喜び
ブックマークありがとうございます
剣と刀が激しくぶつかり、炎が舞う。殺し合いではあるが、その光景だけは美しいものだった。
今俺は、目の前で戦っているサクラとクーアンとベリアルの戦いを少し離れた所から眺めている。決してサボっているわけでも、作戦があるわけでもない。単純にあの戦いの中に入りたくないだけだ。
「オラッ!! 行くぜ、ガキ共!!」
「ふん、造作もない!」
「ヒャハッーーー!! 楽しいですぅ!!」
サクラとクーアンそしてベリアル、三人そろって仲良く戦っているように見えるが、微笑ましいものではない。特にサクラとクーアンは目が血走っていてヤバい奴らに見える。
あの三人は、何か薬をやっているかのような奇声を時折上げ、精神のギリギリまで削って戦いを楽しんでいるのだ。
「ウィハッ八ッーーー!!最高だぜ! お前らもそう思うだろう?」
「何を当たり前のことを!」
「幸福の絶頂です!!!」
ベリアルのこれまでの様子を見れば戦いを楽しむ一種の戦闘狂であることは分かりきっていたが、考えてみれば、サクラも元は何でも斬り殺したいという衝動に駆られる一種の戦闘狂である。
アドラメレク戦では、サクラは戦闘狂の一面をのぞかせていたが、ライバルであるクーアンが登場してからは、ずっと冷静なキャラを演じていたのですっかり忘れていた。
クーアンは、あの黒い本性が戦いを好む性格なのか、それともこれも演技なのかは分からないが、傍から見ればサクラやベリアルと同類に見えるような戦いぶりだ。
「ふん、本当にやりおる!」
「そっちもこそ!!」
「あなたのおかげで、本当の自分を思い出したような感覚だぁ!」
三人共とても楽しそうだが、それも、もう直終わりだろう。俺が戦いに参加していないことから分かるように、明らかにサクラとクーアンが押し始めている。戦いの中で強くなっているのか、それとも忘れていた戦闘技術を取り戻したのか、理由は分からないがサクラの剣術はベリアルの圧倒的膂力をしても対処できないレベルに達しており、クーアンの炎を纏った尻尾の打撃は完全にベリアルの剣の一撃と互角だ。
ベリアルが更なる力を披露しない限り、戦いはサクラ達の勝利で幕を下ろすだろう。そして、その時はもうすぐそこまで迫っていた。
ベリアルは、戦いの最中にも関わらず、高揚感に浸っていた。悪魔として生まれてから四百年、これほど楽しい戦いをするのは初めてであったからだ。
(本当に面白いぞ、このガキ共、戦いの中でドンドン強くなってやがる! 俺が追いつかれるのは時間の問題だが、それがいい!!)
かつては、歴史に名を遺すほどの人間の大剣士だったベリアル、もっと強い奴と戦いたい、命の取り合いをしたいと願い戦いに明け暮れたが、無情にも老いという楔が彼を縛り付ける。
何故、自分の肉体は老いるのか!そうだ、不老の存在になればいい!!
そう思ったベリアルは、その時代の最強の魔法使いに頼み込み、己の魂を不老の存在、即ち悪魔へと転生させる。
これで、永遠に戦える。自分を殺せるほどの者達と命の奪い合いができる。
そう感じたベリアルは喜んで魔界に赴き、長い戦いの果てに、魔王ルキフグスに敗北してその配下の一人となるのだが、配下としての彼の人生いや悪魔生はひどく退屈なものだった。
それもそのはず、何事も慎重を期すルキフグスはベリアルを抑止力として使い滅多に戦いに出さないのだ。ベリアルは主人であるルキフグスに多少の忠誠心は持っているが、この仕打ちには日頃からかなり不満を持っていた。そのため、今回の人間相手の戦闘にはかなり勇んで出陣をしたのである。
そして、ベリアルは出会った。自分を殺せるほどの強者に、数百年近くに枯れていた自分の魂に潤いを与えてくれる者に。
願いが叶い、感謝の念で一杯のベリアルにとって、もはや勝敗などどうでも良かった。この瞬間を永遠のものとしたい。だが、その願いだけは叶わない。
「礼を言う、ガキ共!!」
すでに自慢の鎧は、戦いに傷つきすでにボロボロ、右手は斬り落とされ、強固な鎧は狐の尻尾による打撃を受けて全身歪んでいる。そして、肝心のヘルムは、刀を持つ少女の手の中にあった。
「よもや、本当に俺様を倒すとは、見事だ! 最後に名前を教えてくれないか?」
