それは手違いです
ただ今馬車の中です。
そしてただ今、手を握られています。
これぞまさに手違い!
女性に囲まれてアレンの顔が引きつったのを確認して助け舟を出そうした結果、こういうことになってしまった。
出過ぎた真似を…
いや、これは姉属性追加では?
手を引くて優しく諭し導く…
これはセーフ!セーフですわ!
メリッサは心の中で言い訳をする。
ロマンス小説の中で数行しか出てこないような役であるというのに、メリッサはもう数行オーバーしている気がしてならない。
しかし、やってしまったからにはしょうがない。
この雨に濡れた怯える子猫のようなアレンに怖くないはあはは、をするしかない。
しかし、ヒロインが慰めてあげるのが一番では?
それこそハンカチを拾ったヒロインが…ハンカチここにある!
夜会で大暴れしてしまったハンカチはメリッサの元にあった。
私のお馬鹿!
出会いクラッシャー!
どこかに落としておくべきでしたわ!
アレンとメリッサは一言も喋らないまま馬車が行く。
メリッサの頭だけがお喋りで、考えがグルグルと回っていた。
「着きましたわ!」
重い沈黙を終え、メリッサがアレンに話しかける。
この手を放して欲しい、という願いも込めて。
その願いが届いたのか、繋いだ手はそのままだが、馬車から降りるようにエスコートしてくれた。
やっと解放されますわ。
不意に繋いだ手を引かれ、気づいた時にはメリッサはアレンの胸の中にいた。
これは…何?
落ち着くのよ、私!
私だって乙女ですもの。
気持ちはなくたって、こう抱きしめられれば胸がときめいてしまう。
身体が熱い。心臓が飛び出してしまいそうなほどドクドクと脈打つ。
恥ずかしい。恥ずかしいと思っていることも伝わってしまう。それがまた恥ずかしい。
私は親友のような婚約者で婚約者のアレンの恋を応援する役回り。
きっと、心細くて甘えているのよ。
これは親友のハグ。
メリッサはアレンを慰めるように手を回してポンポンと背中を叩いた。
グッとアレンの力が強くなる。
メリッサより身長も高く広い肩幅のアレンは、まるで飲み込むようにメリッサを抱きしめた。
少し、痛い。
身体が離れるとメリッサはアレンと目が合った。
穏やかで優しい笑顔のアレンがいた。
アレン様にはもっとこんな顔でいて欲しいなぁ。
メリッサはぼんやりと思う。
アレンは今まで申し訳なさそうな顔ばかりしていた。
そんな顔ばかりしているとこちらも悲しくなってくる。
例えあと少しで終わる関係だとしても、円満破談という目標を達成するための同士であり、協力者でもあるアレン。
お節介気味な私の性格を加味しても、相手を理解する度に嬉しかったり悲しくなったりする程には仲良くなったと思う。
メリッサがアレンの乗った馬車を見送る。
どうかしたいなぁ。
メリッサはアレンの幸せを前よりも心から思った。
**
あれからメリッサの思いが通じたかのように、アレンは穏やかな表情を浮かべるようになった。
「ふふ…」
「ふふ…」
お互い目が合うと笑い合う。
嬉しいけれど、何かが足りない。
やはりヒロインですわ。
アレン様の孤独を溶かすような…
今更出会いを探すのも無謀というもの。
メリッサは過去に探りを入れることにした。
「アレン様は過去に気になる婚約者などはいなかったのですか?」
アレンがお茶を吹き出すように咳込む。
「…なかった言えば嘘になりますが、もう過去のことはよいのです。」
姿勢を正し、アレンが言う。
やはりいましたのね…クッキーとお茶が進みますわ。
諦めているようですが、安心してください。
私が繋ぎ止めますから。
メリッサがアレンに微笑みかける。
それに応えるようにアレンも微笑んだ。