次なる禍福
「さて、そろそろ行かないとな」
そう言って塞が徐に立ち上がったのは、数日後のことだった。
「どこか向かいたい場所があったのか? それならそうと言ってくれればよかったのに」
「いいや、ふと思い立っただけだ。特にどこかを目指していたわけではない」
「そうか……。自由な旅なんだな」
レイはうらやましそうな視線を向けた後、俯いた。
そして溜息と苦笑の後に……。
「送ってくよ。せっかく仲良くなれたんだし、森の外までの間もう少し一緒にいたいから」
「そうか」
振り向きもせずぶっきらぼうにそう言うと、ゆっくり歩きだした。
レイも弓矢を取るとその後についてゆく。
そうして、しばらく経った頃。
「どこに向かいたいんだ? 案内しようか?」
「いや、大丈夫だ。わかっているから」
「けれど……」
レイが戸惑うのも無理はない。
塞は頻繁に方角を変えつつ進んでいたからだ。
だが、勝手に進んでゆく塞を追う内に違和感へと気づいた。
「あまりにも静かだ……。いつもなら猛獣に出くわしてもおかしくない」
「そりゃあそうだ。俺は今、レイの最善を選んでいるのだからな」
「俺の最善? 選ぶ? それは一体どういうことだ?」
「俺にはちょっとした能力があってな。自分や他の人間が今どこにいるべきか、どこに向かうべきかが見えるんだ」
「そう……なのか」
半信半疑なレイだったが、徐々にその考えを改める。
その後も獣が現れることがなかったからだ。
出会った日に塞が言ってのけたことを思い返すレイ。
「俺がこの戦国の世を終わらせればいいんだろう? 待ってろよ」
見透かしたかのように、このタイミングで再びそう宣言する塞。
レイは得体の知れない力を感じ、生唾を飲んだきり黙り込んだ。
そうして、数時間の後に着いた森の出口。
山岳地帯へと続く道を見て、レイの顔は青ざめた。
「まさか、あそこへ向かうつもりか!?」
「ああ」
塞は振り返らずに答える。
レイは血相を変えて塞の前へと立ちはだかった。
「あの山はダメだ! 山賊や人さらいが住み着いている。命が幾つあっても足りない!」
両手を広げ、必死に訴える。
だが、塞は不敵な笑みを浮かべ……。
「それがどうした? 俺には恐れるものなど何もない。それが例え、死であってもな」
レイの手を振り払い、足を踏み出した。
引き戻そうと腕を伸ばすも、これ以上なんと言葉をかければよいのかわからず……。
「そんな……」
その手は虚しく空を掻いた。
「そう悲しむな。俺が死ぬのは死ぬべき時だけだ。易々とはこの命尽きぬ」
突き放すようなその言葉に、それ以上レイは追及できなかった。
去りゆく背中を見つめていると、不意に塞が振り向き……。
「二十日後に国へと戻れ」
そう一言だけ告げ、再び歩み出した。
それっきりもう振り返ることはなく、後ろ姿はどんどん小さくなってゆく。
黙って見届けていたレイだったが、不意に大きく息を吸い込んだ。
「必ず生き延びろ!」
その叫びに対し、背を向けたまま手を振る塞。
こうして見送られながら山岳地帯へと入った。
道は所々に起伏が見られ、なおかつ細い。
進んでゆくにつれ、さらに足元は悪くなってゆく。
眼下に広がる大地は遠く霞んでいる。
劣悪な道を行くことしばらく、拓けた場所に着いた。
と、その時。
「待ちな!」
乱暴な声が響き、瞬く間に塞は囲まれた。
短刀をギラつかせながらニヤニヤと笑う山賊たち。
一歩一歩、じりじりと間合いを詰められる。
だが、塞は怖気づく様子もなく、ただ不敵な笑みを浮かべているのみ。
「何だあ? お前、自分の立場がわかってんのか?」
「どうせはったりだろう。きっと後で泣き叫ぶさ」
そんなことを言い合いながら、手際よく縄で縛り上げる。
瞬く間に連行されてゆく塞だったが、やはり余裕の態度を崩すことはなかった。




