ブロウの過去、そして二度目の対峙
「……うっそだろ」
「嘘じゃないから。今すぐに顔を見せる気は無いけどね」
「あん……? なんでだよ?」
「戦場で装備を外す人なんていないでしょ?」
「ふーん、そんなもんか」
「そっか、知らないんだ。じゃあそう思っても仕方がないよね」
辺りの警戒を怠らず、二人は話しながらゾディアックの元へと向かう。
支障が出たら面倒だったので、バリューは仕方がなく自分は女だとカミングアウトしていた。
やはりと言うべきか、ブロウは彼女のことを男性だと勘違いしていたらしい。
どうやら、ブロウからしてみると、ライトよりも身長が高く、重厚な鎧を着ていたこともあり男にしか思えなかったそうだ。
「そういえばオレの同僚騎士の二人組も女だったし、想像以上に女の騎士が多いのか……?」
「へぇ、そんなところもあるんだ。んー、どうだろう。私の国は普通に男の方が多かったけどね」
「てか、主様も女だし、あの城は女だらけだぜ? ホント、居心地が悪ぃ。カッパーで好き勝手やっている方が百倍はマシだ」
「ふぅん……。そんなこと言ってるけど、私から見たら寂しそうに思えるけど?」
「さ、寂しくなんて―――! ……いや、嘘を吐くのは良くねぇよな。今まで散々嘘吐いてきたし」
「今まで散々……?」
「誰にも喋んじゃねぇぞ!」
嫌々そうな顔をしながらも、ブロウは正直に答え始める。
―――それは、自分の過去の話だった。
「正直、寂しいんだろうな。なにせ、オレはボッチだから」
「ボッチ……? 独りぼっちってこと?」
「ああそうだ。実はな、オレは捨て子なんだ。正確に言うなら、親に売り飛ばされた子供だけど」
「親に売られた……」
「貧相な家に生まれたから仕方がねぇんだけどな。ま、運がなかったんだろ」
「……」
バリューはその話を聞き、口を噤む。
それは、ブロウへと語りかけられる言葉を見つけられなかったからだろうか。
はたまた、ブロウの話を遮ることなく、最後まで聞こうとしたからか。
「気付いた時には、ガラの悪い奴隷商人の商品としてカッパーに来てたんだ」
「生きるためならなんだってやった。それこそ、同じく捕まった仲間を売るなんて、日常的に行ってたぜ」
「そんなある日、不運なオレにも転機が来やがった。奴隷商が『暗部』入り口に立ち寄るっていう運がな」
「そして『暗部』のヤツらは、どうしてかわからねぇが、みすぼらしくて何も持ってねぇオレを買いやがった。自分たちだってろくに金を持ってねぇくせに、借金をしてまでも、オレを購入したんだ」
「だから、なるべく『暗部』の奴らに恩を返せるように、オレはまた汚れ仕事に手を出した」
「結局、ヘマをして迷惑をかけた挙句、なぜか枢機者に助けられて今に至るって感じだ。……てか、やっぱ、自分語りっつーのは慣れねぇな」
語り終えてから、恥ずかしそうにがりがりと頭を掻く。
そんなブロウの様子を、バリューは悲しそうな瞳で見つめていた。
「……辛かったね」
「ん? 辛くはねぇよ。ただ、不甲斐ねぇだけだ」
「不甲斐ない……?」
「オレはな、ヒーローになりたかったんだ。オレを買って育ててくれた『暗部』の奴らみてぇに、誰かを救えるような、そんなヒーローにな」
夢を語るブロウの顔に明るさはない。
もう叶える事は出来ないような、そんな暗く俯いた。表情だった。
「『自分の限界を決めてしまったら、そこから先に進むことなんて一生出来ないぜ?』」
「……は?」
急に何を言い出すのかと言いたそうに、ブロウは戸惑う。
だが、そんなことを気にすることなく、バリューは言葉を続ける。
「私の親友が言ってくれた言葉でね、出来ないって思わずに、出来るようになるまで頑張れって応援してくれたんだー。たとえ完璧とは言えなくても、そこに近い場所には絶対に辿り着けるはずだってね」
「……そんなもんかよ」
「それに、話してくれたってことは、信頼してくれているってことだよね? ブロウだって最初は「絶対に信用してたまるか!」って感じだったのに、こうやって信頼してくれたんだから、頑張ったらそのうちヒーローにだってなれるよ!」
「ま、まぁ、オレを命がけで守ってくれたからな。同じ『十忠』だってことも分かったし、今は協力関係だかんな。後々なんかあったらめんどくせぇし」
「本当にありがとう。私たちを信じてくれて」
「ベ、ベベベつに今だけだし! これが終わったら赤の他人だかんな!」
顔を真っ赤にしながらあたふたと答えるブロウに、バリューは笑う。
馬鹿にしたような嘲笑ではなく、愛おしいような微笑みで。
「うん、それで全然構わないからね。……それにしても、そんな歳で『十忠』になるのって凄いんだよ? 私ならまだやんちゃしてて、何も考えてない歳頃だもん」
「まぁ、まだまだガキだってことは認めてるぜ? だから主様も、同僚の騎士どもも、帰ってこないオレの事を怒ってんだってこともな。ガキのくせに一丁前なカッコばっかしてっから」
「そんなことないって。その人たちはきっと、怒る前に心配してくれているはずだよ? だって、私も同じようなことがあったからね」
「ん? 同じようなこと?」
「うん。私も騎士になる前は奴隷だったからね」
「……アンタが、奴隷だった!? それって一体どういった―――」
「…話は後だ。……来たぞ!」
「っ!」
バリューの頭を見つめていたブロウが、顔を前へ向けると、すぐ近くまでゾディアックが迫っていた。
