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《悠久の草原》

「……そろそろいいか」

「……良いと思いますぞ」

「……頃合いですな」


 先ほどまで手合いをしていた場所から、地平線に当たる位置まで、二人の姿が遠ざかったのを見計らい、()()()()()()()()()()()三人は立ち上がる。


「ふぅ。どうにか、『秘義:自滅に見せかけて話を聞く戦法』はバレなかったようだな」


 王冠のような被り物をした男が伸びをする。

 細身ながら鍛えられている肉体は、まるで彫像のように彫りがきめ細やかだった。


「いやぁ、どうでしょう。あの男の方は、薄々感づいていた気がしますな」


 王冠の男へとそう告げたのは、大きな本を背負う壮年の男性。

 先ほどの人物よりも体つきは貧弱だったが、しわが入っているその顔は聡明さを感じられる。


「いえ、あれは絶対気づいております。我々が何者なのか気づいたから、一目散に逃げたのだと思われますぞ」


 残りの一人は、二人の言葉を否定するかのように、言葉を荒げる。

 筋骨隆々で頑丈そうな体躯の彼は、どうやらその体つきそのままに、一筋縄ではいかぬ頑固者のようだった。


「いやいや、それはないだろ……」

「何故です? 知っているかもしれないですぞ?」


 帰って来た言葉に対して、仏頂面で尋ねる。

 その納得できていない様子に、冠の男は顔の前で手を振った。

 そして、当たり前のようにこう答える。


「ないない。俺たちは()()()()()()()んだから」



 三人は、この場所に居つく守護者だった。

 正確に言えば、この場所……《悠久の草原》の守護者として、蘇らせられた生きる屍(リヴィングデッド)である。


 見渡す限り膝元まで伸びている草しかない、国一つ分はあるのではないかと思うほどの広大な草原。

 ……それもそのはず。ここは元々、一つの国があった場所で、とある種族が住まう土地だったのだから。


 それは少し昔……フェルメアとフォンテリアが、対立状態になる十年以上も前の話。

 三人はライトたちへと告げた通り、王国の王とその大臣、そして王に従える専属騎士である。

 彼らは当時、四元素使い(エレメンタリスト)と呼ばれる一族だった。

 魔術(マジック)幻術(イリュージョン)呪術(カースール)融合術(アマルガメーション)死霊術(ネクロノミコン)錬成術(アルケミック)妖術(アヤカシ)精霊術(スピリチュアル)超能力(エスパー)聖典(カノン)等々。

