決着
「うっ……!」
「チッ!」
打ち上げるような剣の一撃を、すんでのところで躱す。
今のが当たっていたら、顎が砕けるだけじゃなくて、首の骨も危なかった……。
けど、そのおかげで、胴体がガラ空きだよ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「くう……っ!!」
当たった感覚を感じたけど、ギリギリで避けられたみたい。
腰辺りのレインコートが裂けて、少しだけ傷だらけのお腹が見えるけれど、その中に真新しい傷はなかった。
「……」
「……」
何度目かになる小休止を挟みながら、目の前にいる敵の事を考えてみる。
しばらく戦っているけれど、未だお互いに有効的な攻撃は入っていない。
でも、そのおかげで漸くあいつがどんな戦い方をしているかわかった。
レインコートの男は、まるで見当違いな方向へと剣を振るっているように見えるけど、それは普通の剣とは違うからそう見えるだけであって、実際は振るっている方向にはちゃんとした理由があるみたい。
異常な形をしたあいつの剣は、複雑な軌道を描きながらも、しっかりと私を捉えてる。
ただ、その剣戟が狙う先は喉元や肩骨だけじゃない。
頭部から足元にかけて、身体の部位に合わせて、的確な一撃を与えるために、複雑だけど角度や勢いを調整しているんだ。
正直、最初に切り掛かって……殴りかかってきた時は、あまり強めの一撃じゃないなと思った。
けどそれは、私の胴体を狙ったからであって、壁剣で受け止められると思わなかったからだと思う。
だから、二回目の攻撃はそうなる事を予想したんだろうけど、壁剣で受け止められる事を考えていた一撃だった。
壁剣の腹でそれを受けとめた時、嫌な感覚に襲われたから勢いを受け流すことにしたけど、あのまま弾き返そうとしていたら、そう簡単に壊れない壁剣でも、深刻なダメージが入っていたに違いないし。
私が受け止めて反撃する戦法をとっている以上、必然的に相手に攻め続けられる事になるけど、ここまで執拗に搦め手を使ってくる相手は初めてかもしれない。
だからこそ、あまり戦闘に詳しくない私でもわかった。目の前にいる敵は、ほぼ間違いなく、武装破壊や部位破壊を主にした戦い方をしているって。
そして、そんな戦い方にぴったりな鉱物があることを、つい最近知ったばかりなんだよね。
鈍延鑽―――たしか、グローシュテイムとも呼ばれている鉱物。
それは発見されている鉱物の中では、加工不可能と言われているほど硬いらしい謎の物質で、新聞では空から突如として落ちてきた大岩の中心にあったと書いていたけど、実際に存在しているどころか剣身として加工されているなんて……。
特徴も新聞と一緒で、光沢が全然ない真っ黒さのせいで、殆ど光を反射しない石だし、剣を受け止めた時にわかったけど、とにかく硬くて変に重たかった。
そんな特注品を扱うとなると、敵はきっと私と同じ専属騎士……いや『十忠』かもしれない。
とにかく、あまりあの剣の攻撃を受けないように、立ち回らなきゃいけないんだけど……。
(だからっていっても、どうしたらいいの!? だって、私カウンターぐらいしかできないよ!? 相性悪すぎでしょ!!)
……って、ぐちぐち言っていても、解決する訳じゃないから仕方がないんだけどね?!
多分だけど、あいつの動きは軽やかだし、さっきの感触でそんなに固い感じはなかったから、鎧は着ていないか、よっぽど薄い物かもしれない。
それなら私が一撃入れるだけでも、十分に致命傷を与えられるはず!
「ふん!」
「っと!」
なるべく戦いやすい場所へと誘導するために、壁剣を大降りに振っているんだけど、なかなかいい場所に移動してくれない。
でも、私が攻撃しようとすれば、あいつは攻撃を辞めて避けに徹するし、ただ攻撃が来るのを待っていると、今度は武装を壊すような一撃が飛んでくる。
ああもう、じれったい! こうなったら攻める隙を与えないように、私の方から押していくしかないじゃん!
