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Prologue:暗く小さな部屋の中で

 その光景は、まるで地獄絵図そのものだった。

 曇天の空は真赤に染まり、草木の生えぬ大地を妖しく照らしている。

 そんな大地に転がるのは、壊れた鉄屑の残骸と、四肢、あるいは体のどこかが潰されたり欠けている人々の亡骸。

 命を失った者や、死にゆく者たちが、誰一人として例外なく置き去りにされたその土地に、オレは横たわっていた。


 自分のナイフで、心臓を貫かれている状態で。


 嗚呼、神よ。なぜわたしは死ななければならない!

 わたしにはまだ、やり残したことが山ほどあるというのに!


 家族が帰りを待つ、故郷へと戻らないといけないんだ!

 戦火に巻き込まれないように、守りぬきたい者だって山ほどいる!

 それに、犯した罪を償う前に死んでしまうなんて、許されるはずがない!

 それなのにこんな所で、すぐ隣に転がっている彼らと同じように、ただの死骸にならなければいけないのか……!


 どうか、わたしを助けてくれ!

 誰だっていい。通りすがりの旅人でも、敵国の兵士でも!

 ……何なら、悪魔だって構わない!

 神に見放されたわたしなら、贄として丁度いいだろう!?

 だからわたしを、まだ死ぬわけにはいかない哀れな男を、誰か助けてくれ……!



 ―――結論から言うと、わたしはどうにか生きながらえることができた。

 悪魔として、記憶を封印された状態で、だが。


 意識を取り戻した時には、もう、自分が悪魔だということしか分からなかった。

 記憶を封じられ、名前も失い、ただ人の世に混沌を引き起こす事だけが、わたしの存在意義だった。

 そんなとき、誰かが自分の名を呼んでいる気がした。

 そう思った途端、強い力によって、わたしは闇のような黒い世界から引きずり出される。


 「やった……! 父さん! 母さん! これで二人の復讐ができるよ……!」


 この少年に召喚されたと気付くのは、そう遅くはなかった。

 ぼろ布を着た少年は、暗く小さな世界で、焦点の合っていない瞳を向けて嗤う。

 そこは牢獄だった。罪を犯した者でなくとも例外なく裁かれる、断頭台だった。

 ああ、そうか。

 彼はもう、悪魔に頼るしかすべがないのか。


 「罪も理由もなく、搾取され続けた者か……面白い! お前に丁度いい力を与えてやろう!」


 やつはわたしと相性が良かった。

 だが、彼を契約者としたのはそれだけが理由ではない。

 その姿が、記憶の奥底に眠るわたしの事のように感じたのだ。


 「そうだな、お前は今の名前を捨てよ。今日からお前は―――」


 こうして、わたしと契約者は世界を滅ぼし始める。

 この結末が、どのようなものとなるのか。その一切を知り得ないままに。

 暗くてせめぇ部屋の中、オレは無い知恵を絞って、必死に考え事をしていた。

 ……そもそも、この場所は気に喰わねぇ。

 この辺りはどこも薄暗ぇから、明るさなんかは別にどうだっていい。

 けど、窮屈で息苦しいのは嫌いだ。

 昔の嫌な事を思い出すから、ってこともあるが、とにかく腹の虫がムカムカしやがる。

 ―――まあ、ここでしかメンテナンスできねぇらしいから、渋々来てやるんだけど。


 オレはブロウ・ガルディン。この国のれっきとした騎士だ。

 けど、他人から見たら強欲で、ワガママで、器が小さく、騎士であることがおかしいと思われているらしい。

 それは決して間違っちゃいねぇ。なんせ、オレだってそう思ってるしな。


 乱雑に跳ね回っている灰色の髪と、切れ長なオレンジの瞳。

 不健康そうな白い肌に、同僚から「もう少しどうにかならないの!?」と言われるほど、騎士としては致命的である不愛想な表情。

 そして、めんどくせぇから直してねぇこの口調と、それに釣り合ってねぇ高い声。

 それがオレの基本ステータス。

 そして、オレはどうしようもなくバカだ。

 欲しいものがあったら、どうにかして手に入れようとする欲張りだし、気にいらないことがあったらすぐにキレる。

 他人の事なんてどうでもいいし、なんだってオレがやりたいようにやるようなヤツだ。


 そんなナリなのに、なぜ騎士になれたのか、だって?

