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『破道のディジー』

 バリューが砲弾を叩き切っていた頃、着弾地点から北東に数百メートル離れている、寂れた木材伐採場では……。


「二発も弾を打つなんて、おら一切聞いてないぜ、兄貴」

「弟よ、忘れたか? あの方は念には念をいれる人だぞ。砲弾を二、三発撃ちこむこともあるだろうよ」


 二人の屈強な鬼類のような見た目をした男が、小型大砲の砲身を囲んで話していた。

 兄、弟と口に出していた事や、どちらもスキンヘッドであることから、おそらく二人は兄弟であろう。

 兄貴と呼ばれていた銀甲冑を纏う男は大斧を、弟と呼ばれていた金甲冑を纏うの男は戦鎚を、それぞれ背負っていた。

 そんな兄弟は、この場で大砲をぶっ放す為に配置されている。

 正確に言うと、王から新任の専属騎士とされた二人は、砲台の管理と保守、そして怪しげな人物がいたら殺害するよう言われていた。

 ……とはいえ、随分と昔に廃棄された伐採場だ。ひと一人来るどころか、獣一匹すら見かけないため、兄弟は砲弾を撃つ以外にやることが無い。

 だからといって、暇をつぶすために、持ち場を離れるのは許されない。

 なので、必然的に兄弟は、その場で会話ばかりをすることになっていた。

 そんな兄弟が会話に夢中になっていると……。


「ん? なんだ…?」


 何かに気づいたのか、弟の方が南西の方角を見上げる。

 その表情は、驚きのあまり固まっているように見えなくもなかった。


「おい、どうかしたか弟よ?」

「な、なあ兄貴、人って空を飛べるのか?」

「…………は?」


 あまりにも訳が分からない弟からの質問に、兄貴は呆れる。

 砲塔に詰められて打ち上げられたならまだしも、こんな森の中で人が飛べるわけがないのだから。


「何を言ってんだ弟よ? 普通、人は空を飛ばねぇだろ。疲れてんのか?」

「いや、だって、ここよりもちょっと手前で、それっぽいものが落ちてきたんだ!」

「なこと言ってもよ…オレは見えなかったぜ? 気のせいだろ、気のせい」

「…そうだよな。悪ぃ、兄貴の言う通りで、たぶんおらの見間違いだ。きっとそうに違いない」

「おいおい、気をつけてくれよ…。まあ、念には念だろう。あの方の事だ、また撃つ可能性は十分にある。もう一発装填しといてもいいかもな」


「―――その必要はないですよ」


 警戒心を一切持たず、大声で話し続けていた二人へと、森の中から声が掛けられる。

 そのまま、声の主……ライトは、木の陰からゆっくりと二人の前に現れた。


「……誰だ、お前?」

「ただの通りすがりの旅人ですよ。なんかグロテスクな死体があったので、近くにいた人たちに「何かあったのですか?」って聞いたら無視されまして……。ここに大砲があるってことは、大砲で砲撃したんじゃないんですか?」


 いけしゃあしゃあと嘘を吐くライトを、兄弟騎士たちは訝しげな視線で眺める。

 そうやって舐めるようにじっくりと凝視した後、兄弟騎士たちは顔を見合わせニヤリと笑った。


「そうか、通りすがりの旅人か」

「おらの見立てだが、道に迷ったか何かだろ」

「ええ、その通りです。この辺りは全く通らないので道が分からなくて……」

「そうかそうか、だったらオレ達の邪魔にならないよう、どっか遠くに行け―――などと言うと思ったか嘘吐き野郎! お前のことは王から聞いているぞ!」

「兄貴! こいつだ! さっき空から飛んできたやつ!」

(お前ら……知っているのなら、最初からそう言えよ!)