そんな焦りのせいか、無意識のうちに敵の剣戟圏内に入ってしまっていた。
「そこだ!」
「……っ!」
一瞬、剣が消えたように見えたけど、手先を見てすぐに確認する。
私の顔目掛けて掌底を打ちこもうとしているような、変な構え……。
―――そうか、顔面への突き!!
「うおっ!!」
体を思いっきり左へと傾けて、無理やりその一撃を避ける。
想像できるわけないじゃん! ワイングラスみたいに鍔を抱えて突いてくるなんて!
完全にやらかしちゃった! これじゃ、隙だらけ―――
「貰った!」
「ぐ……ッ!?」
あいつの右手はまだ私の真横に合ったのに、左手の下から強い衝撃を受けた。
何も持っていなかった左手で、手首を殴りつけられたと気付いた時には、左手に持っていた壁剣が指から滑り落ちる。
当たり前だけど、マズい……! と焦っている時間すらも、敵は与えてくれない。
傾いた体を引き戻して、襲ってくる剣戟へと身構えようとした瞬間、右足に強い衝撃が走り抜けた。
(うっ……!! この……っ!)
右足に嫌な打撃が入ったけど、無視!
これ以上やられない方がよっぽどいい!
落としてしまった剣を放置して、全身全霊の体当たりをかます。
バランスなんて整えられていないし、お世辞にもタックルとすら言えない私の体当たりは、それでも不意を突いた攻撃だったことは確かなようで、敵の体を吹き飛ばして壁剣を拾うぐらいの時間を得ることは出来た。
―――でも、やられた。
さっき受けた一撃のせいで足が上手く動かせない。
それに痛みも酷くて、壁剣を拾うだけで転んでしまいそうになる。
ただでさえ足場が悪いのに、このまま攻められ続けたら圧倒的不利だ。
……だったら、その前に勝負を決めるしかない。
(この一撃で決める……!)
そう思って踏み出した右足は、私の意図を汲んだのか、ぬかるみで大きく滑った。
///
―――くそっ、左肩が動かない。
さっきの体当たり、咄嗟の判断にしては相当なものだぞ!
もろに喰らってしまったからか、焼きごてを当てられているかのように、重たくなった左腕が痛む。
それなのに感覚はとても曖昧に感じるから、左肩はおそらく脱臼しているだろうな。
それに、地面に転がった時に額を切ったせいで左目の視界が効いてない。左側から狙われたら間違いなく反応できない。
―――だったら、そうならないように戦うしかないか。
どちらにしろ、素手で鎧を殴るという馬鹿な真似をしたんだ、左手は痛みすら感じないが、きっと指がいくつか折れている。
そこまで傷を負っているのだから、体の左側を無理に使う必要はない。
大剣を拾う鎧を見つつ、体の左側を少し後ろへと下げる。
敵も満身創痍のはずだ。あれだけ大きな鎧と剣を扱い続けている以上、疲れていないわけがない。
それに、さっき与えた足への攻撃は十分効いているはず。当たり所も良かったが、鎧が剣を拾う時に、僅かながら庇っているのが見えた。
動きが悪くなった右足で滑ったり躓いたりでもしたら、その瞬間に近づいて首や胸、頭に一撃与えれば…。
「う……ッ!?」
「!」
そんな事を考えていると、急に相手の体勢が崩れた。
想定していた通り、足のダメージは深刻か。
それに降り続く雨のせいで、草が生えていない地面は、ぬかるんで滑りやすくなっている。
重量がある相手の装備だと、泥に足を取られてしまったら、バランスを大きく崩してしまうのは必然的だろう。
今を逃すとこれ以上の機会はない、まさに絶好のタイミングだ。
考えをまとめ、鎧の人物に一撃与えられる位置まで踏み込む。
そのまま鎧の人物は左側へと足を滑らせ、俺を背にして倒れ―――
いや! ブラフか!
