『炎熱のガルーダ』 Side.B
彼がバリューを商人から引きはがしにかかった頃、《カッパー》北区域では……。
「へへっ、今日も一儲けしたぜ……!」
ある男は、金貨が詰まった麻袋を眼前まで持ち上げ、ほくそ笑む。
その男は、旅人や無知な住民を「《ハーツ》へとたどり着ける裏道を知っている」と騙し、南口へと案内するとともに武器を突き付け拘束し、金を奪う極悪人であった。
だが、《カッパー》ではそれが日常的な風景で、男が行っていた悪事はまだ優しい分類とも言える。
手段を択ばない者になると、躊躇することなく臓器売買や奴隷の選り抜き、違法武器の製造から殺人家業までやっているのだ。
けれども、そんな彼らが手に入れた金の大半は、酒、煙草、風俗やクスリへと消えていく。
何の生産性もない、浪費一辺倒で壊滅的な消費ばかりだった。
そして、弱肉強食を全てとする《カッパー》は、理不尽にも、被害者が多大な被害を受けようが、その無念を晴らすことは難しい。
と、いうのも、《カッパー》では何が起きても、自己責任で対処しなければならないという〝掟〟が作存在するから。
〝法〟ではなく〝掟〟。枢機者が変わり、体制が変貌しつつある《クラッドレイン》だが、《カッパー》が依然として旧態のままで、良い方向へと展望しない理由の一つ。
この地域では、他地域の《クラッドレイン》の常識は通用しない。
強者全盛を是非とし、弱者こそ悪だと定められたその世界では、どれほど悪質な手段であろうとも、最後まで立っていたものが正義だと決められていた。
勿論、《ハーツ》の騎士たちや枢機者は、ただ黙って指をくわえて見つめているだけではない。
けれども、ルールが捻じ曲げられている《カッパー》で戦うことは、あまりにも犯罪者たちに有利で、それに生活している環境すら勝手が違うのだ。
底が見えないほどの闇が蠢いている国。
そして一切の情報が存在しない〝暗部〟の存在。
そんなパンドラの箱を進んで開けようと思うものが、一体何処にいるだろうか。
触らぬ神に祟りなし……と言うわけではないが、触らなければ今のところ危害を加えてこないことから、クラッドレイン勤めの騎士たちは、基本的に《カッパー》に寄りたがらない。
……中には率先して《カッパー》へと入る者もいるのだが、それは片手に数える程度である。
たとえ騙されたのだとしても、侵入してしまったら最後、己の全てをむしり取られて炉端へ捨てられる覚悟をしないといけない場所、それがクラッドレインの汚点とも呼ばれる《カッパー》の全てだった。
「今日はカナちゃんにしようかなぁ……。ぐへへぇ……」
男はどうやら風俗に通っているらしい、顔がだらしなくニヤけている。
クスリもキメているのか、体が酔っ払いのようにふらふらと千鳥足になっていた。
この時、男がもっと注意深く行動していたならば、きっと風俗で思う存分楽しめていたのだろうが、それは一瞬の隙も与えず儚い夢と化す。
「うとっとっと……」
突如、何もない場所で男はつんのめった。
だが、足元の凹凸につま先を引っ掛けたのでも、誰かが足を引っかけたわけでもない。
「ったく、なんだぁ?」
悪態を吐きながら男は地面を見つめる。
やはり、躓きそうなものはない、が……。
―――男がふっと見た右足の膝元には、大きな風穴が開いていた。
「は……? ぐ、ぐああああああああ!!」
それはかすかな音すら聞こえなかった。
目に見えることは勿論、足に穴が開いた事すら気づけず、躓いただけだと男が勘違いするほどだった。
足を確認して漸く事の重大さと焼けるような痛みに気付いた男は、大声をあげてその場にうずくまる。
そんな男の声に反応したのか、どこからともなく人が集まってきた。
それは、決して男の事を心配して駆けつけたわけではない。
彼らは男の収穫物を奪う者や男の臓器を奪う者、そして、男の命を奪う者達だった。
「あーあ、せっかくのチャンスを逃しちゃったねぇ。残念無念また来世ってね」
「な、何だお前ら! どこから出てきやがった!」
「『大鷲』に狙われるなんて、本当についてないなあ。……いや、それほどまで悪い事をしちゃったのかな?」
「く、来るな……!」
「でも、わたしにしてはラッキーだったなあ。狙っていた得物が目の前に落ちてきたんだからさ!」
「ま、まて! やめろ! 助けてくれぇ!!」