 兄弟が自分のことを知らず、ただの旅人だと思ってくれたなら、その油断した隙を狙ってライトは足を砕こうとしていた。

 しかし、兄弟はライトの事を知っていたようだ。おまけに飛んできた姿まで見られている。

 先ほどの態度とは一転し、急に警戒心を剥き出しにする兄弟へと、ライトは怒鳴りたくなるが、心の中に留めておくとこにした。

 どうせ、ちょっとした文句を言ったところで、二人が聞きとめることはないだろう。

 それよりも、その言葉に反応し、逆に怒らせてしまう方がいろいろと面倒なので、口に出さない方が正解に違いなかった。


「どうやって砲撃から生き残ったのかとか、どうやってここまで来たのかとか、気にならないわけではないが、そんなことはどうでもいい―――」

「だから言ってるだろ兄貴! こいつは空から飛んできたんだって!」

「あのなぁ弟よ! 人が空を飛ぶわけないと、さっきも言っただろ!」


 兄弟は敵を目の前にしても、どうでもいいことで争い始める。

 そのくせして、視線はバッチリとライトの方に向けられているので、ライトとしてはどうもやり辛い。


 ……二人が言い争っている内容だが、弟が言っていることが正解だ。

 ライトはバリューに吹っ飛ばされ、およそ数百メートルの距離を、低空で飛行していたのだから。

 だが、明らかに想像できない話だからか、兄貴は弟の話を信用できていなかった。

 そんな二人の言い合いに嫌気がさしたライトは、自ら、答え合わせを始めだす。


「俺があんたらの王から聞いている奴なのかは知らないが、空は飛んで来た。……それで、お前らは何者だ? 明らかに盗賊じゃないよな」


 相変わらず口喧嘩を止めない兄弟へと、聞こえるように大きめの声で尋ねる。


「ほら! 飛んで来たって言ってるだろ!」

「だが、敵だぞ? 馬鹿正直に言うとでも思うか?」

「何 者 だ と 聞 い て い る ん だ が ?」

「答える義理は―――」

「うるせぇ! おれたち兄弟は、王に従える忠実な専属騎士だ! わかったなら話しかけてくるな!」

「……な、なるほど」


 せっかく兄貴が内緒にしようとしていたのに、一瞬にして弟分がばらしてしまった。

 あまりの即答具合にライトも驚いて、思わず声が尻込む。


「おい、何答えてんだ!」

「……はっ、す、すまねぇ兄貴!」

「すまねぇで済むなら、憲兵はいらねぇんだよ!」

「………」


 新たな争いの種が生まれたせいか、再度、口喧嘩を始める兄弟騎士たち。

 そんな、一向に自分のことを無視して喧嘩をしている二人の姿を、ライトは冷めた目つきでを見ていた。

 そのまま、もう、手早く倒してバリューの元へと戻ろうと、腰に引っ掛けている破剣へと手を伸ばす。


「なあ。お前さぁ、さっきから何じっと見てんだよ!」

「兄者、こいつずっと呆れたような顔でおらたちを見てやした。きっとおらたちが鎧を着た大鬼(オーガ)みたいだと思っていやがるんすよ!」

「なんだと……!」

「……は? いやいや、そんなこと微塵も思ってないって!」


 急にこちらを振り向いたかと思えば、思ってもいない事を考えていると言って、敵意を剥き出しにする二人にライトは焦る。……いや、大鬼みたいだなと思わなかったことはなかったが。

 それにしても、彼らは相当大鬼が嫌いらしい。

 きっと、幼少期にそのことでなじられたりしたのだろう。

 見た目や頭脳が似ているところは、多少なりとも近さを感じるので何とも言い難いが……。彼らの過去に何があったかにしろ、ライトにとっては、ただわけのわからないとばっちりを受けただけに過ぎない。


