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ライトvsゾディアック

(くそっ! 流石は大悪魔と言ったところか……!)


 ゴーレムが振り下ろした左腕を避けながら、ライトは必至に頭を動かす。

 彼がいくら聡明だとしても、大悪魔がゴーレムを生成するだけの力が残っているとは、全く想定していなかった。

 しかし、運がいいことに、ゴーレムの体は元々壊れていた蒸気機関を、乱雑に組み合わせただけの代物だ。

 少なくとも、壊す事はさほど難しくない。


「おいおいどうした! 避けるだけしか出来ないのかぁ!?」

「ぐうっ……!」


 ……問題は紅いスーツの男、大悪魔ゾディアックがそれをただ黙って見ているわけがないこと。

 先ほどのナイフ裁きから、相手を的確に痛めつけるため、急所ではない部位を集中的に狙っていたと、ライトはすでに気づいている。

 だが、ナイフが弱点であることを悟られたとたんに距離をとり、巨人を生成したことを見るに、相当な慎重派だ。

 それに、その攻撃先は先程までとは異なり、体の中心へと向けられている。

 避けづらく、致命的な傷となる急所を狙っているのだ。


 そして、わざわざゴーレムをここまで大きくしたのにも理由はある。

 ライトを追い詰めるくらいなら、巨大にするよりも、彼と同じぐらいの大きさである人型の兵士を複数生成した方が得策だ。

 そうしなかった理由は恐らく、壊される可能性を考慮して、行動不能にしにくい巨人型を選んだのだろう。

 また、ゴーレムの巨大な体躯はゾディアックの体を隠し、ライトの注意をゴーレムの方へ向けることもできる。

 一対二ならまだしも、体躯が違う二体を敵にするのは、たとえ『十忠』の一人であるライトにとっても、非常に厄介な相手だった。


「どうした、来ないのか? ただ、吾から攻撃を受け続けることしか出来ないか! ハハッ……たった一人では本当に何も出来ず滑稽だな!」


 ライトが対策を立てる間もなく、ゴーレムはアームハンマーをライトへと振り下ろす。


「ちっ……! どうすれば―――」

「おい、考えている暇を与えるとでも思ったか!」

「く……っ!!」


 その一撃を避けつつ対策を立てようと頭を回すが、ゴーレムの硬直時間を利用し、ゾディアックが瞬時に接近しナイフを振るう。

 先ほどまでとは違い、一撃が重く、心臓一点を集中して狙ってきた。

 体を浅く裂かれながらもその攻撃を避け、反撃へ移ろうとするも、その間にゴーレムの硬直時間が終わり、再度、即死級の一撃をライトへと振るう。

 それを回避したとしても、その一撃で瓦礫は巻き上がり、ライトの体へと襲いかかる。

 さらに、回避した先にはゾディアックが待ち構えていた。


(このままじゃ不味い……。くそっ、あの戦い方は気が向かないが、今回ばかりはどうにも―――)

「どうした! その程度か!」

「ち、くしょう……!」


 度重なる波状攻撃に、体力が限界に近付きつつあったライトは、足元に転がっていた蒸気機関に躓く。

 瞬時に立ち上がろうとするが……もう遅い。


「がはっ……!!」


 すくい上げるような動きをしたゴーレムの拳が、遂にライトの体を捉える。

 全身を強く打ち付けられ、彼の体は空高く跳ね上げられた。


「大口を叩いていた割に、所詮はこの程度の実力か。どれ、とどめは吾が直々にさしてやることにしよう」


 ニヤリと笑ったゾディアックは、吹き飛ばされたライトが落下すると思われる地点に転移する。

 上を見上げると、だんだんと落下してくるその姿が見えて―――。


「……何だ、あれは?」


 だが、ゾディアックの前に落ちてきたのは、意識を無くしたライトではなく……。

 彼が身に着けていた鎧が巻きつけられている()()()()()()()だった。

 しかし、一見しただけでも、明らかに人ではないとわかるそれとライト本人は、一体いつのまにすり替わったのか……。


「……まさか!」


 ゾディアックはある可能性に気づき、慌ててゴーレムの方を振り返る。


 ―――その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()