 巷に溢れる多種多様な術の中でも、四元素(エレメンタリス)は異色と呼ばれていた術の一つである。

 その性質は、物質を形成している四つの元素を使い、ありとあらゆるものを形成できる……所謂、錬成術(アルケミック)の元祖といったものだった。

 しかし、何でも生み出せるわけではなく、生命体や加工されたものを作り出すことはかなわなかった。

 とはいえ、その万能さは至る所で使われ、それこそ、彼らが言った「竜さえも倒せる」という言葉を現実にすることも、不可能ではない力を持っている。


 ……だからこそ、その命を狙われたのかもしれない。

 彼ら四元素使い(エレメンタリスト)は、どこからともなく現れた謎の軍勢によって、壊滅的被害を受ける。

 長期戦になると思われていた戦いは、敵軍の圧倒的戦闘力によって押し切られる形となってしまう。

 戦士や兵士、女子供まで例外なく度重なる戦で死に至り、ついに賊の手は王室まで及んだ。

 戦乱のさなか、必死に抵抗していた国王と大臣、専属騎士だったが、多種多様な種族でまとめ上げられた強靭な軍隊を前に、なすすべもなく玉座にて致命傷を受けてしまう。

 今にも命尽きそうな三人は、自分の無力さに嘆きながら、静かに天からの迎えが来るのを待っていた。

 ―――だが、そんな死にぞこないの三人へと手が差し伸べられる。


「……何者、ですかな」

「おや、まだ生きていたのか、随分と頑丈だね。そうだなぁ……アンダークと呼んでくれたらいいよ」


 アンダークと名乗った女性は、心底驚いたような声で大臣へ語りかける。

 彼女の姿は、黒い包帯のような一枚の布で局部と顔の右半分を隠しているといった、戦場には似つかわしくない姿だった。

 だが、意識を失いかけている彼らが、その姿をしっかりと確認することは出来ない。


「謂れのない、悪態は……もう結構、ですぞ」

「ああ、さっきの頑丈って言葉? あれは悪態なんかじゃないよ、健闘をたたえているんだ。我々にここまで打撃を与えたのは、あなたたちが初めてだからね」


 腰に手を当て騎士を覗き込みながら、アンダークは優しく語り掛ける。

 その表情は(おおよ)そ敵に向けるようなものではなく、まるで愛しい我が子を見つめているかのようだった。


「目的は、なんだ? こんな屍に、話しかける……理由は?」

「あら意外、襲った理由について聞いてくるかと思ったのだけど」

「それは、皆目、ついている。は、早く、言わないと……死、ぬぞ」

「それもそうね」


 国王の言葉を聞いて、アンダークは姿勢と表情を正した。

 そして、死にぞこないの三人組に要件をはっきりと告げる。


「ここをわたしの新しい安息地としたいんだけど、出かけている間に荒らされたりしたら嫌だから、生きる屍(リヴィングデッド)として、この地の守護者になってくれないかな?」

「「「……はい?」」」

「もう少し詳しく、かつ端的に話そうか。わたしは所謂精霊のような者だ。だが今のわたしには、とある理由で安息地が無い。そこで、今にも滅亡寸前な者たちが住まうこの土地を、新たな安息地としようとしている。……理解したかな?」


 アンダークの問いかけに対して、帰って来たのは長い沈黙。

 先ほどまで首を上げる力が残っていた三人は、もはや声を出すことすら厳しい状況になっていた。

 それでも、彼らが生きているとわかっているかのように、アンダークは三人の返事を待ち続けていた。


「……お」

「お?」

「お断り、です、な」

「……そうか。なら、安らかにお休み」


 憎々しげな笑みを浮かべたまま事切れた大臣へ、アンダークがそっと息を吹きかけると、大臣の死体はまるで水のように形が崩れ、石造りの床に染み込み跡形もなく消えた。


「騎士さんは?」

「……語る、必要は、ない、です、ぞ」

「……そっか」


 声も態度も……おそらく表情も、その一切を何一つ変えることなく、事切れた騎士の兜を、アンダークは優しく撫でる。

 その手が離れる頃には、騎士の姿は灰のように細かい粒子となって辺りへ散らばり、風に流されて何処かへと消えた。


「相変わらず、ば、バカだな」

「きっと、あなたも彼らと同じよね」


 アンダークはそう語りかけながら、視界から王が消えるように、右手包んだで左手を眼前へと持ってくる。

 そして、小さな生き物を捕まえるかのように手で籠を作って―――


「ク、クク……」

「―――何か、おかしなことでも?」

「いや、普通は、そう、だろうなと、お、思った、だけさ」


 腑に落ちないような顔でアンダークが問いかけると、不敵な笑みを浮かべ、頭を上げた王は語る。

 今しがたまで尽きかけていたその命に、最後の力を注ぐように。


「俺はその話に乗らせてもらう」

「……意外ね。二人は断ったのに、貴方はここに残るなんて」

「いいや、二人も道連れだ」

「…………へぇ、案外意地が悪いのね」

「よく言われていたよ。それに、意思が残る限り、()()()()()()()()()()?」

「―――」


 その言葉を聞いた彼女は、しばらく返事をすることができなかった。

 それは、きっと言葉でも文字でも……そして表情でも表すことができない感情。

 そんな感じたこともない感覚に戸惑いながらも、アンダークは笑う。

 やり切ったと言わんばかりの表情で燃え尽きた、目の前の生き物は彼女の想像を超える言葉を吐いてくれた。

 アンダークが差し出した手は、碌なものではない。

 きっと彼女が飽きるまで、使いつぶされることだろう。

 ……それでも、その手を利用できる機会がきっと訪れるだろうと、王は誘いに乗ったのだ。

 だから、彼女は畏敬を示し、その耳元でささやいた。


「ならば、君たちは今からわたしの守護者だ。しかと聞き遂げよ―――」


 その言葉の後に続けた術を聞いた者は居ない。

 ―――何故なら王たち四元素使い(エレメンタリスト)はこの瞬間、滅亡したのだから。


 そうして生きる屍(リヴィングデッド)と化した彼らが目を覚ますと、そこはもう国があった場所だと言うことすらできなかった。

 石材で作られた道も、木の温もりを感じられた家々も、立派な砦や国の象徴であった四元素(エレメンタリス)の城ですら、一切の痕跡すらも無くし、ただの草原と化していたのだから。

