死闘と争闘
なんでこんなところに、人が居るんだろう?
ほんのついさっき、目的地の近くに来て『未知案内』を解くまで、森の精からさんざん「そんな何も無い所に行って何するの?」と問われていたから、適当にはぐらかしていたのに……。
それを聞いた後だから、なおさら不思議だった。何も無いような場所に人がいて、自分の姿を目視したと思ったら、すぐに物陰に隠れるなんて。
そんな光景を見ると、誰だっておかしいと思うんだよね。
背丈からしてあの人じゃなさそうだし、あの人だったらすぐにわかりそうなものだけど。
「まあ、聞いてみたらわかるよね」
誰に言ったわけでもないけどポツリと呟き、心のスイッチを切り替えて、人影が見えた場所へと向かった。
そこは、近くに洞窟もあるからか、森の中では開けた場所だった。
『未知案内』のおかげで、目的地の洞窟まで苦労せずに来れたのはいいけれど、やけに饒舌な森の精と話しているだけで、どっと疲れが襲ってきている。
……それに、目の前の目的地に向かうまでには、まだ問題が残ってる。
「…そこに隠れているのはわかっている」
木陰に身を隠していた人が、息を呑んだような気配を感じる。
そう、さっき物陰に隠れたその人は、隠れた場所から全然移動することなく、ずっと私の方を見ていた。
鎧を隅から隅まで見ていたようだけど、それが好奇心なのか、恐怖心なのか、それとも警戒心なのか、今のままだとよくわからない。
だから、こうやって呼びかけてみたんだけれど。
「……すみません、急に明るい物が近づいてくるものだから、幽霊か何かと思いまして隠れた次第です」
そんなことを言いながら、フードを被っている人がゆっくりと木陰から出てきた。
身長は鎧を脱いだ時の私と同じぐらいか、少し低いくらいだと思う。女性にしては背も高いし、声も低いから男性かな。
背丈より大きなレインコートのせいで、何を隠し持っているかわからないのが少し怖いなぁ。
何をされても大丈夫なように、警戒したまま様子見しよう。
「…そうだったか、驚かせてしまって申し訳ない」
「いえいえ! あなたの鎧が立派なもので、思わず息を呑んで見惚れてしまっていました」
うーん、わかんないなぁ……。
慌てている姿は、とても演技のように見えないし、すごく緊張しているみたい。
でも、だからこそ怪しいんだよね。唐突に声をかけられて慌てているのかもしれないし、敵に見つかり話しかけられたから、緊張しているのかもしれない。
こうなったら、直感に頼るしかないかなぁ……。
彼がもし一般人だったら、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないし、敵だったとしても、一旦形勢を立て直すでしょ。
「…そうか。だが、私は見世物ではない」
「で、ですよね。大変失礼いたしました!」
「…それに、この付近には敵軍が潜伏している可能性がある。早く家に帰れ」
「て、敵ですか! わかりました!」
相変わらず物腰が低いフードの青年は、そんな事を言って、慌てて私の後ろへと向かおうとする。
―――何だろう、この人。言葉にできないけれど、どこか引っかかるなぁ。
あ、そうだ。生き物が立ち寄らない場所だって、森の精が言っていたのに、この人はどうしてこんなところにいるんだろうか。
それを聞いてから帰しても遅くはないと思う。うん、とりあえず聞いてみよう。
「…その前に、一つだけ質問がある」
「―――何でしょうか?」
……あれ? 今、どうして顔が曇ったのかな。
そんなに、悪いことを言ったつもりはないんだけど。
―――もしかして。
「…ここはあまり生き物が立ち寄らない場所だ。狩人なら、近づく必要すらないと思われるが、貴様はどうしてここにいる」
「生き物が少ないので、貴重な薬草やキノコが採れるんですよ。普段は別の場所にいるのですが、家の貯蓄がピンチになると、よくここに駆け込んでいたので……」
「…そうか」
「では、急いで帰りますね!」
あー……うん。やっぱり、この人は敵だ。間違いない。
この人が嘘を吐いている確証はない……けど、何かを偽り続けているような、そんな気がする。
「家に帰れ」と私が言った後に、顔を曇らせるぐらいだから、きっと、人に言えない秘密を抱えている。
敵じゃなかったとしても、やましいことを考えている人に違いない。
本当に一般人だったらいけないから、私からは手を出さないけど。
そんな事を考えていると、レインコートの人物は、私の右隣を通り過ぎていく。
