表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/166

相手を傷つけるということ

「…幸せは誰かに与えて共有しあうもの。その意味を最期に()()()()()()()だけでも、君は私よりも凄いよ」


 まるで眠るように息を引き取ったアントを見下ろしつつ、聞こえないほど小さい声でバリューは呟く。

 そこにはもう先ほどまでの殺意はなく、ただついさっきまで敵だった少年を、(とむら)うかのような表情をしている。


 ―――アントの最期は苛烈なものだった。

 必死になって喉を守り続けたその四肢は、『物衝反射』によって捻り潰されている。

 まるで走馬灯を見ているように、うわ言を漏らしていた喉も最終的には締め潰された。

 喉と四肢を潰されたことで、アントは壮絶な痛みに襲われたことだろう。

 でも、その顔は悔しさと満足が入り混じったかのような笑みだった。


 ……そして、その一部始終をブロウは見ていた。


 平然と立っているように見えるが、息は荒く、動きがぎこちない。

 それはそうだろう、アントの必死の抵抗は『物衝反射』に身を包んでいても、完全には防ぎきれなかったのだから。

 致命傷の肉体は限界に近く、早く手当をした方が賢明だろう。

 だが、バリューはそんなことを気にせず、空を見上げ、何かを思いふけっているようだった。


「おい! 大丈夫か!?」

「……」

「……おい、鎧の! まさか、死んだわけじゃねえよな!?」

「―――ああ、生きている。少し意識が飛んでいたようだ」

「意識が飛んでたって……! ぜってえヤベェやつじゃねーか!!」


 慌てふためくブロウをよそ眼に、バリューはやはりどこか意識がもうろうとしているのか、ふらふらとその場からブロウの元へ歩き出す。


「…気にするな。『大地の息吹』で少しずつだが、傷は癒している」

「それって、さっき言っていた精霊術ってやつか」

「…ああ、そうだ」


 そう、こうも彼女が落ち着いている理由の一つが、大地の精霊術『大地の息吹』だ。

 この術は大地に宿る生命力を分け与えてもらい、自身もしくは相手の自然治癒力を高める力がある。

 ……けれども、失った血液や肉体が戻るわけではない。

 いわゆる応急処置の類というべき術だ。

 だとしても、どうして冷静でいられるのか。

 ―――それは、昔の自分が言われたことを反芻していたからかもしれない。


「……悪ぃな、オレの代わりに復讐してくれてよ」

「…復讐?」


 まるで心外そうな声色で、バリューは返事をする。

 ブロウの付近に戻ってくる頃には、ある程度呼吸が整ってきていた。


「…復讐したつもりはない。ただ、あいつはやりすぎたんだ」

「確かにそうだな。好きなだけ暴れまわって、ホント自業自得だぜ!」

「…そこまでにしておけ。あまり貶すな」

「は? 何言ってんだよ、人の物を散々奪ったやつだぞ!? こんな奴死んで当然に―――ぐふっ!?」

「いい加減にしろ!!」

「……っ!!」


 バリューは有無を言わさず、ブロウの脇腹を蹴り飛ばす。

 その一発に手加減などはない。

 不意の一撃による驚きと痛みで、ブロウは声を発することが出来なくなっていた。


「…ブロウ。貴様が復讐にとらわれているのはわかる。現に、その手足はアントに奪われたのだからな」

「……っ! だ、だったら―――!」

「…だとしても、死者を貶めるな。奴がやったことが決して許されざる事だとしても、命を冒涜するその行為は、騎士以前に人としてやってはならない」

「……なんでだよ」

「…何も得られないからだ。死者を辱めて、喜ぶような態度をとるようなら、私は貴様を人間とは呼ばずに、悪魔と呼ぶこととしようか」

「……」


 その言葉に、ブロウはキッと顔をしかめながらも、おし黙る。

 流石に『悪魔』のような扱いは、されたくなかったのだろうか。


「……」

「……チッ」


 結局、双方の睨み合いは、バリューに軍配が上がったようだ。


「…わかったか?」

「……」

「…返事は無しか。それなら―――」

「わかった! わかったっての! アイツの事は許せねぇけど、これ以上の文句を言ったって意味ねぇからな!」

