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『城砦のハルトマン』

 閃光と轟音、そして衝撃波が辺り一帯を瞬時に伝う。

 二人を中心とした爆発は、道を抉り、木々を吹き飛ばし、小さなクレーターを作り上げた。

 その絶大な威力は、体を丸めて謝っていた男も、例外なく吹き飛ばされる程だった。


「ぐぇっごふぇほぐほっ……。はは、はははははは!!」


 爆風をもろに全身に受け、擦り傷だらけになった男は、火薬の匂いが鼻についたのか、むせてせき込みながらも、心底嬉しそうに嗤う。

 その顔は、積年の恨みを遂に晴らしたかのような、清々しい笑顔だった。


「がはははは! 死んだ! ようやく死にやがったぁ! 俺の邪魔をさんざんしてくれた報いだ! 予想外に手ごわかったせいで、我が兵士も大半がやられてしまったが…まあいい。あいつらがいなくなってくれたおかげで、漸く()()()も再建できるというもの! 今夜は宴だ! はははは! がはは……は……はっ?」


 男の下賤な笑い声は、そう長く続くことなく、不意に途切れる。

 なぜならば、何かが炸裂した爆心地、地面が抉れているその場所で―――。


 大鎧の人物が、自身の剣と鎧をまるでドームのようにすることで、青年を庇っていたからである。


「すまない。俺がもう少し早く気づいていたら……」

「…大丈夫だ、大した怪我はない。むしろ、私の方が注意不足だった」


 そしてその鎧は、爆発をもろに受けたとは思えないほど、目立った外傷が見当たらなかった。

 まるで、辺り一帯を吹き飛ばす威力の爆発を受けたとは、微塵も感じさせないほどに。


「ふっっっっっざけやがってぇぇぇぇぇ! なぜだぁぁぁ! なぜ生きてやがるぅぅ!」

「ど、どうしましょう!?」

「お前らは時間を稼げ! 流石に二発目を耐えきれるわけがないからな!」

「は、はい!」


 ピュィィィィィィィィィィィィ!!