相手が嘘つきだと分かると、反応しやすい右隣を通ったこともわかる気がする。
幾度となく戦ってきた感覚をフル活用して、不意打ち狙いの一撃へと注意を向けた。
「…そうか(今っ!)」
「っ!?」
カァンと小気味いい音を立て、私が構えた壁剣に衝撃が伝わってくる。
状況確認の為に背後を振り向くと、どうして気づいたのか、と言いたそうな驚きの表情が見えた。
この人の言葉に誤りがあったわけではない。
自慢ではないけど、そんなことを逐一考えられるほど、私は頭がいいわけじゃないし。
ただ、私が質問した直後ぐらいに、あいつの雰囲気は変化したように思う。
今まではどこか不安げで、それでも優しそうな空気を醸し出していたのに、私が問いかけた瞬間、ほんの少しの間だけだけれど、何の空気も発することがないタイミングがあった。
それから直ぐに元の雰囲気へと戻そうとしたようだけど、それは粗悪に作られたような、ギクシャクとしたものにしか見えなくて……それに、どこか無理をして作っているように感じたんだ。
敵にそんな事を教える気は、さらさら無いけどね。
「…わかりやすい嘘だ。そんなもの、誰にも通じないぞ」
「チッ!」
敵はその場からひと三人分ほど後ろへと退いたけど、逃げる気も、戦意を失くしたとも思えない。
代わりに、その顔には焦りが見える。さっきまでの虫すら殺しそうにない、優しそうな表情から一転して、戸惑い、視線が少し泳いでいるけれど、私に対しての敵意を隠すことなく剥き出しにしていた。
あの一撃を受け止めるのは、相当な人物だと察したのかな。
―――だけど、今の一撃は凄く怖かった……。
あいつは『斬る』と言うよりは、『殴る』って感じの攻撃をしてきた。
きっと、道中で倒れていた人たちもきっとあいつにやられたんだ。
それに、どうして殺さず膝を砕いただけだったのか、今ならその理由がわかる気がする。
あいつの攻撃は、『人を殺す』ための一撃じゃなくて、『物を無力化させる』ための一撃なんだ。
だから、殺意とかそういったものが、全く感じられなかった。
雨で濡れたレインコートが、風で捲れた音が聞こえたから反応できたけど、もし反応できなかったら、手当てをした彼らと同じように足の骨を折られて、ここで無様な姿を晒していたかも……。
それに、あの武器―――剣の形をした鈍器のような武器なんて、見たことも聞いたこともない。
さっきの一撃も剣身じゃなくて、バランスを悪くしてしまいそうなほど、大きな柄頭を叩きつけてきたみたいで、戦い方も全く分からない。
おまけに天候も足元も悪い。足を滑らせるだけでも、間違いなくやられてしまう。
そんな不利な状況で、私はあいつに勝てるのかな……。
―――ううん、勝つんだ! 状況が不利だからといって、私はここでやられるわけにはいかないから。
殺しはしたくないけれど、今は戦時中なんだ。そんな甘い考えは良くない。
体から余分な力を抜き、敵を見失わないように視界を尖らせる。
相変わらず深々と被ったフードのせいで、顔はよく見えないけれど、その奥から見える眼光は、時折黒く、くすんでいるように見える。
姿勢を低くした独特の姿勢をしているけど、反射的に動けるようにしているのかも。
そして、あの剣。
真っ黒で真四角の剣身に、持ち手と同じぐらいに大きな柄頭がついている、装飾剣のような得物。
あれだけは一体どういったものなのか、全然わからない。
「…やはり敵か。逃げるのなら見逃してやるつもりでいたが、わざわざ対峙してくるとはな」
とにかく、少し時間を引き延ばそう。
今はあいつがどういった者なのか、少しでも観察しないと。
「ああ、そうだ。最初は逃げようとしたが、お前がこの先に行くなら話は別だ」
「…ふむ」
「この先でお前が何をするかはわかっている。俺は、それを阻止するためにここに来た」
「…なるほど、そういうことか」
目の前で対峙している男を、あの人の使いじゃないかと思っていた、さっきまでの私を叱りたい。
あいつは間違いなく、私たちの密会を阻止するために派遣された者だ。
どこでその情報を知ったのかわからないけど、瞬時に背後を狙ってきたさっきの腕前は、まさしく私と同格か、それ以上の手腕の者がなせる業。
「それならば手加減は不要だな」
この男は、ここで死んでもらうしかない。全力で戦わないと、ここで殺される。
たとえ撃退しても、ここでこいつを逃がしてしまったら、あの人の命が危ない……!