あれ程の実力者が、自身が纏っている装備を理解せずに、ぬかるみに足を取られやすい雨の森に入ってくるはずが無い。
チャンスだと思って突っ込んで来ると読んだのだろう。倒れつつある体は右へと捻られ、握られた大剣は接近した者を縦に寸断するために構えられている。
倒れ込んだ後に攻め込めば、何の被害もなく沈黙させられるだろうが、生憎既に突っ込んでしまっている。
それならば、自分が取れる選択は一つ……。
そう、相手よりも先に一撃を与えることだ!
///
「「今だ!!」」
叫び声は皮肉にも重なり、両者とも剣へと力を加える。
かたや、脳天を砕こうとする、鈍器のように鋭い一撃。
かたや、胴体を切断せんとする、鋭剣の如く重たい一撃。
もはや、それは相手の息の根を止めたところで意味はない。
剣に込められた思いと勢いが殺されることはなく、相手の体へと吸い込まれることだろう。
そんな両者が放った絶命の一撃が、今、互いの体に触れる……。
「そこまでにしてもらおうか!」
直前、そんな声が聞こえたと思ったら、目の前から敵の姿が消え、彼らが振りかぶっていた剣は、目標を見失ってあえなく空を切った。
敵を見失った二人が慌てて背後を振り返ると、そこにいたのは、自分といつの間にか背後に移動していた敵に、静止の手と困ったような顔を向ける、全身黒装束の草臥れた壮年男性の姿。
―――彼こそがライトたちの恩人。二人をここまで連れてきた『忍』であり、彼らのことを深く理解してくれた、親友のレイジが険しい表情をして立っていた。
***
―――参った。
そう言ったのは、果たしてどちらだっただろうか。
それを知る者は、この場に倒れこんでいるただ二人だけ。
どちらも自分が勝ったとは一言も言わず、ただ広大な草原に体、武器、鎧、全てを投げ出し、酸素と休息を求める体を休めていた。
否、勝敗など彼らにとっては、とても些細なことなのだろう。
満身創痍であろう二人の顔には、なぜか笑みが浮かんでいた。
「―――そういえば、今回は、「そこまで」って、言ってくれる人が、居なかったね……」
「―――そりゃあ、俺たち、二人だけしか、居ない、からな……」
ゼェゼェ……はぁはぁ……と全身を使い深呼吸をしながら、二人は日が傾き始めていた空を仰ぎ見る。
鳥が一羽も飛んでいないからか、空は途轍もなく広く、空虚さが感じられた。
「それにしても、そんな戦い方、出来るなんて、聞いてないぞ……」
「ライトだって、あんな、避けようがない技を、使えるとか、全然知らなかったし……」
「まあ、それは、置いておくとして、とりあえず、本題に戻るか」
そう言いながら立ち上がったライトは、ついさっきまでバリューが使っていた破剣を拾い上げ、彼女が寝っ転がっている方向へと振り返る。
しかし、バリューは起き上がることなく、ライトからふいっと顔を逸らした。
「……おい、バリュー?」
「な、何?」
「まさか、当初の目的を忘れたんじゃないだろうな?」
「な、ナンノコトカナー」
「……はぁ」
「ち、ちょっと! 急に剣を振り下ろさないでよ!」
「おいおい、何のための手合いか忘れたようだから、もう一度手合いをやり直そうとしているだけだぞ?」
「思い出した! 思い出したからストップ!!」
再度顔に向けて剣を振り下ろされそうになったので、慌てて制止の声を上げるバリューだったが、未だ体を大地へと投げ出しているままだった。
ライトの方も剣を振り下ろしはしていたものの、それは先ほどの手合いよりも全く力がこもっておらず、ただ剣の重みに任せて腕の力を抜いているように見えた。
そんな、立ち上がる気力や剣を振る筋力すら無くなってしまうほど、先ほどまで熾烈な手合いをしていた二人だったが、もし全盛期の状態で何の出し惜しみもせず力をぶつけ合っていたならば、それこそ、死闘と化していたことだろう。
だが、今の二人にそんなことをしている余裕なんてないのだ。
今まで行っていた手合いは、殺し合いをするために技術を磨いていたのではない。
もっと重要なことの為に、手合いをしていただけなのだから。




