前進
ついに、侵攻が始まった。
俺達が配属されている冒険者主体の連合軍、第三軍三万はルキフグスが居を構える都市、アルミを目指してビン渓谷に侵攻した。
第三軍は切り立った断崖が左右にそびえる、幅百メートルほどの谷間を蛇のように長い縦列隊形で進む。谷間という地形上、横から攻撃される心配はないが、前方から押し寄せる魔物の大群と小細工なしで正面から戦う必要がある。
オークやゴブリン、下位悪魔、昆虫型の魔物など実に多くの種類の魔物が襲ってきたが、どれほどの数の魔物が押し寄せて来ようと、魔物との戦闘に慣れている冒険者の敵ではない。
次々と魔物の死体が生まれ、後続を歩く俺達はその死体を跨ぎながら歩くはめになった。
戦闘を行っている列の先頭は帝国の冒険者達が受け持っていたため、第三軍の中間部分を行軍する俺達セレンの冒険者達は暇を持て余していた。
「けっ、このままじゃ帝国の奴らに手柄を全部持っていかれるぜ!」
「全くだ、だが、この地形では戦いようがないな」
「後、一時間も歩けば、渓谷を抜けるらしいから、それまでは我慢だな」
彼らは今の状況に不満を持っているようだが、列の中間付近を歩く俺達と最前線との距離は五百メートル以上あるため、俺達に出番が来るということは、前方にいる一万五千人弱の冒険者達が全滅しないといけない。そうなった場合は完全に負け戦になっているので、俺達の出番はない方がいいに決まっている。
「おいっ! 何か聞こえてきたぞ!」
「この声は前方で指揮を取っている司令官のカリヤの声だな」
彼らの言う通り、耳を澄ますと前方から男の声が聞こえてきた。
『者ども聞けぇ!本部からの情報によると、他の軍も順調に侵攻しているようだ。我々も負けてはいられない。一気に敵軍を突破し、他の軍よりも早くアルミに着くぞぉ!!』
「「「おおおっ!!!」」」
どうやら、俺達が配属された第三軍の司令官であるカリヤという他所の国のAランク冒険者の男が先頭に立って軍を鼓舞し、冒険者達がその檄に応えたようだ。
周囲が狭い谷間のため、その声は山彦のように反響して何度も耳に入る。
「マスター、うるさいですね」
「クーアンもそう思う」
横を見ると、クーアンとサクラが耳を塞いでいた。特に獣人であるクーアンの耳は人間よりも音を拾えるので、凄い迷惑そうだった。
ここ最近、他の冒険者に罵倒され続けた鬱憤も溜まっているだろう。そう感じた俺は、二人を元気付けるため、今後の方針を語ることにする。
「クーアン、サクラ、耐えるのはもう終わりだ。この渓谷を抜けたら、軍を離れて全速力でルキフグスがいる街アルミに向かうぞ!」
その言葉を聞き、ようやく苦痛が終わることを知り、二人は目を輝かせる。
「では、後少しの辛抱ですね」
「クーアンも頑張る!」
さっきまで、面白くないという顔だったが、今はそんなこと微塵も感じさせない良い笑顔だった。だが、その笑顔を曇らせように、またあいつらが声を掛けてきた。
「何だ? おチビ共?やけに元気じゃないか?」
「ラッキーなことに戦う必要がないからな」
「大方、このまま一切戦わないで、報酬がもらえると喜んでいるじゃないの?」
「だとしたら、冒険者失格ね、そんなチキン野郎はとっと冒険者を辞めちまいな!!」
俺達を特に敵視するエメラルドの女性冒険者達が、またしつこく絡んできたのだ。こいつらの俺達への激しい敵意は一体何なのだろうか?
ニヤニヤ笑うエメラルドの面々だが、ここで鼻が良いクーアンが何かに気付く。
「クンクン……何か花の香りがする」
クーアンのこの言葉にエメラルド達が、少しだけ、喜びながら反応した。
「あら、やだ! 流石は獣、気づいちゃった?」
「この香水は帝国で、今大流行の代物なの」
「ここへ来る道中で、お店の人に貰ったの……ただでね」
「君達みたいな、美人に献上できて僕は嬉しいって言ってたわね」
「まあ、小便臭いお子ちゃまには、こういった大人の美は理解できないか」
彼女達の顔を良く見ると、メイクなど香水以外にも色々と努力している痕が見受けられる。そのため、顔や肌はつやつやで、髪はサラサラだった。
まあ最近では男でも香水をつける奴はいるが、俺はしていない。そして興味もない。
美にこだわる彼女らに対して、俺達は、水魔法で体や髪を洗うくらいしかやっていないので、彼女達から見れば汚く見えるのは仕方ないかもしれない。
だが、いくら美にうるさい女性でも、冒険者が戦場まで来て化粧をするのはどうなんだろうか?