「やってくれたな、あの下等種族が……!!」


 ゾディアックはそう吐き捨て眉を吊り上げる。

 だが、その口元は笑みを浮かべたまま。

 想定外のことに驚いたが、どうということはないというかのような表情のままだった。

 そして再度、ゾディアックの体は赤い靄に包まれる。

 今度こそ、あの男の息の根を止めるために。



「はぁ、はぁ……上手く、いったか。よかった……」


 一方ライトは、荒い息を吐きながら、ゴーレムの足元付近に立っていた。

 すぐに駆けつけてくるだろうゾディアックを、戦いやすい場所で迎撃するために。


 ……実はゴーレムに殴り飛ばされる直前、ライトは賭けに出ていた。

 先ほどまではゴーレムの攻撃を回避していたが、避けたところで、待ち伏せているゾディアックに迎撃されることは間違いない。

 とにかく、二対一の現状を一対一に戻さなければ、ろくに戦う事すら出来なかった。

 それならば、ゾディアックの視界に入らない場所へと移動し、邪魔が入らないうちにゴーレムを潰す必要がある。

 自分が遠くに吹き飛ばされていると見せかけ、奴の注意をそちらへと向ける方法……。

 ―――その最適解として、ライトは身代わりの術を使っていた。


 その昔、彼は時間の許される限り、レイジから忍術を学んでいた。

 教わった技は多岐ににわたり、身躱し、隠れ身、影分身、口寄せなど、高度なものも覚えている。

 そして、身代わりの術もその中の一つだった。

 とはいえ、ライトは気を用いる技のほとんどが扱えなかったため、口寄せや影分身は使えず、初歩中の初歩しか使えない。

 せめて分身さえできたら苦労することもなかったのだが……と、ライトは考えていたが、無い物ねだりをしても仕方がないと、変わり身の術を利用することにしていた。


 ゴーレムの一撃を受けそうになったその時……ライトがとっていた行動は、至ってシンプルだ。

 まず、鎧を脱いで近くにあった鉄くずへと巻きつける。

 そして、ゴーレムの拳をギリギリまで引きつけて回避する。

 たったこれだけ。

 もちろん、拳から散らばった破片は、彼の体に容赦なく襲いかかってくるし、変わり身がゾディアックに通用するかは微妙だった。

 ……けれど、拳から飛散した破片で致命傷を受けることはなく、ゾディアックもうまいこと誘導できたおかげで、どうにかゴーレムの両腕を落とすことに成功した。


 ゾディアックは非常に慎重で狡猾、それでいて残忍な悪魔だ。

 己の目で敵の死を確認しない限り、気を抜くことはなく、散々痛めつけたのち、自分がとどめを刺さないと気が済まない。

 だからこそ、ライトの落下地点に待ちかまえ、落下してきたところへ、最後の一撃を見舞おうとするだろう。

 ―――彼はそれを見越していた。

 一対多が厳しいのであれば、一対一ができる状態に相手を誘い込み、倒しやすい方を先に倒す。

 ライトが戦闘によって身に着けた技術の一つだった。


 その場に忍んでいることを気づかれる事なく、ゾディアックをその場から引き離してしまえば、あとはゴーレムの脆い箇所を徹底的に叩けばいい。

 なにせ拳を振るうたびに自壊しているおんぼろだ。少し強い負荷をかけるだけで、簡単に腕は落とせる。

 本当は核を破壊した方が安心できるのだが、身代わりだけではそこまで時間を稼ぐことはできない。

 だからこそライトは、疲れと怪我の痛みで意識朦朧になりかけているが、継戦準備を整えていた。


「……これで、力をほとんど使い果たしたお前と、傷だらけの俺の、一対一に戻ったな」


 疲れを隠しながら、目の前で紅く揺らめく空間に声をかける。

 案の定、ゾディアックがその場所に現れた。

 ……だが、どこか様子がおかしい。