「いや、絶対思っただろ!」

「兄貴を罵倒するなんて、なんて恥知らずな奴だ!」

「……? 少なくとも『大鬼みたい』って言葉は、そう思われたから言われただけであって、罵倒ではないと思うぞ」


 兄弟たちが人間だったならば、力が強く、背が高い大鬼は、場合によっては『大鬼みたいに迫力のある人』のように、いいことの例えになる例だってある。

 だから、そこまで怒る必要はないのでは? といった意味でライトは二人へと語りかけるが……。


「「……てめえ! ぶっ殺す‼」」

「だから、どうしてそうなるんだ!」


 二人にその言葉はうまく伝わるどころか、むしろ喧嘩を売るような形になってしまったようだ。

 それは、兄弟が話を聞かないというところもあるが、ライトの悪い癖『結論しか喋らない』を、よりにもよってこのタイミングで発揮してしまったことが原因だろう。

 しっかりと理由を話さないとわからない相手に、結論だけ述べても意味がなく、下手すれば相手の怒りを買ってしまうのだから。


 とにかく、怒り狂った兄弟は背負っていた得物を振り上げ、ライトへと襲い掛かってきた。

 目は血走り、筋肉量が増えているように見えるが、おそらく目の錯覚だろう。

 実際にそのような現象が彼らの身に(おこ)っているのであれば、それこそ、二人が人間ではなく大鬼であるという証明になってしまう。

 ……だからきっと、廃棄された機材をぶつかっただけで吹き飛ばしているのも、ただの目の錯覚だと、ライトは自分に言い聞かせた。

 そのまま、厄介なことになったと声にならない(うめ)きを漏らしながら、二人の攻撃から身を躱す。


(いや……むしろ、鬱憤払いに一役買っている感じなのか?)


 現状、何をやっても踏んだり蹴ったりな状況なので、ライトは現実逃避するかのように、そう思い始める。

 少なくとも、攻撃を涼しい顔で避けるライトを兄弟が血眼で追いかけている以上、逆にライトに対してストレスを溜めているには違いないのだが、ライトはそこまで彼らの顔を見ていなかった。


「っと……」


 余計な考え事をしているうちに、ライトはいつの間にか、木々が伐採されていない密集地帯に足を踏み入れてしまい、前方以外の逃げ場を失ってしまっていた。


「漸く追い込んだぞ、この卑怯者が!」

「卑怯者? 何のことだ?」

「決まっているだろ! おらたちをまるで大鬼のような扱いしただけでなく、自分は悪くないと言わんばかりに剣を手に取らない! さらには我らが主である王、テリブル様を罠に嵌めただけでなく、素知らぬふりで姿をくらました! これらの事をやっておいて、卑怯者でないとは言わせねぇぞ!」


 テリブルという人名を聞き、ライトは漸く合点がいった。

 彼らの正体とその目的、そして人間離れした力の源を。


「あぁ……。何処かで見たことがある気がするとは思っていたが、やはり、あの時のクズだったか。盗賊に装って俺たちを殺そうとした割には、大砲を使ったり、『呪術』をその体に惜しみなく使っている時点で、もう手段を選んでいないようだな」


『呪術』……それは、負の影響を変幻自在な力に変換する術で、他の術とは違い、大きな要因(リソース)を必要とせず、自己生産が可能な点を強みとしている。

 だが、使える者が限られており、『呪術』の国と名高いカファル国ですら、上級職に配属された者しか使えない術だった。


「キサマ……! この期に及んで、更に王を貶すとは……!」

「死罪に……いや、それだけじゃ足りねぇなぁ!」


 ライトが語った言葉に反応した兄弟の顔に、憤怒と苛立ちの表情が浮かび上がる。


「オレたち兄弟は、貴様と貴様の国、その同盟国全てを許さねぇ!」

「おらたちの王をゴミクズのように呼びやがって! タダで済むと思うなよ!」

「オレたちの王に逆らったものは、誰であろうと皆殺しだ!」

「途中でキサマらの手助けをし始めた、()()()だってそうだ! 自分が生きてきたことを後悔させるほどに『契約印』の呪いを強めてやったからなぁ!」

「兄貴、結局アイツ自ら命を絶ったんだよな! 死体を運んだから覚えているぜ! 痛みに耐えきれなくなったんだろうな、自らの首を掻っ切るとか、狂っているとしか言えねぇよ!」

