先制攻撃
目にもとまらぬ速さで破剣が振りぬかれると同時に、ぐしゃり、と骨と筋が砕ける音が響き渡る。
―――だが、その一撃はゾウの左手によって防がれていた。
へし折れた左腕を気にすることなく、ゾウは笑いながらナイフを振りかぶる。
しかし、ライトはその光景を見ながらも、表情を変えることなく破剣を両手で持ち、逆方向への回転切りへと動きを切り替えた。
そして、そのまま力ずくで、アントの喉元を狙う。
その様子を忌々しげに見ていたアントは、ゆっくりと口を開いた。
「君、邪魔。半径1キロ圏内には要らないから」
直後、ライトの姿が一瞬にして搔き消えた。
「……! ライト……!?」
「またわけわかんねぇ力を使ったな!! 黒髪をどこにやった!!」
「いえいえ、心配は無用ですよ。ただ、アントから一キロ圏外へと、追い出されただけですから」
さもつまらなさそうにゾウは語る。
ライトの一撃を受けとめたその左腕は、一瞬にして無傷の状態まで戻っていた。
「……チッ! 腕もすぐに元通りってか!」
「…なるほど。やはりそうだったか」
「……へぇ、わかっていっているのか知らないけど、あまり変な事言ってると殺しちゃうよ?」
「ですが、あの男は放っておけませんね。わたくし共の邪魔をしたので、即刻排除させてもらいましょう」
「あ、ゾウ。行ってきていいよ。この体の力を確かめたいし、鎧の人はぼく一人で十分だ」
「そうですか? それでは、久々に暴れさせてもらいましょうかね……!」
ゾウが嬉しそうに語ると同時に、その姿は紅く霞み、ぼやけるように消えていく。
そして、その場に残されたアントは、ゾウへと手を振った後、バリューの方へと向き直った。
その顔に、恐ろしいほど満面の笑みを浮かべて。
「さて、このぼくとタイマンになるなんて運が悪かったね。すぐに終わらせてあげるよ」
「…いや、この方が私にとっても都合がよかった。ライトを遠ざけてくれて助かる」
「あっははは! なにそれ!? ……まあ、どうでもいいけど。どうせ一瞬で僕が勝つからね!」
(鎧の野郎……あのバケモンにどうやって挑むつもりだよ……!)
ブロウが固唾を飲んで見守る中……。
傍から見たら不気味な見た目をした二人組は、静かに対峙する。
「…アント、と言ったな。貴様は他者から、自らの体の代用となる体の一部を奪っている。間違いないな?」
「人聞きが悪いなぁ。そこに転がっている死にぞこないに手足を貰って、死にぞこないを助けた、いけ好かない老人に右目を貰っただけだよ。他にもいろんな人から色々と貰ったけど、それだけで悪者扱いするなんて、ひどい人だなぁ」
「…酷い?」
「だってそうだろ? ぼくは自分がなくしたものを手に入れるため努力して、なんとか体の全てが元に戻ったんだよ? それなのに、そんな言い方されるなんて、ホント心外だよ」
「キサマ……! 自分がやっていることをわかって言ってんだろうな!!」
「死にぞこないは黙っててくれない? それとも、その声を貰ってあげようか?」
「……っ!」
真顔になったアントに睨まれ、ブロウは思わず怯む。
だが、その様子を見て満足したのか、アントは腹を抱えて笑い出した。
「―――なーんて、冗談だよ。身構えちゃってバカだなぁ。そんな口が悪い声なんて、いらないにきまってるじゃん」
「……チッ!」
「…なるほど、悪辣な趣味だことだ」
「悪辣……? ぼくが悪いことをしたって? いいや、そんな事全くしてないよ。だって、なくしたものをどうにかして取り戻そうと思うのは当然じゃないか。それとも、そう思うのは間違いだっていうのかい?」
「……クソッ」
欠けた体を満たしたからか、アントはやけに上機嫌で言葉をまくしたてる。
ブロウはその言葉に対して、反論する事が出来なかった。
現に、復讐と称して二人を痛めつけたのち、命を無為に奪おうとしていたのである。
アントに言い返せる言葉を、ブロウは持ち合わせていなかった。
そして、バリューもアントの言葉に反論しない。
―――いや。むしろ、聞いているのかどうかすら怪しかった。
「……ねぇ、せっかく質問に答えてあげたのに、無視するわけ?」
「…ああ、済まない」
アントが文句ありげにそう訴えて、漸くバリューは重く閉ざしていた口を開いた。
「非常に下らなくてウトウトしていた」
「…へぇ、そんなに殺されたいんだね」
アントは殺意をバリューに滲ませるが、対するバリューは平然とアントを見据える。
その瞳が語っているのは、怒りでも、殺意でもない。
「…強いて、先ほどの御託の返答をするとしたら、ガキ臭くて反吐が出そうになるな」
そう、バリューは心底呆れていた。
自分の思ったとおりにならなければ、無理矢理にでもそのとおりにしたがる。
彼女にとってアントは、ただ駄々をこねるワガママなお子様としてしか見ていなかった。
―――だが、その言葉がアントの逆鱗に触れることを、彼女は考えていない。
「おい! そんなこと言うと……!」
「……っ!! うるさい!! 鎧を捨てろ!!」
ブロウがバリューに対し、忠告の言葉をかけようとする。
だが、その前に―――
アントの影から伸びる、容赦なく絶大な力がバリューへと襲い掛かった。
*
「……なるほど、アントって奴の能力はそういうことか」
見えない壁に手を触れつつ、一キロ圏外へと弾き飛ばされたライトが呟く。
飄々とした口ぶりだが、内心は肝が冷えていた。
運よく開けた場所へ跳ばされたけれども、建物があったなら今頃潰されていてもおかしくはない。
「ふむ、理解できましたか。なかなかに頭が良いのですね」
「大体は予想が出来ていたけどな」
何も無い場所から声を掛けられるが、少しも驚くことなくライトは返事を返す。
そんな彼の目の前が揺らぎ始めた。
そこから朧げに紅い影が現れたかと思えば、その影は形を整え始め、最終的に紅いスーツの男に姿が変わる。
「そして、ゾウ。あんたが何者なのかも確信した」
「それは、それは。大層なことで……。しかし、分かったところで、わたくしを倒せるとでもお思いですか?」
「ああ、おそらく問題ない。あんたの相方であるアントも、バリューと戦う時点で負けが確定しているしな」
「……ほう、言いますねぇ。そういう自信のある発言は嫌いじゃありませんよ。そうやって強がっていた者が、徐々に絶望に染まっていく哀れな姿が、わたくしにとっては心底愉快でしてねぇ……!」
言葉を発するや否や、ゾウは防御、回避ができない距離まで近づき、ライトの左肩へとナイフを薙いだ。
*
そして、両者は驚きのあまり絶句する。
目の前で起きたことが、まるで不可解な事象であるかのように。




