潮風の島について その3
「あらあら。そんなに驚かなくても、予め説明してなかった私が悪いのですし、全く気にしていませんよ?」
「い、いや、そう言われ、ましても……」
ユニのワガママに付き合っているうちに《ティルクミット》諸島の王、ストラク・ノクティウスと謁見する羽目になるだけならば、……それでも十分に驚く要素だが、まだその程度ですむのだが。
そのユニこそ、《ティルクミット》諸島の次期女王となるユニ・ノクティウス姫その人となれば、流石のライトでも想定を遥かに超えた事実に呆然とするものだった。
「ははは、ここに来てユニに敬語とは、ライト君は生真面目な人だなあ」
「それはそうでしょう! そもそも今に至っては彼女を呼び捨てにしているアレスさんは何です!? 流石に不敬にもほどがありませんか!?」
細い体つきの割にライトをひょいと抱えて、起こした車椅子に座らせながら、ついに誰に対しても気楽に話しかけ初めたアレスは、ケラケラと面白おかしそうに笑う。
この様子だと最初からこのような結末になると知っていたのだろう。
鬼ごっこを始めた時から、内心ではさぞかし愉悦に浸ってやがったな、と言いたげに、ライトはじとっとした目つきで彼を見つめた。
「アレスのことをそう不愉快に思わないでやってくれ。ちょっとした悪意はあっただろうが、ユニにここまで誘導する小間使いとして扱われただけなのだからな」
「あ。でも、屋敷裏は本気ですからね?」
「いやいや! せめて今日は勘弁してくれよ! 明日の仕事に支障が出たらみんなが困るからさ」
「ちぇっ、それなら仕方ないです。素直に諦めましょう」
「……取り乱してすみません、漸く落ち着きました。それにしても、年齢のことには何となく気づきましたが、まさか、ユニ様がお姫様だったとはーーーー」
「ふむ、吾が国の問題が年齢に直結しておると気付いておるのは些か興味があるな。一体どのような仮説を立てたのだ?」
相変わらず相手が王族であるというのに、馴れ馴れしく話すアレスに疑問を覚えつつも、ストラク王に回答を促されたライトは、思考した内容が飛ばないうちに言葉へと変換する。
「ーーーーでは、単刀直入に言わせてもらいます。この島に暮らす現地の方々は、未知の病を患っているのではありませんか?」
「ら、ライト君!? 今何てーーーー」
「……お見事です。まさか、あれだけの情報でそこまで至るとは思いませんでした」
驚く三人の顔をこっそりと確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
いくらロウエン並みに寛大とはいえ、王の御前であるのは違いない。
たとえストラク王に騎士だと知られなくとも、彼は生きている限り『誠実』なのだと、自らに課せているのだから。
「うむ、まさしくその通り、吾らは不治病を患っておる。ロウエン曰く肉体成熟遅延症というらしく、その名の通り、吾らの身体は正常な者の三倍ほど成長が遅い。働き盛りに見えぬこともない吾も既に齢八十ほどなのだ」
「なので、どうしても子供は遅生まれとなるのです。私は幼子の見た目ですが、もう三十手前まで差し掛かっているのですよ」
「やはり、そういった理由で幼少体型の方は町に残り、成熟体型に近しくてまだ若い部類の人が仕事を行なっているというわけでしたか」
「その辺りも既に気づいていたのだな。これはもう、一切の隠し事は必要ないか」
王座に深く腰掛けているストラク王の優しげな表情に陰りが浮かぶ。
普通ならシワだらけになっているだろう、肘掛けに置いていた王の右手を、ユニが俯きがちにキュッと握った。
「……ライト君といったな。君の言う通り、仕事を主に行っている男女の殆どは、肉体年齢が成人付近の者たちだ。正直なところ、成長の鈍足化はあまり気になっておらぬ。だが、この病における症状はそれだけではなくてだな。難儀なことに、成長速度が遅くなろうとも、平均寿命は他の国の者と同様なのだ」
