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出した答えは

「はあ……はあ……っ」


 乱雑に脱ぎ捨てられた鎧と大剣から少し離れたところ、木々の中でも大きめの木に寄りかかっていたバリューは、激痛に呻き、荒く息を吐いていた。

 薄い金の髪は日に焼けたように、ところどころ茶色に変色している。

 また、薄着から出ている素肌や顔は、病的なほど白く染まり、『黒糖』と同じような黄土色の斑点が点々と現れていた。薄着の下はよく見えないが、おそらく露出している部分とさほど変わりないだろう。

 さらに、口元には吐血した跡があり、治りかけだった額の傷や、兜で削れたと思われる耳の頭からも、絶えず血が流れていた。


「しっかりしろ、バリュー……!」


 辛そうな声で、ライトは声をかけ続ける。

 全身から力が抜けているようなバリューの姿は、目を背けたくなる程にとても痛々しく、ライトが見つけた時よりも症状が悪化しているように見えた。


「だ、だい、じょう、ぶ。そんな、顔、似合わ、ない、よ」

「今そんなことはどうだっていい! くそっ! 解毒作用がある薬草は無いのか!?」


 今にも泣きだしそうな表情で薬草を探すライトへ、息も絶え絶えに彼女は答える。

 バリューから見て、スパイスへ契約破棄を告げに行った彼は、商人に薬物を摂取させた時と同じ表情をしていた。

 あの時、苦痛によってのたうっていた商人を見ていたライトの顔は、まるで何も見ていないかのような無表情をしていた。

 だが、バリューにはそれが、悲しみや苦しみから来ているもののような気がしてならない。

 本当は彼にそんな顔を、二度とさせたくはなかったのだけれど……。


(私はこんな程度で済んでいるけれど、もしライトがあのまま食事をしていたら、きっと中毒死しているから……)


 だからこそバリューが、全て摂取しなければならなかった。


『黒糖』の恐ろしさ、それは粘着力と蟲のフェロモンにある。

『黒糖』はその一粒一粒が、生物の体表にこびり付くと、なかなか離れない強力な粘着力を持っている。そのため、一度付着してしまうと、吸収されるまでその場に留まり続けるのだ。

 そして、蟲のフェロモンというものは、種によって少し異なる所があるが、それだけでも十分薬物になりえる代物である場合が多い。

 しかも、それが『黒糖』の主成分となっている。

 スパイスも商人も、そしてスパイスに報酬として与えたという上司も、きっと効力が強めな薬物としか思っていなかったのだろう。

 だが、『黒糖』は薬物などといった生温いものではない。

 一度風上から散布すれば、風下のありとあらゆる生物の体に付着し、死に至るまで永久に体を蝕む毒物。

 ―――そう、『黒糖』は一種の生物兵器だった。


(人の体に入ってしまったら、量にもよるだろうけれど、即死する可能性だって普通にあり得る。そんなものをライトに食べさせるわけにはいかない。毒物に()()()()()私なら、余程じゃない限り大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり量が多すぎて消化するのも無理みたい。―――こうなったら、仕方がないかな)


 バリューは痛みに顔をしかめつつ、息を大きく吸った。


「……驚いて、大きな声とか、出さないでね」

「ああ、わかった」


 余計なことを一つも言わずに黙り込んだ彼を見て、バリューの口元が思わず緩む。

 静かに彼女の様子を見守るライトの顔には、もう先ほどまでの暗さは抜けきっていた。


(やっぱり、少し仏頂面でいる方がライトらしいや)


