バリューvsアント
「……う、嘘だ! 効かないはずがないのに!」
「…何を驚く必要がある? これは当然の結果だ」
至極当たり前のように、バリューは答える。
確かに、アントの影から伸びた無数の黒腕は、絶大な力で彼女の鎧を引き剥がしにかかった。
だがその腕は、バリューの鎧に触れる直前で掻き消されていく。
まるで、無力に等しいかのように。
「僕の『取捨選択』が効かないはずがない! 何かの間違いだ……!」
「…『取捨選択』か、確かに対策がなければ、ただやられていただろうな」
『取捨選択』を弾かれ焦っているアントは、バリューの平然とした答え方に憤怒の形相を浮かべる。
だがその表情は、彼女の冷ややかな瞳に映ることはない。
「対策、だとっ……!? ふざけるな! 僕のこの能力に、対策なんてあるわけ―――!」
「…そもそも、その力、お前のものではないだろう?」
「なっ……!? この力は僕が手に入れた力だ! 僕の力でないはずがないだろ‼」
「……いいや、違う。その力は、お前が悪魔との契約によって手に入れた、悪魔の力だ」
「……っ!」
確信を突かれたのか、忌々しげな顔をバリューへ向ける。
だが、アントからいくら威嚇されたところで、彼女は少しも動じることはない。
慌てたように動揺したのは、バリューの後ろで寝転がっているだけだった。
「悪魔!? 悪魔だって!? 悪魔は物語の中でのみの存在じゃねえのか!?」
「…悪魔は存在するぞ、ブロウ。現に、目の前の小僧が使っている技は、明らかに人智を凌駕している。魔術ですら貧弱に感じるほどの圧倒的な力、そんな力を使えるのは、大悪魔か精霊またはドラゴン程度だ」
まるで、バリューが絵空事を喋っているかのように聞こえたブロウは、思わず彼女に問いかけていた。
だが、肯定的な答えが返ってくることを想定していなかったようで、目を白黒させている。
悪魔はフィクションの中にしか存在しないと、勘違いしていたのかもしれない。
「悪魔の力だってわかっているのなら、なおさらおかしいじゃないか! あんな風に掻き消されるなんて、ありえないはずなのに!」
「…詳しく説明しないとわからないようだな。貴様は悪魔の力を借りている。だからこそ、私の鎧に弾かれたのだがな」
「―――そうか、退魔加工か!」
アントは、その言葉を聞いてようやく察しがついたようだ。
そう、精霊や妖精は悪魔に対抗するすべを持っている。
同じ超自然的生命体でも、悪魔は非常に好戦的で危険な存在だ。
だからこそ、超自然的生命体の中では比較的非力な存在である精霊族は、一時的にその効力を無力化する退魔の力を持っている。
それ故に、鎧に退魔の力を付与している退魔加工ならば、魔の力を凌ぐことは容易だ。
そのことに気づいたアントは、腹立たしい気持ちに紛れて唇を噛む。
「けれど、所詮退魔は魔を退ける程度の力! いつかは僕の力が届くはずだ!」
「…残念だが、この鎧は退魔加工ではない」
「……は?」
「…滅魔装甲だ」
「め、滅魔だって……! あり得ない! 滅魔の力は一部の上位精霊か竜しか持ち合わせないはず……!」
「…悪いが、私は精霊術士だ」
「馬鹿な……!嘘つくな!精霊術など使える種族がこんな場所にいるわけーーー」
アントの瞳が、ひときわ激しくバリューを睨みつけた。
彼女の正体に検討がついて、憎悪を向ける。
それは、ついさっきの威圧感とは全く違う、純粋な殺意だった。
「まさか! お、お前……!」
「…そのまさかだ。私は『十忠』が一人、『城砦のハルトマン』。貴様程度の矮小な力では、『城砦』を誇る私の鎧、砕くことはできないだろう」
「オレ以外の『十忠』……!」
(道理で強ぇ訳か! てことは、あの黒髪の野郎も『十忠』なのか!? ケッ、喧嘩を売る相手じゃなかったぜ……)
ブロウは驚きで目を見開らきつつも、無謀にも勝負を挑んだ自分を恥じた。
「嘘だ!そんなはずがあるわけがない!『城砦』と『破道』は少し前の大戦で死に至ったって、ゾウが言っていたんだぞ!」
「…その情報は嘘―――。おっと、これは話してはいけなかったな、失敗した」
「嘘……嘘だと……!」
「…仕方がない、生きて返さなければ万々歳だな」
バリューが発したその言葉に、アントは憎悪の表情から一転、満面の笑みを浮かべる。
まるで、とても嬉しい出来事だと言わんばかりに。
「はは……僕の命を奪うのか? あんたら騎士はいつもそうだ! 散々僕の物を奪ってきたくせに、僕の命さえも奪う気か!」
「…奪う?」
「ああそうだ! お前たち騎士は、俺から全てを奪った! これ以上もう何も失いたくない、だから僕はこの力を手に入れた! これ以上、僕の物を奪われてたまるか……!」
「…話が見えてこないな」
「なんとでも言えばいい! その鎧は悪魔の力を弾くなら……要するに、その滅魔の鎧さえなければいいわけだ!」
アントはバリューの背後に指をさす。
そう、『取捨選択』が効かない彼女から、未だ仰向けなままのブロウに標的を定めて。
「こいつの命は僕のモノだ! その気になればいつでも命を奪えるんだぞ! 死にぞこないの命がそんなに大事なら、その鎧を脱ぎ捨てろ!」
「クソッ……! おい『城砦』! オレの事は気にすんな!」
「…もとより心配などしていない」
「「……は?」」
バリューを除く両者から、疑問の声が上がる。
