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カウンセリング その1

 潮風の島は亜熱帯地域に属するため、基本的には蒸せられているような暑さが島中に漂っている。

 だが、避暑地となる場所も少なからず存在しており、辺り一帯が広葉樹に囲われた診療所もそのうちの一つだ。


 大海原に点在する緑の島に容赦なく照りつける強い日差しは、力強く広がる枝葉に阻まれ明るくも優しい陽光に変わり、南国特有の湿っぽい温風は、樹林帯を抜ける頃には涼しげなものに変わっている。

 そんな居心地の良い場所にいるというのに、三人が通り過ぎていった道をただじっと見つめ、時折重たい吐息を吐き出す者が一人。


「あら、また溜息吐いてから……。ずっと溜息吐いていると幸せが逃げていくわよ」

「――――えっ。溜息なんて、吐いた覚えは……」

「あれま……。これは思っていた以上に重症ね」


 いい加減怖がられていることに気づいたのか、開いてしまった口元を隠しながらオルカは驚く。

 ライトたちが出発して数刻が経ち、その間に出かけた旦那に変わって掃除や洗濯を行っていた彼女だが、そうしている間もバリューはずっと同じ体勢でいた。


 長いこと様々な患者の相手をしてきた経験から、気分が落ち込んでいる理由が、まず間違いなく相棒である青年のことだと見当がついている。

 彼の意識が戻る前まで、彼女は自らの体調や服装、或いは()()()()()()()()()()()()()、彼の心配をしていたのだから。


 だが、彼が意識を取り戻し彼女の病室まで駆けつけたとき、ハンセン夫妻の前ではあったが、二人は相手に対しての会話を殆ど行なっていなかった。

 どこかよそよそしく、まるで知り合ったばかりの他人のような錯覚さえ感じられる様子に、少々戸惑いを感じたオルカだったが、ここまで酷いのは何か他の要因がある、と直感して、いまだ窓に頬杖をついたままの彼女へと提案を持ちかける。


「バリューちゃん、お腹すいてないかしら? 少しティータイムにしましょうよ。お茶もお菓子も、お腹に負担をかけないものにするから、ね?」

「……うん。そういえば、起きてからまだ何も食べてなかったし、お腹ぺこぺこだ」


 たはは……、と恥ずかしげに笑ってみせるが、頬が痩けた顔に本来あるべき感情が見受けられない。明らかに無理をしている。

 重たい鎧を纏う力強さと、溌剌とした生気を持っているはずの体つきから、心身ともに元気にしてあげたいとオルカは決心した。



「お待たせ。好きなお菓子を食べていいわよ?」

「……多過ぎじゃない?」

「バリューちゃんの好みがわからなかったから、とりあえず持てるだけ持ってきたのよ。もちろん、全部食べちゃうのは駄目だからね」

「わ、わかってるってば」


 図星を突かれ声を詰まらせながらも、バリューは目の前に置かれた様々なお菓子の中でも、比較的質素なパリル麦クッキーを手に取ると、少しばかり眺めたあと頬張る。

 全部食べようと考えていた彼女のがめつさに呆れながら、甘いお菓子と気分を落ち着かせる紅茶のおかげで顔色が戻ってきたことにオルカは安堵した。

 だが、バリューが抱えている問題はこれで解決するような単純なものではないとも理解している。

 こうも落ち込む理由を探るため、慎重に声をかけた。


「さて、バリューちゃんは何を思ってそんなに落ち込んでいるのかしら?」


 バリューが持っていたティーカップと、中に注がれた赤褐色の紅茶が揺れる。

 溢さないようゆっくりとティーカップをテーブルに戻すと、顔色も先ほど同様暗いものへと戻っていた。


「落ち込んでなんてないよ。……多分」

「それはただ自分で気づいていないだけ。知ってたかしら、イルカってヒーリング効果があるのよ。おまけにわたしにはカウンセリングの実力もあるの。……というわけで、さあさ、おばさんに何でも話しなさいな」

「これは私の問題だから、話してどうにかなるものじゃないと思うんだ。それと、オルカはまだまだ若いんだから、おばさんなんて言わないほうがいいと思うんだけど」

「そりゃあ、エルフであるバリューちゃんから言わせてみればそうかもしれないわねぇ」


 今度は木製のテーブルとベッドが音を立てて揺れた。


「――――! 何で知ってるの!」

「なんでって、医者だからに決まっているでしょう? 貴女の体のつくりでセル・エルフだってすぐにわかったわ」

「そ、そっか。そうだよね」


 獣人の平均寿命はおよそ百五十年と人間よりも長いが、亜人種の中でも長生きで平均寿命八百年のエルフとは比べ物にならない差がある。

 バリューは現在百八十六歳で、これはエルフの中でもギリギリ大人と呼べるラインだった。

 なので、エルフの縮尺で言われてもねぇ、と困り顔のオルカの言い分はもっともである。


 平均寿命の違いや生活環境の違いゆえ、人間の体とエルフの体が違うことぐらい、流石にバリューでもわかっていた。

 人間でないと気づいたのはきっと、ロウエンが彼女の臓器を修復するため開腹手術を行った際だろう。

 耳の整形もきっと気付かれているに違いなかった。


「普通の人なら、傷跡を見られるのは避けたいって思うけど……。もしかして、バリューちゃんたちって体を交わらせるほど仲睦まじかったり?」

「そそそそんなわけ、な、なないに決まってるでしょ!」

「あら可愛い。いいわねぇ、初々しくて」

「か、からかってるなら、もう話さないから!」


 顔全体、特に耳を真っ赤にしたバリューはぷいっとそっぽを向く。

 亜人種が肉体を晒すことに躊躇ないのは、自らの肉体に自信があり、繁殖期以外に交わる気が一切ないからではあるが、そういった面での羞恥心はもちろん存在するので怒るのも無理はない。


「あらあら、ごめんなさいね。それに今のは普通の人ならのお話で、セル・エルフのバリューちゃんなら、他の動物と違ってあまり運動しなくなっても一度ついた筋肉はなかなか衰えないし、きちんと縫合したら傷跡すら残らない治癒力もあるんだから、そこまで焦らなくてもいいのに」

「焦らなくてもいい……。私だってそう思いたいけど……」

「けど……?」


 先を促すオルカの声に、目を閉じてかぶりを振る。

 呼応するように強い風が吹き、ざわざわと木の葉を揺らした。


「なんてことないよ。私には他の人よりも優れた力があって、でもその力はいざとなったらなんの役にも立たない……。ううん、私が上手く使いこなせないから、ライトを守れなかった。そのことをずっと後悔して、どうしたらいいのか焦ってる。ただそれだけのことだから」


 短く切り揃えられた前髪で瞳が隠れるほどバリューは下を向く。

 強く吹いた風は入道雲を動かして日差しを隠す。

 明かりが灯されていない病室はたったそれだけで暗い影に沈んだ。

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