「…それならいい」

「―――やっぱり、アンタは変なヤツだな」

「…?」


 正直な返事に感心したバリューが、突き刺していた壁剣の柄を握りしめる。

 そのタイミングで、兼ねてから気になっていた疑問をブロウは問いかけた。


「なあ、どうしてそこまでオレに構う? あの時、剣があったら楽勝だっただろ」

「…別に、剣がないと戦えないわけではない」

「いや、それくらいは見ていてわかったけどよ。だとしても、わざわざオレを助けるような真似をしなくてよかっただろ」

「…騎士だから、という理由ならば納得するか?」

「いいや、納得できねぇ」

「…はぁ……」


 頑なに問いを投げかけてくるブロウに、バリューは大きく溜息を吐き、首を竦める。

 その態度は、いいわけのつかない子供を相手する事に、辟易(へきえき)としているようにも見えた。

 だが、ブロウを静かに見つめていた双眸(そうぼう)は、そのような扱いをしていない。

 むしろ、どこか懐かしいさを感じて、優しげに揺らいでいた。


「…そうだな、少しだけ昔話をすることにしようか」

「は? 昔話?」

「…ああ。私が私である所以(ゆえん)を作ってくれた人から、教わったことを話してやろう」

「それがオレに構う理由だってのか?」

「…それと、今回アントを殺した理由でもある」

「……それってどういうことだよ?」

「…聞けばわかる」


 そう言って間も無く、彼女は語りだす。

 自分を変えてくれた、大切な人から教わった出来事を……。



 *



「なあ、いい加減に観念しようぜ、バリュー」

「な、なんのことかな……?」


 口に煙管(キセル)を咥えていた男性が、石の上に座って少女を見下ろしている。

 紺の薄衣と首の墨色をしたマフラーは、まるでその人物の様相を示しているかのように、静かに風で(なび)いていた。

 対する少女……バリューは、普段身につけている鎧を傍らにおき、無難で薄手のシャツとズボンを着ている。

 地面にぺたりと座っているその足元には、手入れ中の壁剣が乗っかっていた。


「おいおいとぼけるなよ。投石部隊を相手にした話はもう伝わっているんだぞ」

「……やっぱり、その話、だよね」


 男性……二人の親友であるレイジに確信を突かれ、バリューは苦笑いを浮かべた。


 それはまだ、《フェルメア》と《フォンテリア》が戦時中だった頃。

 なんだかんだでライトとバリューが、『二人で敵地カファルの拠点を撃破せよ』との命を主から賜り、喧嘩しながらも旅していた時の話である。

 二人はつい最近、フォンテリア国付近に潜んでいた投石部隊を撹乱し、投石機を破壊した後どうにか逃げてきたところだった。


 そこまではまだいい。

 当初考えもしなかった投石部隊を発見し、咄嗟の策として場を引っ掻き回す事で、投石部隊が潜んでいる事が《フォンテリア》側に伝わったのだから。

 問題はその最中、投石部隊を奇襲した時の事。

 ライトが投石機を破壊して回っている間、バリューはただ敵視を集め陽動に回るだけで、一切の武力を用いていなかった。

 もちろん、ライトが受けた負担は半端でない。

 疲労のせいか、キャンプ地で昏々(こんこん)と眠り続けていた。

 ……まだ姿を晒した事がないバリューにとっては、鎧の手入れができる丁度いいタイミングだったが。


 そして、ライトに少しだけ悪いなと思いながら、鎧を脱いで手入れを始めようとした時、別行動していたレイジが突然現れた。

 かと思いきや、バリューへの説教がいきなり始まり、今に至る。


「もちろん悪いとは思っているよ。あいつの足を引っ張ってしまったから」

「はぁ……。ライトに対してはこうも辛辣なのに、どうして他の人にはそう出来ないんだか」

「そ、そんなこと……」

「なあ、誰かを傷つけることから目を背けていると、そのうち何も守れなくなるぞ」

「それくらいわかって―――!」

「いいや、わかってないな」


 レイジの目がキッときつくなり、睨まれたバリューはのっぽな体を縮こませた。

 けれども、そんな様子を気にすることなく、彼は淡々と事実を述べる。

 ……彼女にとって、残酷な事実を。


「あの投石部隊だがな、まだ投石機を隠し持っていたぞ」