 ずっと笑みを浮かべていた口元は、いつのまにか口角が下がっている。

 それどころか、溢れ出る憎悪を全身から放っていた。

 けれどもそれは、ライトに向けられたものではなく、遠く離れた誰かに向けられているようにも見える。


「悪魔のくせにわかりやすいな。大方、契約者がバリューに倒されたんだろ」

「馬鹿な……そんなことあるはずがない! あいつは多くの有力者から物を奪い、四十人分の力を持ち合わせていた! それが、たった一人によって倒されるだと……!」

「なんだ、そんなことか。言っただろ、バリューと戦う時点で、あいつには負けが確定していると。たとえ、『取捨選択』で奪った力を使ってもな」

「『鎧通し』を受けて、平然としていられるとでも? 決してそのような事が起こるはずはない! たとえエルフ種であろうとも、臓器を潰されてはろくに動けるわけ―――」

「お前が俺たちの過去を知っていたとして、それがなんだ。俺たちだって、日々成長している。いつまでも、昔の自分でいるままにはいかないからな」


 その昔、自分たちが驕っていたことを、二人は充分以上に理解している。

 もっと自分たちに力があれば……。

 どれほど、そういった思いを繰り返しただろうか。

 ―――いくら悔もうとも、もう二人の元にあの人は帰ってこないのに。

 だからこそ、二人は誰にも悟られないように、死にもの狂いで力を磨いていた。

 それこそ平常時、周りの人から見ると、大切な人を失った脱力感に苛まれていると思ってしまうほどに。


「クソッ!! ただの位が高いだけの騎士ごときに、わたしの崇高な目的を邪魔されるとは……!腹立たしい限りだ……!」

「さあ、どうする? 降参するか? それとも、あのガキみたいにこの世から消えるか?」

「……今、なんと言った?」

「ああ、アントのようにお前も壊してやろうか―――」

「このゴミ虫風情が……! 何を思い上がっている!!」


 依然、意識が朦朧としていたライトは、この時二つの大きなミスを犯していた。

 一つはゴーレムを作ったことで、ゾディアックの力がほとんど尽きていると勘違いしていたこと。

 もう一つは両腕を崩落させたことで、ゴーレムの動きを封じたと思い込んでいたことだった。


 急に感情をあらわにした大悪魔を、怪訝な目で見つめていたライトは、すぐさま異変に気付く。


「まず……っ!」


 彼は自身の身に何が起こるか把握するが、眼前まで迫っていたそれに何をしようとも、もう遅い。


 ―――ゴーレムの右足がライトを蹴り飛ばした。

 それも遥か遠くにある遠方の建物に直撃するほどの威力で。


「キサマのような者が、吾らを愚弄する事は決して……決して許さん!」


 ゾディアックの怒鳴り声と共に、両腕を失ったゴーレムは、バランスを崩し、倒れて動かなくなる。

 けれども、瞬間的に繰り出されたその一撃は、明らかに人間には耐えきれそうなものではなかった。

 怒りで荒い息を吐きつつ、ライトがいるであろう倒壊した建物を見やり、忌々しげにつばを吐く。

 その憎悪はもはや、はたから見てもわかるほどに、紅く燻んだオーラとなり、ゾディアックの体を包み込んでいた。


「はぁっ、はぁっ……死んだか? いや、死んでいようが関係ない! アントが死んだ以上、わたしにはまだ半分の魔力が残っている! その力でアントをこの世に呼び戻し、わたしたちを愚弄した罰を、愚かな人間共に刻み付けてやる……!」


 痛みで悲鳴をあげるライトの姿を思い描いたのか、ゾディアックは口元を笑みで歪ませ、その時を噛み締めるためのように、倒壊した建物へゆっくりと歩いて行った。

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