Past:優雅なひと時は唐突に終わりを迎える
事の発端は、奇しくも二人がレイジの黙祷を終えて数時間後。
星々が煌めく空は重い曇天に覆われ、今にも一雨降りそうな闇夜に、二人がくつろいでいた客室の戸が叩かれたところからだった。
「すみません、少しだけお時間いただけますか? なるべくお時間は取らせませんので」
扉の奥から聞こえてきた太くて低い声は二人の身長よりも少し上から聞こえてくる。
どちらかといえば平均より少し背が高いライトたちより上から聞こえてくる辺り、天井近くまで身長がある男性だということは明白だった。
「……誰かな? ライトの知り合い?」
「いや、知らない声だ。少なくとも、この階層に宿泊している人物じゃない」
夕食を終えてくつろいでいたライトたちは、突然の来客に戸惑うが、こういった場合どのように行動するべきか、二人は前もって決めていた。
(……バリュー、わかってるな?)
(もちろん。敵なら静かに黙らせて、誰にも気づかれないうちに海に投げ込む、でしょ?)
(ああ、そうだ。しくじるなよ)
「……どうぞ」
アイコンタクトで意思の疎通を確かめると、ライトは外の男へと入室許可の声をかける。
自ら進んで戸を開けないのは、相手に対して無礼とも受け取れる行為だが、かといって一度でも扉へと手をかけてしまえば、反撃に転ずるのは非常に難しい。
相手が銃の類を用いる敵だったならば扉から離れている方がよほど危険だが、密閉空間である船内で発砲音を鳴らすほど愚かな者ではないだろうと思い、こうしてライトたちは扉から離れた位置で、直ぐに得物へと手が伸ばせるように構えていた。
「それでは、失礼します」
低い声と共に戸がゆっくりと開かれる。
だんだんと見えてきた右手には武器の類は見当たらない。
それどころか、客人の服装は咄嗟に手に取れそうな武器すらも装備できない白いセーラー服だった。
「おくつろぎのところ申し訳ない。まあまあ、そう硬くならず、緊張を解いていただければ」
戸の前に立っていたのは、二人の予想通り高身長の男性。
非常に恰幅がよいこともあり、室内に入ろうとして扉に突っかかりかけていた。
そんな男は、小さな法螺貝の首飾りを身につけ、船内であるにもかかわらず額に錨のブローチがはめ込まれた特有の帽子、マリンハットを被っている。
やはり、武器らしきものは持ち合わせていないようで、ただの乗組員であるのはほぼ間違いなかった。
とはいえ、男が何者か漸く把握したライトは体の緊張を解き、相棒から力みが消えたことを確認したバリューも、立てかけていた壁剣に伸ばしかけた左手を膝へと戻し、彼に習うように体から力を抜いた。
「初めまして。この船の船長を務めさせていただいております、チェンバー・コンクコーダと申します。此度は当船舶にご乗船いただき、誠にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ快適な船旅感謝してます」
「…それで、船長がなぜ一客室に?」
「おっと、説明しておりませんでした。今夜はあいにくの天気ですので星空を楽しむこともできませんよね。なので、この際私の挨拶も兼ねて、こうして皆様方の客室を訪ねて回っているというわけなのですよ」
そういえば、船長の姿は一度として見たことなかったっけ、とバリューは思い出す。
それもそのはず、他の船員たちが日中漁に勤しんでいたりしていることもあり、チェンバーは基本的に操縦室から出ていなかった。
だからこそ、悪天候ではあるが、波が穏やかな今の時間帯にこうして乗客たちへと挨拶周りをしているのだろう。
「いい心がけをしていらっしゃるのですね」
「とんでもない! ただのセールスマンみたいなものですよ。なにせ世界に数少ない蒸気船ですからね!」
「…要するに、私たちを客寄せの広告塔にしようとしているというわけだな」
「その通り! いやぁ、こうも本音を口にしてくださってワタクシとしても清々しい限りです」
鎧を着たバリューのずかずかとしている態度に嫌悪感を示すでもなく、むしろ、がはははと大笑いを始めるあたり、チェンバーは随分と気前が良い男性だった。
「というわけで、ですね。如何ですか、この船での生活は。何かお気に召さない点はありませんでしたか?」
「…いい加減、魚は食べ飽きた」
「海の上なんだから、それは仕方がないだろ……」
「いえいえ、魚介類しか食べられないことに苦痛を感じられるお客様もいるので、その辺りは目下の問題点なのですよ」
およそひと月で《ジュブニール》の港に入港が予定されているこの航海だが、それまでに食べられるものといったら、ほぼ魚介類の類だった。
冷凍保存、もしくは冷蔵保存が出来れば肉や野菜を傷めることなく食すことが出来るのだが、そのような技術は余程魔術が発展しているか、あるいは別の画期的な技術が用いられていない限り不可能である。
チェンバーが思い描いている考えの一つに、最近発達を始めた電気技術を用いる保存方法があるそうだが、それも蒸気を動力にしたこの船にはなかなか採用しずらいという背景もあるらしい。
「そちらの方は、何かありませんか?」
「そうですね……。強いて言うのならば、船体から顔を覗かせていた砲塔が本当にただの飾りだったということでしょうかね」
「それはその……あくまで当船舶は軍艦ではなく客船ですので……」
