熱戦
儀腕の子供は瞬時に間合いを詰めてくる。
どうやら右足も義足らしく、靴底から蒸気が噴き出しているのが見えた。
「……くっ!」
標的にされたのは、比較的鈍重だが堅牢なバリュー。
蒸気機関の腕による猛攻を、壁剣を巧みに扱いどうにか防いでいるが、反撃へと移る隙が無い。
どうやら反撃される前に、やつの身長を超える巨大な左儀腕で叩き潰すつもりのようだ。
しかし、ライトはその様子を黙って見ているわけではない。
「そこだ!」
「……っ!? こいつ!」
振り返りざまに薙がれた左儀腕の一撃から、一拍おいてライトは突っ込む。
そのまま、機動力の要である右足の脆い箇所を叩こうとするも、巨大儀腕の人物は瞬時に足をずらし、その衝撃を和らげた。
「…貰った!」
「……っ!? させるか!」
足を叩かれ、バランスが乱れたところに、バリューは壁剣の振り下ろしを繰り出した。
だが、子供は右足の義足から蒸気を噴き出し、その推進力を使って剣戟を避ける。
「…まだまだぁぁぁぁ!!」
「クソ、しつけぇんだよ!」
彼女は振り下ろしていた壁剣を途中で止め、そのまま全身を使って横薙ぎに切り替えていた。
しかし、その強烈な一撃も、左儀手に掴まれて防がれる。
だが、バリューへと注意が向いているその間に、ライトは敵の後ろへと回り込んでいた。
「後ろが空いてるぞ」
「うぜぇ! 知ってんだっつーの! 火傷でもしてろ!」
ボン! という破裂音と共に、右足のふくらはぎが爆ぜる。
そこから高温の蒸気が噴き出し、ライトの体を包み込んだ。
「しまっ―――!?」
「…ライト! ……くそっ!」
バリューは掴まれている壁剣から手を離し、タックルをかまそうと突進する。
だが、そんな数秒もない間に、子供胸ポケットへ手を突っ込み、長柄の銃を取り出すと、目に見えぬ速さで照準を合わせた。
「鉛玉でも食ってろ!」
「…!」
銃身を向けられたバリューは、咄嗟に顔を覆った。
その一瞬後、彼女の全体に強い衝撃が襲う。
銃から打ち出された弾は、至近距離にめっぽう強い散弾。
あのタイミングで顔を覆っていなかったら、今頃、顔面は弾丸で穴だらけになっていたことだろう。
バリューはその恐怖に怯み、身震いする。
…だが、その隙を敵は逃さなかった。
「他人の心配してる暇なんてなかったな! 吹っ飛べ!」
「うおっ!?」
儀腕の人物はそう言うと共に、バリューの体を掴み、剛力を最大限に利用して、空中へ強引に投げ飛ばす。
そしてそのまま、左儀腕を前に突き出し、右足を引いた。
「…くそっ!!」
「これで終わりだ!」
回避する事が出来ない、至近距離の空中で―――
爆音とともに射出された二発目の『圧力弾』が、バリューの体に直撃した。
「よし……よし……! これなら、アイツらにもきっと勝てる……!」
地に伏した二人組を見つつ、ブロウはガッツポーズし確信する。
暴れすぎた気がしなくもなかったが、この体になってからの初戦で勝ったことに、浮き足立っていた。
(中々に骨のあるヤツらだったが、片方は全身火傷、もう片方は『圧力弾』をもろにくらわした、これ以上の戦闘は無理だろ)
「さて、後はどちらかの目が覚めるまで待てば―――」
「……油断したな?」
「なっ!?」
声が聞こえてくる方向へ、振り返ろうとしたブロウだったが、その前に右足を思いっきり叩かれる。
そしてそのまま、二人の姿を認知する間も無く、仰向けに押さえつけられていた。
「お、お前ら!なぜ動ける!?」
「この程度の火傷よりも、酷い怪我をしたことがあるからな。まだ動けるさ」
「…同じく、砲撃二発を受けた時よりか痛みはある。息もしづらいから、恐らくあばら骨をいくつか持ってかれたのだろう。だが、動けなくなるほどのものではない」