 結局、彼らはアンダークと再会することなくこの草原の中、長い月日を過ごしていくこととなる。

 幾度の季節が変わり、幾度の時代が過ぎ、現在……自滅したふりをして二人を見送る場面に至ったのだ。


 そんな彼らの話題となるのは勿論―――。


「それにしても、人間とエルフに会うなんていつ以来だ? 生前でも数度しかなかったぞ! いやぁ、やはり話に乗っていて正解だった!」


 先ほどまで、二人のすぐ近くで手合いをしていた、ライトとバリューの事である。

 彼らが住まう土地は俗世(ぞくせ)と隔離されていたので、自分から他国に向かおうとしない限り、ろくに他種族の者とは出会えなかった。

 ライトたちが苦戦しながら通ってきた道も、彼らが侵入者を拒むために作った天然の要塞のようなものだったのだから。


「だからと言って、道化を演じる必要なんてなかったですぞ! 久しぶりの戦いを楽しませてもらってもいいでしょうに!」

「おぬしは浅はかなのだな。あの場で戦っても利益なんてないとわからんらしい」

「ああん!?」

「おおん!?」

「まあまあ、言い合いはそこまでだ。珍しいものも見れたのだから、いい事にしようじゃないか。な?」


 険悪になりつつある騎士と大臣を宥めながら、王は話題を転換しようとする。

 だが、その言葉を聞いて、騎士は顔をしかめた。


「それは先程の喧嘩……もとい手合いの事ですかな」

「ああ、あれは凄かった。二本の腕であそこまで戦えるのは、正直に感嘆するよ。できればもっと見ていたかったんだけどなぁ」

「そんな事はないですぞ。王は彼らの事を買い被りすぎでしょう」

「おや、そうかい?」

「あれほど()()()()()()()で、一体何を切ろうとしているのか、さっぱりわからん。老婆心ながら、彼らに剣術というものを教えてやりたいと思いましたぞ。……じじいですがね」

「確かに、何か悩みがあるような感じではあったな。それも人生の根底深くまで侵食しているほどのものだと思える」


 二人が王たちの目の前で行っていたあれこれは、とても異質なものだったが、きっと人間の世界であっても異質なものではないかと王は考える。

 まるで不安定な足場で二人三脚をしているかのような、そんなアンバランスさがどこからか滲み出しているように思えたのだ。


 ―――いつの間にか羽虫のはばたきのような音が聞こえてきた。


「悩みといえば、話し合いもだいぶ違和感があるものでしたな」

「ほう……というと?」

「いえ、()()()()()()()()()()()()()()()言葉を投げ合ってばかりで、おかしなものだと。最近の若者は話をするだけで、あれほどよそよそしくなるものなのですかな? いえ、聞いていてイライラしてきましてな。全く、わしの若い頃は―――」

「お前さんの若いころもあんな感じだったぞ」

「は?」

「は?」

「言い合いするなって言ったばかりなのに……いい年して子供のような喧嘩をする方がよっぽどだと思うけどなぁ」


 最終的に言い合いを始めた二人を見て溜息を吐く王だった。

 そんな王の様子を見た家臣の二人は、突如言い争いを止めて王に向き直る。


 ―――はばたきの音は段々とこちらへと近づいているようだった。


「いえいえ、それは違いますぞ」

「ええ、それは間違いですな」

「……どうしてだ?」

「確かに、場所によってはこのような喧嘩が、稚拙に見えることもありますな」

「しかし、ここには我々三人しか居りませぬ。各々がやりたいようにやっても良いはずですぞ」

「なるほど。言われてみれば、一理ある」

「それでは……!」

「思う存分……!」

「……ご自由にどうぞ」


 そう口に出して、彼は空を仰ぐ。

 結局、なんだかんだで、言い争いをするための言い訳じゃないかと、言いたそうな表情をしながらも、家臣の口喧嘩を見て見ぬふりで聞き流すことにしたようだ。


 ―――その耳には、家臣の怒鳴り声に混じる形で、羽音がどんどん近づいてきているように聞こえていた。


(そういえば、雨も降っていないのに虹がかかっているな。……虹と言えば、知恵の色。『観測者』たちは元気だろうか。我々のように滅ぼされていないだろうか)