「ーーーーつまり、肉体が全盛期の状態であっても、問答無用で老衰が訪れるということですね?」
「……はい。そのこともあって、力のない幼子の肉体をした方々が漁や建築の現場に立たざる得ないのです。体が成熟している方々はその場についてこれないので」
ライトが後ろへと倒れ込んだ時、ストラク王が手を貸せないと言ったのは、決して身分の違いからではなく、手を貸せるほどの力がもう残っていないからだと再認識しつつ、ライトはストラク王とユニの話に耳を傾ける。
屋敷の外側で存在感を放っていた装飾は、老齢の者たちの力作だろう。そして若者たちは、加工されたその木材を用いて、この屋敷を建設した。一歩間違えれば大惨事にも繋がりかねない、酷く未熟な肉体を巧みに扱って。
「これは二方が言わなかったことだけれど、子供を産んで育てるのも困難は付きまとっているんだ」
「年齢が適齢期を迎えても、肉体がまだ未熟だからですね?」
「ああ。それに、歳をとりすぎると男性は体力の限界、女性は閉経を迎えてしまう。他の人たちと比べると、あまりにも子宝に恵まれる機会が限られてしまうんだ」
「それについては、何も悪いことだけではなくてな。病のことを皆が理解しておるからこそ、吾ら諸島の者たちのみで被害が抑えられておるのだからな」
「垂直感染……この場合は胎内感染と言うべきですか。それは、なんて……」
深刻なものだと把握していたが、ここまで重篤な被害が出ていると考えると、頭を抱えざるを得ない。
感染経路が同様な病なら複数思い至る節があるが、明確な治療法の知識がない彼は、どうしようもなく無力だった。
「ライト君、きみがそんなに悩むことはないよ。ストラク王たちは元から、ライト君にただ理解し、注意してもらいたかっただけなんだよ」
「君と診療所にいる少女は、旅の途中で想定外の事態に巻き込まれて、ロウエンに助けてもらったのだと、ユニから聞いた。ならば、吾らと同じ病をその体に宿す事は避けるべきであろう?」
「……はい。お心遣い感謝致します」
アレスの言う通り、ストラク王は紛れもなく、地位や名誉など関係なく他者のことを思いやる、寛大な心の持ち主だった。
そのことを少しは疑っていた自分を恥じ、ライトは深々とこうべを垂れた。
「そ、それにしても、ライト君は島の人たちの異常が病によるものだとよくわかったな。僕は話を聞くまで呪いによるものかと思っていたけれど」
あまりにも思いつめていそうなライトの様子を見たからか、彼の背後から話題を逸らすような焦り声がかけられる。
バリューと同じでフォローするのは苦手な人なんだな、と思わず苦笑いを浮かべたライトは後ろを振り返って答える。
「それも一考はしましたが、だとしたらロウエンさんがこの島に診療所を建設して暮らしている理由にならないと思いまして」
「うーん、ストラク王に従える騎士だと考えたら普通な気がするけど」
「騎士だとすれば、普段から主の側に従えるはずですから。それが『十忠』なのならば、なおのことですよ」
当然だが、主からの指示で別行動をとる機会は度々訪れる。
だとしても、わざわざ屋敷の反対に建設する理由がない。診療所なのだから、それこそ町中でも構わないはずなのだ。
裏を返せば、そう言った命令を受けて診療所を経営しているとも受け取れるが、有事の際にすぐさま駆けつけられないことから、彼はその点を除外していた。
「あと、彼以外の騎士がいないことも大きいです。これは予想ですが、この諸島では病や災害など逃れられない脅威以外の、対人的な脅威が今まで一度もなかったからではありませんか? だから、アレスさん以外の人は武器を持たない」
「あ、僕が武器を隠し持っていたのは気づいていたんだ……」