「何だよ……あんたらもバケモノか……!」
「…「いや、お前に言われたくはない」」
二人から容赦ないツッコミが返ってくる。
ライトは肌が所々赤くなっており、バリューは胸を押さえていたが、二人ともこれと言って問題なさそうだった。
想定外の事態に混乱するブロウだが、気を持ち直し、反撃するために右義足へ熱を溜める。
……事が出来なかった。
「悪いが、足はもう動かないぞ。関節部分と熱蓄積機関を壊したからな」
「……左腕も同じだ、私の剣で貫いている」
「んなわけ……!」
ブロウが頭をあげると、左儀腕に剣を突き刺したままこちらを見下ろす鎧と、右義足の辺りには隠し持っていた銃器を奪い取っている黒髪の青年がいた。
慌ててポケットを確認するが、もちろんそこには何もない。
さらに、ブロウの左腕の芯を貫き、大地へと縫い付けていた壁剣は、普通の剣のように鋩が鋭く尖っていた。
「ちょっと待て! その剣、平たい板みたいだっただろ! 形が変わるなんて聞いてねぇぞ!?」
「…そもそも、言ってすらいないのだがな」
ブロウが驚くのも無理はない。
普通、加工された武器が変形するなんて、誰も思わないだろう。
……そういった術があると知らない限りは。
『武装荷変・鋭』
鋼の精霊術の一つで、精霊が宿る装備を尖った装備へと変化させる技。
それによって、壁を切り抜いただけのような形だった壁剣が、普段とは全く違う見た目……要するに、普通の剣みたいに変貌していた。
「チクショウ……またかよ。また手足を奪われんのか……」
忌々しげに、ブロウはぼそっと呟く。
手に入れてからようやく扱えるようになった蒸気機関は、二人によって使い物にならなくなってしまっていた。
それに、右手は拘束されていなかったが、銃器を全て奪われてしまっているのでどうしようもない。
つまり、勝ったと思って周りを見ていなかったせいで、完全に打つ手がなくなったのである。
…けれども、ブロウは勘違いをしたままだ。
「…また?」
「やはりそうか」
「やはり、だと? アンタらにオレの何がわかんだよ!」
「わかるさ。元々、その手足はお前のものじゃないことも。元の手足が、見知らぬ二人組に切り落とされたから、俺たちを狙ったってこともな」
「! なんで―――!」
言葉を続けようとして、ブロウは気がついた。
青年が手足のことを『切り落とされて』と言ったことに。
彼が言ったことは、ほとんど間違っていない。
前もって見ていたのではないかと思うほどに、正確だった。
だが、実際は『手足を奪われた』と言った方が正しい。
けれども、知らない人からしてみれば、体の部位を奪って自分のものにするだなんて、考えられるはずもない。
……この時点で漸く、ブロウは自分が大きな勘違いをしていたことに気がついた。
「お前らが関係ないってことは理解した。けど、オレの問題とは無関係だろ。だったら話す気はねぇ」
「…関係しかないだろう! 襲っておいて、間違えましたで済むか!」
「まぁ落ち着けバリュー。悪意はあったが、悪気はなかったんだしな。……けれども、話はしてもらうぞ。襲ってきたということは、お前の手足をそのようにしたやつらが、まだ《カッパー》にいるってことだろうからな」
「誰が喋るかよ! 」
「……」「……」
「あー! くそっ! 分かったよ! 全部話せばいいんだろ!! だから銃をぶっ壊そうとするんじゃねぇ!!」
地面に並べた銃に剣を振り上げたり、足を乗せようとした二人に、ブロウは慌てて制止の声を上げる。
そして、動かせる右手で頭を抱えながら、彼らを襲った理由を、ゆっくりと語り始めた。