その距離は僅か二十メートルほど。
駆け出せば一瞬で距離を詰めることができる間合いだった。
ブロウが見る限り、ゾディアックの体には相変わらず傷一つない。
だが、肩で息をしていることから、明らかに消耗しているのが見て取れる。
そんなゾディアックだが、二人を見て心底以外そうな顔をしていた。
満身創痍だったブロウが、バリューと共にやってきたからだろう。
「おや、もう片方は『炎熱』だったか。『誠実』はゴーレムに蹴り飛ばされようが、しぶとく生き残る奴だと思っていたが、存外、あっけなく死んだものかな」
「…残念だが、ライトはまだ生きている。流石に怪我の酷さから、その場に残して来たがな」
「……なあ、口調を戻す必要なんてあるのか?」
「…うるさい」
「っ痛てぇ!!」
余計なことを言ってきたブロウの頭を。バリューが無言で殴りつける。
加減をしているのだろうが、相当痛かったのか、ブロウ頭を抱えて呻いていた。
「…だから、貴様は私たちがここで倒す」
「て、手足の恨み、晴らさせてもらうぜ!」
「そうか、そうか!やれるものならやってみろ!吾に歯向かったことを、死ぬまで後悔させて―――!」
「…その腕、貰った!」
ゾディアックの言葉を遮りながら、バリューは瞬時に間合いを詰める。
ライトがあそこまで追い詰められていることは、相当に厄介な相手だ。
少しも油断することは出来ないだろうし、速攻を仕掛けなければ、いずれはやられてしまう。
そう判断したバリューは、とにかく先手を打つことにした。
本体のナイフさえ壊せばいいのなら、わざわざその肉体を狙う必要はない。
だが、ナイフだけを狙うのは、バリューの得物である壁剣だと厳しい。
(ならば、その腕ごと切り捨てるのみ!)
この時、バリューはあえて剣を大きく後ろに反らしていた。
『滅魔装甲』のおかげで、魔法にはある程度の耐性を持ち合わせている。
傷を負った体に、そう簡単には攻撃は入らないと考慮した、捨て身の一撃。
それを見切ったかのように、ゾディアックは軽く体を逸らし、隙間がある首筋へナイフを振り下ろそうと持ちてを逆手に変える。
……そのわずかなスキをバリューは狙っていた。
「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
体の重心を一気に後ろに傾けつつ、左へと体を回す。
後ろへ反らした剣は、バリューの剛力と重心移動によって、その場に残像を残す速さと、一帯に散らばる小さな蒸気機関を吹き飛ばす威力で、ゾディアックの右腕を肩口から切り上げ、上空へ吹き飛ばした。
想定外の動きにゾディアックは怯むも、残った左腕に力を籠め、バリューの頭部へ掌打を打ち込む体勢に入る。
「なるほど、捨て身の一撃で腕を飛ばすとは、考えたな下等種族!」
「…腕は落とした! 後は頼んだぞ、ブロウ!」
自らのバランスを崩す行動をしていたバリューには、その一撃を防ぐ術はない。
爆発音とともに、地面にのめりこむほどの掌底を、顔面に叩き付けられた。
さすがのバリューも、その強力な衝撃を頭に受けて、立ち上がることが出来ない。
……けれども、彼女の目標は無事達成出来た。
「貰ったぁぁぁぁぁ!」
上空へ跳ね上がっていた腕を、ブロウは左義腕で掴み取り、握りしめていたナイフごと勢いよく握りつぶした。
「どうだこの野郎!これで、アンタ……は……」
「―――ほう、これだけで吾を倒したと勘違いしたか」
勝利宣言をしようとしたブロウは、その光景を見て言葉を失う。
「「「「これで、オレの勝ちだとでも言いたかったのだろう?」」」」
「なん、だよ……それ……!」
ブロウの眼前には、ゾディアックが面白おかしそうに嗤っていた。
―――それも、その数を四人に増やして。
「お、お前、死んだ、はずじゃ……!」
「何かと思ったら、腕を切り飛ばす程度の考えしか持ち合わせていなかったか」
「流石は人間……いや、エルフだったか? まぁ、どちらにしろ馬鹿には違いなかったようだがな」
「実に浅はかで無鉄砲な策だ。わかりやすいにもほどがある」
「先ほどゴーレム蹴り飛ばされた男の方が、よほど面倒な相手だった」
余裕の笑みを浮かべながら、ゾディアックはバリューを蹴り飛ばす。
鎧を含めれば相当の重力があるはずなのに、彼女の体はいともたやすく空を舞い、ブロウの足元へと落下した。
「ひっ……!」
(ダメだ、こんなバケモノに勝てるわけがねぇ……っ!!)
ライトは消耗こそさせたものの、大怪我を負って傷を癒している。
アントを倒したバリューは、ゾディアックの右腕を切り飛ばしたが、反撃を一発食らっただけでその場から動けなくなった。
まさに、ゾディアックは最強の敵だった。
そして、その光景を間近で見たブロウは、恐怖に囚われ、その場から動くことすらできない。
もはや、手足が自由に動かせていたとしても、ブロウには打つ手が残されていなかった。
「「「「自らの愚かさを呪いながら死ぬがいい」」」」
「ち、くしょぉぉぉぉぉぉぉ!!」
前後左右から、真紅の凶刃がブロウの体を引き裂きに襲い掛かった。
一巻の終わりを覚悟し、思わず目をぎゅっと瞑る。
「「やらせるか……!」」
「「「「……っ!!」」」」
その言葉に反応したのか、四方の凶刃は一旦後方へと引き戻される。
―――いや、戻されたのではない。
四本のナイフによる挟撃は、ブロウに触れる寸前で二本の剣に弾かれていた。




