけた声色は、ブロウからすると、どこか失った過去を悔恨しているかのように伝わった。
「見ていて虫唾が走るな」
身を挺してブロウを守った二人をゾディアックは嘲笑う。
じりじりとにじり寄る、無表情をした四つの顔は次どのような攻撃を仕掛けてくるのか。
把握することが出来ない以上、取り囲まれているという不利な状況だが、その場から移動することが出来ない。
「同類同士の馴れ合いか。所詮、命短き者ごときの分際で何をのたまっているのやら」
「騎士だから何だ? 誰も守ることなどできず、弱者から物を奪うことしか出来ぬ癖に」
「全てを滅ぼされまいと、必死に抗おうとするその目は実に悍ましい」
「悪魔よりも、キサマら人間どもの欲の方が、よっぽど汚らわしいわ」
流石は『憎悪』の大悪魔というべきか、口から洩れだす罵詈雑言は人の精神を逆撫でするようなものばかり。
だが、その言葉は挑発や注意を引き付けるような長髪としては、何とも言い難い違和感があった。
堪えがたい不快感を催しているかのような様子から、真っ先に疑問を感じ取ったのは……。
「……おい、ゾディアック」
―――あろうことか、最も挑発に乗りそうなブロウだった。
「アンタがやっているのは、契約者であるアントがやろうとしていた復讐と、なんら違いはねぇだろ」
「……何のことだ?」
「…なるほど、仇討ちとはまた、悪魔らしくない行動だな」
口元が歪む。決してその言葉に不快感を覚えなかったわけではない。
けれども、ゾディアックは可笑しい事を聞いたかのように、大袈裟に嗤う。
荒れ果てた土地に響く声は、四方から聞こえることも相まって、その場の絶望感を高めるには丁度いい。
そんな事を考えながら、その顔は嗤い続ける。
「……ハッ! 仇討ちか! キサマらはどうにかして吾を動揺させようと、身もふたもない言葉を繋いでいるのだろう? それとも、本当にそのように見えているのか? だとしたならば、とんだ見当違いだな!」
「生憎、吾は人間の死を悼む心など、最初から持ち合わせておらぬ!」
「確かに、キサマらによってアントが殺されたのは、吾の計画に穴が開く痛い代償だ!」
「だが、それがどうした? 貴様らを殺し、再度力を蓄え、また新たな契約者を探せばいいものよ!」
―――契約者が殺されたから復讐する。
そんな当然の考えに至った滑稽さからか、悪魔はより一層悦びの笑みを浮かべる。
しかし、気を引き締める騎士たちの中、ただ一人だけは納得がいったような顔をしていた。
「……そうか、仇討ちか」
「相変わらず話を聞かぬ愚か者だな。吾は……」
「お前がなぜこの場に居座っているのか、漸く理解できた」
ライトはそう口走りながら、四人のうち一人の瞳をしっかと見つめた。
そして、はっきりと……どこか悲し気に告げる。
他者から見ると分かり易く、当人はとてもじゃないが理解しづらい事実を。
「ゾディアック、お前はアントを愛していたんだな」
「―――」
飛びかかる姿勢になっていた四つの人型が、意思にでもなったかのように硬直する。
唐突に告げられたその言葉に、困惑し、たじろいでいるかのように。
決して劣等種に図星を突かれたわけではない。
だというにも関わらず、ゾディアックは体の奥底を揺さぶられたかのような、形容しがたい感覚に襲われていた。
「……このわたしが? 人間を? ……実に下らない与太話だな」
「だとしたら、なぜこの場に留まる必要がある? 俺たちを逃がしたら後々厄介になるからか? いや、違う。人間などただの弱者としか考えていないのだから、一度撤退して体勢を立て直すこともできたはずだ」
「…確かに、初対面でのゾディアックは非常に冷静だった。だが、今はプライドに身を任せている」
「そこだ。力が半分ほどしかない状態で『滅魔装甲』を相手することは勿論だが、対峙して何の対策も取らず強引にねじ伏せようとする辺り、とても大悪魔とは思えない衝動的な考えだ。負ける可能性があるにもかかわらず身を投じる辺り、もってのほかだな」
「負ける可能性がある、だと―――? 実に傲慢な考えだな……!」
まるで煽っているような言葉に反応したのだろう。
ゾディアックは抑えていた怒りをあらわにしていた。
けれども、それに影響されているのか、分身の形は段々と崩れ始めていた。
「死にぞこないの癖にやけに偉そうだな!」
「確かに『滅魔装甲』は厄介な代物であることは確かだ」
