墓場の主
扉の向こうの二階層は草原と青空が広がる空間であった一階層とうって変わって、薄暗い墓場であった。頭上の空に浮かぶ月明りだけが、この空間を照らしている。
「おい!あれ見ろ!」
「ああ、スケルトンだ。墓場には相応しい敵だな」
「スケルトンなら何とかなるな、動きが遅い分ゴブリンよりも楽かもしれん」
先に突入した山賊達を出迎えたのは、手に錆びた剣を持つスケルトンだ。どうやら一階と同様でこちらから手を出すか、扉が閉じるまで向こうから仕掛けてくることはないと見る。
「皆さん、全員が扉を通過するまで、絶対にこちらから手を出さないでくださいね」
念のためガリが先行して入った者達に注意を促す。一度扉を通過した者が、元の階層に戻ろうとすると、その瞬間に扉が閉まって消滅するからだ。
「ああ、大丈夫だ。それより後何人だ?」
「俺で最後だ!」
「よし、みんな気をつけろ。こいつが扉を越えたら。おそらく一気に攻めてくるぞ!」
山賊達に緊張が走る。見渡す限り延々と墓標があるが、障害物にはならない。山賊達は自分達の周囲に推定で五十体近いスケルトンがいるのを確認する。
「よし、行くぞ!」
最後の一人が扉をぬける。次の瞬間、予想通り扉は跡形もなく消え、同時にスケルトン達が一斉に襲い掛かる。
「ファイアーシールド!!」
ガリが魔法を発動する。火系統の防御魔法で炎の壁を作る魔法だ。
「よし、正面からの敵は封じた。左右に分かれて敵を迎撃しろ!」
バズの指示で山賊達はそれぞれ、スケルトンを向かい打つ。ゴブリンとは違い人間と同サイズだが、動きは鈍い。山賊達は機敏な動きで次々とスケルトン達を倒していった。あまりに楽な戦況に不安を感じたバズはガリに楽過ぎないかと問いかける。
「確かに一階のゴブリンと比べて質と数の両方でスケルトン達は劣っています。そうなると強いボスがいるのでは?」
「だが、一階のボスはゴブリンだっただろう。他のゴブリンよりも強かったかもしれないが所詮はゴブリン、俺達の敵ではなかった。となるとこの中のスケルトンの中のどれかがボスか?」
バズは目の前で自分達に蹂躙されるスケルトンを指刺す。
「お頭、もしかしたらゾンビとかが、地中から出てくるかもしれませんぜ」
「それをいったら、アンデッド最強はリッチーだろ」
「いやデュラハンだ」
余裕を持つ部下達を見てバズは安心した。だが、墓場の住人達はそんなに甘くない。先行して前に出ていた剣士に向かって突然、火の玉が放たれたからだ。
「アクアガード!!」
ガリの唱えた魔法により、ダメージはなかったが、山賊達全員に戦慄が走る。アンデッドで魔法が使えるのは、ユニークモンスターを除けば一種類しかいない。
「出たな、リッチー!」
リッチーは準ユニークモンスター級と言われる種だ。通常であれば、Bランクの冒険者パーティーと同等の強さを持つと言われ、大量の魔力を持ち魔法を使用する墓場の支配者だ。
「こいつがボスで間違いないな」
「ゴブリンよりも歯ごたえがあるな」
だが、山賊達に恐れはない。Bランク級の冒険者が三十人いるからだ。
「エドガー班、リッチーの相手をしてやれ。他はスケルトンのお掃除だ!!」
すでに五十体近くいたスケルトンの数は半数以下になっており、定石通りに、剣が主体のエドガー達は素早い動きで翻弄し、リッチーの攻撃を封じていた。戦いは山賊有利で進んでいく。
「お頭、こいつでラストだ」
最後のスケルトンを倒し、山賊達は緊張を解く。残りはリッチーと戦うエドガー達のみだが、敵が四人もいて、しかも素早く移動するため、リッチーの攻撃はエドガー達には当たらない。勝つのは時間の問題だろう。
「これで終いだ!」
一瞬の隙を突き、エドガーがリッチーの懐に入ると、そのまま一刀両断する。
