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プロローグ〜全ての始まり〜

 カリカリカリ


 カリカリカリカリ……


「はぁ、高校でやる英単語っていちいち長いとは聞いていたけど……まさか、最初からこんなに長いとは思わなかったわ……」


 波口詩子(なみぐちうたこ)は一ヶ月先の予習をやりつつ、そう愚痴った。


「あっ、そろそろ()()の時間になりそうね……じゃあ、止めようかしら……」


 そう呟き、予習を一旦中断して詩子はパソコンを立ち上げた。


 現在時刻は、2040年四月八日日曜日午後八時五十五分。


 勤勉で 誰もが認める優等生の彼女が、勉強のゴールデンタイム(?)とも言えるこの時間帯に予習を中断してまでやりたかったことは勿論、ゲームやネットサーフィンなどではなく……


「んっ? 今日の問題についての告知がきたようね」


 詩子のパソコンから「ピロン」と、控えめな音が響いた。


「ふぅ〜ん。今日の、運営が作った中卒レベルの最後の問題は、今までで一番難しかった問題よりも、格段に難しいパズルを出すみたいね」

「嘘、数学者でも間違えることがあるの⁉ ……ヒント全部見ても、今回は解けないかもしれないわね……」


 そう、彼女がやろうとしているのは、『enjoyable math』という数学を志し、ネット環境のある者なら、知らない者はいないと言われているコミュニティサイトの運営が作った問題だ。


 このサイトは、世界各地にいる、ヒマ……時間と知力を持て余しているトップレベルの数学者が有志で運営していて、いろいろな数学関連の問題が随時世界中から投稿されているという、数学好きにはたまらないコミュニティサイトとなっている。


 ただ、その運営の人たちがとてもマメというか親切な人たちで子供にも興味を持ってもらえるよう、毎週日曜日、世界協定日時でちょうど正午(日本時間で、同日午後九時ちょうど)に運営自ら、『研究者向け』、『大学卒業レベル』、日本でいう『高校卒業レベル』、『中学校卒業レベル』、『小学校卒業レベル』、『小学校低学年修了レベル』と、六レベルに区分した問題を、『簡単』、『やや簡単』、『普通』、『やや難しい』、『難しい』、『かなり難しい』、『もはや鬼畜』の、七つ作り、丁度一時間後の午後十時(日本時間)まで、十分おきに出題している。


 しかも、一般の投稿者の問題は、その殆どが中卒レベルの教育までしか受けていない人には到底解けない問題ばかりな上に、ヒントどころか、まともな解答すら無いものも少なくない中、その問題全てに分かりやすい解説のついた模範解答と、最大で二十個のヒントを付けている運営の問題は親切なことこの上ないのである。(ちなみに、各問題のヒントは、これも投稿者の設定によるが、運営の問題の場合、三十秒ごとに出される。)


 そして、運営からの告知が気になる中、時刻は九時になった。



 ※※※



「『簡単』の問題は本当に簡単ね……」


 と、最初の問題を一瞬で解き終えた詩子は、そう呟いた。


「えっと……わたしのランキングは、千二十四位か……今のところの正解者は全世界で一万二千四十七人なんだ…… まぁ、いつもどおりね」


 このサイトは、解答を送信すると自動で採点され、正解していれば、各問題ごとに自分が何番目に正解したかというランキングがサイトの『ランキング』のページに公開される。また、投稿者の設定にもよるが、情報通信関連の技術が、飛躍的に向上した2040年現在、解説付きで、コンピューターが自動で個別にアドバイスを作成し、アドバイスしてくれる投稿者もいる。(勿論、親切な運営はしっかりアドバイスをくれる。)


 詩子が言ったとおり、最初の問題は「なめてんのか?」と、数学が余り得意でない人でも思うほどのレベルで、誰でも一瞬で解けてしまう程、本当に簡単に作られているため、その解答を世界中の人が、いっせいにを送信してしまう関係で下の順位になったり、上の順位になったりが激しく、そういった理由で詩子の千二十四位という順位はいつも通りだった。


 だから、最初の方の問題は、正解した人数を見て、参加者の大体の人数を知るという意味合いの方が大きく、今日の『簡単』の問題の正解者数はいつもどおりで、彼女は入力するのが速く、順位も特に最初のものとしては変ではなく、彼女の言う通りいつもどおりのことだった。


「よし、今日は『難しい』まで、ノーヒントで解けるように、頑張るわよ!」


 そう言って詩子は、最初の出題から十分経ち、出題された問題を勢いよく解き始めた。


 だが、そんな『いつも通り』だと思っていたことはすぐに、自分の都合のいい思い込みだったと知ることになった。



 ※※※



「ふぅ……なんとか『かなり難しい』まで、解き終えたわ」


 詩子は、何とか『難しい』の問題までを宣言どおりノーヒントで解き終え、『かなり難しい』の問題をヒントが十五個出る予定だった内、苦労しながらも、一つ目のヒントで、解答を導き出し方を把握し、ヒント三つ目が出る頃に解答を送信した。