「ああ! そして目の前にいるこいつは、そんな男を必死に守ろうとしていたが、結局途中で力尽きちまったからなぁ! 本当に騎士かよって話だよなぁ!」


 怒り心頭だった兄弟は、言葉が進むにつれ、口元に笑みが浮かび、最終的には大笑いし始める。

 ―――そんな彼らを見ているライトの顔は、表情がなくなっていた。


 ライトは煽り耐性がないわけではない。むしろ、バリューを制止するためにも、常に平常心で居ようと心掛けていることから、煽りに対しては基本的に強い。

 ……だが、何事にも例外はある。

 ライトにとっては、その話はが大きな地雷だった。


「―――たとえそれが、国を思った結果、国王を裏切ったとしても……罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、懸命に王の過ちを正そうとしていての行動だとしても、お前らはそう思うのか?」


 大笑いをしていた兄弟は、ライトが発したその言葉を聞いて急に静かになったかと思うと、先程以上の嗤い声を上げた。

 まるで、変な見当違いをしている可笑(おか)しな話を聞いたかのように。


「何を言っていやがるやら。王を守るのが騎士の役目だろ。逆らう者には死を。いかなる場合でも慈悲なんてくれてやるかよ!」

「どこの騎士だってそうだろ? おらたちはただ、騎士としての仕事を全うしているだけだぜ?」

「全ては主のため。その崇高な目的に障害があれば、オレたちが打ち砕く。身に差し迫る危険があれば、オレたちが危険を徹底的に排除する。どこもおかしくないよなぁ」

「たとえそれが自国民だろうと、主の邪魔をするわけだよな? なら、蹴散らして当然だろ。歯向かう者の方が悪いんだからな」


 兄弟の笑い声を聞いているライトの顔は、いつの間にか二人の顔から、地面に向けられている。

 俯いたその表情を窺うことは出来ないが、引き抜かれた破剣の柄を掴む右手は、強く握りしめられていた。


「―――そうか、理解したよ」

「ああ、漸く理解したか」

「まあ、どちらにしろここで、おらたちに殺されるんだけどなぁ!」


 俯いたままの姿に、頭を差し出したのかと考えた兄弟は、勢いよく得物を振り上げ、勢いを殺すことなくそのまま振り下ろす。

 大鬼の力が備わったその二撃は、木々を叩き潰す威力を、目で追うのが精一杯の速度で繰り出されていた。


 ……にもかかわらず、得物の二撃は共に空を切る。

 ついさっきまで首を垂れて立ち尽くしていたライトの姿は、ほんの数秒の間でかき消えてしまっていた。


「ああ、理解したさ。お前らも名前だけの騎士で、自分こそが正しいと勘違いしている、大馬鹿野郎の一部だとな!」

「ぬおっ!?」「ぐわっ!?」


 何処からともなく聞こえてきたライトの呟きを聞いた途端、兄弟は目にも見えぬ速さで足を払われる。


「ちっ、くそったれ!」

「あの野郎! 一体どこ行きやがった」

「ここだ。騎士失格野郎共」

「あっ、兄貴! あいつあんなところに居やがります!」


 弟が指を差したところは、二人とライトが遭遇した地点。

 兄弟を転ばせた一瞬の隙を縫って、ライトは大砲の傍まで戻っていた。


「逃げんなよ、この卑怯者!」

「逃げる気なんて最初からない。面倒になりそうなことは避ける気でいたが、お前たちには色々とわからせる必要がある」


 兄弟たちが戻ってくるのを待ちながら、破剣で大砲をコンコンと叩き、ライトは宣戦布告する。


 ライトが急に態度を変えたのは、いま対峙している兄弟のような、大義名分を掲げ、やりたい放題暴れまわる者に殺意を持っているからだった。

 それは、主を守り、敵に主の素晴らしさを説き、共に主の為に尽くしていくべきだという騎士としての誇りを溝に捨て、己の欲にまみれ、人の命を何とも思わない者達に、人の道すら踏み外したこの世のクズに、自分の世界の全てを壊された事が原因だった。

