手合いと殺し合い
草原の真上に昇っていた太陽が、段々と傾き始めてきた頃。
一帯に響いていた剣戟の音は、未だ鳴り止むことはなく、むしろ、より一層激しさを増しているようだった。
重心を低くすることで、行動を少しでも早くしようとしているライトに、ついに兜を脱ぎ捨てて、五感をフル活用させているバリュー。
もはや、両者ともに手合いであることを忘れ、全力で潰し合おうとしているようにしか見えない。
それは、彼らにとって、いつかの戦いの続きのようなものなのだろう。
甲乙つけられなかった、最初で最後の殺し合いを、ここで再び繰り返しているような、全身全霊を掛けた力のぶつかり合い。
ひたすら純粋にそれだけの戦いと化していた。
……ただ一点、互いに相手の武器を使っていることを除いては。
「くそっ! よくもこんな! 重い物を振り回せるな!」
「ライトだって! こんな変な武器! どう扱っているわけ!?」
「岩のように硬くて重いこの大剣に比べたら! それの方がまだ扱いやすい方だろ!」
「扱いにくいよ! ただでさえ重たい鉱物で出来ている剣身なのに! 肝心の柄は布のように軽いし!」
二人とも悪態を吐きながら、相手の得物をぎこちない手つきで振るう。
無駄に大振りになっているバリューの一撃を避けるが、壁剣が重たすぎるせいで、ライトは碌に反撃が出来ていない。
対するバリューも彼の一撃を難なくかわすが、破剣のアンバランスさに慣れることができず、どうしても壁剣を使っている以上に、剣戟が大振りになってしまう。
手合いを始めて少しした後、二人はお互いに不意打ちの一撃を使うことで、相手から武器を落とさせることは出来たのだが、肝心の自分の武器を拾えないといったミスを犯していた。
「い、いったん中断してからさ! 武器を交換しなおそうよ!」
「そう言って! 不意打ちする気だろ!?」
「急に信用失いすぎでしょ! しないってば!」
「さっきの件もあるが! その隙をついて! 俺が攻撃してくるかもしれないぞ!」
「だったら! やっぱり! 交代は無し!」
「そうこないとな!」
今の会話の間だけで、ライトは重さに耐えながら三撃程攻撃を加えていたが、慣れない武器であってもバリューはその攻撃にうまく対応していた。
そして、相変わらず受け身がちな戦術をとり続けるバリューの反撃を、ライトはいとも容易く潜り抜ける。
それは、今まで相方がどのような戦い方をしていたかずっと隣で見てきた二人だから出来ることであり…逆を返せば、今までに見たこともない戦い方をされると、無理やりにでもそれに合わせないとならず、途轍もない労力がかかるものだった。
―――だからこそ、あの日の戦いでは、二人とも苦戦を強いられることとなった。
今までに戦ったことのない環境、状況、そして拮抗する程の実力を持つ、世にも珍しい敵と遭遇したのだから。
そして、彼らは何の宿命か、これから先共闘していく羽目になることを、その時はまだ知る由もなかった。
*
索敵しながら目的地を目指して進んでいるが、いい加減に疲れが溜まってきた。
ここまでの道中で出会えていない事を考えると、あの人が嘘を吐いているとは思わないが、何かしらの問題が発生して移動した可能性も考えられそうだ。
おまけにここ数十分で、見つけた敵兵を三人ほど行動不能にしている。
兵が疎らに配置されているとしたら、密集しているところに向かっているのと変わらないだろうし、巡回していたのなら、変わり果てた味方の姿を発見されているかもしれない。
「やはり、会敵した時点で一旦退くべきだったか」
そんな事を今更考えたところで、目的地までたどり着いてしまっているのだから、今から移動する気にはなれない。
つい先ほど見つけた目的地の洞窟付近で、疲労を取るために一休みしているが、この付近には人どころか生物の気配すら感じられないな……。
けれども、そうやって気配を探していたおかげで、森の中で見ることはないだろうそれに気が付くことができた。
「チッ、誰か来るな」
つい、声を出してしまって慌てて口をつぐむ。
ただでさえ慣れない土地で疲弊しているのに、休憩をしているタイミングで人の気配がするとは……いや、休憩しているタイミングだからいい方か。
とにかく、非常に面倒だが、奴らのように足を砕くべきだろうか。
……いや待て、これ以上の手出しは流石に不味い。
ここに来るまでに遭遇した三人は、どうにか仲間を呼ばれることなく意識を刈り取ったが、次は上手くいくとは限らない。
だとすれば、手出しをすることなく隠れているのが正解だな。
幸いにも、声を聴かれるほど近くにいるわけではなさそうだ。
それに、丁度良く葉が地まで垂れ下がった木もある。これはついているかもしれない。
ほっと肩をなでおろし、木の根元でしゃがみ込む。
念のために、フードをこれ以上にないぐらい目深に被った。
それから十三秒後、俺が立っていた場所の付近に現れたのは、森の中には不釣り合いな鎧だった。
隠れる前に暗がりから、ぼんやりとした薄緑色の明かりが見えたが、あれは一体何だったんだ?
