暗く狭い牢獄の中で
そして、一夜が明けた頃。『ホーム』に居たライト達は……。
「……なあ、バリュー。何か言っておくことはあるか?」
「…済まない。こんなことになるとは、微塵も思わなかったんだ。これは私の無知が起こした罪だ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
「そんな事が出来たら、とっくの昔にお前の元から逃げ出してるさ」
「…ライト、本当に済まない」
「誤って済む程度の問題ではないと、お二方は理解していらっしゃらないみたいですねぇ?」
「「……」」
暗く細長い空間。そして、均等に小分けされている石造りの空間。
その空間の一つに、二人は座り込んでいた。
彼らの目の前には太く硬そうな銅の格子があり、その奥には暗くて顔色が伺えない複数人の人物。
壁に見受けられる悪魔のレリーフが、彼らが持つ松明から不気味に照らされている。
その中の一人、煙をまとう剣の紋章が彫られた鎧の男が、先程から離していた二人の言葉を遮った。
その顔はほとほと呆れかえり、苛立ちを隠しきれていない。
「大変申し訳ないことをしたと、しっかりと反省しています」
「…悪かったのは私だ。ライトは関係ない」
「何と釈明しようとも、罪は罪だ。しっかりと贖ってもらうからな!」
「「……はぁ」」
……ここは『ホーム』の地下に設けられた、咎人たちの牢獄。
ライト達は、大勢の人を巻き込んだ迷惑者として、憲兵とその上司にあたる騎士に捕まっている。
そうなってしまった成り行きは、とても単純明快だった。
「…なんでもいい、この暑さを和らげる物は置いてないか?」
あの後、暑さに耐えきれなくなったバリューは、年老いた商人に暑さを和らげるものはないか聞いていた。
すると商人から「こういった物はいかがかな?」と、とある蒸気機器を勧められた。
そのまま商人が近くの小箱に屈みこんで拾い上げたものは、虫眼鏡のレンズを取り除き、持ち手を太くしただけにしか見えない蒸気機器。
なんでも、その蒸気機器は熱を冷気に、冷気を熱に変えられる優れものらしい
それを聞いたバリューが、すぐに食いつくことは容易に想像できた。
ライトはどうにか購入を諦めさせるように説得するも、バリューの購買欲の前にあえなく失敗。
ただでさえ少ない貯金をはたいて、購入することになってしまった。
店員のお墨付きを貰ってはいたが、無精髭を生やした胡散臭い老人からの一押しを、ライトはいまいち信用しきれなかった。
「いい買い物をした!」
「無駄な買い物をした……」
ライトが無駄遣いしたと悩んでいる事はいざ知らず、バリューはウキウキとしながら、購入したばかりの蒸気機器を起動させる。
……だが、これがいけなかった。
なにより彼女は、物の扱いが非常に荒いのだから。
「…なにこれ、全然涼しくならないんだけど」
元々森暮らしだったから、原始的な技術ぐらいしか上手く扱えないの、とバリューは言いそうだが、それを考慮したとしても不器用すぎるにも程があった。
そして、運が悪いことに、ライトは彼女の不器用さを知らない。
つい最近までバリューの正体が分からなかったから当然ではある。
けれども、彼女が蒸気機器を扱うことは、確かに不安だった。
ならば、この時点でライトが蒸気機器を起動させるべきだったのだが、散財したことに気を取られていて、バリューの事を一切見ていなかったことが仇となった。
そして商人も人が悪く、その蒸気機器は本来、室内で使う物だった。
少しでも考えたらわかりそうではあるが、彼が注意事項を伝え損ねたのは凡ミスであり、致命的なミスとなる。
「…えぇい! こうなったら最大出力だ!」
「ちょっ―――!?」
漸く彼女がやろうとしていることに気づいたライトは、制止の声を掛けようとするが、時すでに遅し。
うだるような暑さを吹き飛ばすような気を込めて、バリューは手元のダイヤルを勢い良くひねった。
―――結果はご想像の通り、周囲を巻き込むとんでもない事態となった。
バリューが雑に扱った蒸気機器は、周囲の大量な熱に反応。
辺り一帯へと急速な冷却を行おうとするも、いくら冷気を作り出そうが周囲の温度は変わることなく、次第に蒸気機器に負担がかかっていく。
そして、止めとなったのが……。
「何これ! 全然使えないじゃん!!」
「バカや―――!!」
あまりの暑さで怒りを爆発させたバリューが、蒸気機器を地面に叩きつけたことだった。
勿論、そこまで雑な扱いをされて蒸気機器が耐えられるはずもなく、熱暴走を誘発させ、一時的に周囲は超高温状態になってしまう。
幸いにも死者は出なかったが、熱によって意識を失う者が多発した。
蒸気機関を起動させたバリューは勿論、すぐ隣にいたライトですら、その高温で一瞬にして意識を失ってしまう。
そして、意識が戻る頃には二人とも牢獄へ囚われていた。
こうして、現在に至るのだが……。
「いや……正直、バリューがそこまで差し迫った状態だとは思わなかったんだ。気付いてやれなかった俺の責任だってある」
