伯爵家の三男
名門伯爵家の三男であったとしても、自由など何一つない。
お家同士の政略結婚の道具であり、更に三男となれば扱いも酷いものだった。
物心ついた時には散々婚約と破棄を繰り返し、呆れるほかなかった。
人々は名門でありながらこうも貪欲で強欲な私の家を節操無しのエヴァートン家と呼んだ。
そして、私も節操無しのアレンと呼ばれている。
この人と結ばれたいと思った時もあった。
14歳の時婚約していたシェリー…一目で恋をして、ただ一緒にいるだけで幸せだった。
彼女も同じように感じてくれていたと思う。
終わりが来ることさえ考えなかったほど、彼女にのめり込んでいた。
しかし、婚約破棄が行われた時、言葉を飲み込んでしまった。
もっと足掻くべきだったのに、自分はそれをしなかった。
そして終わったのだ。
それからと言うもの、婚約者とは距離を置くことにした。
始めから終わりがあると知らせると、大抵の婚約者は距離を置いた。
中には既成事実を作ろうとしたり、これを知り高額のプレゼントを要求したりわがままを言う人もいた。
そんなことを繰り返した後、最後に出会ったのがメリッサ様だった。
彼女は普通だった。
普通でいたいと言った。
初めての婚約者が私であるということに罪悪感を持つ私に普通に笑いかけてくれた。
そして友人でいたいと…失うばかりの婚約に何かを得るなんて初めてだ。
彼女からもらったハンカチには青い勿忘草が刺繍されている。
シェリーからもらった花を思い出す。
あの花は違う花だったけれど。
私を忘れないで…シェリーの声が聞こえた気がする。
どうしてもシェリーのことを忘れたりなんてできなかった。
いつも心の中にいた。
幸せが訪れますように。そんな願いが込められた青い鳥の刺繍は自分には勿体ない。
けれど、心がゆっくりと暖かくなる。
シェリーの声が消え、メリッサ様の声がする。
幸せが訪れますように。
暖かいメリッサ様の笑顔が頭の中にいた。
挨拶回りをした時もメリッサ様は節操無しのアレンの婚約者という立場から自ら不利になるしりながらも戦ってくれた。
そして婚約者は分かち合うものだと言ってくれた。
メリッサ様といると普通の婚約者でいられる。
こんなに幸せでよいのだろうか、今まで沢山の女性を傷つけてきたというのに。
守られてばかりいて情け無いけれど、一緒に居たい。
自分にとって離したくない人は…大切な人は…
誰?
ジルという男から攫われていく時は胸が苦しくなった。
帰りの馬車の中で試すように手を繋いで抱きしめた。
こんなに狡い人間だというのに、背中に回る彼女の手は暖かい。
自分の中で膨らんでいく。
頭の中のシェリーの声はもう聞こえない。
夜会でシェリーと合った時は申し訳なさはあったが、心惹かれることは無かった。
メリッサ様に触れる部分が暖かい。
こうやって二人で歩いていけたら…
もう、自分はこの手を離せない。
メリッサ様と一緒ならば勿忘草は真実の愛へと変わる。