既に奪われていた
「―――っ!」
バリューは何かを口走ろうとしたのか、掠れた声が兜から聞こえてくる。
だが、その言葉は誰に届くこともなく、ぐらりと体勢が傾き片膝と手を地面に付いた。
「……! 鎧の奴!」
「あはははは!! 東方の拳人から奪った、『裏通し』の威力はどうだ!」
「…なる、ほど、な」
「はは……は……?」
バリューが受けた内臓へのダメージは相当なものだった。
しかし、鎧だけに頼るほど、彼女が誇る『城砦』の名は廃れてなどいない。
ぼろぼろの体を震わせながらも、バリューは立ち上がる。
……守るものがある限り、決して諦めるかと。
守ろうとしたものを二度と失ってたまるかと。
「…確かに、凄まじい、力だ。だが、それは、貴様の、力では、ない!」
「ひっ……!」
アント達は先ほどの戦闘を最初から最後まで見ている。
だからこそ、会心の一撃を受けたはずの相手が立ち上がり、こちらに向かってくることに恐怖を覚えていた。
なにせ彼女は、気圧弾を二発受け、裏通しを体の芯に当てられている。
体内はぐちゃぐちゃの状態になっていてもおかしくはない。
だが、そんな瀕死の傷であろうが立ち上がり、鎧の騎士はこちらへと向かってくる。
倒れても絶対に立ち上がる、その『不屈』の精神にアントは戸惑い、恐れを抱いていた。
無意識のうちに体を震わせてしまうほどに。
「…貴様は、初めに、復讐のため、悪魔に、力を、貰った、のだろう」
「く、来るな……っ!」
「…だが、貴様は、その力に、溺れた」
「違うっ! 僕はただ奪われたものを取り戻したかっただけ……!」
「…契約に、よって、体半分を、持って、いかれた、のだろう。だが、それは、貴様が、望んだ、結果だ! 決して、何者かに、奪われた、わけでは、ない!」
「違う……! 違う違う違う違う違う!! 僕はただ、本来手に入れるはずの物を……!!」
「…都合の、いいこと、ばかり、だな。貴様は、非常に、浅ましい。貴様と、契約した、悪魔に、同情すら、覚える」
「僕が浅ましいだと!? 欲しいものを手に入れるのためには、どのような手を使ってもいいじゃないか!」
「……やはり、ワガママな、思考を、持て余す、ただの、ガキか。だから、貴様は、誰かから、ものを、奪う事しか、できない」
アントの体から震えが消えた。
その顔に浮かんでいたのは憤怒の形相。
彼の事を散々馬鹿にしてきただけでなく、その全てを奪っていった騎士たちの顔を思い浮かんだのかもしれない。
「我儘なガキだって…! 言いたい放題言いやがって! そんなに早く死にたいなら、もっと強い……体が破裂するぐらいの一撃を与えてやるよ!!」
「…そうか、もう、人の声を、聴く耳も、持たなく、なったか」
「なんとでも言ってろよ! 今度こそ死ね!!」
怒りに身を委ねたアントはバリューへと突っ込み、再度、鎧に触れようと手を伸ばす。
今度は優しく触れるどころではない、掌底のような鋭い一撃。
彼が豪語していたように、喰らってしまったら体が爆ぜるかもしれないその攻撃を、バリューは避けることなく受け止める……。
「………だから、貴様は愚か者なのだ」
―――その右手は鎧に触れると共に、捻り潰された。
「……は? ―――ぎ、ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」
「…自尊心が高い貴様の事だ、挑発すれば必ず乗ってくるだろうと思った。何度でも言わせてもらうが、どのような技を使おうとも、知ってさえいれば対策は容易にできる」
捻じれた腕を驚いて眺めていたアントだったが、一瞬の間もなくその痛みにのたうち回る。
その様子を、何の面白みもなさそうに、バリューが覗き込んでいた。
……実は、バリューが先ほどまでたどたどしく喋っていたのは、半分ほど演技だった。
『裏通し』を受け、片足と手を地面に付けた時、彼女は精霊術『滅魔装甲』を剥がし、代わりに『物衝反射』に切り替えていたのだ。
『取捨選択』が効かないと知ると、アントは物理的な攻撃手段を取ってくるだろう。
そう考えたバリューは、『裏通し』をあえて受けることで、物理攻撃なら通用すると思い込ませていた。
「な、んで……!」
「…どうして平然としているか、か? 別に、何の面白みもないぞ。 貴様と戦う前から、土の精霊術『大地の祝福』を発動していて、少しずつ傷を癒していた。 ただそれだけだからな」
「うぐ、く、くそ……っ!」
「それに、弱っているふりをすれば、油断も誘える。貴様のようなガキなら、なおさらそうだろう」
右腕を抑えながら、地面に蹲るアントを見下ろしながら、彼女は淡々と告げる。
そこに、さっきまでの苦し気な姿はない。
鎧の足元まで濡らしている血痕すら彼女の物とは思えないほどに、その立ち姿は威風堂々たるものだった。
「い、嫌だ! く、来るな……っ!」
「…貴様が得られる物は、最早何もない。今の貴様は、一人の少年が復讐したがっていた、物奪いの騎士たちと何も変わらない、貪欲な人間だ。ならば―――」
アントのすぐそばまで歩み寄ったバリューは、彼の首にゆっくりと両腕を伸ばす。
ただ、その姿にいつものバリューらしさは見当たらない。
普段の彼女を知る人には、到底考えつかないような低い声で語り掛けて、曇った蒼の瞳で敵をじっと見つめる。
その姿はまるで……。
―――彼女が慕っていた、あの人のようで。
「…再度、失う恐怖をじっくりと味わえ」
そのまま、少年の喉へ静かに手を添えた。