フードの人物は、男の言葉の一切を無視したまま、動かない右足を掴み引っ張る。
男は連れ去られると悟り、必死に両手を振り回すが、足元にいるフードの人物にその手が届くことはない。
必死の抵抗も空しく、悲痛な叫び声をあげながら男は引きずられていった。
そして、そんな様子を高所からスコープ越しに覗く人物が一人……。
その人物こそが、《カッパー》に出入りする珍しい騎士。
『十忠』の一人、『炎熱のガルーダ』の二つ名を与えられた子供、ブロウ・ガルディンだった。
*
「ノルマ達成っと。いやー今日も、いつもと同じぐらい楽勝だったぜ」
オレは大型の蒸気ライフルから手を放し、ふぅ、と一息ついた。
コイツは、小さくて細長い『消音貫通弾』が打てる、クソ強ぇ銃だけど、その分クソ重かったり、弾がクソ高かったり、メンテナンスがクソ大変だったりする、ポンコツ仕様だから困るんだよなぁ。
あれぐらいのヤツなんてオレの足元にも及ばねぇし、普通に接近戦で仕留めるべきだったぜ。
「だぁーっ! んにしても、疲れたぜ!」
大声をあげて仰向けに倒れた。
同じ体勢でいると体が凝るし、ノルマは達成したから、横になっても別に大丈夫だろ。
「それにしても、ここはいつも曇ってて心機臭ぇな。たまには晴れりゃいいのによ……」
と、誰に言うわけでもないが愚痴ってみる。
今にも雪が振り出しそうな空だが、ここはいつもこんな感じだから、気にしていても仕方がねぇんだけどな。
―――さて、オレは枢機者、レプリカ・クラッドレインに従える騎士だ。
といっても、正直、騎士と呼べるのか分からねぇんだがな。
元々、オレの生まれは知らねぇが、気付いたらここ、カッパーにいた。
どうせ、親に捨てられたかなんかだろ。
けど、そんな世間知らずのガキだった、こんな所で生きていけてねぇ。
この狂っている環境で生きていくため、必然的に様々な知恵と戦闘技術を覚えた。
自分で言うのもアレだが、オレはこの環境に適応するのが早かった方じゃねぇかなと思う。
特に銃器の扱いが得意だったオレは、それを使って盗みや脅しをして食べ物や金を手に入れていた。
だが、銃で人を殺すことはしなかった。
「人を殺すのが嫌だ」とかそんな奇麗事じゃねぇ。死体の事後処理が面倒だったことや、恨みを買われると後々大変だったからだ。
ある日、イライラしていたオレは、とある奴らからの喧嘩を買っちまったんだが……。
そいつらはやけに数が多くて、おまけにまあまあ強かったんだよな。
で、案の定だが、追い詰められて半殺しの目に遭っていた。
まあ、頃合いを見て逃げようと思っていたんだが、よくわかんねーけど、オレみたいなガキに躍起になってぶっ殺そうとしてくるもんだから、「あ、これ死んだわ」と思って、死を覚悟した。
―――そんな時、現れたのが枢機者レプリカ・クラッドレインと、そのお供である二人の騎士……今、オレの同僚になってるヤツらだった。
あいつらは、襲ってきた野郎共をいとも容易く一蹴し、オレを救い出した。
そして、ボロボロのオレに枢機者は近づいたかと思ったら、じろじろと体を見渡してきやがった。
物珍しいのかもしれねぇが、オレにとってはいい迷惑でしかなねぇ。
さっさと怪我を手当てしたかったし、この場に居座り続けていても、ろくな事が無さそうだったからな。
そして、満足げな顔の枢機者は、オレに向けてこんなことを言ってきやがった。
「うん。合格だよ、灰髪君。君はわたしの元で、三人目の専属騎士になってもらおう」
「……はぁ? 専属騎士? バカにしてんのか?」
「あんたねぇ……! この人を誰だと―――!」
「まあまあ、落ち着け」
オレの態度が気にいらなかったのか、長い茶髪の騎士が罵声を浴びせるが、白髪の騎士がそれをあやしていた。
そんな従者たちの行動を無視して、枢機者は言葉を続けようとする。
てか、灰髪君ってなんだよ。オレの髪の事かよ。
「バカになどしていないさ。君はまだまだ実力不足なところがあるけれど、この二人に負けないほど強い志を持っている。それだけで、わたしの専属騎士になるには、十分すぎる理由だというわけさ」
まあ、オレをボコしていたヤツらを蹴散らすぐらいだ。
オレよりもそいつらの方が全然強いだろうな。
けど、その二人に負けない強い志が、オレにあるって?
