Past:無名海賊団(ネームレスパイレーツ)
幸いにも敵らしき者たちとは遭遇しなかったが、操縦室までの道のりは困難だった。
なにせ逃げ惑う人波に逆行する形で姿かたちもわからぬ敵の巣窟へと向かうようなものなのだから。
幸いにもその敵らしき者たちと遭遇することなく、時に道に迷いながらもどうにか目的地が目の前へと迫ってきた。
「――――それなのに、操縦室に誰もいないってどういうことなの!?」
「つべこべ言う前に次の目的地に向かうぞ。それと、とりあえずこの船を襲ったのが海賊だということ、金品か食料の強奪を目的とした襲撃だということがわかったな」
「えっ!? 何でそうなるのか全くわかんないんだけど!?」
踵を返して駆け出したライトの後を追いながら、半分怒り半分不貞腐れたような声色が閑散とした廊下に響く。
此処へと向かう途中から彼の顔色が変わり始めていたことにバリューは気づいていたが、見当違いな場所に目星をつけたことを反省しているとは思ってもみなかったのだ。
「考えてみろ、海に住まう巨大な怪物に襲われたのなら、誰一人として操縦室からいなくなるのはおかしいだろ。ましてやチェンバー船長が落ちた海には波風が殆どなかった。怪物が現れたのならもっと荒れていておかしくはないし、衝撃が一度で済むわけがない」
「だから、海賊が船長を海に落としたってこと……。じゃあ、船が狙いじゃなくて、お金とか食べ物とかを狙っているっていうのは?」
「それも操縦室に誰もいなかったことが理由だ。船を乗っ取りたいのなら、操縦室に立てこもっているはずだからな。殺しが目当ての異常者たちならば尚更おかしい。ここに来るまで死体どころか血痕一つすら見つからなかっただろ?」
「た、確かに……」
ライトの言う通り、海賊たちから逃れようとしていた人で廊下はごった返していたものの、負傷して動けなくなった者どころか、誰かが倒れている状況に立ち会わせることはなかった。
怪我があったとしても、それは混乱のさなかにこけたことや壁にぶつかってできた擦過傷や打撲傷が関の山だろう。
一度落ち着いて考えてみれば、体が先に動いてしまうバリューでさえも海賊たちの狙いがはっきりとわかる。
ただ、それでもライトに対して納得いかないと文句を口にする。
「いっつも思うけどさ、ライトってこんな時によく落ち着いて考えていられるいられるよね?」
「これでも十分焦ってるぞ? ただ、何も情報が得られなければ、さらに自分たちの首を絞めることになりかねないからな」
「むぅ……」
言わずもがな、これは今までの彼らがたどってきた経験の違いで生まれた差であって、決して優劣があるわけでも良し悪しがあるわけでもない。
その一方で、彼女はどうしようもなく焦ってしまう。
考えて行動するわけでもないのに自分は何をしているんだと、自身の非を責めてしまう。
(ううん、そんなの今考えなくってもいい! 今はとにかく敵がどこにいるかだ!)
良くない方向へ思考が捕らわれ始めたことを自覚して無理やり振り払うと、バリューは並走する相棒に目的地を訪ねる。
「それで……今はどこに向かってるの? とりあえず食糧庫とか、金庫とか?」
「いや、そんなところに向かっても埒が明かない。少数を叩いたところで形成を立て直されるのが目に見えている」
「じゃあ、一体どこに……あっ」
「やっと気づいたか」
「なるほど。つまり、私たちが一番活躍できる場所に行くってことだよね」
「まあ、悪目立ちすることにもなるけどな。この際懸念事項は後回しにして、今現在の問題をいち早く解決するのが先決だ」
半ば嫌そうな顔で呟くライトだが、走る脚は乱れることもなく階段を駆け上がる。
並走するには狭いので、バリューはそのあとに続き、極力音を立てないように後を追った。
彼が次に定めた目的地。
それは海賊たちがやってきた場所であり、帰る際に必ず通る必要がある場所。……つまり、船のデッキだ。
「(……よし、着いた)」
「(人の気配はまばらで、行動不能にさせるのも苦にならなさそう。……うん、ツイてる!)」
「(けど、この海賊たち……仮名として無名海賊団とでも名付けておくが、こいつらは相当頭が回る奴らだ。油断して海に投げ出されないよう気をつけろよ)」
「(わかってるって)」
操縦室が目的でなかったとしても、無名海賊団が操縦室を最初に襲ったのは事実だ。
操縦室に船員が一人もいなかったということは、絶対に全員がその場から出ていく必要がある。
体当たり後に荷を奪うためにも、蒸気船を並走しなければならない以上、速度を落とさせることが第一だ。
それでいて、指揮官である船長を船から追い出すことで指揮統制を乱しているあたり、もしかするとライトたちのように海賊たちへと抗う者たちへの対策を立てている可能性すらある。
