敗北と仇討ち
「く、そ……。詰め、が、甘、かった、か……」
瓦礫の中、蹴り飛ばされていたライトは、どうにか意識を保っていた。
だがその体は、蹴たぐられた時に受けた怪我や、のしかかっている瓦礫のせいで、ほとんど動かせない。
そもそも、あれだけの傷を受けて、生きているだけでも奇跡と言えそうだが。
ライトは常人よりも体が丈夫なので、まだ致命傷までは至っていなかった。
とはいえ、ボロボロな状態であるのには変わりない。
ゾディアックがここまでたどり着く前に、脱出出来なかったら、一巻の終わりだ。
(やはり、適当に切り上げて、逃げておくべきだったか……)
少し離れたところに転がる破剣へと、右手を伸ばす。
運良く瓦礫に体を潰されたり、貫通していたりしなかったので、いずれは届くはずなのだが、ライトの体は一向に前へと進まない。
そもそも、ライトはハッタリをかましていたが、ゾディアックの相手をするには、合性が致命的に悪い。
何しろ彼は、悪魔との戦闘経験が無い。
戦闘経験がある方が珍しいということは置いておくとして、得体の知れない相手と戦うということは、相当不利なのだ。
特に、ゾディアックの場合、二人の過去を知っている。
『滅魔装甲』があるバリューはさておき、耐性のある持ち物を持たないライトにとっては、ゾディアックと本気で戦闘することは避けるべきだった。
かといって、ライトがアントと戦っていたならば、彼に勝ち目はない。
対魔の力が皆無であるライトは『取捨選択』によって、身包み剥がされるどころか、ダルマにされてしまうのがオチだ。
実は先制でアントの喉を狙ったのは、少しでも勝率があると思われるゾディアックと戦うためでもあったが、アントを昏倒させて『取捨選択』を封じようともしていた。
しかし、結果がこの有様である。
(本当に、笑えないな……。うっ!)
どうにか拾い上げた破剣を杖代わりにして、ライトは起き上がろうとする。
だが、立ち上がるどころか、体を少し足りとも動かせない。
負荷を掛けると襲い来る激痛に負けじと声を堪えるが、その意思とは裏腹に、口から自然と呻き、喘ぐ声が出てしまう。
そうやって、ライトが苦戦しているうちに、だんだんと、何者かの足音と声が聞こえてきた。
(くそ、このままじゃマズい……)
戦闘で受けた傷の痛みと、下半身から脇腹にかけて覆い被さる瓦礫が、彼の体に重くのしかかる。
ゆえに、こんな状態では逃げることも反撃することもできない。
(……ここまで、か)
ライトの体にかかっていた負荷が、だんだんと軽くなっていく。
今から殺す割には、律儀に瓦礫が取り除かれているようだ。
(いや、殺すからこそ、なんだろうな)
―――自分の手で殺さないと、納得がいかない。
ゾディアックが抱いているその気持ちは、ほんの少しだけ、ライトにもわかるような気がした。
……そんなことを思いふけっているうちにも、ガラガラと音を立てながら、瓦礫は手早く撤去されていく。
もう、自分に残された手段は不意打ちぐらいだなと考え、ライトは死を覚悟しつつ、反撃の体勢に入ろうと、重い体を鞭打つ。
―――けれども、その耳に聞こえてきたのは、ゾディアックの怒鳴り声ではなかった。
「…早く手を動かせ! でないと、ライトが……!」
「うるせぇ! これでも全力でどかしてんだよ! そもそも、オレの左腕壊したのアンタだろうが!」
「―――あー、ここまで、飛ばされて、いたか……」
ライトが激突した建物は、ちょうどバリューたちが彼の元へと向かっている場所の付近だった。
そう、ライトは彼女たちのいる方向へと蹴り飛ばされていたのだ。
もし、『取捨選択』がまだ残っていたのなら……。
想像しただけでもぞっとする。
ライトは見えない壁にぶつかり、あっけなく即死していたところだった。
けれども、アントが倒されたことで、見えない壁が消え、激突せずに済んだことは、不幸中の幸いと言えよう。
……大怪我を負ったことに違いはないが。