ベリアルは、最後に自分を倒した者達の名を尋ねる。問われた二人は一瞬逡巡したが、すぐに答えてくれた。
「鬼族の剣士、サクラです」
「妖狐のクーアン!!」
(サクラとクーアン、そうか良い名だ)
ベリアルは数百年ぶりに感じた満足感に満たされながら、力を失い魔界へと送還されていった。
何とか勝てたな。
激しい戦いにも関わらず、サクラとクーアンの顔はとても満たされたものだった。日頃の鬱憤を晴らせたのもあるだろうが、本当の自分をさらけ出して戦えた方が大きいだろう。多くの冒険者を殺めたベリアルだが、二人に対して全力でぶつかってくれたことだけは感謝しよう。
「マスター、もう、疲れました……」
「クーアンも……」
そう言い残し、糸が切れたかのように二人は地面に倒れ込んだ。意識はあるが、戦うのはおろか歩くことすら困難だろう。魔力も体力もすで尽きている。二人はここでギブアップだ。
「お疲れ……後の事は俺に任せてゆっくり休みな」
俺は二人にねぎらいの言葉を贈ると、その言葉を聞き安心したのか、二人はゆっくりと瞼を閉じた。
さてと、これからどうするか。
周囲にいる生き残った冒険者達はベリアルを倒したというのに、歓声の声一つ上げずにこちらを見ていた。恐らく、突然現れた俺達にどう接すればいいのか分からないのだろう。かくいう俺もどうすればいいのか分からない。
お互いに膠着状態がしばらく続くかと思われたその時、第三軍の司令官カリヤが側近と共現れた。
「き、君、本当にあの化け物を倒したのか?」
司令官や側近達もベリアルが倒された所は見たはずだが、どうやらまだ信じられない様子だった。
「ええ、倒しましたよ。この子達が」
俺は、地面に横たわるサクラとクーアンの方を向き、それから、もはや動かないベリアルの器であった黒い鎧の残骸を指差す。
「そ、そうか、本当にあの怪物を倒したのか、本当にありがとう。君達のおかげで我々は救われた。本当にありがとう!」
司令官と側近は俺達に対して頭を下げる。その姿を見て、他の冒険者達からも感謝の声が聞こえてきた。
「うっうっ、俺生きているのだな」
「あ、ありがとう!」
「お嬢さん達、本当にありがとう」
「何もできなかった私達を許してくれ!」
Aランク冒険者を送りだした時の大歓声とは違い、すすり泣きが混じった喜びの声だった。
大勢の人々に感謝されるのは嬉しいことだが、感謝されるべきは俺ではないため、少しだけ居心地が悪かい。
その後、周囲から漏れる感謝の言葉がひと段落したところで、俺は司令官に今後の方針を尋ねる。
「ベリアルの手によって五千人近い犠牲が出た。もはや、第三軍にこれ以上の戦争継続能力はない。我々は一度引き返して、崩落した部分を撤去してカラカラ平原まで退却するつもりだが、君はどうする?」
「そうですか、俺はルキフグスに個人的な用があるので、このまま先へ進もうと思います。ですが……」
俺は、すやすやと眠るサクラとクーアンの方を見る。彼女達を連れていくことはできないが、置いて行くのも少しだけ不安だった。
「分かっている。その子達の面倒は我々が責任を持ってみよう。君は安心して先へ進みなさい」
流石は司令官察しがいい。こちらが言い出す前に俺の不安を察し、サクラ達の面倒を見てくれるようだ。だが、それでもやはり心配なので釘をさすことにした。
「その子達に何かあったら、私は決して許しませんよ。後、私達はセレンの街の冒険者と余り仲がよくないのでできるだけ近づけさせないようにしてください」
「?……ああ、分かった。その子達は英雄だ。無下にするような奴がいたら冒険者全員で懲らしめてやるさ!」
その言葉を聞き、安心した俺は、最後に幸せそうに眠るサクラとクーアンの寝顔を見てから、一人先を目指した。
ブルゼ地方 アルミの王城
王城の最上階にある玉座の間に二人の人物がいた。一人は侵入者で、もう一人はこの城の主だ。
「……久しぶりね、ルキフグス」
侵入者である大太刀を背負う、長身の美女は玉座に腰かける旧友に再会の挨拶をする。
「三公爵がいない隙を狙ってきたか。冒険者ギルド本部長ホンゴウ、いや天使長ミカエル!」
玉座に腰かける魔王ルキフグスは古い知り合いを迎えうつべく、剣を手に立ち上がった。




