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潮風の島について その2

「――――」

「――――」

「――――」


 草葉を揺らす風の音が、その場の沈黙を浮き彫りにする。

 彫像のように固まった三人だったが、その中で一人、息を吹き返したかのように、溜息一番、口を開く。


「おっとぉ、じょせいにねんれいをたずねるなんて、なんせんすだよ?」


 結局、最初に言葉を発したのはライトに疑惑をかけられたユニだった。


「いや、とぼけたって無駄だからな? というか、さっき何だって答えるって言ってただろ……」

「それは……ほら、あくまでたとえばなしだから!」


 ライトの膝から離れて両手をぶんぶん振るユニ。

 どこからどう見ても見た目は七、八才そこらの女の子だ。

 それでも、一度気づいてしまったライトの目は誤魔化せない。

 アレスの隠し事については全く予想がついていないものの、彼女が年齢を詐称しているとすでに気が付いていた。


 そもそも、正確には、彼女が()()()気づかれるような態度をしていたこともある。

 初めて会って駆け寄ってきたときもそうだが、躓いてこけるどころか子供の歩みにしてはしっかりと地に足をつけたやけに整った歩き方をしている。

 舌足らずの口調も簡潔で丁寧な言葉を使っているせいで、違和感の塊でしかない。

 そして、ライトがこの島に見かけた島民たち。

 まだ港町を散策した程度に過ぎないが、他国出身のアレス以外、あった人は()()()()()()()ことが決め手となった。


「少なくとも俺と同じぐらい、もしくは少し年上ではないかという仮説は立てているが、どうなんだ?」

「もう、はなしをきいてくれないひとってきらい! ゆうびんきょくいんさんもそうおもうよね?」

「ははは。何だって答えると言ってしまった以上、言い逃れはできないと思いますよ?」

「あぅ……」


 そんなせっしょうなぁ! と脇腹ガードと化していたアレスの左腕に縋りつき助けを懇願するが、自業自得じゃないかと一蹴して呆れたようにそっぽを向く。

 しかし、彼の顔はどうしようもなく口元が緩んでいる。

 やはり脇腹に入れられたフックの恨みは深かったようだ。


「まあ、そこまで言いたくないのなら、俺も無理して聴こうとは――――」

「わ、わかった! そんなにしりたいならおにごっこしよ!」

「お、鬼ごっこ……?」

「わたしをつかまえたらおしえてあげる! ちゃんとじゅうかぞえてからおいかけてね。じゃあ、いまからかいし!」

「あ、おい……!」

「とと、っ! ライト君、無理に動くなってロウエンさんから言われてましたよね?」

「す、すみません。すっかり頭から抜けてました……」


 突然走り出したユニの背に手を伸ばしてその反動で立ち上がりかけたが、貧血気味の体はライトが思っていた以上にぎこちなく動き、舗装されていない足元へとつんのめる。

 危うく地面と激突しかけるところだったが、アレスがライトの左腕を掴んだおかげでことなきを得た。

 そんなことをしているうちに、ユニは相変わらず子供とは思えない奇麗なフォームで駆け、町中へとどんどん遠ざかっていく。


「いや、見ての通り俺は車いすなんだけど……」

「行ってしまいましたね。それでは、ゆっくりと追いかけますか」

「わざわざ申し訳ありません」

「いえいえ。僕としても楽しいので、最後まで付き合いますよ」

「楽しんでいるのでしたら別に文句はありませんが……、貴方が教えてくださったらこんな茶番をする必要すらないんですけどね」


 やはり僕が知っていることも気づいていますよね、と悪びれもせずのっぽな青年は笑う。

 初めてこの島にやってきたとき、島民が子供ばかりで彼もきっと驚いたはず。

 それなのにこうも平然としていられるのは、よっぽどの無関心か、はたまたその理由を知っているからだとライトは考え、おそらく後が正しいと推測した。

 なにせ島民たちに荷物を届ける郵便局員なのだ、この小さな島の中で多くの島民たちとかかわりを持つ彼が、()()()()()()()()()()()を知らないはずがないのだから。


「いいじゃないですか、茶番。多種多様な蒸気機関がある《クラッドレイン》と比べると、この島にろくな暇つぶしの道具なんてありませんよ?」

「それこそ、自然を満喫するぐらい、か。……だとしたら仕方がないな」


 疑問が浮かぶたびにいち早く解決することで今後の方針を立てていたライトにとって、考えずにその場の流れに任せるということは少々不安を感じるものだった。

 もっとも、解答を急いたところで、今の彼が何かの改善を行えるわけでもない。

 解き明かすことにこうも焦ってしまうのは何故か考えつつも、たまには肩の力を抜いてゆっくりとすべきかと、アレスの言う通りに少々の茶番に目を瞑ることにした。


「ほらほら! こっちこっち!」

「逃げる気あるのかあいつ……」

「きっと捕まりそうになるスリルを楽しんでいるのですよ」

「――――ああ、それは分かる気がする」


 とはいえ、それだけが意図ではない気がするライトは、たびたび待ってくれるユニを見つけるたびに、正体を明かしてもいいけれどそれじゃつまらないから捕まえてみて! と言われているような気分になる。