「いいのですか? 一般人を守るために魔物と戦う冒険者が御化粧なんてしてて」
俺と同じ疑問を抱いたのか、サクラが問いかけた。すると、エメラルドの面々は、大笑いしながらも真面目な顔で答えた。
「何を言っているのこの娘は? 私達はセレン一の美女パーティーよ! ギルドホールだろうが、宿だろうが、戦場だろうが美に気を使うのは当然じゃない」
「貴族の家の子なのに、それくらいの事も理解できないの? ああそうか、お化粧するほどの金もない貧乏貴族なのね。悪い事言ってごめんね」
「ちょっと、あなたそれ言い過ぎ、ぷっぷぷぷぷ」
エメラルドが俺達を見て笑う姿を見て、他の冒険者達からも笑い声がこぼれた。
「何だ、またあの温室貴族達が何かやらかしたのか?」
「「「「ぎゃはっはははは」」」」
よく分からないが、他の奴らがあいつら(いじめの対象)を笑っているから、自分も笑っておこうという感じだ。俺はこういった場面を何度も体験している。
うん、やっぱりこいつらとクラスの連中の知能は同水準だな。
ゲラゲラと笑う冒険者達、だが、その時、その笑い声をかき消すほどの、大声が谷中に木霊した。
「に、逃げろぉーーーーーー!!!]
バベル達、セレンの部隊が声のする背後の方を振り向くと、ガラガラと音を立てて、左右の崖が崩れ去っていた。幸いにも崩壊している部分はバベル達と少しだけ距離が離れているため、バベル達には被害はないが、崩壊している部分の真下にいた冒険者達は落石から逃れようと、他の者を押し退けるように、走りだす。
「早く前に行けーー!」
「ダメだ、後ろへ逃げろーーーー!!!!」
「邪魔だ、どけ!!」
自分の命が惜しいという醜い冒険者の声が谷中に響いたが、幸いにも彼らの生への執念が、彼ら自身を救う。
だが、崩壊そのものによる死傷者は少ないが、崩れ落ちた土砂が壁になり、第三軍は崩落してできた壁を挟んで前後に分断されてしまった。
「おい!これじゃ、退路が絶たれたぞ!」
冒険者の誰かが叫んだが、まさにその通りだ。軍の前方にいたバベル達セレン組を含め、先行していた第三軍の退路は壁によって絶たれてしまった。
「これから、どうするの?」
「何によ、これ?」
先ほどまで、バベル達を馬鹿にしていたセレンの冒険者を含め、退路を断たれた冒険者が不安そうな声を上げる。
どうしていいのか分からずに皆、混乱した状況が続いたが、しばらくすると事態の解明のため、今まで列の先頭にいた第三軍の司令官であるカリヤが直属の部下数人と共にやってきた。
「これは、どういうことだ!!」
慌てて駆けつけたカリヤは、現場に居合わせた冒険者達から事情を尋ねた。カリヤの問いに対して、何人かの冒険者が自分が見たこと話す。
「突然、左右の崖が崩れて、こうなったんです」
「何が起きたかは俺達にも分かりやせん」
「ただ、退路を断たれたのは事実でしょう」
要領の得ない冒険者達の答えに満足していないのか、カリヤは不満そうな顔ではあったが、少ない状況から適切に対応をすべく、連れてきた部下に質問をする。
「おい、どの程度の戦力が壁のこちら側にいる?」
「恐らく、半数弱かと」
「一万五千弱か……それくらいならば、問題ないな。他の軍に遅れるわけには行かない、壁の向こう側の連中は置いて、先へ進むぞ!」
司令部からの伝令で他の軍が順調だと焦っていたカリヤは、半数の戦力でも進むことを選んだ。だが、カリヤの部下が流石に半数も脱落したのはまずいのでは、と言いかけた所で、谷中の全てに届くかのような大声が響いた。
『ウィッハッハッハーーーー、ごきげんよう人間共!! 俺様の名前はベリアル!! ルキフグス様に仕える三公爵の一人だ! 今お前達がいるところから少し歩くと、開けた場所があるので、そこで待っているぞ!!!』
余りの音量のためか、最後の待っているぞという声が何度も谷中を木霊した。また、その声のデカさはクーアンが耳を頭に押し付けて、その上から両手で抑えるほどだった。
「ベリアルだと!三公爵の一人か、ということはこれは敵の罠ということか、おのれ! 全軍突撃!!敵を撃て!!」
敵によって半数の戦力を失ったカリヤは、他の軍との侵攻具合を焦るあまりに、さらなる敵の罠の存在する可能性を投げ捨てて、前進という命令を下す。
こうして、分断された第三軍の半数、およそ一万五千人の冒険者達は、危険を顧みずに、敵将の声がする方を目指して前進を開始した。
0時くらいにもう一本投稿する予定です。




