夢から現実へ
好きなものはお花とレースとリボンとお菓子、可愛い物は全部好き。
あと、ロマンス小説。
これはお友だちから勧められて初めて読んだのけれど、元々物語が好きな私は一気にハマってしまった。
これこそ現世の物語よ!
可愛くていじらしいヒロインと見目麗しい王子様のすれ違いもありつつもそれも愛のスパイス!の果てしなく甘ぁいストーリー。
はぁ、もしも現実にあるならば近くで見てみたいわぁ。
キュンキュンする物語の野次馬の中に自分がいたら、と想像する。
あらやだ!すごいお似合い!
毒にも薬にもならない邪魔にならない顔でよかったわぁ。
一人で百面相をしている男爵令嬢、メリッサ・ベイルはとっても夢見がちでそこそこ現実を知っている少女である。
「メリッサ!」
メリッサがいつもの様にお茶を飲みながらロマンス小説を読み耽っていると、いきなりドアが開いてメリッサによく似た男性が入ってきた。
「お父様、慌ててどうなされたの?」
メリッサと同じ明るい茶髪と薄いブルーの瞳の父はいつにもなく興奮していた。
「メリッサの為に良い縁談を持ってきたんだ!」
「まぁ!」
メリッサは今年17歳になる。
普通であれば婚約者がいてもおかしくないのだが、それはそれは大きな愛を父と3つ上の兄から注がれている為、この歳までできたことがなかった。
無論、恋愛なども以ての外だ。
話を戻して、そんな父が持ってきた話だ、とても良い縁談なのだろう。
それでお家の為になる縁談ならばもっと良いのだけれど。
メリッサは未だ見ぬ婚約者を思い浮かべる。
全くと言っていいほど想像できない。
物語ならばいくらでも想像できるのに。
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「はい?」
メリッサは思わず訊き返す。
「私はこれまでも家の都合で何度も婚約しては破棄を繰り返してきました。またすぐに都合で破棄になってしまうかもしれません。先にお詫びいたします。」
そう言って深い藍色の髪をした男性が頭を下げた。
メリッサは少し考え込んだ。
「私は良いのですが…父が少し可哀想かもしれませんわ。」
「誠に申し訳ない。」
あれだけ得意げにしていた父が更に私を傷つけたと知れば、かなり落ち込むのは目に見えている。
私だってそれは悲しい。
男性はまだ顔を下げている。
「あ、いえ、責めているわけでないのです。顔を上げてください。」
髪色と同じ深い藍色の男性の瞳がメリッサを見つめている。
「しかし…」
「私には経験が無いので計り知れませんが、アレン様もさぞご苦労なさったのでしょう?私のことはお気になさらないでください。」
アレン様と呼んだ男性は物語の王子のようなすごい華やかではないが爽やかで顔が整った方で私には勿体なさすぎる方だった。
ご忠告してくれたのも真面目な性格だからだろう。
そう、例えるなら王子の親友で密かにヒロインに想いを寄せる…あらいけない、また悪い癖が…
「貴女は初めての婚約だというのに、私がなんて…」
「むしろアレン様の様な方と一時的だとしても婚約できるなんて光栄ですわ。でも、一つだけお願いしても大丈夫ですか?」
メリッサは自分の顔の前で人差し指を立てた。
「できる限りご期待に添います。」
アレンがゴクリと喉を鳴らし、少し頷いた。
「普通に婚約者として過ごさせていただけませんか?父を余計に悲しませたくないのです。」
「そんなことで良ければいくらでも。」
メリッサが微笑みながら言うと、アレンはホッと肩の力を抜いた。
今まで無理難題を吹っかけられてきたのかしら。
アレンのその態度に苦労が伺えた。
でもせっかくの婚約。楽しまなくちゃ。
シンプルに婚約者ごっこでもいいけれど私の柄じゃない。
ヒロインの邪魔をする婚約者!これだわ!
きっとアレン様にも想う方の一人や二人いるはず。
少し差し出がましいですが、二人の愛のスパイスになるならば。
「ありがとうございます。初めて故に至らぬことも多いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。」
胸いっぱいに妄想を膨らませ、メリッサが改めて挨拶をする。
「こちらこそよろしくお願いします。」
安心した様に笑うアレンをよそにメリッサの野望が今始まる。