幾度目かの夜を迎えて Side:?
潮風の島には、病が蔓延した今となっては人が出入りする事のない場所がいくつか点在する。
そのうちの一つ、屋敷裏の崖下に存在する坑道は、環境上の問題もあり、早々と放棄されている状態だった。
だが、それもほんの数日前、ある団体が命からがらこの島に上陸するまでの話。
今では元の賑わいを取り戻しているかの如く、連日採掘作業が繰り返されていた。
「どうだ、四兄弟。何か見つかったか?」
「見ればわかるだろ」「あったら言っとる」「現場監督は楽でいいな」「素人は黙っとれーー」
「うへぇ、酷え言い様だな。オレのおかげで時間が取れているってこと忘れてんじゃないだろうな?」
「「「「…………」」」」
黙り込んで採掘作業を再開した男性たちに、他の者たちと比べても一層ボロボロの衣服を着用している三十路代の男性は、やれやれとばかりに首を振る。
……そう、彼はライトたちに食料を運んでいた、あのボロ服の男だった。
ライトたちが海に落ちた後、時間をおかずして持ち上げられていた船も海へと落とされている。
その際、この男性は自らの力と幸運を総動員して、どうにかかすり傷程度で仲間と合流していた。
それから、船の代わりとなるものを用いて、どうにか近くにあるこの島まで辿り着くと、他の者たちに見つからぬよう坑道に身を隠していた。
姿を潜めているのは自分たちの身分からだったが、ライフルをピッケルに、カトラスをスコップに持ち替えた男性たちの姿は、もはや海賊というよりも、十分な装備が与えられなかった炭鉱夫にしか見えない。
とはいえ、彼らが掘り返そうとしているものは、決して鉱石などではないのだが。
「おーい、ミッケ。何か視えたか?」
ミッケと呼ばれた小柄な男性は、スコップで土を掻き出す作業の手を止め、ボロ服の男へとかぶりを振ると、独特なリズムで指と腕を動かす。
「"ナニモ視エズ。未ダ虚ロニ過ギナイ"ねぇ……。また掘る場所でも変えてみっかな」
ひたすら土を書き出す作業に戻ったミッケに手を振ると、他の穴を見に行くために、ボロ服の男は歩みを進め……、
「……帰ったよ、ギンジ」
声が聞こえてきた方向、何も存在しない空間へと目を向ける。
ボロ服の男……ギンジの視線に映るのは、人の声どころか、音を発しそうなものすら無いがらんどうの広場。
されど、何一つ疑問に思うことなく、飛び切りの笑顔で声の主を迎える。
「おお、帰ったか、トウカ。今日もお疲れさん。で、戦果はどうだった?」
「た、大変だよ……!」
「そうかそうか、そんなに沢山手に入ったんだな。そいつは良かった」
「あっ! そ、そうじゃなくて……! いたの……!」
「いたって、誰がだ?」
「クォウタさんに右肩を掴まれて痛がっていた人……!」
「っ!?」
何もない空間から切迫詰まった高い声が響く。
どこかにいるトウカとギンジが凍りつくのも無理はない。
クォウタ……先ほどギンジに悪態を吐いていた男性に右肩を掴まれて痛みに苦しんでいた者など、どう考えても一人しかいないのだから。
「もしかして、蒸気船で捕虜になってたやつか……?」
「うん……! 見つけたのは、肩が腫れていた男性だけ。でも、誰かから手当てを受けてた。それに相方の話をしてたから、多分、二人とも無事!」
「おいおい嘘だろ!? あんな怪我で海に落ちたってのに無事とか、あいつら船長と同じようなバケモンかよ……」
躊躇うことなく海へと落ちる選択をしたものだから、それ相応の覚悟か、何かしらの策があってのことだと考えてはいたが、まさか命を落とすことなく、しかも怪我を治療してもらっているとは……。
自分は豪運な方だと思っていたが、まさか自分以上にツイている奴らがいるのかと、ギンジは呆然としていた顔にじわりと笑みを作る。
「けど、生きてたってのは朗報だ。オレたちがあいつらの助けになることは出来なかったが、これで後腐れはなくなったぜ」
「この島に上陸してからも、心配してたの?」
「なぜかはわからねぇが、どこか似た気がしてな。とりあえず、ご苦労だったなトウカ。あとは風呂に入ってゆっくり休め。……ユコン! 風呂の準備だ、ぬるめに頼むぞ」
「あいよー」
瓦礫を運び出していた小太りの男性はギンジの言葉に反応すると、一輪車をその場に置いたまま、シーツで囲われたバスタブへと、貯めて濾過した雨水を流し込む。