「えっ!? 嘘だよね……?」

「嘘なんて言ってない。そして、それを動かすための人員は半数以上が無傷だった。……何があったか想像できるな?」

「……わ、私のせいで、犠牲者が出たんだね。私があの時、少しでも戦っていたら―――!」

「あー、泣くな泣くな。泣かせたくて言ったわけじゃないぜ?」


 自身が行った行為のせいで、国民……中には一般人にも被害が出ている事を察したバリューは、ポロポロと涙を流して懺悔する。

 そんな彼女の姿に戸惑って頭を抱えるレイジだったが、そのままにするわけにもいかないので、そんな状態でも言葉を続けた。


「それに、こうなったのは決してバリューだけのせいではないぞ? だがなぁ、少しでも手負いにさせておけば、敵軍の計画が後回しになっただろうことも事実だ」

「グスッ……でも、私は傷つけたくない」

「おれだって多くの人に手をかけてきた。自分が死なないためにも、間接的に誰かを守るためにも、それは必要な出来事だったんだ。―――お前なら理解できるだろ?」

「わかる、けど……」


 言い淀む彼女を見て、レイジは大きく溜息を吐いて、頭を掻く。

 けれど、態度とは裏腹に、その顔は真剣そのものだった。


「あのな、バリュー。大事なのは、その人に自分がした事を、絶対に忘れないことだ」

「忘れない、こと―――」

「だってそうだろ? ただ無作為に殺して回ったら、ただの殺人鬼と変わりないぜ」

「それはそうだけど……」

「世の中にゃ善しかない、悪なんて他人から見た視点だ。だったら自分の正義を貫きゃいいさ。相手のことも考えながらな、っと!」


 岩の上からレイジは飛び降り、音一つ鳴らすことなくバリューの近くで着地する。

 咥えていた煙管は、いつの間にか衣服の隙間に差し込んでいた。


「ああそれと、誰が相手でも死んだやつを悪く言うのはダメだぜ? 死人に口はないんだ。いくら罵られようとも、何の返事も来ることはない。だからって貶しっちまったら、その時点で人でなしの仲間入りだ」

「……な、何の話?」

「あ、脱線しちまった。要するに、過去にとらわれるなって事だ。……いや、忘れちゃいけないけどな。けど、いつまでもそればかり考えてちゃ、前なんて見えないだろ?」

「……うん」


 大きく頷いたバリューの顔に、もう哀しみの表情はない。

 意思を持って困難と向き合う、そんな表情に変わっていた。


「多くの傷、多くの死を背負って生きること、それが力を持っている人の宿業なんだぜ―――なんて、女の子に言うようなセリフじゃなかったな」

「ううん、ありがとうレイジ。頑張ってみる……ちょっとずつになるかもだけど」

「少しずつでいいんだぜ? 無理する必要はないからな、地道な努力こそ成長の近道だ」


 いい顔付きになったもんだと、レイジは改めて思う。

 彼が初めて会った頃と比べたら、バリューは見違えるかのように感情が豊かになっていた。

 けれども、レイジはまだまだいい顔が出来るはずだと考えている。

 ―――だからこそ、こうやってお節介をかけているのだ。


 だが、彼がそう思った途端、バリューは不安そうな表情に逆戻りしていた。


「あのねレイジ、私は……」

「ん? どうした?」

「私は、ただ怖がっているだけなんだと思う」

「怖がっている、か……。誰だって死ぬのは怖いぜ?」

「そうじゃなくて……。人を傷つけることが、怖い」

「ああ、そっちか。バリューは優しいもんなぁ」

「そんなことないよ……。ただ、自分が傷つきたくないの。だから、他人も同じように傷を負わせたくない。ただそれだけ―――って何その目」


 話している言葉を中断して、彼女は問いかける。

 言われた側であるレイジは、とても納得いかないような顔で、バリューを見ていた。


「その割に、ライトとはいつも喧嘩してるじゃないか」

「う……! そ、それは―――」


今度は恥ずかしさのせいか、バリューは視線をさまよわせる。

心なしか頬も赤らんで見えた。


「ん? 言い淀むってことは理由があるんだな?」

「……あいつはちょっと苦手。凄く直接的なのに、どこか分かりにくいから」

「あー、そう来たか……」


(―――やっぱし直感だけは凄いよな、バリューは)


