蒸気機関の国 《クラッドレイン》
「…暑い……! 蒸し焼きにされているようだ……!」
ガシャガシャと纏っている鎧を鳴らしながら、背が高い人物は大声で叫ぶ。
が、その声は辺りの喧騒にかき消され、すぐ隣にいる青年の耳にしか届かなかった。
「仕方がないだろ。なにせ世界を代表する蒸気機関の国だ、これが普通と考えた方がいいぞ。まあ、そのゴツい鎧を脱ぐと、多少はマシになると思うけどな」
「…それは遠慮する」
「いつもながら、頑なだな……」
(鎧の中はもっと暑いはずなのに、どうしてそこまで、やせ我慢する必要があるんだか)
額に薄っすらと汗をにじませながら、青年……ライトはそう思う。
心なしか隣を歩く巨大甲冑……もとい、バリューの足取りが重く見えたからそのように提案したのだが、いつになっても人前に姿を見せたくないのか、彼女はずっとこんな調子で、鎧を脱ぐことを断り続けていた。
「……この程度のこと、我慢できなくては、私の誇りに傷がつく。足早に通り過ぎれば、気候なんて何とでもなるだろう?」
「足早に通り過ぎれると思うか? この国の領地は、この大陸でも有数の広さだぞ」
「……マジで?」
「マジで」
「えぇ……? このまま数日も滞在しないといけないとか、辛いんだけど……!」
「そう言われても、どうしようもないぞ」
「それに、脱いだところでどうやって持ち運ぶの? 勝手に歩いてくれるわけじゃないんだし」
「だったら、我慢するしかないだろ。外よりかは、はるかにマシな場所ではあるんだから」
「そりゃあ、外に比べてここは暖かいよ。けどさぁ、流石に蒸し暑すぎるんだって!」
暑さのせいか、思わず素が出てしまっているバリューに呆れながらも、彼女の言葉を聞き流しながら、ライトは手に持っていたマップを開く。
相変わらず、国内を一割ほど進んだか、進んでいないかの地点にいることを確認すると、溜息を吐きながら、開いていたマップを皮鎧の腰ポケットへと戻した。
先ほど彼が言っていた通り、ここは蒸気機関の国で大陸内有数の大国、《クラッドレイン》と呼ばれる都市国家だった。
その名の通り、この国では蒸気機関が多用されており、人々の生活に欠かせない存在となっている。
だが、国が立ち上がる前、ここは生き物が生活するには厳しい環境で、特に人間は碌に生活できないとまで言われている場所だった。
雨は降らず強い風が吹きつけるツンドラ気候に、高山か平原ばかりの立地のせいで雪風を凌げる場所が無い。そんな〝極寒の地獄〟とも呼ばれる土地だった。
―――では、なぜ《クラッドレイン》は蒸気機関の国として、ここまで成長することができたのか。
それは、この極寒の場所でも存在していた、大地の恵み……地熱と銅だった。
降水量が少ないせいで、乾燥している場所が多いこの付近の環境は、北方に位置していることも相まって非常に寒く、人々は湿度と熱を常日頃に求めていた。
だが、寒さをしのぎ、潤いを手に入れるような建物を作る労力も、人員もその時はまだ存在しておらず、もはや時間の問題とも言える状況だったという。
……そんなある日のこと、とある旅人が遭難しているところを、国の人々が発見する。
意識を取り戻した彼は、持て余していた自分の力を、どこかの誰かのために使うことができないかと、当てのない旅をしていた。
助けられたどころか、僅かながらの食料を分け与えてくれた人々に、旅人は痛く感謝する。
そして、そのお礼としてとある力を使ったという。
「…で、その力とは何だ?」
「それは分からない。パンフレットには伏せられているし、地元の人に聞いたが『知らない』の一点張りだった」
「…そうか、それほど重要なのだろうな」
途方もない道のりと暑さから気を紛らわせるために、ライトはパンフレットを読みながら、国の成り立ちについて説明していた。
混雑している人々の中で、パンフレットを読みながら歩いているものだから、迷惑にも程があるのだが、二人はそんな事を気にも留めず、視線をパンフレットに向けたまま人ごみの隙間をぬう。
