そして、騎士たちは対峙する
「ようやく日の光を浴びた気がするな」
「…全くだ。おかげで、ただでさえ先を急ぐ旅であるのに、無駄に時間をかけてしまった」
「そんなこと言ってる人が、一番名残惜しそうに感じたけどな」
「べ、別にそんなこと無いし!」
図星だったのか思わず素が出た彼女を笑いながら、ライトは視線を前へ戻す。
ローアさんに聞いた話だと、このまままっすぐ進むと古ぼけた門にたどり着けるそうで、そこから《カッパー》を出られるらしい。
色々とお世話になったこともあり、二人はその言葉を信じて前へと足を進めていた。
けれども、ライトたちは結局、“暗部”に二日間留まることになっている。
計九日間の拘束の末、漸く自由の身となれたわけなので、足早に旅を再開しようとしていた。
……のだが。
「…ところでライト、気付いているか?」
「ああ、後ろから殺気がする。距離は少しずつ離れているようだが、今にも襲い掛かりそうな感じが―――」
(いや、待てよ……。この感じ……そうか!)
後ろから強い意志を感じたライトは、瞬時に背後を振り返る。
もちろん、そこには誰もいない。
しかし、はるか上で紅く光る『それ』には気が付いた。
「……っ!させるか!」
パァン!!
「―――んん?」
金属同士がぶつかり合うような音がして、バリューが慌てて後ろを見返すと……。
剣の鍔を抱えるように持ったライトが、目の前で着地していた。
「え? な、何!? 何が起きたの!?」
「狙撃だ! 建物の陰に隠れるぞ!」
「え!? ちょっと……!?」
事態がわからず、混乱したままのバリューの手を引くと、彼は付近の建物まで一気に駆け抜けた。
*
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 銃弾を鋩(きっさき)で受け止めただぁ!? んな技があるなんて、見たことも聞いたこともねぇぞ!?」
あり得ねぇ……どんな技術だよ!
レーザーサイトを見抜かれたとしても、いつ着弾するかわかんねぇだろ!
あーもう! おかげさまで作戦が台無しじゃねぇか! クソッ!!
けど、嘘だと思いたくても、実際に防がれたわけだし、鎧の奴は無傷だ。
それに、あの動き……。
剣を抱えるように持ったかと思えば飛び上がって、弾丸へと真っ直ぐ突きを繰り出す一連の動作。
滑らかなで想定外の行動に、思わず見とれちまって、弾薬の装填を忘れちまったのも事実だから、どうしようもねぇ。
逃げられちまった今は、狙撃以外の攻撃手段を考えるしかねぇよな。
とにかく、アイツらは追撃を恐れ、近くの建物の陰に隠れやがった。
建造物の後ろだったら、弾丸が届かないとでも思ったんだろうな。
だが甘ぇ! 今のオレにはコイツがある!
こんなこともあろうかと、随分前から熱を溜めこんでいたんだぜ……?
ニヤニヤ笑いながら、左腕をアイツらが隠れた建物に突き出す。
右足を後ろへと下げ、左手のひらを広げて照準を合わせた。
アンタらには、逃げ場なんてねぇんだよ。
だから、そのまま―――
「建物ごと消し飛べ!」
左腕に圧縮した空気の砲弾を、掌底から射出する。
蒸気の噴出音がこだまするとともに、見えない空気の砲弾がアイツらの隠れている建物を吹き飛ばした。
その衝撃は、オレの足元の建物まで伝わり、ビリビリと空気が震え、轟音が辺りに鳴り響く。
オレの左儀腕から大量の蒸気が発生し、辺りは熱気で覆い尽くされた。
『圧力弾』の威力は、建物を倒壊させ、大地に穴を穿つほど絶大だと、オレは既に体感している。
地下でぶっ放した時は、マジで地上への穴を開けそうになっちまったからな。
けど、右義足を大地に固定しようが、オレの体が仰け反るほどに反動は大きい。
それに打ち出した直後はオーバーヒートしちまうから、熱を出して冷却が完了するまで、再装填どころか動かすことすらままならねぇ。
まあ、そんなロマン兵器感が、クソかっけぇんだけど。
「はぁ、はぁ、やったか!?」
蒸気で呼吸がままならず、息が荒くなる。
ついでに、これを使うと結構疲れちまうんだよな。
だが、そんなことはどうだっていい……!