「そんなことはない! 私がもう少し我慢をできていれば―――!」
「はいはい、過去の事を悔いても仕方がないでしょ? さっさと罪を認めようねー」
「「(チッ!)……済みませんでした」」
結局、二人が今できる事と言えば、無知な旅人を装って……いや、実際無知が引き起こした事故なのだけれども、騎士たちに許しを請うことだけだった。
だからこうして情状酌量を狙っているようだが、相手の騎士と憲兵たちには全く通用しそうにない。
むしろ、ライトたちの周りばかりを複数人でウロウロしていることから、弄ばれている節まで考えられる。
よっぽどの暇人なんだなと小声で呟いたバリューに、ライトは首を竦めた。
「まあ、我々も鬼ではない。永久国外追放はしないが、三日間の拘留後『カッパー』の内地で釈放することとしよう」
周囲の憲兵から、どっと笑いが起きる。
どうやら『カッパー』の内地釈放は、囚人たちから最も恐れられている刑罰の様だ。
だが、その申し出は二人にとって好都合でしかなかった。
「え? いいんですか?」
「…え? いいのか?」
「……は?」
二人の目的地はまさしく『カッパー』であるため、憲兵の言葉に何の違和感を覚える事もなく、返事を返してしまった。
しかし、そんなことを聞いた騎士が、勘違いするのは当然の話で……。
「……貴様ら、持っていた機器からもしやとは思っていたが、やはり『カッパー』の出身だったか! 刑を訂正する! 一週間の留置の後、拘束具を装着したのち『カッパー』の〝深部〟にて釈放とする! もちろん、永久国外追放付きだ!」
「ち、ちょっと、俺たちは旅人だって言ってるじゃ……」
「旅人を装ったカッパーからのテロリストだろうが! 二度とその汚らしい口で弁解しようと思うな! 二言はないぞ!」
先程の弄びムードから一転、騎士は二人に暴言を吐き散らし、憲兵たちは二人に向ける視線を怒りと蔑みに切り替えていく。
こうなってしまっては、もう、二人に弁解の余地などなかった。
実は、商人から買ったあの蒸気機器は、『ホーム』では売られていない代物だった。
どうやら蒸気機器を売り渡した商人は、『カッパー』からひっそりと、自作した蒸気機器を売りさばいていたらしい。
ここに捕まっていないということは、二人が騒ぎを起こしたタイミングで逃げ出したのだろう。
たとえ、今からその話をしても、もう騎士たちの耳に届くことはないだろうが。
「まるで悪魔のような奴らだ」
「実際に悪魔がいたらこいつらのような姿かもしれないぞ?」
「馬鹿か、悪魔なんているわけではないだろ」
「……いるぞ」
「……何だと?」
急に態度を変えた騎士と憲兵たちを諭すかのように、ライトは言葉を発する。
その声色は、ふざけているとは思えないほど、深刻そうに聞こえた。
「天使も悪魔も実在する。生物の枠組みからは極端に離れていると言わざるを得ないがな」
「はぁ?」
「…奴らは精霊や死霊といった超自然的存在だ。この世界に住む生命の殆どは、奴らの存在を認識できない。……一部例外を除いてな」
ライトの言葉に便乗するかのように、バリューも続けざまに騎士へ語り掛ける。
鎧の中がどのような表情なのは分からない。
だが、青く光る瞳だけが、静かに騎士たちをじっと見つめていた。
「ほう、例外だと?」
「…人間が勝手に定めている上位種族がこれに該当する。ハイ・エルフ、ドラゴン、賢魚人等だ」
「人間で該当する者もいるぞ。精霊遣い、死霊術師、聖人、悪魔と契約した者などだけどな」
「ふぅん、そうかそうか。……で、それがなんだって?」
「別に何でもないさ。ただ、居るものを居ないように扱っていると、そのうち痛い目を見るって話だよ」
「ああ、そうかい。肝に銘じておくよ」
疲れた様子の騎士は、二人の言葉を適当に答え、その場を後にした。
どうやら、二人の皮肉と警告は、憲兵たちの耳に届くことはなさそうである。
弄ぶことに飽きたのだろう。騎士がその場を去った後、憲兵たちも持ち場へと戻っていった。
―――その背中に憑いたゴーストに、全く気付きもしないままで。
こうして、こじれた勘違いをされた二人は、一週間後、拘束具を取り付けられたまま、『カッパー』の〝暗部〟と呼ばれる、危険地帯に置いて行かれることとなった。
だが、なぜか武器は回収されず、これ見よがしに二人の目の前へと置かれていた。
……おおよその理由は分からなくもない。
単純思考なバリューでさえも見当がつくほどに、「狙ってください」とばかりに置いているのだから。
そして、そのうえで言葉を発する。
「……ねえ、ライト」
「どうした?」
「ここに来てから改めて思ったんだけど、旅って本当に過酷なんだなって」
「安心しろ、バリュー。俺も、ここまで想像を超えたものだとは思ってなかった」
いつも口喧嘩ばかりしていた二人も、今回ばかりは口喧嘩する余裕がない。
憲兵たちが居なくなった途端、辺りから人の気配が漂いだしたのだ。
何処かの国に着くたび、毎回不遇な目に遭っている二人は、溜息を吐きながら来襲者の行動を伺う。
そして、一つの人影が、二人へと勢い良く接近した。