鎧が光を反射したものなら、もっと白く……いや、そんな事、今はどうでもいいか。
―――それにしても、いやらしい鎧だ。
見た目の良さを重視して、あの鎧を纏っているのならただの雑魚だが、意図して装着しているのならば、あの人物は只者ではない。
加工困難で重厚な銀鋼を豊富に利用している、芸術品に見せかけた対人兵装。
背中の剣はよくわからないが、おそらく鎧と同じようにただの武器ではなく、何かしらの理由があって装備していると思うべきか。
とりあえず隠れて正解だった。あんな奴がフォンテリア軍内にいるとは思わなかったが、もし遭遇していたなら、無傷で帰ることは難しかっただろう。
よし、このまま通過してくれると―――。
「…そこに隠れているのはわかっている」
「(っ!?)」
あろうことか、そいつは俺の前で立ち止まった。
バカな!? 完璧にカモフラージュしているはずだ!
……落ち着け。この状況で敵だと分かっていたら、わざわざ声を掛けてくる必要なんてない。
俺の正体がわかっていないのなら、ここは誤魔化しに転じるべきだ。
「……すみません、急に明るい物が近づいてくるものだから、幽霊か何かと思いまして隠れた次第です」
ゆっくりと木の陰から這い出すと、鎧の人物はじっと俺を見つめていた。
高い位置から声が聞こえていたから、想像していた通りではあったが、やはり俺よりも背がデカい。
戦闘になった場合、リーチではこちらの方が圧倒的に不利そうだ。
「…そうだったか、驚かせてしまって申し訳ない」
「いえいえ! あなたの鎧が立派なもので、思わず息を呑んで見惚れてしまっていました」
男性にしては少し声が高めか?
くそ、相変わらず中にいる人物の正確な体格が分からない!
少なくとも、銀鋼の鎧に大剣を担いで平然としているのだから、筋肉達磨であることは変わりないとは思うが、見かけで判断して痛い目に遭いたくはない。
ただ、思っていたよりも礼儀正しい事はいい。
これなら、付け入る隙がありそうだ。
「…そうか。だが、私は見世物ではない」
「で、ですよね。大変失礼致しました!」
「…それに、この付近には敵軍が潜伏している可能性がある。早く家に帰れ」
「て、敵ですか! わかりました!」
やはり、フェルメア軍が森に入ったことはバレている。
それか、俺が無力化したあの三人が見つかったからバレたのかだろう。
いずれかにしろ、逃げるなら今がチャンスだ。
運がいいことに奴は俺が敵だと気づいていない。
この場を一旦立ち去って、機会をうかがってからもう一度迎えば……。
「…その前に、一つだけ質問がある」
「―――何でしょうか?」
「…ここは、あまり生き物が立ち寄らない場所だ。狩人なら近づく必要すらない。にもかかわらず、なぜ貴様はここにいる」
「生き物が少ないので、貴重な薬草やキノコが採れるんですよ。普段は別の場所にいるのですが、家の貯蓄がピンチになるとよくここに駆け込んでいたので…」
「…そうか」
「では、急いで帰りますね!」
この付近の様子を詳しく調べていて正解だった。
なぜ国内勤めの騎士が、森の事を詳しく知っているかはともかく、誰から言われたとしても、違和感なく返事を返せたはずだ。
鎧から視線を外し、体を前傾にする。
今にもこの場から駆け出して去るように見せかける。
―――気づいたのは、ついさっきだった。
奴が俺の立っていた付近から出てきて、俺のすぐ隣を通る。その行動自体には何の問題もない。奴にとっては、ただ道の途中に俺が居ただけのことだ。
……ならば、生き物も殆どいないこの場所に、奴は何の用があって来た?
