運命的な死
男が一人、薄暗い自室でゲームをしている。
閉め切られたカーテン、床に散乱するマンガ、手元に転がる飲みかけのコーラとポテチの残骸。今日に限ったことではない。
パソコンの光のみがぼんやりと部屋を照らす。
その画面の向こう側では、敵プレイヤーとの戦闘が繰り広げられている。
男のハンドルネームは塞。よって、この男のことも塞と呼ぼう。
今、敵プレイヤーが塞の腕をつかみ勢いよく投げ飛ばした。
ゲーム内での過剰表現により、塞は数十メートル程も飛ぶ。地へと叩きつけられ大きなダメージを負い、動くことすらままならない。
敵プレイヤーは勝利を確信し、満面の笑みと共に塞へと駆け寄った。
だが、その光景を眺める塞は焦る様子もなく、それどころか不敵にほくそ笑んでいる。
敵プレイヤーはそうとも知らず、塞の目前へと迂闊に踏み入った。
と、その時。
壮大な爆発音とオレンジ色の光。一瞬にして巻き起こる炎と黒煙。
敵プレイヤーは自キャラのライフが大幅に減るのを呆然と見つめている。数秒後、我に返り操作を試みるも満身創痍でまともに動けない。
塞は不気味な程ゆっくりと歩み寄り、トドメを刺した。
画面に勝利確定のメッセージが流れ、直後に敵プレイヤーからチャットの申し込みが入る。
「今のは偶然だ! もう一回勝負しろ!」
そのチャット文を見て、塞は溜息を吐いた。
「何度やっても無駄だ。俺は最高の未来を手にすることができるんだからなあ……」
「何!? お前、チートでも使ったのか!?」
塞は再び溜息を吐く。
「話にならん。時間の無駄だから失礼させてもらう」
そう返信し、パソコンを閉じた。
「さてと……」
塞は気怠そうにあくびをし、器用に踏み場を見つけながら部屋を出た。
丁度そこへ帰宅した妹が通りかかる。
「お帰り」
「ただいま。お兄ちゃんまた大学さぼったの? 勉強もしないと後で困るのは自分だよ?」
塞は溜息を吐き、ヤレヤレと両の手を肩の高さまで上げた。
「いいか、よく覚えておけ。確かに学問というものは、現代社会において歩むべき指針を照らし出してくれるだろう。それは未来が見えない者にとっては道標となるかもしれない。だが、俺には自分が今いるべき場所が見えている。だから、迷うことなどないのさ」
「そんなこと言ってるけど、ゲームしたいだけでしょ?」
「まあ、そうだとしても俺には実績がある。これだけ何度も優勝を重ね、賞金を稼いでいるんだからな」
塞は靴を履きながら、玄関に飾ってあるトロフィーに視線を向ける。
「お金さえあればいいって問題じゃないでしょ?」
「最後の言葉くらい素直に聞いとけ。それじゃ、行ってくる」
「え……? ちょ、ちょっと! 今のどういう意味よ!?」
塞は妹の言葉を遮るようにドアを閉め、自転車に乗った。
慌てて追いかけようと妹も外へ出たが、塞の姿はもうどこにもない。
塞はそのままビルの並ぶ大通りに着き、足を止めた。この日この時この場所に自分が居合わせるべきなのだと、そう確信していたからだ。
そして、上空から落ちてきた鉄骨に体を突き抜かれた。
周囲の人々が悲鳴を上げ、しばらくして救急車と警察が到着する。しかし、男の命は既に尽きていた。
学生証を持っていたことから家に電話が入り、話を聞いた妹はその場で泣き崩れた。
「ほう、こんな出来損ないの兄でも泣いてくれるのか。優しいもんだな」
意識だけになった男は、妹に語りかけるように呟く。だが、当然その声が届くはずもない。
「で? この後どうなるんだい?」
そう言って振り返った先に、一人の女性が佇んでいた。
髪や着ているものが全て真っ白で、神々しい光に包まれている。
「お気づきでしたか」
「別に? 気配とかしたわけじゃなく、ここがもう俺の居場所じゃないってことがわかっただけさ。もし神の類がいるなら後ろだと思ったから振り向いた」
「そうですか」
「それで? 俺はネットでよく聞く異世界転生とやらを経験することになるのかい?」
予想外の発言に、女性は数秒の間閉口した。
「……これ程までに話が早いのはあなたが初めてです。それも全て、わかっていたからなのですか?」
「神にもわからないことってあるんだな。どんな感覚だと思う? 自分が今どこで何をすべきかがはっきりわかるということがどれだけ素晴らしいと思う?」
「わかりません。わからないので、試すことにしました。あなたには命をかけて戦い抜いていただきます」
「ほう……。で? 俗に言うチート能力とやらはくれるのかい?」
「いいえ。あなたには一切の力を与えません。何故なら、その天性の強運が既にチート能力と呼ぶに値するものだからです」
「それもそうか……」
塞は乾いた笑い声を上げ、直後……。
「なら、逆に聞くが強運は使い放題ってことでいいんだな?」
鋭い視線を女性へと向けながらそう問いを投げかけた。
「はい。何しろあなたが向かう先は剣と魔法の世界ですから。国家同士の争いが絶えず、怪物が潜み、悪徳が蔓延る危険な世界。あなた以外の人間が同じ条件で挑戦した場合、三日間生き延びられる可能性はほぼ0パーセントでしょう」
「それを覆せというわけか。冗談がきついな」
塞は苦笑したが、女性は顔色一つ変えることはなかった。
「さて、そろそろ向かっていただきましょう」
「早いな。もう少し話をしてもいいだろうに」
「特に質問もないようですから。それでは、数秒程目を閉じてください」
塞は女性の指示に従う。
しばらくして目を開けると、見慣れない景色が視界に飛び込んできた。
石造りの建物があちこちで崩れており、他に誰もいない。振り返ると女神像が佇んでおり、その先は崖だった。
「おい、あんたそこから見てるのか?」
先程の女性に似たその女神像に向かって問う。だが、返事はなかった。
「まあいいさ。聞こえてるなら言っとくけど、スタート地点としてはあまりに唐突だと思うぜ」
そう言って踵を返し、その場を後にした。