その頃にはユコンの元へと向かったのか、トウカと呼ばれた人物の気配は、ギンジの側から消えて無くなっていた。
その代わりに、土まみれになった二人組が駆けつけてきたが。
「見てよギンジ! 例のブツじゃないけど、綺麗な宝石を見つけたんだぁ! 一体どれくらいの価値があるか、わかる?」
手に持つ鉱石に負けんばかりに瞳を輝かせて、蒸気船で老婆を捕らえていた女性……ミントが、幼子のようにグイグイと詰め寄ってくる。
あまりのうざったらしさからか、老爺を捕らえていた青年……カイナは、少し離れた位置で如何にも文句がありますよとばかりにミントを睨みつけていた。
「ええい、近い! そいつはただの桜銅石だ。値打ちなんてねぇよ」
「えぇー!?」
「だから、あれほど違うって言っただろ。これだからミントは……」
「むむー! カイナだって桜銅石とはわからなかったくせに!」
「おい、お前らはオレの前で喧嘩しにきたのか……? 違うだろ? どうせ、さっきトウカが話していたことじゃないのか?」
「……」
「……」
「ほんっと、お前らわかりやすいな……」
いつまでたっても子供のようなわかりやすい態度の二人に呆れつつ、ギンジは本題を語るように促す。
「だって……」
「だって……、何だよ?」
「ミッシェルから面白い話をしているって言われた」
「チッ、あの地獄耳コックめ……!」
ミッシェルは海賊たちの中で唯一無二のコックであり、限られた食材で素晴らしい料理を作る、所謂天才であった。
だが、いかんせん噂話が好きすぎることと耳が良すぎることが災いし、隠し事を暴露しまくる悪業を度々行なっていた。
なので今回も、剛腕が取り柄のガリバーに捕らえられ、ギンジの元まで連れ去られたのは言うまでもない。
「あの二人が生きてるのならさ、この際だから仲間に入れちゃわない? ギンジと話するくらいだし、うちらのこともきっとわかってくれるって!」
「おれは反対だ。クソ鮫野郎がわざわざ指名してくる奴らだぞ? 得体が知れない以上、仲間になんてできるかよ」
相変わらず、対立するような選択をするミントとカイナだったが、彼らからどう言われようとも、ギンジは既にどうするか決めている。
「悪いなミント。カイナの言う通り、今のところは仲間にするつもりなんてねぇよ」
「ギンジまでー! いいじゃん、助けてもらってもさー!」
「あいつらを敵に回したら厄介なのはわかってるだろ。それに、どっちにしろ今のオレたちは海賊だ……いや、それよりもおぞましい何かかもな」
「ギンジ……」
「……」
何かを諦めるように吐き出された言葉は、近くで聞いていた者たちの作業の手を止める。
彼らは十分すぎるほどにわかっていた。
自分たちは永遠に何かから逃れ、隠れ続ける人生を歩むことになると。
「ーーーーとにかく、あいつらを巻き込む、或いは邪魔をされる可能性もある以上、ここは安息地にならねぇし、オレたちがやることは変わらねぇ」
自分のせいでズブズブと地に沈み込んだ空気を、再開 浮上させるように気丈に振る舞って、ギンジは泣きそうになっている二人の肩を叩く。
「船長が口にしていた『海を操る槍』を手に入れて、北西大陸に身を隠す。先に逝ってしまった仲間の弔いのためにも、なるべく早く見つけ出すぞ!」
「……うん」
「言われなくても、わかってる……」
作業に戻るように背を押され、担当の穴へと戻る二人は、坑道の端に立てかけられた、大小様々な既に所有者のいない武器へと目を向ける。
当然のことではあったが、怪物に襲われたあの夜、海賊たちも懸命に避難していたが、逃げ遅れておよそ半数が犠牲になっていた。
だからこその墓標となっていたが、陽が当たることなくフジツボが張り付いているような坑道内で、犠牲となった仲間を弔うなど誰一人として認めていない。
『せめて、陽の当たる場所でちゃんとした墓標を立てて、彼らの死を悼みたい』
逃避と恐怖故の行動を起こしてきたギンジたちだったが、今ばかりはその強い一心で行動していた。
「(……だから、たとえあんたらでも、敵に回るのなら容赦はしねぇぞ)」
誰の耳にも聞こえないほど小さな、されど岩壁を砕かんとばかりに力を込めた言葉を口にして、ギンジはまだ確認していない坑道へと歩みを進めた。