 だからライトは、自分にとっての最大悪に出会ったとき、そいつの全てを壊すことを決めていた。


 ―――そして、レイジの思いを踏みにじり、苦しみをあざ笑った兄弟に、絶望を味わわせるためでもある。


「……万物はいつか壊れる。この大砲だってそうだ」


 そう言うとライトは剣の刃を持ち、フルスイングするように体を思いっきり捻り、渾身の力を込めて破剣の柄頭を大砲へと叩き付ける。

 カァン!! と小気味いい音が、伐採場一帯に響いた。


「……? 何やってんですかね、あいつ?」

「適当に叩いたところで、大砲が簡単に壊れるわけないだろ」


 兄弟は大砲を叩いたライトへと近寄りながら、先程の様子を馬鹿にする。


 このとき、兄弟は油断するべきではなかった。

 ライトの持つ破剣が、一体どのようなものかわからなかったことはあるだろう。

 だが、それが慢心を招く理由にはならない。

 敵に戦う意思が残っている以上、決着はついていないのだから。

 たとえ、二人が武器や防具を破壊する剣を持っていることに気付いていても、それが誰にでも扱える代物でないことや、武器や防具以外も破壊できる代物であったことまでは、流石に気づけないだろう。

 そして何よりも、ライトの身体能力、観察能力、計算能力全てを舐めて掛かったことを、彼らはすぐに後悔することとなる。


 そして、誰が見ても一瞬で把握できる異変が起こる。


「ざっと、こんな感じでな」



 ―――大砲に大きな亀裂が入った。



「なっ……!?」

「そんな、馬鹿な!?」


 突如亀裂が入った大砲は、そのまま自壊し、みるみるうちに粉々になっていく。

 大砲だった代物が、一瞬にして鉄くずと化す様子を見て茫然とする兄弟騎士たちに、静かに声が掛けられた。


「……そして、お前らの騎士人生も、今日が壊れる日だ」

「はぁ?」「何を―――」


 ライトはその場でゆらりと体を揺らしたかと思うと、瞬時に兄弟のもとに近づき、兄騎士の右肩と弟騎士の左肩へ破剣で強打する。

 強打された肩は、『呪術』によって強化された肉体にもかかわらず、硬質な鎧から鍛えられた筋肉、腕を支える頑丈な骨まで、まるでスイカが割れたかのように、いとも容易く砕け散った。

 想像を絶する光景と痛みからか、彼らが自分の利き腕を潰されたことに気付くまで、少し時間が掛かった。


「ぐ、ぐあああぁぁぁぁぁぁ‼」

「が、ぐおおおぉぉぉぉぉぉ‼」

「ああ……どうせなら足も持っていくか」


 黒刃一閃。

 痛みによる叫び声をあげる兄弟には、瞬きする暇すら一切与えなかった。

 先に兄騎士の両大腿骨へと破剣が振るわれ、先ほどの肩と同じようにいとも容易く砕け散る。

 助けを乞うことすらできずにその場に崩れ落ちる兄貴を見た弟騎士は、戦意をなくし、両足を地面に付いた。

 ライトはその様子を、これっぽっちも興味なさそうに見つめていた。

 そこに、さっきまで纏っていた柔らかい雰囲気はない。

 あるのは怒りと、()()という明確な意思を示しているかのように、暗澹に染まった瞳だけだった。


「ま、待ってくれ! お前が強いのはわかった!」

「強い? だから何だ。ただ強いだけだったら、もっと上なんて沢山いるぞ」

「た、頼む! これ以上は…!」

「……そうだな。それなら、一つ聞きたいことがある」


 命乞いをし始めた弟騎士へ、ライトは表情を変えることなく問いかける。


「……騎士とは何だ?」

「……え?」

「正しい答えが言えるのなら、お前は見逃してやるよ」

(こいつ……! こんな時に、一体何を言っているんだ……!?)