「よし! エドガーが止めをさした。賭けは俺の勝ちだな」
「くそ!」
観戦していた山賊達はエドガーの勝利に沸いた。余裕の表れか賭けをする者もいる。
「ん?おかしいぞ、リッチーを倒したのに扉が出てこないぞ」
「ガリの予想が外れたのか、珍しい」
リッチーが倒したのにも関わらず、先に進む扉も脱出する扉も現れない。ガリは一瞬、特定のモンスターを倒すと扉が現れるという自分の予測が外れたのかと思ったが、それは違った。墓場一帯に大きな咆哮が響いたからだ。
「なんだ、この音は」
「まだ、敵がいるのか」
浮足だつ山賊達、その時一人の男が、一か所だけ地面が盛り上がり小高い丘のようになっていくのを発見する。
「おい、あそこを見ろ」
土が落とされ、地面から現れたものがその姿を現した。それは、家と同じくらいの大きさの骸骨竜だった。
「まさか!?スカルドラゴンか?」
「ユニークモンスターのか!それってAランク冒険者の管轄だろ?」
ユニークモンスターとは、一般的には進化した種族の事を指す。高い知性と優れた戦闘能力を持ち、魔法を使うことが確認されている。ユニークモンスターの撃破はAランク冒険者になるための指標の一つだ。それゆえにユニークモンスターが発見されると多くのBランク冒険者が現れるが大抵は返り討ちにされる。
「えっへへ、こいつはラッキーだぜ、倒せば俺達はAランク冒険者の仲間入りだぜ」
「笑いごとじゃないぞ、ユニークモンスターを一体倒すのにどれだけの犠牲が出てるのか知らないのか?」
恐怖のあまり、我を忘れている者、それでも冷静であろうとする者、山賊達の反応は様々だ。
「皆落ち着け!!」
バズが統率を取ろうと大声で叫ぶ。信頼する頭の声を聞き少しだけ山賊達にゆとりが生まれる。
「スカルドラゴンは確かにアンデッドが進化したユニークモンスターだ。だが、大陸の歴史上に何度かその存在は確認されている、そして討伐もされている。決して勝てない相手ではない」
冒険者ギルドは便宜上、それまでに、発見されていない未知のモンスターでかつギルドが危険と判断し、一個体しか確認されていないモンスターをユニークモンスターと呼んでいる。ゆえに、最初は一体しか出現しなくても、スカルドラゴンのように後から何度か出現しているモンスターは、厳密にはユニークモンスターから外れる。対策が立てられるからだ。
リッチーも昔はユニークモンスターとして恐れられていたが、素早い動きで翻弄し、近接戦に持ち込めば簡単に倒せることが分かると、危険度が低下しユニークモンスターから外された。なによりリッチーは出現頻度が他のユニークモンスターと比べて、高すぎて珍しくなくなってしまったのだ。
「現在のギルドの指標ではスカルドラゴンはユニークに該当していない、スカルドラゴンは体の一部に色が違う骨があり、そこを破壊すれば活動を停止するはずだ」
バズも実際にスカルドラゴンと戦うのは初めてだが、教官時代にギルドが発行するモンスター辞典を読んで勉強し、その対策を頭に叩きこんでいた。
「警戒すべき攻撃は口から放たれる火系統のブレスだ。だが、放たれる瞬間に大きく息を吸い込む。そうしたら、背を向けてもいい、できるだけ距離を取れ、横に薙ぎ払ってくるから左右には絶対に回避するな!」
とりあえず、伝えるべきことは伝えた。後は戦いながら指示すればいいだろう、バズは全員の先頭に立ち、スカルドラゴンを見据える。
(それにしても不思議だな、もう冒険者は辞めたつもりなので、この塔に入ってからは忘れていた冒険者魂が蘇ってきたようだぜ。次から次へと出てくる魔物を倒すのがこんなにも楽しいとは)
バズは愛用の大剣を掲げ、墓場の主に突撃する。彼の姿に勇気付けられた部下達もそれに続いた。