ライトが口にした通り、この蒸気船に備え付けられている砲塔は全てガワだけの装飾品とさして変わりなかった。
とはいえチェンバーの言う事はもっともで、客船である以上、妙な争いごとを招きかねない兵器を搭載するなど避けて当然であった。
それはライトも重々承知した上での問いだったので、機嫌を損ねないようにフォローする。
「いえいえ、それは仕方がないことですよ。傍から見たら本物と見分けがつきませんし、海賊への牽制としては十分に機能していると思いますしね」
「そう言っていただけると幸いです。それに、当船舶の従業員たちはご存知の通りみな半魚人ですので、いざというときは我々が事態の収束に励みますとも」
がははは、と悲しみの顔から一変して笑い始める。
やはりチェンバーは、ある程度の小言に対してはだいぶ余裕があるようだった。
……唐突に鳴り響きだした、耳を劈かんばかりのブザーの音を聞くまでは。
「などといっていましたら、警報が鳴りましたね……? いやぁ、おかしいですね。先ほどまで接近している船など見当たらなかったはずですが……」
「それでも警報が鳴ったということは、何かしらの事態があったということでは?」
「(…嫌な予感だ。こういった場合、私のカンは嫌に当たるから困る)」
バリューはため息を混じらせながら、二人に気づかれないように苦言をぼそりと吐く。
そうして、一応念のため、と壁剣に手を伸ばす。
――――途端、横薙ぎの強烈な振動が船全体を襲った。
「…な、何だ!?」
「これはっ……!」
「ええ、当船舶は何かにぶつかったようです!」
振動は窓際からではなく、扉の方向から伝わってきたため、どちらにしろ何が起こったのかこの場にいる三人には把握できない。
だが、この衝撃は岩礁にぶつかったなどといったものではなく、何かが意図的にぶつかってきたものだと、ライトは確信していた。
「ワタクシは操縦室へと確認に向かいます! お客様方はその場から動かないでください! いいですか、絶対ですよ!!」
「あ、ちょっと……!」
「待て、バリュー。ここは船長の言う通り待機しておくべきだ」
「どうして!? もし海賊とかだったらどうするの!?」
「まだ海賊ときまったわけじゃない。それに、俺たちがこの場で出ていって事態が余計に抉れたら、それこそ取り返しのつかないことになる」
「でも……!」
行動をとりたがらないライトに苛立ちを覚えるバリューだったが、彼がこうも動きたがらない理由はそれだけではない。
「それに、サルヴェイが言っていた事も気になる」
「ねえ、このタイミングでその事を気にする必要ある!?」
「勿論、今回の事態とは関係がないかもしれない。けど、よく思い出してみろ。マーケットを襲った者たちは俺たちのことを知っている可能性が高い。……そして、俺たちの後をつけてこの船に密航した可能性も」
「だからって、何もしないなんて、そんな事――――っ!」
必死に噛みついていたバリューは、もう知らないとばかりに壁剣を背負い、今にも客室から出ていこうと歩みを進める。
そんなタイミングで、外から何者かの野太い声が聞こえてきた。
そう、この声は、ほぼ間違いなく、先ほどまで二人と一緒にいた……。
「うわあああああああああああああ!」
思わずバリューたちは声が聞こえる方向……丸窓の外へと目を向けると、絶叫と共に窓の外で白服の巨漢……チェンバーらしき人物が落ちていく姿が見えた。
「ああっ!!」
「くっ、しまった――――!」
二人して窓に張り付き、眼下に広がる海へと目を向けるが、暗黒に染まってしまった水面には辛うじて波紋が見える以外、船長の姿は確認できなかった。
おそらく、彼は海賊たちから海に突き落とされたのだろう。
指揮官が居なくなった乗り物ほど、統率が取れず操作に苦労するものはない。
砲塔が偽物と気づきたい辺りを仕掛けてきたことや、指揮官を追い出すことを最初から計画し、一糸乱れぬ行動をとっていたのならば、敵と思わしき者たちは随分と頭が回る手練れのようだった。
「くそ、完全にしてやられた! バリューの言う通り、あの場は一緒に向かっておくべきだった……!」
「だから言ったじゃん! もうじっとしてられない……!」
「ああ、とにかく船長は船員たちに任せよう。俺たちは何者かの暴走を止めるぞ!」
「うん! せっかく楽な旅路だったのに、こうして邪魔してきた以上タダじゃ済まさないんだから!!」
怒りを一切抑えていない唸り声をあげて、バリューは部屋から飛び出していく。
急ぎ戦闘支度を整えたライトは、先に客室を後にしたバリューを追う形で逃げ惑う乗客を避けながら操縦室へと駆け出した。
投稿だいぶ遅れまして大変申し訳ございません。
当初二千文字を予定していたのですが、倍の四千文字に膨れ上がっちゃってました……。
実はこの世界、電気技術はまだまだ発展途上なのです。
なので室内灯も蒸気機関を利用したガス灯に近いものだったりします。
そして、中途半端な回ではありますが、今回で百話目となります。
このペースだと五百話超えてもお話が終わりそうにないですが、どうにか巻いて進めていきたいものですね……。
とはいえ、今後とも魅力的で伝えたいメッセージを込めた心からの物語を刻んでまいりますので、応援のほどよろしくお願いいたします。