それよりも、あの二人組がどうなったかだ。
「クソ、見えねぇな……」
建物は崩壊したけど、もうもうとしている土煙のせいで、アイツらがどうなったのか見えねぇ。
しゃあねぇけど、生存しているかどうか確認しに行くか。
まあ、どうなったのかは容易に想像できるんだけどな。
「銃弾を受け止められても、流石に『圧力弾』は耐えきれねぇだろ……!」
*
「……とでも、襲撃者は思っているんだろうな。きっと」
「急すぎてビックリしたけど、ギリギリ間に合ってよかった……ほんと、良かった……!」
「悪いけど、ここから出られるか?」
「めちゃくちゃ危なかったのに冷静だよね!? まあ、出れるけどさ」
瓦礫の中から、そんな話し声が聞こえてきた。
と、共に、瓦礫の一部が吹き飛び、その下から大きな鎧と青年が現れる。
そう、ライトとバリューである。
もちろん、二人は無傷だった。
『圧力弾』が射出され、建物に直撃したその時―――。
咄嗟にバリューが鋼の精霊術『硬化装体』を発動し、自らの鎧と剣を盾に、『圧力弾』の衝撃と建物の破片を防いでいた。
当たり前ではあるが、ライトはその陰に隠れていた。
彼の装備で崩壊した建物に巻き込まれてしまったら、生存率が一気に下がる。
なので、ライトはそのまま今後の事を考えていたのだが……。
「それで、どうしよう? 逃げた方が面倒じゃないよね?」
「いや、迎え撃つ」
「えっ、無駄なことはしない主義じゃなかったっけ?」
「だからこそだ」
「んん……?」
さも当然のように、ライトは答える。
彼女の顔は兜の中なので、見ることは出来ない。
けれども、態度からして困惑しているようだった。
その様子を見て、あ……っ、と言わんばかりに、彼は言葉を続ける。
「説明が足りてなかったな……。あいつは銃を持っている。距離が離れてしまったら、また狙撃されてもおかしくない」
「確かにそうだね……」
「それに、十中八九、やつは俺たちが死んだかどうか確認しに来る。あんな口径の銃で人の頭を狙撃する時点で、殺す気満々だっただろうし」
「そう、それ! それ聞きたかった! いつ私が狙われているって分かったの!?」
「“暗部”から出た時から……って、その話は後だ。来るぞ……!」
ライトのその声でバリューは身構えた。
そして、二人が鋭い視線を向けている空から、何者かが降ってくる。
そのまま、彼らの目の前にあった瓦礫の上に、少し小柄で異質な影が降り立った。
*
“暗部”から出てきやがったアイツらは、明らかに普通の人間じゃねぇ。
奴らの死を確認するため、蒸気機関の義足から圧縮した蒸気を噴出させ、瓦礫の山へと跳躍しつつ、オレは考える。
あの憎き二人組ではなさそうだが、銃弾を鋩で受け止めるなどと言った芸当ができるヤツは、この国にいるはずがねぇ。
それに、オレの位置が瞬時に把握できるなんて、脅威的な力を持ち合わせていやがる。
とにかく注意するしかねぇよな。
クソ……暗部でどのようなことがあったか知りたいのは山々だが、今はそれどころじゃねぇ。
オレはとにかく復讐するんだ!
オレをこんな体にしたアイツらとその仲間に!!
―――けど、何だ? この感情は……?
あの時のような復讐心とは違う、別の何かのように感じやがる。
じじいから術を受ける前の、あの時に近いような―――。
……いや、今はそんなこと、どうだっていいじゃねぇか!
オレは、オレがやりたいようにやるって決めたんだから!