しょぼくれるアレスだが、ライトが武器の存在に気づいたのは、ユニに対しての彼の思いやりからだった。
砂浜でユニから脇腹を殴られてすぐ、アレスは左腕でガードしていた。
だが、あくまで七歳程度の肉体のユニが、それこそ戦い方を学ぶ機会すらない小島で、成人男性の脇腹を痛めつける一撃など放てるはずもない。
それを見たからこそ、ライトはすぐに合点がいった。
おそらく、アレスは拳銃を所持している。
だから、もしユニが殴ったはずみで暴発してしまったら……、と考えた彼は、咄嗟に左腕を盾にしたのだろうと。
「話を戻します。それに、まだ座に就いてはいないとはいえ、一国の姫であるユニ様を、ロウエンさんがああも気安く呼べるのは」
「……そのことだけど、私に対してあまり畏まらないでほしいの。ロウエンにも予めそう伝えていたから、あんな態度になっていたわけだから」
「えっ?」
ストラク王のみを見つめていたライトは、足元に衝撃を感じて視界を真下にずらすと、今にも泣き出しそうに潤んだ瞳で、彼の足に縋り付くユニの姿があった。
「ほ、ほら、《ティルクミット》諸島の姫と言ってもまだ何の役にも立っていないし、国を背負うにはまだまだ未熟な身だし、……友達だって殆どいないから、ね」
「……」
「吾からも頼もう。吾らが王族だろうと関係なく、どうか気楽に話しかけて貰いたい」
「し、しかし……」
「なに、ロウエンと同様に、我ら王族も寛大であるべきではないかと思ってな。命令口調は流石にいただけないが、馴れ馴れしいくらいの関わり合いこそが良いと考えているのだが、今までが半ば圧政に近しかったゆえ、なかなかに難しいのだ」
いくら子供の見た目とはいえ、ユニは《ティルクミット》諸島の未来を担う次期女王だ。
圧政の時代を引きずり、幼少期から周りからの扱いが変わらなかったのだとしたら、確かに酷なものだろう。
「……わかった。バリューにも同様に伝えて構わないよな」
「ありがとう。ライトならそう言ってくれると思ったよ。もちろんバリューも大歓迎、きっと仲良くなれると思うから!」
「うわっ!」
「ちょ! だから背もたれに体重をかけるなって!」
溢れかけていた涙を拭うと、ユニはにっと笑ってライトの体に飛びつき、車椅子を支えるアレスは今度こそ倒れまいとその場で踏ん張る。
流石に右肩の怪我を気遣っているのか少々左寄りだったが、それよりも娘がどこぞの男に抱きついた姿を見て、視線が一層鋭くなった父親のことを考えてほしいと思いながら、ライトは左腕を器用に使ってユニをそっと車椅子から下ろした。
「俺たちに対して警告してくれたのは非常に感謝している。……でも、一つ聞きたい。どうしてこの深刻な状況を俺に伝えるんだ? もし敵だったらならこの状況を利用し、国家の転覆を図るはずだ」
「正直に言うが、実際にこの諸島が奪われたとしても大きな損害はない。観光地である落陽の島は吾ら島民が管理しているからこそ成り立っておる。他国の者がそう易々と利用できる土地ではない」
ストラク王の言う通り、この諸島を領地としたところでこれといった利益は得られないだろう。
寿命が短く、謎の病原菌を保有している彼らを奴隷にするなど以ての外だ。
だが、ライトが思い悩んでいるのはその点ではない。
「確かにそうかもしれない。けれど、もともと住んでいた人たちはどうなる? 島を追い出される程度ならまだしも、全員が不条理に虐殺される、あるいは奴隷として扱われる可能性に抵抗もないのか?」
「ライト君と言ったね。君は随分とこの諸島のことを考えてくれているけれど、それは君の経験則からではないか?」
「否定はしない、何せ俺は第三者の影響で故郷を追われた者だからな。だからこそ、島民たちの平穏を第一に考えるべきだと思っている」
騎士となる前にも、騎士となった後にも、ライトはただそこで細々と生きていた人達が不条理に晒される姿を目にしたことがある。