 ……んなこと知らねぇよ、むしろオレが聞きたいぜ。

 騎士であることに一番の疑問を持っているのは、何を隠そうこのオレだ。

 オレが自慢できることなんて、射撃の腕と、喧嘩して負けた(ためし)がねぇことぐらいで、他に優れているって思えるような事をした覚えはねぇ。

 けど、我が主様はそんなオレを、騎士としてスカウトしてきた。

 何でも、《他人とは比べ物にならない志》を買ったらしい。

 オレの志なんて、誰でも持ってる、決して譲れないモノだろーと思うけどな。本当に変わったヤツだ。


 変わったヤツと言ったら、主様の側近である二人の騎士……現在のオレの同僚も、だいぶ変わり者だな。

 あいつらはいつもべたべた引っ付いていて、騎士っぽい働きをしているところを全く見たことがねぇ。

 服装だってそうだ。支給されている制服を着崩しているどころか、好き勝手にアレンジしていやがる。

 ―――オレも物を隠すために外套のような形にすることや、ポッケの数を増やすように注文したから、人の事は言えねぇんだけどな。

 けど、あいつらは大変優れた騎士らしく、オレがマジで襲い掛かっても全く歯が立たないだろうと主様が言っていた。

 ってことで、騎士になった次の日、試しに背後から不意打ちしてやった。

 オレよりもクソ強いなんて言われちゃあ、試してみたくなるよなぁ?

 けど、普通に返り討ちに遭った。

 なんだってんだあいつら、後ろにも目がついているのかよ……。

 今でも暇があれば、訓練ってことで手合いを続けているけど、一切勝てねぇどころか指先すら触れねぇ。本当にむかつく!


 そして、オレの正体を見破っただけじゃなく、俺が全力で戦ったのに、打ち負かすことができなかったあいつら。

 かと思ったら、ピンチの時に助けられ、そして、オレの意志を再確認させてくれやがったあの二人組。

 今のオレが言うのもアレだが、あいつらは普通に変な装備をしていた。

 それに、騎士と言うよりは……何というか、騎士らしさがねぇ感じだった。

 ―――なんて、オレが言えるセリフじゃねぇけど、それでも何処かぎこちないというか違和感があるというか……。


 だが、あいつらがいなかったら、今頃オレはどうなっていたかわからねぇ。

 いや、きっと死んでいた。

 オレは何をやっていたのか、この先何がしたかったのか、全く分からねぇまま、この『カッパー』の何処かで、物言わぬ死体となって転がってたんだろうなぁ。

 ……そういや、今頃何やってんだろ?

 旅の途中だと言ってやがったが、今頃、目的地に着いてんのかな……。


「何をぽけーっとしとるんじゃ。何も言わぬのなら、値下げしてやらんぞ?」

「ぽけーっとじゃねぇよ、このクソジジイ……!」


 それで、そんなオレが、何でこんな窮屈な場所で、必死こいて考え事をしているのかっつーのは、全て、このジジイのせいだ。

 このおいぼれ野郎で、今のオレは散々な目に遭ってんだよ!

 なにが「歳じゃからあまり動けなくてのぉ、代わりに使えそうな廃材を集めてきてくれんか?」だ!

 弱みを握っているからって、ただ働きさせやがって!!


 ―――まあ、恩人であることは間違いねぇから、尊敬していねぇわけじゃねぇよ。

 けど、メンテナンスとか言いながら、わけわかんねぇ額の金銭まで要求してきやがる。マジでウゼェ。

 で、その代わりに「面白い話が聞けたら割引してやるわい」なんて言ってやがるが、今のところ一度も割引してもらえてねぇ。

 まったく、ぼったくりにも程があるっつーの!


「ほれ、今のままじゃ、銃だけしか調整してやらんぞ?」

「はぁ!? 話がちげぇじゃねぇか!」

「そもそも、メンテナンスぐらい、自分でやるべきなんじゃがな。金額をさらに吊り上げても構わんのじゃぞ」

「うっぜぇなあ! 今必死に考えてんだ。もう少し待ちやがれ!」

「まあ、お前さんの頭じゃ無理じゃろうけどな」

「言わせておけば! いい気になんなよこのヤロー!」

「次から悪口を言うたびに、金額を増やしてもいいかもしれんな……」

「ひ、卑怯じゃねぇか!?」


 さっさとしろと言わんばかり首を竦めやがって……!

 まったく、なんてヤローだ! オレが寛大じゃなかったら、今頃ぶん殴っていたころだぞ!!

 ―――って、落ち着け、オレ!

 このまま銃だけしかメンテナンスされなかったら、今日はろくに働くことすらできねぇ。

 そうなると、結局オレ自身の生活も苦しくなっちまうだろ!


 クソッ、どうする!?

 もし主様だったら……いや、あれは一番参考に出来ねぇパターンだ!

 話したところでどうせろくな目に遭わねぇ、どこからか聞きつけて、またオレにやべぇことやらすに違いねえ。即却下案件に決まってんだろ!

 もし同僚たちだったら……いや、あいつらに面白い部分なんて少しもねぇ。

 ただ、俺がおちょくられているだけの話になっちまう。そんなの論外だっつーの!

 もしあの二人だったら……。

 ん? あの二人……? これ、いけるんじゃね?

 ……よし、今日はあいつらの話をするか!


「おいジジイ、今日はなかなか面白い話をしてやるよ! だから、今から話すヤツらに勝てるぐらいに銃とこいつを整備してくれよな!」



 ……そして、オレは語り始める。

 オレ自身が変わるきっかけとなった、にわかには信じられない出来事の一端を。

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