んな事を考えているうちに、壊した建物の近くまで来ていた。
立ち込めていた土煙は晴れ、瓦礫の上には何事もなく立っている人影が二人……。
「……チッ、やはり生きてやがったか」
瓦礫の上に到着すると、一か所だけ瓦礫がほとんど飛び散っていない箇所がある。
そこには、オレが狙っていたヤツらが、少しも逃げることなく、オレのことをじっと見ていた。
「……なぜ俺たちを狙う?」
「答える必要がねぇな」
弾丸を潰しやがった男がそう尋ねてくるが、適当に返事をする。
アンタらの正体はわかってんだよ。
つべこべ言わずに、そのまま死んでくれたらよかったんだけどな。
「…私たちとしては、狙われる筋が見当たらなく、困惑している次第だが」
「知るか」
狙っていた鎧のヤツも、心外と言わんばかりに文句を言いやがる。
んな建前を言われたって、オレは信じねぇからな。
「アンタらが企んでいることはお見通しなんだよ、さっさとくたばれ」
奴らの声に耳を貸す必要はねぇ。
相手は二人だ、話など聞いていたら、不意を突かれる可能性だってある。
あの戦いの二の舞には絶対になってやらねぇ……。
遠距離が駄目なら、近距離で潰す……!
右足の義足に大量の熱を込めた。
*
二人の目の前に現れた人物は、人間とは思えない異形だった。
正確にいえば、その左腕が、だが。
義腕にしては、自身の身長なみかそれ以上の大きさをしていて、明らかにアンバランスだ。
それにもかかわらず、顔色を一切変えずに、当然のように動かしている。
まるで、最初から体の一部だったかのように。
そして、その腕は蒸気機関を用いて作られた物だった。
空いている隙間からは、絶えず蒸気を噴き出しており、関節の可動域も相当に広い。
だが、何よりも……。
「(えっ! 子供!?)」
「(背の高さ的には、多分そうだろうな)」
二人の前に現れた人物は、明らかに成人しているようには見えない姿だった。
クラッドレインを覆う暗雲のように、暗い灰色の髪。
十を使うせいでずっと目を細めているからか、鋭くなっている橙の瞳。
そして、ライトの2/3ほどしかない身長と、まだ柔らかみが残っている童顔。
ボロボロの服を着こなしてはいるが、誰がどう見ても、子供としか思えない出で立ちだった。
「(子供だとしても、油断はできないぞ。なにより、あの義腕が厄介だ)」
「(相変わらず冷静だよね……)」
「(そうでもないさ、悪い予感が当たったからな)」
彼らは、目の前にいる小柄な人物に聞こえないような声量で、早口に喋る。
まるで会話をしていないようなその技術は、敵地に潜入した時に、二人が編み出した技だった。
そもそも、騎士が敵地に潜入するという事態がおかしなことではある。
けれども、二人にはそうせざるを得ない理由があった。
まあ、二人としては、今後使う事はないと考えていたが、案外役に立つものとなっている。
「(悪い予感って?)」
「(アイツの胸元にあるのは、煙を纏う剣の紋章。牢獄で見た騎士と同じ紋章だ)」
「(それって―――!)」
「(とりあえず、騎士であることは間違いないだろうな)」
「(だとしても、《カッパー》に騎士なんていないって、ローアさんが言ってなかった?)」
「(言っていたな。確かに、たった一人でこんな辺境にいるのはおかしい。王から直々に命を受ける実力者じゃない限り)」
「(まさか……冗談だよね?)」
「(そのまさかだ。コイツの正体として考えられるのは、王の側近でありながら相当の実力を持つ人物……つまり、『十忠』だ)」
「(嘘でしょ!!)」
自分たちよりもよっぽど年下の敵を見ながら、バリューは驚嘆する。
……けれども、決してバカにしたりはしなかった。
彼女は決して、他人を見た目だけで判断しない。
たとえそれが、敵であろうとも。
「(若さ的に新参者である『炎熱のガルーダ』だと考えていいだろう)」
「(ど、どうするの!?)」
「(とにかく、無力化するしかない―――。っ! 来るぞ!)」
ライトの言葉と共に、『炎熱』は大きく屈む。
そして、怒りの表情を浮かべたまま、体躯に見合わぬ跳躍力で、二人まで一気に間合いを詰めた。