彼女の言葉はそれほどまでに、荒唐無稽で理解出来ないものだった。
「気にすんなとは言ったけど! 味方を売ってんのかコンチクショウ!!」
「…味方ではないと何度も言っただろう。それにさっき言った言葉の通りだ。心配しなくとも、今のお前は『取捨選択』の対象外になっている」
「は、ははははは!『取捨選択』の対象外?そんなものなんてあるもんか!君はそこの死にぞこないを守っていたんじゃなく、ただ、死にぞこないに自らの不甲斐なさを見せつけているだけだったんだね!」
「…好きに言っていろ。それとも、試してみるか?」
「やけに自信たっぷりだね、そこまで言うなら死にぞこないの命を貰うよ」
アントがそう口にすると、ブロウへと絶大な力が襲いかかる。
そして彼女は無作為に発言した自分の言葉が、いともたやすく実行されたことに絶望する。
―――そのはずだった。
「……ん? 何にも起きねぇな?」
「…何度も言わせるな。お前は『取捨選択』の対象外になっている」
「何だよ……何でだよ!どうして何も起こらないんだ!」
平然としている二人に、アントは激昂する。
彼にとって、今までこんなことはあり得なかったのだから。
欲しい物はなんだって手に入れてきた。
要らないものは全て捨ててきた。
なのに、目の前の二人にはその力が届かない。
その悔しさに、苛立ちのあまり歯ぎしりしていた。
「答えろよ! 死にぞこないになにをやったんだ!?」
「…言っただろう、対策をしていると」
「だから! その対策とやらを答えろって言ってるだろ!?」
「…はぁ。そこまで言うなら教えてやろう」
アントがどれほど怒り狂っても、バリューにとっては敵と見なしていないのか、 呆れた口調で話し始めた。
「…『取捨選択』は、他人の所有物を自由に取捨できる能力だな」
「ああそうだよ! ぼくが望んだものが何でも叶う、最強の能力だ!」
「…それは違う。『取捨選択』は万能というわけではない」
「なんだと……!」
「…何を取捨するか宣言せねばならす、対象は一人に限られ、所有者の体に密着している物しか取捨できない」
「そんな事、些細な問題だろ! 所有者の体に触れている物しか『取捨選択』できない? それがなんだよ!」
「…こいつの体には私の剣が刺さっている。見ればわかるだろう」
「ああそうか、それにも滅魔の力があるんだったな!そして、その力は触れている人にも影響するってわけか! けど、義腕は死にぞこないの体の一部にはならないはずだ!」
「…その通りだ。だが、貴様は勘違いをしている」
「勘違いだと……!」
「…私も初見時では、ただの義腕義足だと思っていた。だが、先の戦闘でブロウの腕や足がやけにスムーズに動いていたことや、熱蓄積機関を壊していようがある程度動かしていた足を見てはっきりと理解した」
まるで最初からその状態だったかのように、違和感なく結合している。
そう、あの時、ライトが言っていたことと全く同じだ。
「…ブロウの蒸気機関は融合術によって、欠けた部位の代用となるように接着された代物だ」
「あの老人! 融合術師だったのか!」
「ゆ、融合術師……?なんだそれ?」
そんなことも知らないのかと、バリューはブロウを一瞥しつつ言葉を続ける。
……つい最近まで彼女も知らなかったのだか。
「…よって、ブロウの蒸気機関は彼の体の一部とされる。その体の一部に滅魔の力をもつ剣が刺さっているんだ、滅魔の力と常に接しているといっても過言ではない。だから言っただろう『取捨選択』の対象外だと」
「け、けど、お前は武器がない!多くの人から貰った部位で構成されたこの体なら、それでも十ぶっ―――!」
アントが言葉を告げ終える前に、バリューはその顔を殴り飛ばした。
子供だからと、少しも容赦することなく。
純粋に人の命を奪おうとした敵として。
「…今度はこちらが質問する番だ、正直に答えろ」
「な、なにをぐふっ!」
前蹴りが腹に入り、アントは吹き飛ばされる。
倒れ込みながらも、必死に立ち上がろうとする彼にバリューは淡々と問いかけ始めた。
「…貴様は今までに何を奪われた?」
「い、命以外の全てだよ!」
「…そうか。五感も四肢も奪われていたんだな」
「そ、それは……!」
「…次だ。奪われたものを取り戻すため、悪魔と契約し、力を貰ったのか?」
「取り返す? 何を言っているんだよ。僕から何もかもを奪おうとしたやつに、奪ったものを取り返す程度で許すと思っ―――」
立ち上がって言葉を続けようとしたが、それを許すことないようにバリューは回し蹴りを叩き込んだ。
アントはなすすべなくその場に倒れこみ、盛大に咽る。
「…そうだったな、貴様はそういうやつだったな。聞くまでもなかった」
「な、何だよ、僕が一体何をしたって言うんだよ……!」
「…貴様は今まで、何人から何を奪った?」
「そんな事、覚えているわけないだろ!さっきから調子に乗りやがって……!」
地べたに這いつくばっていたアントは、ゆっくりと立ち上がったかと思ったら、一瞬にしてバリューの懐に接近する。
「僕が人の物質しか奪えないと思ったら、大間違いだぞ『十忠』の騎士!」
そのままバリューの脇腹に手を触れる。
まるで撫でるようなその動きは、明らかに攻撃的なものとは思えないが……。
―――瞬間、兜の口元から血が噴き出した。