 急に騎士とは何か問いかけられ困惑するも、未知の恐怖を感じて体が硬直している弟騎士は、正しい答えを導き出そうと必死に思考を巡らせる。


「……き、騎士とは……主を敬い、主に尽くし、主の妨げとなる者を、その手で排除する者だ!」


 声を震わせながらそう答えた弟騎士を見て、ライトは小さく溜息を吐いた。


(この答えで正しいはずだ! 騎士とは、主の為に尽くす存在だから、この答えは当たりのはず…!)


 ライトは未だ表情を変えず、ゆっくりと弟騎士に近づき、耳元で囁いた。


「………残念だな」


 弟騎士は視界の端で黒い光が揺らめいたことに気付き、確認するために右を向くが、そこにあったのは(ひしゃ)げた自分の右肩だった。


「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

「騎士の十戒すらわからないとは、クズな主に育てられて哀れだな」


 激痛に呻き、のたうち回る弟騎士を見ながら、破剣を肩にかけるライトの顔に、表情は存在しない。

 ただ、真っ黒なその瞳に、弟騎士の姿を映している。

 ただただ、それだけだった。


「じ、じゃあ、こ、答え、って、何だ、よ!」

「ああ、答えか。()()()()()()()()

「は、はぁッ!?」


 答えのない問いを振られ、間違いだと言って肩を砕いた、目の前に立つ極悪非道な男へと弟騎士は激昂するも、その表情に迫力はなく、恐怖と驚愕で引き攣っていた。

 対するライトは、目の前でのたうつ男が酷く愚かしく不愉快だった。


「そもそも、騎士という定義ですらおかしな話だとは思わないか?」

「な、何、だよ、急、に!」

「騎士協会が定めた『十忠』ですら、碌に守る事ができないくせに、騎士と名乗る者が跋扈(ばっこ)している。そう、お前らのような奴だ」

「んな、こと、知らねえ、よ!」

「それに、守りたかった人を守ることができかった者が、騎士という役職で居続けている。それだっておかしな話だ」


 弟騎士から視線を外し、ライトは空を見上げる。

 彼はもう何も見ていない。黙祷するかのように目を閉じて、ただ風の音を聞いているだけのように見えた。

 ほんのわずか、そうしていたライトだったが、すぐに視線を弟騎士へと戻す。

 その表情は、少し前まで見せていた無表情から、剥き出しにされた怒りの表情へと変わっていた。


「だが、お前らは根本的に間違えている。主は決して絶対的な存在じゃない。主だって人間だ、過ちを犯すことだってある。それをわかろうともせず、主の言葉に妄信し、時には人を蔑み、無意味に殺す。それは決して正しい行いではない! そのようなことを行う者は、騎士の名を……いや、人の名すらも語るに恥ず者だ!」

「何、だと!」

「復讐がしたいのなら勝手にすればいい。だが騎士の名を語るな! お前らのような欲にまみれ、周囲を碌に見ることすらできない者に騎士を名乗る資格はない!」


 話しかけることすら不快に感じるほどの嫌悪感。

 それでも―――、だからこそ、ライトは怒りに任せて吠える。

 目の前にいる愚か者が、二度と騎士と名乗ることがないように。

 そして、誰かの幸せな日常を壊されることが決してないように。


「これで最後だ。よく聞け」


 最後に、ゆっくりと剣を振り上げて静かに語る。


「俺の名はフォンテリア国王専属騎士、ライト・ディジョン! 破道のディジーだ! 復讐にはいつだって付き合う。だが、次に会う時にはお前の全てを壊す! そのことを覚悟しろ!」


 言い終わると共に振り落とされた黒剣は、鈍い音を響き渡らせ、弟騎士の大腿骨を砕き、その意識を叩き潰した。


 その淡々とした出で立ちは、まるで、罪を裁く裁判官のようだった。

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