頭が痛い二人の諸事情
「…素晴らしい人だな。一宿一飯の御礼に、国の基盤となった蒸気機関を授けるだけではなく、国の建設まで立ち会い、人々に愛される王となるとは」
「―――それで終わっていたら、の話だがな」
「…それは、どういう意味だ?」
「彼は晩年に姿をくらませたんだ。それも、国の成長が止まった時期と、ほぼ同じタイミングで」
「…己の限界を知り、自ら消えた、と?」
「恐らくそのようだ。『疲れたから休ませてほしい』という書置きと、家族からの証言で、ほぼ確実だと言われている」
「…一体、彼に何があったんだ?」
「こればかりは流石に俺でもわからない。……けれど、多少の成長はしながらもこれ以上の発展は見込めないと、数年前まで言われていたクラッドレインは、ここ最近になって急成長を遂げている」
「…その成長を促した者こそ現枢機者、レプリカ・クラッドレインか」(同じ女性として、ホントに尊敬できる人なんだよね……)
ミスモッグは謎の失踪を遂げてしまったが、このような他の国とは異なった環境で《クラッドレイン》が栄えることができたのは、この国の枢機者であるクラッドレイン一家の努力があったからこそである。
国を一から作り直したクラッドレイン一家は、様々な壁にぶつかりつつも、持ち前の知恵とカリスマ性で人々の信頼を得て、ここまで巨大な国を作り上げてきた。
だが、そのクラッドレイン一家も、今では老いにより殆どの人々が亡くなっており、残った子孫にあたる者達もほぼ全員が、様々な理由で旅に出てしまっていた。
もはやこの国は、廃退の一途をたどるだけなのか……。
人々の不安は国の成長に大きく影響を与え、他国からも「蒸気機関の国は、もはやこれまでだな」とまで言われ始めていた。
そんなさなか、若くして旅に出ていた、クラッドレイン家最年少の人物が帰還する。
彼女……レプリカ・クラッドレインは、当時まだ二十になったばかりであったが、ミスモッグの血を根強く引き継いでおり、たとえ一家が自分一人だけになったとしても、この国をさらに大きくしていこうとするほどの野心家であった。
枢機者として戴冠した彼女は、一休みする間もなく、即座に政治・経済へと率先的に関わっていく。
観光業や五国同一給金制、更には蒸気機関の応用・展望法などを考え付き、それをすぐさま実行していった。
彼女の功績はそれだけではない、レプリカは掲げた目標を全て成功させるまで諦めないという努力家であり、それをこなすことができる才能を持ち合わせていた。
こうして、未来に若干の不安が残るものの、彼女の野心によって、ミスモッグ喪失時の不況を乗り越えた《クラッドレイン》は、今、最も栄えている状況にあるのだ。
鎧姿の時は、大体ぶっきらぼうな口調なバリューだったが、その口が尊敬のあまり、思わず素の声を漏らしてしまうほど、レプリカ・クラッドレインは凄まじい経歴を持つ枢機者だった。
……そして、国の有権者は大半が男性である点、この国では国の長である枢機者が女性である部分も、他の国にしては珍しい事案だったりする。
「……今どの辺りだ」
「まだ《ホーム》の三割を歩いた程だ。どうあがいても、今日中に《カッパー》へと出られそうにはないな」
「……そんなぁ。頭痛くなってきた」
「鎧を脱いで歩くことができない以上、幾度か休憩を挟みながら進むしかないだろ。そうでもしないと熱中症でダウンするぞ」
「そりゃあ、そうだけど……」
ベンチに座って休憩を取る二人だったが、その体からは、そこまで歩いていないにもかかわらず、大粒の汗で濡れていた。
バリューが水筒を煽るように水分補給しているが、その場から少し距離を置いてライトは座っている。
それは、汗の臭いを気にしている、などといった女々しい理由ではなく、熱を帯びて熱くなっている銀鋼に触れないようにするためだった。
日光で熱せられているわけではないが、それでも、暖かい空気にさらされ続けると、必然的に熱くなる。
そんなものに触ってやけどした、なんて、笑えない冗談にもほどがあった。
「……そもそも、本当にここに寄るしかなかったの?」
「凍死したいなら、今からでも国の外周を回ったらいい」
「うー……そんな意地悪な答えかたしなくてもさぁ……」
「仕方がないだろ。俺もここに寄る気はなかったが、平地と変わらない程の気温の中で寝られるわけだから、多少の我慢は必要だ」
暑さのせいか、本性が剥き出しになりつつあるバリューを容赦なく叱責するが、かくいう彼もこの国に寄る事はなるべく避けたがっていたため、頭が痛い状況ではある。
……それにしても、金品を殆ど持たないライト達が、なぜ金銭がかかるこんな観光地に来たのかというと、一言では表せない複雑な事情がある。
まず最初に、地形と気候の問題。
再三となるが、《クラッドレイン》は山脈に囲われているツンドラ気候の土地である。
特に南西部分に至っては道が整備されておらず、冒険者たちから危険視されている原生生物が多く住まう険しい地でもあった。