しかし、二人に『敵の排除』以外の選択肢はない。
乗客たちの安全と平穏無事な船の旅を続行させるためにも、このまま無名海賊団を思うがままにさせるわけにはいかなかった。
「(いいか、三、二、一で扉を開けて、近くの敵から動きを止めていく。これで行くぞ)」
「(りょーかい!)」
未だ近くに人の気配を感じられない扉にライトは手をかける。
そのすぐ隣で、扉が開かれたら即座に至近距離の敵を行動不能にさせてやる、と意気込むバリューは前傾姿勢で身構えた。
「三、二、一……」
「今――――っ!」
扉を勢いよく開くと、まず目に飛び込んできたのは立派な煙突に括りつけられている船員たち。
おそらく、操縦室にいた者や無名海賊団に抗おうとした者たちだろう。
大きな怪我こそはないが、普通の人間よりも強いはずの半魚人の身で誰一人として逃れられなかったようだ。
欄干にはたいまつが括りつけられており、そのわずかな明かりで周囲の様子がおぼろげながらに映し出されている。
撤収の準備を始めたのか、無名海賊団の数人が回収を始めているところだった。
敵の数はたいまつを持つ者を含むとおよそ十五人。
蒸気船内に何人潜んでいるのかは定かではないが、海賊にしては人員が少ない印象を受ける。
そして、二人の前に距離を置いて立つ全身にボロ服をまとう三十台程度の男は、いきなり開いた扉に驚く様子を見せるわけでもなく、どことなくスレたにやけ顔でライトたちを見つめていた。
「はい、そこでストップだ。武装したお二人さん」
「な……っ!!」
開かれた扉の両側には銃を構えた男たちが二人ずつ。
合計四人が挟み込む形でライトたちの急所に狙いを定めていた。
まるで、このタイミングで出てくると初めからわかっていたかのように。
とはいえ、この程度の脅しならば、怪我こそするものの二人にすれば制圧することはさして難しくはない。
それでも、彼らの足がその場で硬直してしまったのは……。
「悪いな。あんたらのように武闘派の奴らがいるだろうと思って、拘束させてもらったわ」
「くっ、人質とは卑怯な……!」
人質……それも助け出すだけでも非常に困難な老夫婦が、若い二人組の男女に捕らえられていた。
どうやらただの海賊ではないらしい。
「や、やめとくれ……。老いたワシらじゃが、まだ、死にとおない……!」
「お願いだから、離してくださらない……? お金なら、いくらでも払いますわ……!」
「ごめんねぇ。わたしたちもこんなことしたくないんだけどさ。ほら、『腹が減っては生活できぬ』って言わない? ねぇカイナ、こんな諺じゃなかったっけ?」
「それを言うなら『腹が減っては戦はできぬ』だ。それと、こういう時は名前で呼ぶなといっただろミント! ……あ」
「やっぱおめぇら喋っちゃだめだわ。しばらく静かにしてやがれ」
「はーい!」「……はい」
近くにいた他の海賊たちに頭をはたかれながら少女は笑い、少年はお前のせいだぞと隣の少女を睨みつけている。
海賊とは到底思えず、むしろ仲の良い兄妹が親戚一同から呆れられている印象すら感じられてしまう。
そんな場に不似合い長閑な空気の中、捕らえられた老夫婦の悲痛な叫び声が響く混沌とした状況に耐え切れなくなったのか、硬直したままのバリューは思わず大きな溜息を吐いた。
「…ライト」
「こんな時になんだ」
「…こいつら本当に頭が回る奴らなのか? 脳内お花畑のポンコツどもじゃないのか?」
「――――俺に聞くな。」
「(あ、しらばっくれたな……! さっきまで凄く自信満々だったじゃん!)」
両脇で銃を構えていた男たちも爆笑し始めたことで、流石に頭が回らなくなったのかライトは左手でこめかみを抑え、バリューはバリューであまりのバカバカしさに大きく脱力し、胸元に来るまで頭が垂れていた。
そんな、場に似つかぬ和やかな空気になったことに遅れて気が付いたボロ服の男は、大きくせき込みながら話を再開する。
「んで……人質の件だが、あんたらが望むのなら、この老夫妻と交代してもいいんだぜ? オレたちとしても、そっちの方がこの先の船旅で余計な心配をしなくても済むからな」
「海賊にしては随分とお人よしな言葉なことだな」
「う、うるせえ! おい、いいからさっさとこっちに連れて来い!」
とりあえず人質になってからどうするか考えるかと、やる気すら奪われたライトは未だ笑いをこらえている男の一人から右肩を強く掴まれる。
「――――――――ッ!!」
(今のは……!?)
男の手がふれた瞬間に誰かの絶叫をすぐ近くから聞き取った彼は、辺りを見渡そうとして力の入らない体に気がつく。
(いや、違う……! この、絶叫は――――――――)
――――同時に、今の叫び声は紛れもなく自分が発したものなのだと察した途端、ライトの意識は夜海に消失した。