 バリューはそう思いながら、小さく呟いた。


「―――『身体浄化』」


 ついさっきまで掠れて途切れ途切れだったバリューの声は、それまで辛そうだった様子を感じさせない声色で、呟きとは思えないほど力強い声が、辺りに凛と響き渡る。

 まるで、見えない何かに語り掛けるように……。


「……!」


 その光景を見て無意識のうちに声を掛けそうになったライトは、反射的にその口を閉じる。

 ―――それほどまでに、変化はすぐ訪れた。


 声を発して一秒も経たぬうちに、バリューの体が若草色の光に包まれた。

 光の中で彼女の体の傷は少しずつ治り始め、蒼白になっていた肌が段々と、元の色を取り戻しているように見える。

 それだけではなく、体表に現れていた黄土色の斑点が、地面や寄りかかっている木へと吸い寄せられていた。


「ふぅ……。少し、落ち着いたかな」

「……これは?」


 若草色の光が強弱を帯びて点滅する状況を見ながら、恐る恐るライトは尋ねる。

 もちろん、バリューの忠告を守り、小さな声で。


「ここにいた()()()()に『黒糖』、だっけ? それを分解してもらっているんだ。ついでに、生命力や治癒力も少し頂いているって感じかな」


 落ち着いた様子で話す彼女は、調子が良くなってきているのか、段々と声に力強さが戻ってきていた。

 その様子を見て安心し、気を抜いたライトは、ふととある疑問に思い至る。

 彼女は「精霊に『黒糖』を分解してもらっている」と言っていたが、精霊は人間の願いを叶えてくれるような存在ではない。

 彼らは人間以上に、気ままで身勝手で気まぐれだ。

 そんな彼らが、願いを叶えてあげる存在と言ったらただ一種。

『精霊の落とし子』、『森の管理者』とも呼ばれる亜人の上位種……。


「バリュー、お前、()()()()()()()だったのか!」

「あー……うん、ノーブルエルフとはちょっと違うかな。でも、これは気付かなかったでしょ? 少し前に、耳を人間と同じような形に整形してもらったからね」

「ちょっと違う?」

「うん。でも、説明が長くなるから、また今度ね」


 何故か気まずそうなバリューは、彼から目線を逸らす。

 確かに耳の先からは血が流れていたが、整形後の古傷だったとは、ライトは思ってもみなかった。


「ここの精霊は臆病者みたいだから、静かじゃないと出てきてくれないみたい」

「だから、大きな声を出すなと言ったんだな。だが―――」

「わかってる。私はエルフだから、毒にある程度の耐性があるけれど、『黒糖』の毒素を甘く見すぎたのは確かだよ。心配かけてごめん……」

「これからは、本当に無理をするなよ」

「うん。精霊でも『黒糖』の分解には時間が掛かるみたい。だから、その間は悪いけれど―――」

「ああ、まかせとけ」

「……ありがと」


 そう言ってバリューはゆっくりと目を瞑る。

 その、今にも命つきそうな顔に、ライトはきっと不安を抱いていた。

 だが、その不安を陰に隠すように、バリューから背を向ける。

 彼女から無事に毒素が抜けさることを信じて。

 そんな二人を若草色の光が優しく照らしていた。


 結局、バリューの体内から毒素が無くなったのは、朝日が昇る頃となる。

 その後、ライトの体に入っていた毒素も分解する頃には、もう日が真上から二人を照らすほどになっていた。


「まだ疲れとか残っているけど、そろそろ行こう。流石に上手くは動けないけど、近くの町……スパイスさんがいた町になるのかな? そこにいけば、少なくとも原生生物や蟲に襲われる心配はないよね」


 脱ぎ捨てた鎧をゆっくりと着付けながら、バリューは言う。

 二人は、スパイスがキャンプをしていた場所まで戻ってきていた。

 せめて彼女の無事を伝えようとしていたが、生憎とスパイスはもう出発してしまったようで―――


「ああ、ゆっくりと行けばどうにか……。いや、ちょっと待ってくれ」


 同じく脱いでいた鎧を着ていたライトは、何かを見つけたのか、その場から駆け出した。

 スパイスが馬車を停めていた場所には、(わだち)が残されているだけ……ではなく、轍のすぐ近くには、地面に突き刺さっている短剣と、それに複数枚の紙が括り付けられていた。