だからこそ、彼は主と同様に主人と共に歩む民のことを案じていた。
「平穏、か。……そうだな、一つ聞かせてもらいたいが、ライト君は何を以て平穏を定義する?」
「平穏……やはり、誰かに迷惑をかけず、誰かからの悪意に晒されない状況のことだと思うが……」
「そのような考え方もあるだろう。だが、それは最善ではない。吾ら《ティルクミット》諸島に住まう者たちは、病を克服し元の暮らしを取り戻すことこそ平穏であると考えている。他国の者たちのように、若いうちに子供を育み、自らの老いに一喜一憂しながらも、のちの世代に後を託せるような老後を過ごすことこそが我らの悲願なのだよ」
「……そう、ですか」
彼らにとって、病からの脱却は間違いなく彼岸なのだろう。
だが、それだけで良いのか、他の幸せを投げ捨ててまで、その悲願を達成しなければならないのか、ライトにはわからない。
だから、納得しようと反芻し、咀嚼するように脳内で噛み砕き、呑み込んでいく。
これこそ、彼らの選んだ選択であって、何も間違いはないのだと。
……けれども、ストラク王が発した、最善ではない、という言葉だけは、心奥に刺さって消化することが出来なかった。
「さて、今日はここでお開きとしよう、もうじき日も暮れる。……ただ、一つライト君に頼みがあってな」
「それって、他国の話を聞かせてほしいとかでしょ?」
「ユニ、人の話を遮るでない。もちろんこの場からなかなか動けないので、話し相手になってほしいというものもあるが、それとはまた別の話だ」
「こんな状態だから、俺に出来ることなんてあまりないと思うが……」
まあ、出来ればという程で聞いてほしい、とライトを落ち着かせるように手をあげるストラク王だが、その顔は彼らと話しているうちで一番険しいものとなっていた。
「最近、田畑が荒らされる被害が出ておってな。……どうやら多人数の大人がいるようだ」
「密入島者……!」
「その可能性が非常に高い。そこで、それらしき者を見かけたらすぐさまロウエンに報告してもらいたい。とはいえ、きみは怪我しているから、決して無茶をしてはならんぞ」
「ーーーーはい」
「では、僕たちはこの辺りで」
長話にくたびれたのか、多少ふらつきながら車椅子はゆっくりと屋敷から背を向ける。
「じ、じゃあ……。またね、ライト!」
「ああ。またな、ユニ」
背中にかけられた、幼くも歳上の女性から投げかけられた別れの言葉に答えるように、ライトは小さく手を振る。
それはきっと、彼女にとって友達との初めての『別れの挨拶』だったのかもしれない。
二人の姿が丘の下に降りて行くまで、見た目相応に大きく手を振っていた。
「……そういえば、いいのか、娘よ? あの男をライト君に近づけても」
「うーん……。腹心が一向にわからない以上、得策ではなかったと思うよ。でも、アレスは絶対に悪い人じゃない。それだけは私の審美眼で保証するよ。いざとなったらロウエンもいることだしね」
「それはそうだが……。あまりロウエンを頼りすぎるのもよくないぞ」
「え、パパってばロウエンも疑ってるの!?」
父が他国の者を誰しも疑っていると勘違いしたユニは目を丸くする。
同様にそこまで疑り深い人物だと娘から思われたストラクも目を丸くするが、そんなわけあるかとばかりに顔の前で手を振った。
「いやいや、そんなことはないぞ。あれほど吾らの病を治そうと奔走してくれる者など、この世に二人ともおるまいさ」
「じゃあ、どうして?」
「そうだなぁ、別にはぐらかして言うことでもないが……」
ほんの一瞬、娘から視線を逸らしたストラクは、目を細めて夕陽を眺める。
「あの者も吾と同じくらいかそれ以上になる。吾らに尽くしてくれるからこそ、一層の負担はかけたくないのだよ」
燃えるような赤に照らされる林を見ながら、どこか寂しそうに友への思いを語った。