 ユニが逃げ込んだ島の中心に位置する町は、診療所に近い港町と比べ、天井が布で壁は薄い木の板を張り合わせたような随分と簡素な造りの建物が多かった。

 道も海岸線沿いと同様に平らに均されてはいるが、舗装らしきものは一切施されていない。


「少なくとも、嵐が原因でこうなったわけではなさそうだが……」

「おや、そんなことまでわかるのですか?」

「はい、建物に日焼けの跡がありますから」

「ああ、なるほど……」

「……ちなみに、まだ彼女に追いつく気にはなりませんか?」

「まだ島の半分ですから」

「……」


 多少声を大にして文句を言ってみるライトだったが、そんなことお構いなしとばかりにマイペースでゆっくりと車椅子を押すアレスに呆れながらも、自分が蒔いた種である以上、とことん二人に付き合うことにした。


(それにしても、この島における異変に未だ具体性が持てないな……)


 ついに話すことがなくなったライトは、唇に手を当てて考え込む。

 ユニが年齢を偽っていることに始まり、街に子供しかいないこと、港町に比べて中心街が簡素な造りであること、島民の平均年齢がやけに若いこと……。

 それら三つが何らかの異変による原因だということはわかっていたが、それが一体何なのか、彼は自分なりに回答を出そうとしていた。


 そうしているうちに彼らは子供たちであふれる中心街を通過し、若い男性たちが汗水たらして雑草刈りに励んでいる畑を抜け、貯水タンクの点検・整備を行っている少しあどけなさを感じられる女性たちの傍を通り、だんだんと人も建物もない閑散とした場所へと進んでいく。


(アレスの言う通り大人がいない島というわけではない、となると中心街の簡素さと老人を見かけないあたりで考えられるのは……)


「さて、そろそろ帰らないと日も暮れますし、いい加減に捕まえましょうか」

「随分と長い鬼ごっこになりましたね。さて、ユニちゃんはあの建物の中に――――」


 ついには町から完全に離れた二人がユニに導かれて辿り着いたのは、診療所とは島の反対に位置する高い丘の上。

 そして、そこにあったのは……。


「ち、ちょっと待ってください!」

「どうしました?」


 不思議そうに尋ねるアレスだが、ライトの心中は穏やかではない。

 いくら港町と中心町で家屋の差があったとしても、この建造物だけは何の建物かはっきりとわかっていた。


「ここって、明らかに島の主が住んでいらっしゃる場所ですよね?」


 彼が今までに目にしたシンプルな建物とは違い、華美ではないが存在感を放つ装飾が施されており、大きさも二回り以上は違う巨大な寺院のような建物。

 そう、紛れもなくこの島の主の屋敷だった。


「ええ、そうですね」

「彼女がここに逃げ込んだとはいえ、流石に他国民の俺が入るのはちょっと……」


 それを言うならアレスもそうなのだが、この島に滞在する際一度顔を見せたことがある以上、顔見知りの郵便局員という点では気に留めなくもないだろう。

 だが、運よく救助されてつい先ほど目が覚めた見知らぬ人である自分が入るのはどうなのかと彼は慌てる。


「ロウエンさんくらい寛大な方ですし、とてもフレンドリーなので心配はいりませんよ。では、行きましょうか」

「いや、あの、ちょっと……!」


 大きく体を動かせば貧血に悩まされるライトが問答無用で車椅子を押すアレスに逆らうことなどできるはずもなく……。

 結局、強引に屋敷の中へ連れ込まれる流れとなった。


「これが、屋内ですか……」

「当然驚きますよね。僕としても見た目がアレだからなおのこと凄いと思いますよ」


 ライトの口が閉口するのも当然のこと、屋内は装飾が施されていた外見とは一変し、梁の形がまばらだったたり、扉の立て付けがガタガタだったり、何本もの柱が同じ場所に設置されていたりと、酷く残念な造りとなっていたのだから。


「ほんと、いつ見ても酷い内装ですけど、この国の人はこういった芸術的文化を持っているのでしょうかね? 中心街もこんな感じだったでしょう?」

「確かに、そう思えなくもないですね。ですが、俺としては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、といった風に考えています。この建物が祭壇ならばまだしも、島の主が実際に暮らしている家屋なわけですから」