(深々と突き刺さっていたくせに、結構問題なく動かせられるんだな。まあ、流石に人体よりは頑丈か)
頭がうまく回っていないのか、ライトはそんな、どうでもいい事を考えているうちに救出された。
傷だらけの体に細心の注意を払いながら、二人は人目につきにくい瓦礫の間に、ライトをもたれかからせる。
けれども、彼の顔色は一向に優れず、呼吸もどんどんと浅くなっていた。
「ライト……! 大丈夫!? しっかりして!!」
「……悪い。足止め、ぐらいしか―――」
「喋らないで!とにかく傷を塞がないと! 傷が深いし、骨折もしているし……!」
「……アンタ、急に女っぽい口調になってるが、それ素か……?」
ブロウは急に口調が変わったバリューの中身に怪しみ始める。
だが、そんなことはいざ知らず、彼女は自分に掛けていた『大地の祝福』を、当たり前のようにライトへと移す。
―――自分の怪我が完治したわけでもないというのに。
「おい、バリュー……!お前だって、怪我が……!」
「この程度どうってことない。それに『祝福』はさっきまで十分に使ってたから、大丈夫!」
「けど……!」
食い下がろうとしたライトは、鎧の中から見える有無を言わせないよう強く見開かれている瞳に、声を続けることができなかった。
鎧に付着している血痕を見ただけでもに 、バリューが受けたダメージは相当のものなのだと、彼ならすぐにわかる。
だが、兜の隙間から見える、その有無を言わせぬ鋭い瞳に、いつだってライトは逆らう事が出来なかった。
「……つまり、ゾウ……じゃねぇ、悪魔のゾディアックが諸悪の根源ってことなんだよな?」
「ああ、今の奴はアントに貸していた魔力を取り戻している状態ではあるが、『取捨選択』は完全に受け渡していたからか、能力が失われているようだった」
「とりあえず、大魔法使いを相手するって感じに近いわけね……」
ライトは端的にゾディアックの正体と、弱点を二人に伝える。
あまりにもゆっくりしていたら、あの悪魔がここまでやってきてしまうかもしれない。
今、大怪我を負って動けない彼の元までゾディアックが来たならば、ライトはただの足手まといだ。
そうなってしまう前に、いち早くこの場から離れる必要があった。
「あの悪魔がこっちに向かってきてる。なぜか転移することなく、歩いてだけど」
「やっぱり、俺の元へと来たか……」
「アンタ、よくこちらに来てるってわかるな?」
「あれほど禍々しい気を感じるのは初めてだからね……。とにかく、ライトは傷を癒すことに専念して。あいつは私たちでどうにかする」
「……え゛っ! オレもか!?」
「何言ってんの、当たり前でしょ! 手足奪った仇じゃない!」
「マジかよ……」
「つべこべ言わないで、さっさと行くよ!」
「ちょっ―――! 襟を引っ張んな、こけるだろ!」
バリューは嫌がるブロウを引きづって、ゴーレムが倒れている方角へと向かう。
ライトから見て、その後ろ姿は少し前まで敵対していたとは思えないくらい、仲が良さそうに思えた。
アントと戦っていた時に何かしらあったのだろうか?
例えば、昔の出来事を語る機会があったとか―――。
(いや、まさか、な)
口は堅いバリューのことだ、たとえ話したとしても話せない場所は端折ったり、はぐらかしているに違いない。
……でも、もしライトの知らないなにかを、ブロウへと話していたとしたら―――。
(詮索する気なんて、なかったはずなんだけどな……。って、いかんいかん。今、そんなことを考える必要はない)
頭をかいていた左手を地面に下ろし、瓦礫に体重の全てを預ける。
今はとにかく安静にして、早く動けるようにすべきだと、ライトは自分に言い聞かせた。
「お言葉に甘えて、少し、休ませてもらうか……」
誰に言うわけでもなく、独り言を口にした後、ライトは目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出す。
その脳裏には、なぜかレイジに叱られた思い出が蘇っていた。