「だがどうだ?それを纏う中身はボロボロの人間、そんな死にかけな奴にわたしが負けると?……片腹痛いわ!」
溢れ出す怒りからか、ゾディアックの付近は紅いゆらめきに塗りつぶされていく。
そんな様子に怯むことなく、彼は言葉を続ける。
「お前が言っていることが真実だとするなら、理解できない箇所が多々ある」
「理解できない、だと? 当然だ、キサマらは―――」
「俺がゴーレムの両腕を砕いた時、少しアントの事で煽っただけであの怒り様だ。……まるで、愛する我が子を馬鹿にされた父親のようだったぞ?」
「ヤツは契約者にしては吾の体に適している人材だった! 邪魔する者を許さぬのは当然だろう!」
「…そういえば、アントが死ぬ間際にうわ言を口にしていたが……祖国を滅ぼしたそうだな」
「ああ、そうだ! その時に力の使い方が良いコイツを選んで正解だったと確信した!」
「…ではなぜ、国を滅ぼすほどの経験を積んでなお、経験不足だと見越しアントの傍についていた?」
「暴走されたら面倒だからに決まっているだろう!」
「……ん? そういやアントって、やろうと思ったらいつだってオレの手足を奪えたはずだったな。じゃあ、アンタがアントの欠けた部分に当たる部位を切断する必要なんてあったのか?」
「……!それは……っ!!」
「抵抗されたら困るからだろ。そして、それによって契約者が傷つくのを恐れた。だがその関係は今まで続き、お前は過保護なまでにアントへと寄り添うようになった。何も違わないだろ」
「ぐ……っ!!」
唐突に悪魔は三人から距離を取る。
その顔には変わらず怒りが浮かんでいたが、瞳は焦りからか泳ぎ、苦々しさを湛えている。
いつの間にか分身の姿もどこかへと消え去っていた。
後方へと下がったのは、決して身の危険を感じたからではない。
三人に威圧され恐れ慄いたわけでも、焦りを落ち着かせるため声が聞こえないところへと退避したわけでもなかった。
大悪魔にもかかわらず、自分が抱えている感情が分からない。
……いや、大悪魔ゆえなのだろう。
自分に必要な物しか持っていないからこそ、自分が持っていないはずの感情を理解できない。
たとえそれが、誰かを愛しているという事であろうとも。
「当初の目的は人類の滅亡だった。だが、アントと共に行動し共通の願いを持つことによって、次第に愛着が湧き、最終的には依存関係へとなってしまった」
「違う! 吾は、最初から……!!」
「…何がどう違う? 貴様は最初からアントの意見を優先していた。自分が行動するときには許可を取るぐらいに」
「そういや、なんかあったらいつもアンタが先に動いていたよな? アントが攻撃された時だって、腕を折ってまで守ったし。……まあ、自然に回復するからかもしれねぇけど」
「……っ! 五月蠅い!! 何を言おうとも所詮はただの妄想にすぎん! 無駄な会話はここで仕舞いだ!」
苦悶の表情を浮かべ喘ぎつつも、左腕を前方へ突き出した。
途端、両側から、じわり、じわりと分身が出現していく。
その数、およそ五十体。三人を殺すためにしては過剰すぎる。
理性的に考えてその数にしているのか、それとも感情に流され大量に生み出したのかは分からない。
どちらにしろ、三対五十なことに変わりない。戦力の差は歴然としている。
しかし、先ほどのように追い詰められた表情をしている者は、三人の中に誰一人いない。
「…残念だが、もう対抗策は編み出している」
「いくら増えようとも本物は一人だ。特定するのにさほど時間はかからないぞ」
「まぁ……要するに、全員ブチ抜きゃいいんだろ!」
「人間風情が……! キサマらに、やられるほど吾はやわではないぞ!!」
前へとかざしていた腕を、サッと振り下ろす。
それを皮切りに、分身たちは三人を取り囲んだ。
―――対話によって硬直していた時間が、ついに動き出す。
ゾディアックの紅い凶刃が、全方位から襲いかかってきた。
「…そうだな、まずは埋まってもらおうか」
ぽつりとバリューが告げると、まるで地面が意思を持ったかのように波打つ。
だが、波の高さは精々膝下程度、こんなもので足が止まることはない。
そう考えて波を飛び越え着地した分身の足は、液体に触れたかのように地面に飲み込まれた。
「―――っ!? 足が!」
「チッ! あの波は単なるブラフか!」
《クラッドレイン》の土地は殆どが石畳か鉄で舗装されている。