「……畜生」

「ライト? どうかした?」

「貴方にしてほしかったのは、こんなことじゃないのに……!」


 紙を手に取ったライトは、書いてあった内容に表情を歪ませる。

 綺麗に折りたたまれていたそれはスパイスが二人に残していた置手紙。

 丁寧な字で書かれていたのは、彼が最も望んでいなかった答えだった。


『君たちが滞在していた町の方へ『黒糖』を撒きつつ逃げることにするよ。

 それが君たちを傷つけてしまった、わたしができる最大の罪滅ぼしだ。

 せめて、これから君たちが歩む道が、幸福で満ち溢れた旅路となりますように。


 スパイス・テラミュジー』


 それは、スパイスが二人に宛てた謝罪の文。

 そして、別紙には家族に宛てた遺書が書かれていた。

 泣きながら書いたのだろう。所々文字が歪み、線が滲んでいた。


「……結局、俺はどうするべきだったんだろうな」


 ライトは謝罪の文を握りつぶし、俯く。

 昨夜のように、自分たちの旅の安全を確保する為、スパイスからすぐにでも離れるべきだったのか。

 それとも『黒糖』の危険性を説き、すぐに捨てさせて、このような自殺行為を止めさせるべきだったのか。


 あの時……『黒糖』を二人に売ろうとしていた商人を、相手した時もそうだ。

『黒糖』を彼に用いず、その場をただ立ち去っていたら、彼らはは一体どうなっていただろう。

 商人がどのような死に様をしたのか、ライトは最初から最後まで覚えている。

 だが、それを見ていた自分が何をしていたのか。そして、商人がただの死体となった後、自分は何をしていたのか……。

 そのことを、彼はいまいち覚えていない。

 あの時のライトは、味覚、嗅覚は勿論、聴覚、視覚、触覚まで、曖昧な感覚に塗りつぶされていた。

 せめて嗅覚だけでも残っていたら、スパイスが『黒糖』の売人だとすぐに気付けたはずなのにと、今更どうしようもない後悔をしてしまう。

 靄がかかった思考が晴れてきたころに見えたのは、臓器を辺りにばら撒いた商人の変わり果てた姿と、倒れこみそうになっていた彼の体を支えていたバリューだった。

 その場では『黒糖』を流通させる前に、商人に使ったことは正しかったんだと、彼はどうにか、自分に言い聞かせる事しかできなかったけれども、本当はどうするべきだったのだろうか。


「―――それでも。ううん、だからこそ、こうした今があるんじゃないかな」


 バリューはその質問に、そう答えるしかなかった。

 家族を愛するスパイスだけでなく、苦しみ喘ぐライトにすら、どうしても自分の事を打ち明けられなかった彼女にも、その答えを知る由がなかったから。


「……『悔いていても、何かを得ることはできない。ただひたすらに行動しろ』って怒られてしまうな」

「そう、だね。レイジさんだったら、きっとそう言うよ」


『大丈夫だ。お前たちだったら、きっと』


 血みどろの状態で、彼らを励ましてくれたレイジの姿を思い浮かべた二人は、おろしていた腰を上げる。


「それにしても、やるべき事が一つ増えてしまったな」

「……できれば、こういったことはもう二度とやりたくないよね」

「ああ。でも、俺たち以外に出来る人は居ない」

「うん。やるとしたら、私たちしか居ない」


 スパイスが残したナイフと遺書を大切にしまい、ライトたちは再び荒野へと足を踏み入れる。

 ―――彼らの旅は、今だけは、騎士をやめるための道筋ではない。

 二人の事を少なからず思ってくれていたスパイス・テラミュジーの遺品を、残された家族の元へと届けるための旅だ。


 ……けれども、今回の出来事は、二人の歩みを遅くするには、十分すぎるものだった。

 それは皮肉にも、レイジと似たような境遇だったスパイスの遺品運びという、まるっきり同じような事をしなければならないといった話だけではない。

 自分たちの足となり、優しく声をかけ心配してくれた、家族思いの商人を。

 自分たちと同じように、諍いによって人生を狂わされた人を。

 見捨てないという選択肢はなかったのか。

 過ちを正すという選択肢はなかったのか。

 苦悩し呻吟(しんぎん)しながらも、彼らは重たくなった足を進め続ける。




 “誰かのために戦う”ということの曖昧さに、一抹の不安を抱きながら。

こんばんは、影斗 朔です。


相変わらず拙い部分が多々あったかと思いますが、ここまで読んでくださってありがとうございます。


今回の話で二人の過去や、この世界についてのことが少しだけでも理解してもらえたら嬉しいです。


いつの時代も争い事によって、生活や人生を大きく狂わされた人が数え切れないほど存在します。

それは、どのような世界だったとしても……たとえフィクションの世界だとしても、同じではないかと思っています。


自分は誰かの為に努力しても、それが相手の為になっているのか、他人に迷惑をかけていないのか。

そして、自分にとっての正義は、本当に正しいと呼べるものなのか……。


読者様はどのように考察されますか?


その答えが、この物語で少しでも見つけられたら幸いです。


それでは、皆様により良い日々が訪れますように……。




次の話はステータスの話―――要するに設定紹介の回みたいなものですが、つまらないと思われないよう頑張りたいと思います!

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