んなわけないだろ。オレは毎日どのように生きていくかで精一杯だったんだぜ?
「そう言えば名前を聞いてなかったね、灰髪君」
「……ブロウ。ブロウ・ガルディンだ」
「ブロウ、か。カッコイイ名前じゃないか。ではこれから頼むよ、ブロウ」
……結局、その言葉の真意が何だったのか、オレには今でも分からねぇ。
けど、オレは反対する暇なく騎士にされた。
出生地は不明で、出身地が《カッパー》。
騎士とは呼べないような自分勝手な思考と、銃撃が得意だから基本は遠距離で狙い撃ちする戦い方。
明らかに騎士とは呼べそうもないが、それでも騎士として配属させられたのだから仕方がねぇだろ?
そんなオレに与えられた仕事は単純明快、《カッパー》の行き過ぎた犯罪行為を粛正することだった。
無法地帯である《カッパー》だが、そんな場所にだって、〝掟〟や暗黙の了解はある。
それを破る者や、他国民を巻き込む者には、どのような手段を用いても構わないから必ず粛正すること。それがオレに与えられた任だ。
とかなんとか言ってるが、正直、単純作業に近い仕事だったりする。
ターゲットの行動を調べ、先回りし、遠距離の高所で狙撃することでターゲットを行動不能にする。
そしたら、大抵ターゲットに恨みを持つ誰かしらが連れ去ってくれるから、超楽な仕事だ。むしろ、楽すぎてかったるくなってきやがるんだけどな。
けど、最近になってナイフによる大量殺戮が度々発生しているからか、ピリピリと張り詰めた空気が漂っているせいで、少々動き辛ぇ。
てか、大量殺戮したやつ誰だよ! 面倒くせぇマネしやがって! 出てきたらさっさとぶっ殺してやる!
とはいえ、護衛も騎士の仕事の一つであるから、オレは度々《カッパー》と《ハーツ》を行ったり来たりしてる。
超面倒くせぇけど、さぼったら同僚がうっせぇからなぁ……。
それに、護衛戦闘も学ばなきゃならねぇから、戻った日には毎回のように同僚二人と手合わせをして、一方的にやられることを繰り返していた。
茶髪はオレの事をまだまだ実力不足と罵るが、白髪はオレの事を飲み込みが速くてできるヤツと褒めてきやがる。
別に何と言われようがどうだっていいが、せめてどちらかにしろっての。
そうしているうちに、いつの間にか俺に二つ名が付いていた。
蒸気機関を用いた高性能の自作銃を扱い、高所からの狙い澄ました一撃で確実に相手を仕留める。そういったところからこの名前になったらしい。
「あ、そう。それのことだけど、二つ名付けたし、どうせならと思って『十忠』のメンバーに登録しちゃった。授与式に参加してないけどコネで貰えたし、ブロウも立派な騎士だって証明できるから、別にいいよね!」
「「別にいいよね!」……じゃねぇ! 『十忠』ってなんだよ! てか、オレに二つ名を付けたのアンタか!」
まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃない。名誉だよ名誉!
と主様は言ってはいたが、名誉なんてオレは興味ねーし……多分。
結局、またもや主様によって勝手に、二つ名『炎熱のガルーダ』を名乗らなきゃならなくなった。
そうして、今に至るような感じだ。
結局、二つ名をつけられようが、今までの任務やノルマは変わらないっつー事が拍子抜けではあったけど、これはこれで楽だから別に文句はねぇ。
今の生活も慣れたらどうってことなかったしな。
それで、だ……。
「……アンタら何者だ?」