だが《カッパー》では、治安の悪さからその一切が整備されていない。
それを利用して、土を液状化し上に乗ったものを飲み込んで身動きを封じる、大地の精霊術『剪断流土』を発動していた。
殺到した分身たちの足は、土に埋め潰され一ミリも先へと進めなくなる。
動けない分身を足場にして飛びかかってくる分身も、壁剣と破剣の一撃によってあえなく叩き落とされ、半身を地面にめり込ませていた。
「動かない的ほど、当てやすいものは無ぇな!」
ずっと何も出来ていなかったからか、とても楽しそうな声色でブロウは拳銃を両手に構えた。
そして、動きが封じられている分身が持つナイフを、的確に早打ちで射貫いていく。
ナイフを砕かれた分身は消滅するようで、みるみるうちに分身の姿は少なくなっていた。
「この……劣等種がぁ!!」
「この程度と吾の力を侮るなよ!」
ゾディアックもそれを補うように分身を大量に作り出す。
どこからともなく悍ましい声色の言葉が聞こえてくる。
「『―――素は原初たる炎、忌避すべき灼焔の光……』」
それは魔術の詠唱だった。
周囲一帯を焼き尽くす空間爆破魔術【圧縮する災禍の爆炎】。
超がついてもおかしくない弩級の魔術である。
魔術師程度では唱えられないほど魔力を消費する術、それを大悪魔が放つのだから、威力のほどは言うまでもない。
「お、おいおいおい! なんかまじないみたいなやつ唱え始めたぞ! このままで大丈夫なのかよ!?」
「…そう慌てるな。どうせ最後まで唱えることは出来ないからな」
焦る様子を見せることなく、さも当然のようにバリューは返事をする。
だが、最後まで唱えることが出来ない……など、とどのつまり、その場しのぎの言葉でしかない。
そのように解釈し、分身たちから少し離れた位置に立つゾディアックは、笑みを浮かべたまま詠唱を続ける。
銃撃はいずれ尽きる。精霊術もただの時間稼ぎにすぎない。
しかし、そんな地味な抵抗をされているうちに分身の生産が間に合わない可能性もある。
そういった場合にそなえた保険として、大悪魔は爆破魔術を発動させようとしていた。
弩級の魔術を使うのだから、魔力の大半は失ってしまうだろう。
だが、最低限この場に留まる程度の力は残せるはず―――。
「―――見つけたぞ」
「……っ!」
後ろから声が聞こえてきた。
聞こえてくるはずのない、忌々しい敵……ライトの声が。
―――ゾディアックは分身を過信しすぎていた。
大勢の分身をくぐり抜けるなど到底不可能。
己へと接近するすべなど、一つたりともないと。
だが、ライトはそれをものともせず、一瞬にして接近していた。
正確には、バリューに分身たちの外側へと弾き飛ばしてもらったからなのだが、冷静さを失い魔術詠唱をおこなっているゾディアックに、そんな事を判断できるわけがない。
「魔術を使う事に集中しすぎたな」
「クソが……っ!!」
ライトの声に動揺してしまい、詠唱が途切れてしまった。
分身たちが足止めされている以上、ゾディアックは自分自身で迎撃しなければならない。
苦し紛れの抵抗といえるような形で、振り返るのと同じタイミングでナイフを横薙ぎに振るう。
「ぐ、う……っ!!」
「……は、はは!!」
そのナイフは運よく、ライトの右肩に深く突き刺さっていた。
突っ込もうとした体の動きは当然止められ、顔が苦悶の表情に変わっていく。
だが、決して地に膝はつかないとばかりにその場で踏ん張る。
「調子に乗った割には、避けきれなかったか! ふん、そのまま引き裂いて―――」
「本当に、避けきれなかったと……そう、思うか?」
斬られて動きが鈍る右手で、ゆっくりと……けれども動かされぬよう強い力でゾディアックの右腕を掴む。
こんな状況でも、破剣を左手に持ち替えるぐらい、ライトは非常に冷静だった。
運よく刺して貰うために、右肩を差し出していたのだから。
「ようやく、捕まえたぞ」
「まさか……! キサマァァァァァァ!!」
本意に気が付いたゾディアックは、慌ててナイフを引き抜こうともがく。
……だが、間に合わない。
動かぬよう固定されている右腕も、その腕を引きはがそうとした左腕すらも、その動きを阻むにはあまりにも遅すぎた。
「―――砕け散れ!」
掲げた左腕を勢いよく振り下ろす。
そのまま、肩に突き刺さっているナイフへ―――破剣の柄底を叩きつけた。