「なにか失礼なこと考えてなかった?」

「いや、そんなことはないぜ?」


 (いぶか)しげに問う彼女に、すぐさまレイジは答えを返す。

 内心ではバリューの直感にヒヤヒヤしていたが、彼は冷静さを装って、再び口を開く。


「バリューの言う通り、ライトはそんな感じの態度をしてるやつだからなぁ。けど、本人に悪気はないんっぽいから、少しだけ大目に見てやったらどうだ?」

「……向こうが少しでも譲歩してくれたらね」

「なんだそりゃ。こりゃあ、仲良しになるにはまだまだ時間がかかりそうだなぁ」

「仲良くなんてならないから!!」

「あっはっはっは! やっぱりおまえらは面白いやつらだぜ!」


 レイジは身長の割に大きく無骨な手で、バリューの頭をがしがしと撫でた。

 髪の毛は乱れ、ちょっぴり痛そうな顔をしている。

 でも、きっと彼女は悪い気を微塵(みじん)も感じていなかった。

 むしろ心地よさを感じられて、もう少しだけそうされていたいと、そう思ったに違いない。


 ―――なにせ、バリューには味わったことがない感覚だったから。



 *



「…と言うわけで、私はお人好しだからな。目の前にいる人をどうしても助けたくなってしまう」

「ふん、だから、オレに構ったってか」

「…まだ疑問が残るか?」

「……いや、十分すぎるくらい納得いく理由だったぜ」

「…それならよかった」


 握っている柄に力を込め、深々と突き刺していた壁剣をあっさりと引き抜く。

 そして、小気味の良い音を鳴らして、鋭剣だったそれは、元の平たい板のような形に戻っていた。


「なあ、どうしてさっきのままの形にしねぇんだよ? それじゃあ、ろくに何かを切れないだろ」

「…もちろん、切れないから、だ。私はよっぽどのことが無い限り、何かの命を奪う気などない」

「不憫なヤツだな」

「…好きでやっている。とやかく言われる理由はない」

「へいへい。……っと」


 バランスを取りながら立ち上がった姿を確認して、バリューは遠くの方を見つめる。

 その先にいるであろう、彼の姿を探しながら。


「…さて、行くか」

「行くって、どこにだよ」

「…ライトの元に、だ。あいつはまだ戦っているかもしれない。……それに嫌な予感もする」

「ちょっと待て! アンタが受けた傷は相当なもんだろ! そんなボロボロの状態で行くってのか!?」


 ブロウへの返事は無い。

 さっきまでの余裕はどこに消えたのか。

 ……それとも、余裕がないことを思い出したのか。

 バリューはふらふらと歩みを進め続ける。


「おい! 待てって!」

「…立ち止まってる時間なんてない! こうしているうちにライトが致命傷を受けていたら、貴様はどうする気だ!!」

「……っ!?」

「…私は大丈夫だ。とにかく、先に行かせてもらう!」


 純粋愚直なブロウですら、その変貌ぶりに気付かざるを得ない。

 やはり、明らかに焦っている。

 ―――そんな様子を見て、ブロウは違う誰かがそうなっていた所を思い出しそうな気がした。


「ったく! 見てらんねぇな! オレも行くぜ!!」

「…ろくに戦えないだろう?」

「バカにすんなよ? オレは元々遠距離専門だ。銃さえあれば、どうとでもなんだよ」


 散らばった銃器を拾い集めながら、ブロウは答える。

 正直、本人にすらバリューと共に行くと言った理由がわかっていない。

 けれども、どうしても行かなければならない。

 とにかく、そう思ってしまったのだ。


「…そうか。ならば行くぞ、ブロウ」

「おうよ。ゾウの野郎をぶん殴ってやろうぜ」


 そうして、満身創痍ながら準備を整えて、二人はライトの元へと歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