 激昂した男は仲間へ指示すると、再度弓矢を構えて上空へ放つ。

 口で指示を出していた男が、一体なぜ鏑矢を打ち上げたのか。

 ……それは、鏑矢の長所であり、短所でもある特徴を生かすための使用法だった。


「…()()か?」

「ああ。鏑矢で大砲へ合図を送り、鳴り続けている音で、砲撃音や落下音をかき消していたようだ」

「…なるほど」


 ライトは音を鳴らし続けていた鏑矢に気づいた時から、バリューが砲撃を受け止めるまでの一瞬で、鏑矢が使われた意味を理解していた。

 勿論、理解していても対策できなければ、また確実に砲撃を喰らってしまうだろう。

 だが、再びその手には乗らないよう、ライトは()()()()()を思いついていた。


「…方角は?」

「北東の方角からだ。このまま撃たれたら非常に面倒だが―――()()()()()?」

「…ああ、任せろ」


 バリューはライトの問いかけに応じると、両足を開き、腰を低く下ろして態勢を整える。

 そして、バリューが大地と水平に構えた壁剣の上、その中心の辺りにライトは飛び乗った。


「えぇい、何をしている! 砲撃はまだか!」


 男はそんな二人の様子を見向きもせず、大砲がある位置を見ながら歯軋りする。

 彼は、最初の砲撃で二人を仕留められなかったことで、非常に焦っていた。

 その焦りは男の思考を固め、砲撃の一撃は致命傷にはならなかったものの、足止めになる程度の怪我を負わせられたと決めつける。

 そして、周囲を確認することを一切せず、砲弾が飛来していないかと空ばかり見つめていたせいで、()()からの報告に気付くのに少し時間が掛かってしまった。


「お、()!」

「うるさい! 砲音が聞こえないではないか!」

「そ、それが、鎧のヤツが、仲間を大砲の方角へ吹っ飛ばしました!」

「はぁ、そうか……は? 今、なんと…? ()()()()()()!?」


 二人の元へ戦いに向かった兵士たちが見たのは、バリューが壁剣を勢いよく振り上げたことで、壁剣の上に乗ったライトを、大砲がある方角へと吹っ飛ばす光景。

 それも、砲撃を受けて十数秒程度……砲撃から避難した兵士たちが、バリューたちの元へとたどり着くまでに、やってのけるという人間離れした現実だった。

 兵士から王と呼ばれた男が、慌ててクレーター状になった砲撃地点を見ると、足止めをしていた戦士たちを平然と蹴散らし、こちらへゆっくりと歩みよる巨大な鎧が目に入った。


「…王? ―――そうか、あんたが戦争の火種役となったテリブル王か…!」

「ひっ……! く、来るな!」

「…そうか。来るな、か」


 王の言葉を聞いて、何を思ったかバリューは足を止めた。

 鎧の隙間から見える、氷のように冷徹な蒼の瞳は王を見つめていたが、そこに感情は一切たりとも込められていなかった。


「…そうだな、お前が相手にしたのは、一体何だったのかを解っていない。ならば、否応なく理解させてやるのが、一番手っ取り早いだろう」

「な、なに……? 何をするつもりだ!」


 王の言葉に返事をすることなく、バリューは王から背を向けた。

 そのまま、既に戦士たちが避難している砲撃の着弾箇所まで戻り、立ち止まって空を見上げる。

 砲弾が風を切る音が、すぐ近くまで聞こえていた。


「悪逆の王よ! しかと、その目に刻み付けておけ!」


 そう叫んだバリューは、その場から動くことなく、ただ、大剣を左肩に担ぎ上げた。

 ……まるで、自分目掛けて飛んでくる砲弾を狙うように。


 バリューの戦い方は、どちらかと言えば受け身である。

 しかし、自らの装備の重さのせいで、受け身を取らざるを得ないわけではない。

 ただ、自分の装備に合った戦い方をしているだけであり、奇をてらった戦い方だってできる。

 だが()()()、バリュー自身が、それを良しとしなかった。

 そこまで、戦い方にこだわっている理由は至極単純である。

 売られた喧嘩を買い、歯向かおうとする意志を一瞬にして潰えすため。

 それほどの力を出さなくとも、苦戦する相手ではないと分からせるため。

 そして何より、壁剣を軽々と扱える実力を、最もわかりやすく証明するため。


 上半身に力を込めたバリューは、軽く一息吸うと―――。


「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 ―――再度、飛来した砲弾を()()()()()



 そのまま信管が作動し、バリューは爆炎に飲み込まれる。

 叩き切った分、直撃よりも受ける衝撃は少ないだろう。

 その代わり、今度は砲撃に耐える体勢を取っていなかった。

 叩き切ったことも相まって、少なくとも両腕は吹き飛んだと思わざるを得ない。


「げっほごほっ……! あの男、ただの馬鹿か! わざわざ自爆しに向かうなど!」

「い、いいえ! あいつは―――」

「…よく聞け!」


 轟音と爆風が再度王たちを襲う中、爆心地から王たちへと声が響きわたる。

 その言葉は、ビリビリと大地を揺らすほど力強かった。


「私はフェルメア国王専属騎士、バリュー・ヴァルハルト! 『城砦のハルトマン』だ! 我が国と主に逆らうものは、しかとその意思を心に刻み付けろ! その意思を、私は命尽きるまで防いでみせよう!」


 そう言うが早いか、バリューは壁剣を振るい、辺りの煙を吹き払う。

 黒煙と砂埃の中から、威風堂々と現れたその姿は、腕が欠けるどころか傷一つなく、体を痛めている様子も伺えなかった。

 二発の砲弾を受け止めて…しかもそのうち一回は、自ら砲弾を叩っ切りに行ったにもかかわらず、である。


「嘘、だろ……!?」

「ば、化け物だ……!!」


 武器を構えていた兵士たちは、投降の意志を示すかのように、次々と握りしめていた手から武器が滑り落ちていく。

 黒煙に包まれ、夕焼けに照らされたその姿はまるで、この世のものではない、おぞましい何かのようであり、戦士たちの士気を下げるには十分すぎたのだ。


「…これで理解しただろう? お前らが何を敵に回したのかを」

「い、いいいい、一国の、騎士が! 我に……カファルの王である我に、逆らうつもりか!」


 カファルの王と名乗る男は、慌てふためきながらも、黒煙の中に悠然と佇む鎧へと言葉を投げかける。

 そう、バリューが宣言したその言葉は、一つの大国に勤める騎士が、他の国の王に宣戦布告するといった、異常な行為を示していた。

 ……だが、その言葉に、バリューが一切怯むことはない。


「…先に手を出したのはお前の方だ。それに、その言い分ならば、国の騎士としてではなく、私が()()()に復讐するのなら構わないのだろう?」

「クソッ! 屁理屈を言いやがって……!!」


 さも当然のように語るバリューに向けて、男……テリブルは忌々しげに吐き捨てる。

 弱肉強食のこの世界では強者こそが絶対的な正義だと考えていたテリブルは、その発言に対して碌な言葉を返すことができなかった。


 この男は、バリューたちの国からほど近い、大陸の西に位置するカファル国の元国王であった。

 彼は自らの私欲を優先し、領地を広めるために辺り一帯に諍いの火種を撒き散らし、バリューとライトの母国を戦争するに至るよう仕向ける。

 ……そして、二人の恩人であるレイジを殺すように策略した。

 だが、レイジが最期に残した資料により、二か国は戦争を引き起こした原因がカファル国の王にある事を知る。

 二か国から目を付けられたカファル国は、わずか三日のうちに陥落。

 しかし、国王と直属の兵士たちは国外逃亡を見事に成功させていた。


 ―――ここまでくると、頭が固いバリューでも流石に理解できる。

 カファル国から逃亡した国王たちは、二か国の主戦力であり、実際にテリブル王の策略をねじ伏せてきた二人の事を、ずっと狙っていたのだ。

 だから、身分がばれないようにするため盗賊のようないでたちで、わざわざ二人の前に現れたのだろう。

 ……結果として、その努力は無駄になり、バリューはテリブル王へと剣を向けることになったが。


「…憎いだろうな。何度も私たちに邪魔をされ、盗賊にやられたように見せかけようとした復讐も失敗。挙句の果てに、最終手段として残しておいた、砲撃すら効かないのだからな」