「なるほど、そう考えると色々と合点がいきますね!」


「ええ、それと、ユニちゃんも見つけました」

「ああ、みたいですねぇ」


 二人が最終的に辿り着いたのは、建物の広間に当たる部分……内装が酷いせいで分かりづらいがおそらく謁見室に当たる部屋だろう。

 そこでユニは二人の到着を待ちわびる主のように、最奥の座にふんぞり返っていた。


「いいんですか? 子供とはいえ、あの席は王座に相当するのでは……?」

「主は出払っているようですし、すぐに立たせれば問題ありませんよ、きっと」

「流石にその発言は適当すぎると思いますが……」


 まあまあ、もう捕まえたも同然じゃないですか、とここにきてテンションが上がっているアレスを怪訝に思いつつも、車椅子で押されるままに、王座の前まで近づく。


「さて、観念するんだな」

「えーやだー! それにずがたかい! ひかえおろう!」

「どこで知ったんだよそんな言葉……。ほら、今日はここまでにして――――」


 あまりの駄々のこねっぷりにライトは、はぁ、と脱力しながらも、一向に椅子から降りたがらないユニの小さな手へと左腕を伸ばして……。

 椅子の裏側に立っている何者かに気づいた。


「やあ、よく来たね」

「うっ……!?」

「ちょ、ライト君! そんなに寄りかかっちゃうと倒れるから! って、ああっ!」


 流石に全体重を預けられるとは思っていなかったのか、ふらついたアレスは歪んだ床でバランスを崩し、ライトごと背後に転がった。


「……大丈夫かい」

「え、ええ」

「本当は起こしてあげるべきなのだろうけれども、生憎手に力が入らなくてね、後ろでずっこけている哀れな男に起こしてもらってほしい」

「それは構いませんが……、貴方様はもしかしなくても――――」


 ユニが座っていた王座の背後にいたのは、薄黄金色の衣を服のように身に着け、頭には漂緑草(モルトリアラント)で作られた乾燥草(ドライグラス)の冠を被る、褐色肌で緑黄眼の男性。

 優し気な雰囲気とは裏腹に眼光は鋭く、鍛えられた肉体も相まって威圧感を感じられる。


「ああ。初めまして。吾はこの島の主である、ストラク・ノクティウスだ」

「は、初めまして……。この度は大変失礼を――――。 ……え? ち、ちょっと待ってください! ノクティウスの性をお持ちということは、この潮風の島はまさか……!」

「吾が性をご存知だったか。ご想像の通り、吾はこの《ティルクミット》諸島の国王を務めている。潮風の島は吾の本拠地兼故郷でもあってな。他国の者は吾の本拠地を知らぬ故、蜃気楼の島とも呼ばれておる。君が言いたかったのはその名称だろう?」


 腰を抜かしたままパクパクと口を開いているライトに面白がっていたストラクだったが、王座に腰かけようとして、未だ少女が座っていることに気づくと、少しばかり眉をひそめた。


「こらユニ、いつまで吾の座に座っておる。さっさと降りて挨拶せんか」

「はぁい」

「挨、拶……?」


 ストラクの言葉にライトは疑問を覚える。

 挨拶も何も、彼女の名前はすでに診療所で聞いているのだから。


 だが、普通の島民が諸島の王から挨拶を促されるはずはなく、もう一度名乗らねばならぬ理由があるのだとしたら。

 それはつまり――――。


「そして、わたしはストラクこくおうのむすめ、ユニ・ノクティウスおひめさまでーす!さっきまでは、ははかたのせいでなのってごめんねー!」

「ユニ、いい加減普通の喋り方に戻せ。その舌足らずさだと、あまりにも会話に向かんだろう」

「むぅ、ようやくそれっぽい口調に慣れたのに……」


 ぷっくりと頬を膨らませて不満をアピールしていたが、胡乱な目でじっと見つめ続けられたからか、しぶしぶ背筋を伸ばしてライトたちへと向き直る。

 深呼吸を一度。たったそれだけで、ワガママ気質でおませなで女の子の雰囲気は一瞬にして消えてなくなった。


「では改めて自己紹介を。 ――――《ティルクミット》諸島第二十三代女王就任予定、ユニ・ノクティウス姫とは私のことですよ」

「はー……………!」


 ふふふ……、と優しい微笑みを浮かべるその姿は、先ほどまでの活発さを感じさせないほど優雅で、別人ではないかと思えてしまう変貌を遂げている。

 これには驚愕することが殆どないライトですら開いた口が塞がらなくなり、漸く車椅子を起こしたアレスは相変わらず満面に呆れがちの苦笑いを浮かべていた。

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