ライトたちが目指す場所は、この険しい山々を超え、南下しなければ進むことができない。
かと言って、整備されていない危険生物が住まう土地を、わざわざ通ることだけは避けたかった。
次に食糧の問題。
常に身近にあったもので自給自足をしている二人には、生き物の存在が乏しい雪山での飲食は常に厳しい状況だった。
特に南国生まれのバリューは、雪国での行動や狩りの勝手がわからない。
野うさぎを捕まえ損ねた挙句、そのまま滑って転がり雪だるまと化した際には、ライトは笑いだすどころか頭を抱える有様だった。
最後に二人が着ている装備の問題。
ご存じだろうが、二人の服装は明らかに寒冷地に適応できていない。
下手すれば、容易く命を落としかねない格好と言っても過言ではないだろう。
いくら体が温まっていようが、雪風吹き付ける場所に長時間居続けるとなれば、体温はどんどん奪われていき、生存確率が一気に低下してしまう。
それを防ぐためにも、近くの国で防寒具を一度揃える必要があった。
それらの問題を一度に解決するために、当初は付近にあった別国への道を選択していたのだが、道中で人一人生き残っていない死の土地と化していると聞き、通行を取り止めることになる。
獣害ならまだしも、国が滅ぶほどのものなら、間違いなく大きな戦か、虐殺があったに違いない。
戦禍に巻き込まれるわけにはいかない彼らは、北上して《クラッドレイン》への道を選択することを余儀なくされ、国内から南へと抜けるという妥協案をとることになった。
そのため、仕方がなく《クラッドレイン》へと入国したのだが、如何せん外との温度差が激しすぎて、二人とも暑さにへたばりかけているというのが現状であった。
だが、とりあえずは国内を通ることで、全ての問題が解決するのは確かである。
……別の問題が発生すること以外を除いては。
「確かにこんなに栄えている国なら、宿には困らないと思うけど。……国を守護している騎士も多いはずだよね」
「ああ、そこが懸念点だ。ここまで規模が大きい国ならば、『十忠』のうち、誰か一人は所属していてもおかしくない。あり得るとしたら、レプリカ・クラッドレインが国に帰還した同時期に、『十忠』へと着任している『信念』辺りだろう」
当たり前のことではあるが、国の規模が大きくなればなるほど、治安維持部隊の大きさは必然的に大きくなる。
―――そして、その中に『十忠』が含まれる可能性も高くなる。
ライトがこの地に寄りたがらなかった理由、それはこの国に『十忠』の一人であろう人物がいると確信していたからだった。
(他の国で、《クラッドレイン》よりも熱量がある国はないはずだ。……ということは、炎を扱う者でない限り、二つ名に熱を持つ『信念』を誇る『炎熱のガルーダ』はこの国にいる。杞憂だったらいいが、そうでない確率の方が高い以上、あまり目立った行動をして、相手の目に留まるわけにはいかない……!)
そう、『十忠』のうち『誠実』と『不屈』を誇る彼らは、世間からは死んだ扱いにされている。
生きていると悟られてしまうと、わざわざ彼らの身を案じて偽りの情報を提出した主たちに、多大なる迷惑をかけてしまうことになるのだ。
それに、ライトたちは他の『十忠』の詳しい経歴を知らないが、他の『十忠』たちは彼らの存在を把握していてもおかしくはない。
もし、そうだった場合、下手したら二人は、『十忠』に相応しくない者として、抹殺される可能性が十分にあった。
―――だが、それだけは絶対に避けなければいけない。
彼らには、まだ、やるべきことが残っている。
それは、恩人、レイジ・アベのロケットを、故郷にいる家族の元まで届けるという任。
彼から頂いた恩を、せめて少しでも多く返すため、二人の命が尽きる前に、必ずやり遂げねばならないのだから。
「さて、どうするか……」
再び歩き始めていた二人だったが、考え事をするためにそのペースは控えめだった。
前ばかりしか見ていなかったライトだったが、とにかく自分たちの身の振り方を弁えるよう早々に伝えるため、一旦思考するのを止めてバリューへと声をかける。
「とりあえず、今晩の宿を探すぞバ……っておい」
すぐ隣を歩いていたはずのバリューは、いつの間にか離れた屋台で蒸気機関の小物にじっくりと見入っていた。
陳列棚の奥で座っていた商人は、あれこれ彼女に説明しているらしく、時折頷いているように見受けられる。
その動作は普段通りに思えるが、ライトの瞳ではどことなく、はしゃいでいるように映っていた。
これも長い間連れ添ってきた経験によるものだろうか、バリューが何を考えているのかライトは手に取るようにわかってしまった。
(こりゃあ駄目だ。バリューはああいった状態になると、絶対に買うまで離れたがらないからなあ……)
ライトはその場でガックリとうなだれつつ、とにかくこの誘惑だらけの市場からバリューを連れ出し、目立った行動をとらせないようにするため、駆け足で商人の元へと向かった。