「あ、当たり前だ! 貴様らさえいなければ! 我が理想としていた世界へと、大きく近づけていたはずなのだ! それを、よくも……!!」


 焦燥していた表情から一変し、怒りの表情を浮かべる王だが、バリューはその姿をじっと見つめるだけだった。


「我が戦力の大多数を無力化するだけでなく、拠点もその大半を破壊しやがって! おかげで我が戦力は、壊滅的な打撃を受けた! 一度戦争を終結させるという、面倒な手を使う羽目になったんだぞ!」

「…だから、レイジさんを囮に使ったのか」

「ああ、そうだ! 我が国のスパイとして雇ったというのに、我を裏切っただけではなく、この命を奪おうとした! そんな奴に生きている価値は―――!」

「自分以外の何もかもを知ろうとしなかったお前に、その言葉を使う権利はない!!」

「ひッ!!」


 激昂したバリューの言葉に、テリブル王は恐怖で慄く。

 そんな王に向かって、バリューは少しずつ歩みを進め始めた。

 一歩一歩足を踏み出すたび、重厚な鎧は音を立てているはずなのに、緊満とした空気が周囲を静けさで包み込んでいるような、そんな雰囲気を醸し出していた。


「くく、来るな! 来るんじゃない!!」

「…お前が抱えている、そんな些細な憎しみよりも、私はそれ以上の憎しみを、お前に対して抱いている!」


 先ほどの静けさから一転、バリューが踏みしめた大地は、まるで悲鳴を上げているかのように音を立て、足跡には亀裂が入る。

 巨大な鎧に包まれていようが、隠しきれることなく溢れ出る殺意に感化されたのか、テリブル王は顔を青くし、冷や汗を流し始めた。

 どうにか後ろへ逃げようとした王だったが、足が上手く動かずに、その場に尻餅をつく。


「ま、待て! 待ってくれ!」

「…お前の気まぐれで起こった戦争で、私が住んでいた国の国民、その実に一割近くが命を落とし、三割は今も受けた傷が癒えていない!」

「せめて、命だけは! どうかッ!!」

「…それに、お前が派遣した兵士たちや、あの人が死ぬことを良しとする理由など、何処にあると言うのか! 多くの命を自身の駒として扱い、その命を決して尊ぶこと無く、ゴミのように掃き捨てたお前に、自らの命を語る資格などない!!」


 王が懸命に発している弁明が、バリューの耳に届くことは断じて無いだろう。

 平和を訴え、戦争の放棄を訴えかけたレイジの言葉に、テリブル王は耳を貸さなかったのだから。

 必死で後ろへ下がろうと、王は手を使って這いずるが、バリューの歩みの方が格段に速く、少しずつ距離が縮まっていく。


「戦争を引き起こしたのには、れっきとした理由があるのだ! 話し合えばきっと分かる!」

「…自らの利益を優先させ、他者を貶め、殺しに歓喜を覚えるお前は、王の器に相応しくない。……いや、同じ人間として、これ以上の怒りを覚える奴はいない!」


 バリューは歩みを止めることなく、体の左側で壁剣をゆっくりと真横に構える。

 そんな悪魔のように(おぞ)ましい鎧の騎士から逃れようと、どうにか後ろに後ずさっていた王は、道外れの木にぶつかり、その命運が遂に尽きることとなった。


「た、助け―――」

「…己の業を深く悔いろ」


 そう言うと同時に、バリューは大剣を左から右へ大きく薙いだ。


 ―――テリブル王の頭より少し上、背後の木を狙って。


 壁剣の鈍さを無視するかのように、木は一瞬にして鋭利な切り口で寸断され、木に寄りかかっていたテリブル王は、口から泡を噴き出し、白目をむいてその場で意識を失っていた。


「…『世の悪に立ち向かうならば、友を守り、敵を救え。』……私たちを救い、お前が殺した人の言葉だ」


 失神したテリブル王に言い聞かせるように、バリューは告げる。

 兜の中から見えていた瞳から怒りは消え、何かを悔やんでいるかのような、もの悲しさが見え隠れしていた。


「…貴様は殺したいほどに憎い。だが、正当防衛と指令以外の殺生は、レイジさんの信条に反する。―――それに、復讐をしたところで何も得られないからな」


 バリューが王から視線を外し、後ろを振り向くと、もはやそこには敵意を向ける者はおらず、装備を一か所に集めることで、投降の意志を示していた。


 最終的に、バリューは王たちを殺すことなく、自身の名前と、その力を証明した。

 それは、テリブル王が再度、兵士たちを連れて戦を起こす気にならないほどに、戦士たちの戦意を喪失させるといった、血を流させない選択だった。


「…さて。そろそろ、ライトの方も片がついたかな?」


 漸く全身の力を抜き、壁剣を背負いなおしたバリューは、そういえば……と、吹っ飛ばした相方のことを、今更ながらに思い出していた。

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