服すら当たることないその動きは、きっと騎士時代に培われたものなのだろうが、彼らはもはや使うタイミングを気にしないでいた。
「ある程度予想が無いことはないけどな」
「…ほう。それは一体?」
「融合術。物と物を結合し、一体化させる術だ。そして一度結合した物は反発しあうことなく、まるで最初からその姿だったかのようになる。…らしい」
「…随分と曖昧な答え方だな?」
「生憎、古い書物で読んだだけなんだ。正直実際に会ってみないとわからないが、生憎ともうこの世にはいないだろうからなぁ」
「…まあいい。で、その術が一体何の役に立った?」
「この国の全てにだよ。旅人はたった二つのものを一つに合成しただけでこの国を救った」
「…?」
「蒸気機関だよ。彼が作り出した蒸気機関がプロトタイプとなり、それをもとに人々はこの国の基盤を作り上げた」
「…だが、そんなに簡単に作れるものじゃないだろう?」
「そんなに簡単に作れるものじゃないだろうな、この国以外だったら。恐らく遭難地点に温泉が湧いていて、その蒸気と国民が持っていた銅製品を融合させたのが、蒸気機関の元祖じゃないかと考えている」
そう、ライトが断言するのには理由があった。
言わずもがなこの地域はツンドラ気候であり、雪風強い地帯である。
だが、地面に降り積もる雪は僅かなもので、永久凍土と化している地面も他の豪雪地帯と比べても少ない方ではあった。
他の寒冷地に比べても足元の雪が少ない理由、それは地熱による影響。
この地域は場所によってマグマだまりが近い箇所があり、そこから湧き出た温泉や炭酸ガスにより部分的に暖かい……下手すれば熱い箇所があった。
それを知った旅人は、付近にそびえ立つ巨峰から、採取できる限りの大量の銅資源を利用することを思いつく。
雪風が少なく雪崩の心配もなさそうな平地に、地熱を利用した巨大蒸気機関を発明することで、その場所を起点として、国がだんだんと成り立ち始める。
また蒸気は、人々が求める湿度と熱を与えてくれると同時に、様々な役に立つ代物であった。
それは北国であることや雨が少ないこと、湿度がほとんどないことという、今まで自分たちを苦しめていた環境が味方し、貴金属が風化し辛い土地として追い風となったことが大きな要因であった。
暖房器具から始まり、風呂や熱扇風機などの日用品、果てには蒸気機関車に気球といった交通手段まで、彼らは作り上げていく。
そして、国そのものすら蒸気機関の一部にするといった、大掛かりな事までやってのけた。
それも、一世紀半程度の歴史全て、高位生命体に頼ることなく人の手だけで。
こうして様々な蒸気機関が作られ、今では他の追随を許さない程、技術が発達した国とも呼ばれるようになったのだ。
「…なるほど。確かに国の中心は、国外からでも見えていたな」
「それだけじゃない。この国は、とある制度を作り上げている」
「…とある制度?」
「ああ、この国独自でこの環境に適した、とても素晴らしい制度だ!」
言葉に熱を帯び始めたライトを見て、今度はバリューが呆れたように視界を逸らす。
ライトは結論しか話さないこと以外にも、悪い癖があった。
自分が気に入った事があると、堰を切って話し始める。
そして、一度話を始めると、長時間に渡り話し続けしまうのだ。
なので、彼女は話のほとんどを聞いていない。
重要な部分だけ聞けたらそれでいいから。
……なお、重要な部分だけ聞く、なんて器用なことは出来ないのだが。
ライトが熱弁していた話を、かいつまんで説明すると……。
この国は雪国だからこそ役立ち、他の国には類を見ない特徴として、円形の外壁に囲まれた丸い国であるということ。
その理由として、その外壁は、敵襲から身を守るためではなく、暖気を少しでも逃さぬようにするために存在してたからだった。
そして、制度として、他の大国でよく見られるように、場所によって区画分けされているのではなく、中心から栄えていったことを裏付けるかように、国が分断されているということ。
原因は、様々な蒸気機関が作られるうちに、他国からの移住者が自国民よりも大幅に増えたことが大きい。
