お茶会から始めましょう
ふふ…私のこのスキルが役に立つことがあるなんて!
メリッサはあれだけ読んでいたロマンス小説にも目もくれず、ランプの灯りの前でひたすらに何か作業をしている。
その姿はとてもおどろおどろしいものだった。
パチン。
「できたわ!」
メリッサは出来上がったものを両手で持ち上げる。
そこには見事な刺繍を施したハンカチがあった。
勿忘草をついばむ蒼い鳥の刺繍…
それはヒロインにハンカチを渡し、アレン様の髪と瞳と同じ色の刺繍を見て思い出してもらう為のもの。
勿忘草…フォーゲット・ミー・ノット…花言葉は私を忘れないで。
キャー!!!ロマンスが止まらないわ。
私の作ったハンカチの刺繍が物語を動かすの!
メリッサはハンカチを胸に置いて恍惚とした表情をしていた。
**
メリッサとアレンは適度に手紙を送り合っていたのだが、遂に二人でお茶会をすることとなった。
それもメリッサの父に仲の良さをアピールするためだ。
アレン様もこの茶番に付き合ってくれるなんて真面目な方だわ。
ぜひこのハンカチで幸せを掴んで欲しいもの…
メリッサが遠く思いを馳せていると、アレンが屋敷に到着した。
「忙しい中、よくいらしてくださいました。」
メリッサはアレンを笑顔で迎える。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。」
久しぶりに見たアレンはよりかっこよく見えて、胸が高鳴る。
ああ、私って本当に物語の登場人物になれたのね。
こんな大きな役務まるのかしら。
「ところで、婚約破棄はいつ頃行われるのでしょう。」
メリッサの言葉にアレンが思わず咳き込む。
「よかったら、これをお使いください。」
メリッサは用意したハンカチをアレンに手渡す。
「…ありがとうございます。後日お返しします。」
「いえ、アレン様にお渡ししようと用意していたものですから。」
アレンは手渡したハンカチを広げて見ている。
「勿忘草…?」
「はい、アレン様の髪色に似ているので…」
メリッサがハッとする。
私を忘れないで…
メリッサの顔がみるみる紅くなる。
「本当にそれだけで、やましい意味など何もありません!私ったらそんな考えも回らず…恥知らずなことを!」
慌ててフォローするが、メリッサの赤さが移ったのかアレンまで少し赤くなっていた。
「…いえ、嬉しいです。」
アレンはそう言ってはにかむように笑った。
私の粗相を笑って許してくれる天使のようなお方…このメリッサ、全力でお支えしますわ!
メリッサは期限付きとは言え、アレンに付き従う執事のように忠誠を誓った。
「話を戻しますが、このまま仲良しを演じていても破談になった時に父は悲しみます。なので少しずつ距離を置くのはどうでしょうか。」
まだ赤さの残る顔でメリッサが提案すると、アレンの顔がみるみると申し訳なさそうな顔になってしまった。
「わかりました。婚約破棄までは早くて3ヶ月程なので、調節しましょう。」
そんな顔をさせたい訳ではなかったのですが…
「アレン様…もし良かったら婚約破棄後は友人になれないでしょうか?」
それは婚約破棄後は赤の他人では寂しいものですものね。
たくさん婚約破棄をしてたくさんの人間関係を無くしてきたことにアレンが虚しさを感じていてもおかしくはない。
愛し合いながらも泣く泣く離れ離れになり、人間不信に…この設定だけでパン3個はイケますわ。
人の不幸を知りながらも、やっぱりメリッサは糧にしてしまう。
「メリッサ様は良いのですか?」
「もちろん!私はいつかアレン様が良き伴侶に出会えますように祈っておりますわ。」
メリッサがアレンの硬く握り締めている手を両手で包み込んだ。
アレンの表情が固まる。
メリッサはハッとして手を離す。
「私ったら、いつも友人にやっているようにしてしまいましたわ!」
「いえ、心強いです。」
メリッサは友人という立場を得てホクホクとしている。
アレン様がヒロインの相手役だろうが無かろうが、私が幸せにして差し上げますわ。
王道も好きですけど、サイドストーリーも愛しているのです。