フォンテリア軍の兵士は一様にして、物陰に隠れて不意打ちを狙っていた。
確かに、サシでなくとも、戦果を挙げられる戦法としては十分にありな方法だ。
だが、それを確実にするためには、フォンテリア軍の兵士全員がその場に待機し、身動きしないことが前提条件になってくる。
この森の事を知っているのだから、奴がフォンテリア軍の兵士……いや、あれほどの威圧感と装備から、高位の騎士であることは確実だ。
そんな高い位を持っているにもかかわらず、奴はこの森の中を通ってここまで来た。
それは、作戦を無視する重要な理由があるから……。正しくは、王からの勅命を受けてここに来た、ということが言えるのではないか?
『情報が洩れている。気を付けた方がいい』
あの人はそう言っていたけれど、それならば、ここで落ち合うことも知られているとしたら…。
つまり、奴はこの先で、俺とあの人が密会することを阻止しに来た事になる。
王からの勅命を受けた専属騎士として、あの人を殺す気で。
―――それだけは、やらせない。
鎧の横をすり抜けたタイミングで、レインコートに隠していた剣の柄に手を掛けた。
あの人は、俺という人間を認めてくれた人の一人だ。
今の俺が居るのは、あの人のおかげと言っても過言じゃない。ここでいなくなられたら…とても困る。
それに、困るのは俺だけじゃない。主様やあの人の家族だって、あの人が無事でいることを願っている。
それなら、あの人を守るために俺がここで死んだとしても、何の悔いもない。
奴は早く家に帰れと言っていたが、とんだ笑い話だ。
…どうせ俺に帰る場所なんて、とっくの昔に無くなってしまっているんだから。
―――貰った!!
通り過ぎた瞬間と同時に、奴の左側の大腿神経目掛けて剣を振るった。
「…そうか」
「っ!?」
体を叩いた触感は感じず、代わりに鈍く重い金属音が辺りに響く。
左腰へ叩きつけられるはずだった剣は、寸前のところで、鎧が背負っていた大剣に受け止められていた。
「……わかりやすい嘘だな。そんなもの、誰にも通じないぞ」
「チッ!」
体勢を立て直すために一旦距離をとると、鎧の人物は背の大剣を両手で持ち、構えを直している。
さっきの攻撃で敵だと判断したらしい。奴の鎧から殺気がピリピリと漏れ出していた。
(くそっ、しくじった!)
見た目より動きが速いだろうと、ある程度は予測していた。だが、嘘が早々にバレたのは、完全に想定外だった。
奴が攻めてこないよう、細心の注意を払いながら剣を構えるが、何故かその場から動くことなく、切っ先を俺の方へと向けたままでいる。
「…やはり敵か。逃げるのなら見逃してやるつもりでいたが、わざわざ対峙してくるとはな」
「ああ、そうだ。最初は逃げようとしたが、お前がこの先に行くなら話は別だ」
「…ふむ」
「この先で、お前が何をするかはわかっている。俺は、それを阻止するためにここに来た」
「…なるほど、そういうことか。それならば手加減は不要だな」
奴の体が力み、前へと重心が掛かっていく。
うまく挑発に乗ってくれたようだ。奴はこのまま数秒もしないうちに俺へ距離を詰めてくるはず。
重量があるあの鎧だと急には止まれないだろう。だから、その速度と重量を利用して逆にご立派な鎧を破壊してやる。
今にも前へと進みそうな巨体を再度確認して、それが進みだすよりも先に、湿った大地を蹴った。