「そういえば、私のランキングはいくつかしら?」


 そう言いながら、詩子は軽く素早い動作で細くきれいな指をキーボードの上に滑らせた。


「……百四十二番のようね。可もなく不可もなくと言ったところかしら」

詩子は少し不満げに呟いた後、自分を嘲笑うような声で言葉を続けた。

「にしても、いつになったらわたしは上の百何十人に勝てるのかしら?」


 百何十番という順位は、俗に言う一万人強の『数学バカ』、『ガリ勉野郎』が一斉に解いていることを考慮すれば十分にすごいのだが、それでもここ最近、順位が二桁内になったことはなく、少々負けん気が強い彼女にとっては面白くないのである。


「一位の人はどうかしら?」


 少しふて腐れつつ、詩子はランキング表の一位のところを見た。


「やっぱ早いわね……問題が出た直後には、もう、解き終わっているなんて……」

賞賛と妬みの二つを込めて、そう口にした。

「にしても、ユーザー名の『ヤリ☆ン王子』ってなによ! 品格を持ちなさいよ! こんなの、運営にBANされてしまえばいいのに……あっ、ぎりぎり大丈夫なのか…」


 ユーザー名は、倫理コードに抵触しないかぎり自由に設定できて、今回のユーザー名『ヤリ☆ン王子』は、勿論☆の部分に文字を入れたらアウトだが、『ヤリ☆ン王子』であればギリギリ大丈夫であることに気付いた詩子は余計に気分を害したが……


「……おっと、もうすぐ最終問題ね」


 時間が迫っていることに気付き、思考を切り替えた。


 そしていよいよ時刻は十時になり、詩子、そして『ヤリ☆ン王子(上位者)』を含めた一万人強対、『もはや鬼畜』の問題との長い戦いの火蓋が落とされる――はずだった。



 ※※※



「あれっ、何か騒がしいわね」


 詩子は、パソコンの一角に小さく、申し訳程度に表示されたコメ欄をチラ見して、そう言った。


 コメント欄が騒がしいのは問題の難しさ故、いつものことなのだが、コメントの内容がどうもいつもと違うのである。


 どうしても気になった詩子は苦心惨憺していた問題を解くのを一旦止めて、コメ欄にそっと目を向けた。


「えっ……」


 詩子は、書いてある内容を目にして絶句した。


 コメント欄曰く――


【名無しA】――今日の運営の告知で、過去最高難易度の問題を開始十秒以内に完璧に解いて解答を送信してきた猛者がいる――

【名無しB】――いや、それだけじゃない。『研究者向け』の問題から『中卒レベル』の問題までの全てを、一つ目のヒントが出る前に完璧に解いて、解答を送信している――


 2040年現在、技術の発達により、ーー仕組みは長くなるので割愛させて頂くが、ーー年齢詐称及び、外部のプログラムを使って解くことは絶対にできず、補助機能はサイト内にある、電卓ぐらいしか使えないのである。


 そしてこのサイトではある程度、公平にするために、『小学生低学年修了レベル』では、小学六年生以下(年齢的に)、『小学校卒業レベル』は、中学三年以下(年齢的に)、『中学校卒業レベル』は、高校三年以下(年齢的に)、『高校卒業レベル』は、大学四年以下(年齢的に)、『研究者向け』は全年齢対象になっていて、それ以上の年齢だと、参加できない仕様になっている。(尚、小学生が、中学校卒業レベルの問題を解くなどの逆のことは出来る。また、飛び級で高校や大学に入っていたとしても年齢的に中学生や、高校生であればその問題に参加することが出来、努力した人は報われるとても良い仕組みになっている。)


 余談だが、自分の年齢より低いレベルの問題は解いてもランキングには反映されないものの、問題を閲覧し、解いた問題を送信し、採点して、アドバイスを貰うことは出来る。


 長くなったがつまるところ、コメ欄のことが事実なら、この荒業を成し遂げた人物は高三以下の年齢であるということになり、もしかしたら、自分と同じ年齢かもしれないと、考え着いた詩子はいてもたってもいられなくなり、問題そっちのけで噂の真意を確かめるべく、パソコンを操作し始めた。



 ※※※



「なんなのよぉ……」


 あのあと、三十分間じっくり、噂の真意を確かめた詩子はいろいろな要因で疲れてしまっていた。


 第一の要因が、あのあとすべての区分のランキングを三回パソコンの再起動を挟んで確認した結果、噂通りの、しかも、詩子と同じ日本人である可能性が高いことが判明したことに納得がいかず、運営に問い合わせまでしたからだ。それも三回……(ちなみに、問い合わせに対する返信はすぐに帰ってきた。結果は勿論「噂通り」であった。)


 そして第二の要因。それは……


「その猛者のユーザーが、『ヤリ☆ン王子』ですって⁉ ……ムカつくことこの上ないわね!」


 そう、その超天才としか形容できない人物が、先程気分を害されたユーザーだったためだ。(この名前のために、詩子は日本人の可能性が高いと推測した。)


「はぁ、明日高校の入学式だけど、なんかもう、色々な気力を失ったわ……」


 客観的に評価しても、『出来る方』だと自分でも思っていた彼女は、格の違いを見せつけられ、品のない人物負けてしまった情けなさで、心の中はいっぱいだった。


「今日はもう遅いし寝ましょうっと」


 そう言って詩子は、今日あったことから逃げるようにベットに入り込んだ。


 そして、これが波乱の日々の幕開けだとは、彼女は知る由もなかったーー。




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