 ―――羽音は先ほどよりもはっきりと聞こえるようになり、更に音量を上げていく。


(あのエルフ……たしか、バリューと呼ばれていた女性。精霊術が使えると言っていたけれども、少しおかしな話だ。彼女は()()()()()()()()()()()()()……。とはいえ、嘘を吐いているようにも見えなかったからなぁ)


 ―――聞こえていた羽音は、もはや羽音と呼べないほど大音量となり、大地を揺らし、腹に響くほどの大きさまで近づいていた。

 流石に聞き捨てならなくなったのか、試行していた脳を切り替えると家臣二人へと声をかける。


「おい、話に花を咲かせるのもいいが、その前に()をどうにかするぞ」

「……あれは、我々を狙っていると言うよりも、彼らの後をつけているように思えますな」

「隠れていた方が、この場にも我々にも危害が多少で済みそうに思えますぞ?」


 どうやら二人は羽音を発する()()を無視する予定だったようだ。

 しかし、王は家臣たちの言葉に対してかぶりを振る。


「そうも言っていられない。なにせ、あれは通るだけで死を齎す。勿論、この草原も例外じゃないだろうさ。ライト君が言っていたように、その場から動けない草以外の生命は、既に草原から居なくなっているわけだし」

「……守護者という名の下っ端は苦労しますな」

「……こんなことなら騎士の頃に戻りたいですぞ」

「そうも言ってはいられないさ。俺たちの足元に眠る同志たちを、これ以上苦しめたくはないだろう? 時にはその為に存在を賭ける必要だってあるさ…とにかく、いくぞ!」

「「御意。我が体は主人の為に!!」」


 最終的に二人は折れ、先に立ち上がっていた王の前に立ち上がる。

 草を踏み潰し轟音を上げる巨大な()()は、おおよそ三人の力で止めきれるものだとは思えなかった。

 生きる屍(リヴィングデッド)と化した彼らに、四元素(エレメンタリス)を使うすべはない。

 持っている棍棒ですら、()()に対して有効に働きそうだとは思えなかった。


 それでも、三人は轟音を発する強大な物へと立ち塞がる。

 それは契約を守るためにではなく、一度失ってしまった故郷を二度と失わないようにする反抗の意志だった。



 ―――彼らがどうなったのか、それを語る必要はないだろう。

 彼らがそれに打ち勝ったのか、それとも()()が彼らを打ち滅ぼしたのか…。

 その結果がどうあれ、誰であっても結末に是非を問えるものではない。

 何者も存在しないこの場所で、緩やかな幸せを願っている彼ら……いつの日か命は朽ち果てるという事を、その身を以て経験した三人が、逃げも隠れも一切せず、この草原を守る為だけに戦った。


 ただ、それだけの事なのだから。

こんばんは。影斗 朔です。

この回でステータスの話はおしまいとなります。


タイトルとしてステータスの話と書きましたが、実は正式名称ではありません。

正確なタイトルは『ステータスとそれに伴う勝敗の話』。

なので戦闘や、それに近い描写が多い話となりました。


ステータス……個人が持っている能力は、その名の通り誰もが持ち、同一なものなんて存在しないものです。

優劣や好き嫌い、理解できるものと理解できないもの。

各々が持つそれを肯定することはいいことですが、否定することはよろしくありません。

人には人の能力、個性、感性があるのです。

それを否定する人は、自分の能力、個性、感性を否定しているのと何ら変わらないと私は思っています。


そして優劣こそ存在しても、それに伴った勝敗なんて存在しません。

これがあるから勝ち、それがあるから負け……なんて、一体誰が決めるのでしょうか?


『結果こそがすべて』なんて言葉がありますが、私は『その結果を得る為の努力と反省こそがすべて』だと思っています。

得られた結果に喜ぶだけでは、その場限りの高揚感に浸るだけ。

それは、ほんの一時的にしか自分を満たせないのです。


結果が得られた要因とそれからどうするか考えることによって、多くの事を学ぶことができ、また次の機会に生かすことができる。

それは結果の正誤に関係なく、己を成長させてくれる。

自分はそう思っています。


読者様はどのように考察されますか?


その答えが、この物語で少しでも見つけられたら幸いです。


それでは、皆様により良い日々が訪れますように…。



次回は長編になります。

ライト、バリュー、そして、とある騎士の信念が一体どのようなものなのか、期待していただけたらと思います。

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