国の技術力が拡大していくにつれて、その噂を聞き付けた人々がこの国にやってくるのは容易に想定できる。
そして、多種多様な国の人物が集まることにより、必然的に争い事が多くなる事も。
そのような問題を解決する手段の一つとして、《クラッドレイン》では移住者の住まう地方ごとに国を定義し、そこに居住させる手段を取っていた。
今現在ライト達がいる《クラッドレイン・ホーム》は国の西側にある。
外国者が入国するゲートにあたる箇所となっており、そこには国のシンボルと呼べる、蒸気を吹くラッパの紋章がゲートの頂点に飾られていた。
至る所に色とりどりの露店が立ち並び、世にも珍しい蒸気機関の代物が、陳列棚の上に所狭しと飾られている。
また、蒸気機関で出来た建物、そして乗り物の往来まであり、技術力の高さを垣間見ることができた。
ここでは比較的旅人たちが多く、特に南国出身の人々が多く暮らしているように見受けられる。
そのため人口密度も高く、多くの蒸気機関が稼働しているので、いろいろな意味で最も熱く、エネルギッシュな場所であった。
国の北側は《クラッドレイン・ワークス》と呼ばれ、様々な蒸気機関を作り出している職人たちの工場地帯を主とした職人たちの国である。
連結された工場は圧巻するほどの巨大さを持つが、そのせいで国内からだと空を見上げることすらままならない場所の方が多い。
国の外れには、金属加工技術に自信を持つ西方系の人々が暮らしており、国の労働力として多大なる貢献をしているそうだ。
また、ホームと比べると寒い気候だが、それでも常日頃に工場地帯の蒸気機関が動いているため、ある程度の快適さがある地域であった。
国の東に位置しているのは《クラッドレイン・マグネ》と呼ばれる鉱物資源……主に銅鉱石を掘削、加工する採掘地帯だ。
採掘地帯に面していない西の地区は、東方系の人々の住まいとなっており、質素ながらもひもじい思いをすることが無い、東方系の人の大半に好まれている環境となっている。
西地区は比較的暖かいが、採掘所は当然ながら北や西よりも寒く、環境もそこまでよろしいとは言えない。
だが、他の地域にはない天然の温泉や未発見の資材が埋まっている可能性がある地域でもある。
そして、新たな資源を見つけ出したものには、中央国から多大な義援金と報酬を受け取れるため、ロマンを追い求める人たちが、今日も熱心に大地を掘削していた。
南にある国、《クラッドレイン・カッパー》は、殆どの人がその名を出すことすら無い見捨てられた土地。
風化した銅金属が乱雑に積み上げられたような建物に、ほとんど機能していない蒸気機関が周囲に散らばる退廃都市だった。
他地域に比べ、雨や雪が降る量が多い最悪な気候と、それによって国内では最も低い気温であることが特徴で、咎人や罪人、無法者に、よっぽどの物好きしか立ち寄らない草臥れた場所である。
そして、国の中央にあたる《クラッドレイン・ハーツ》。
《クラッドレイン》に元から暮らしていた北方の者は、一部の例外を除き、ほぼ全員ここに居住している。
国内の建造物は熱を逃さない石造りとなっており、煙突は蒸気機関が用いられているようだ。
その中心部には枢機者が住まう、巨大な蒸気機関城が聳え立ち、その城から人々が快適に暮らせるよう調整された蒸気が、二十四時間常に放出されている。
また、《ホーム》以上に交通機関が発達しており、蒸気機関車や蒸気人形など、人々の暮らしに大いに貢献しているものが沢山ある、まさに〝蒸気機質な楽園〟と呼ぶにふさわしい場所であった。
しかし、立ち入りが厳しく制限されており、《ハーツ》に元から住む者か、枢機者に許可をもらった者しか出入りできない。
―――そんな、人々が快適に過ごせるような采配を取ったのも、件の旅人だった。
永住することを決意した旅人は、人々の役に立つものを次々と作り上げるだけでなく、国のシステムやその在り方ですら丁寧に整えていった。
旅人の名前は、ミスモッグ・クラッドレイン。
そう、初代枢機者となり、人々の暮らしをより良いものにした、クラッドレイン家の当主だった。