重心を前へと傾けて、挑発に乗ったふりをする。
早く来い! 一瞬でけりをつける!
はやる気持ちを抑えながら、敵が迫ってくるのをひたすらに待った。
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「ここまで決着がつかないのって! あの時以来じゃない!?」
「確かに! そうかもな!」
相変わらず、互いの武器が逆転した状態で、彼らは手合いを続けていた。
付近の草は二人に踏みしめられ、剣で薙ぎ払われているせいで、その場所だけ半分以下の長さになってしまっている。
長い間打ち合っていた彼らの体力は、もはや限界に近い。
それでも、二人の対決に決着はつきそうになかった。
「あの時! ただ無心で突っ込んでくると思っていたが! 完全にカウンター狙いだっただろ!」
「そうだよ! そもそもこんな重武装だと! 考えなしに突っ込んでも! 無駄に疲れるだけだし!」
「そうだろうとは! 思っていたさ!」
「でも! 最初に剣を盾にしたからって! まず剣を狙ってくるのはずるいでしょ!」
「あれは! 正直言って感動したぞ! 一発で使い物にならなくしてやろうと思っていたのに! うまく衝撃をいなされて! 今でも現役だからな!」
二人が振り回している剣は空を切り、また、周辺の草を巻き込んだ。
もはや、手足をどうにか動かしながら、口喧嘩をしているだけにしか見えないその様子は、はたから見たら子供の喧嘩のように滑稽極まりないが、本人たちは至って真面目である。
それは、未だ相手の事を好敵手として見ているからだろうか。
―――はたまた、こういった相手が今までいなかったからだろうか。
そもそも、彼らにとって手合いは練習、訓練、腕試しといったものではない。
如何に相手の攻撃をいなし、相手を行動不能にさせられるか実践し確かめる……。
つまるところ、それは実戦と何一つ変わらなかった。
しかしその手合いは、『無事に遺品を親族の元へ届ける』任務を完遂するため、二人が必要としているもの。
今まで『誰かを守るため』に振るっていた力を、『自分たちを守るため』の力として上手く扱うために、ライトとバリューは毎日のように手合いをしているのだ。
そんな不器用な二人の事情を知り、救ってくれた人はここにはいない。
もっと力があったら、彼を守れたかもしれない。
もっと知恵があれば、彼を救えたかもしれない。
彼らが力を求めるその根底には、未だその思いが燻っているのだ。
毎日のように手合いをしている理由の大半は、これのせいだといっても過言ではないだろう。
……だが、どれほど努力しようが、結局はそんなifを叶えることなんて出来ない。
過ぎた事実を変革することなんて、到底不可能だ。
だからこそ、彼らは旅を続け、任務を遂行しようとする。
それが、自分たちができる最後の仕事だと、そう結論付けたのだから。




