覚醒
ゾンビとなった二条白雪の姿を見て、高木は思わず剣を手放してしまった。戦闘中にそんなことをすれば自殺行為だが、敵である魔王アドラメレクはこの光景をおもしろそうに見ていたため、何もしなかった。
「高木君どこ?どこにいるの?」
「…本当に白雪なのか?」
再会を果たした高木と二条、だが、二条白雪はすでにすでに死んでおり、魔王アスモデウスに偽りの命を与えられたゾンビに過ぎなかった。高木の脳は目の前にいる少女はただのゾンビだと理解しているが、体が心が二条を求めた。
「高木君どこ?ねえ、どこにいるの?」
「ここだ、俺、高木拓斗はここにいるぞ」
ゾンビには生者を感知する機能はあるが、目など五感の機能は失われていた。なので、二条は目の前に求めるべき高木がいるのにも関わらず辺りを彷徨った。
高木への未練だけでゾンビとして蘇った二条には思考する力はない。あるのは高木への恋慕と生者への恨み、そして主であるアスモデウスの命令を聞くということだけである。
「店で見かけてた時、君とその少女は恋人のようでしたわ。なので、この対面にさぞは嬉しいのではありませんか?」
言葉使いは淑女のようであったが、そう言っているアスモデウスの顔は悪魔そのものであった。まるで喜劇を楽しんでいる顔だ。
「白雪、白雪」
だが、最愛の少女に再会できた喜びのあまり、悦に浸るアスモデウスの声は高木の耳には届いてなかった。
高木は彷徨う二条に手を伸ばし、その体を抱きしめた。二条の体はゾンビであるため、体は冷たいはずだが、それでも高木は確かな温もりを感じた。
「白雪ずっと探していた、会いかった」
嗚咽を溢しながら、二条を抱きしめる高木。しばらくの間、ようやく再会できた喜びに浸ったが高木はやがてあることに気付いた。
「白雪?」
高木が抱きしめてから二条は何一つ反応を示さなかったのだ。うめき声一つ上げないどころか。二条の体を重く感じていたのだ。
高木は恐る恐る二条の顔を見た。生気のないその顔を見て高木は瞬時に知った。二条はもはやゾンビではなくただの死体になっていたことを。
「えっ、なんで?」
戸惑う高木。だが、何故二条がただの死体になったのか彼は知っていた。知っていたが、頭がその考えに至らないように思考を妨げていた。だが、その光景を見て、答えに辿りついてしまったアスモデウスが無常にも告げた。
「なるほど、これは面白いですね。情報通りあなたの持つ〈愚者〉の力は触れただけで、勇者や魔王が持つ〈神の恩恵〉を無効にするようですわね」
言うな、言わないでくれ、高木は心の中で叫んだ。
「〈愚者〉を持つあなたが、そのゾンビ化したその少女に触れたことで、私の〈無感動〉は無効化され解除された。私の支配から逃れましたが、元々が死体だったので能力を無効化されてもただの死体に戻るだけということですか」
そして、アスモデウスは高木が最も考えたくないことを告げた。
「つまり、あなたがその子を殺したわけですね」
「わあああああああー」
意図せず自分の手で二条を殺してしまった事実から背けるために、高木は絶叫した。
「違う、違う、俺じゃない。白雪はすでに死んでいた。だから成仏させたんだ。奴も言っていたではないか、死体の未練を呼び覚ましているだけだと」
だが、ゾンビ化していた二条を見ていた高木は二条が死んでいたことを受け入れられないでいた。高木は二条が死んだところを見ていないのだ。だからこそ、自分の手で殺してしまったという罪の意識に苛まれた。
「お前が殺した」
「お前が無力だったから彼女は死んだ」
「お前が軽率だったから彼女は死んだ」
高木の心を折るために、アスモデウスは何度も囁いた。アスモデウスはサキュバスを依代に受肉していた。多少は整合性が取れなくてもサキュバスの囁きには聞く者の心を惑わす効果がある。そして、その囁きを聞き、力を失ったかのように高木は地面の蹲った。
「高木殿しっかりするんじゃ!」
高木の後方で事の成り行きを見守っていたウドーが叫んだ。その声を煩わしく思ったのか、アスモデウスは再び指を鳴らした。すると、パイプから再びゾンビの群れが出てきて、ウドーを襲った。
「やめろ!止めてくれ、高木殿助けてくれー」
生者を恨むゾンビ達はウドーに襲い掛かり、手でウドーの首を絞めた。息ができなくなったウドーは高木に助けを求めるが、地に蹲る高木の耳には届かなかった。
ウドーはしばらくは暴れて抵抗するも、ついにこと切れた。ウドーの死を確認したアスモデウスは最後に高木に楽しませてくれたお礼を言う。
「ありがとう、勇者高木。久しぶりに面白いものが見れたわ。さて、他の侵入者も倒さなければならないので、そろそろお開きにしましょう。心配しなくても、あなたの死体は私が利用するから安心して死んでね」
アスモデウスは、ゾンビ達に高木を殺すように命令を下した。ゾンビ達の魔の手が高木に迫る。このままでは無抵抗のまま高木はゾンビに殺されるだろう。しかしそうはならなかった。
「もうどうにもなれ」
全てを諦めた高木が小さく呟いた。その瞬間、高木の体から尋常ではないほどの魔力が放出された。
「一体何が?」
状況がつかめないアスモデウスであったが、すぐにあることに思い至った。
「まさか!?いやしかし、…しまった!この男は魔界に行ったことがあった!」
それは、この世界において片手で数えるほどしか起きていない現象だ。そう人間が悪魔に堕ちる時に発生する現象だ。
精神生命体である悪魔が生まれるパターンは二つある。一つは魔界に充満している負の魔力といえる瘴気が集まって自我を形成し誕生するパターンだ。この場合は下級悪魔しか誕生しないが、大多数の悪魔はこのパターンから生まれた。
もう一つのパターンは異なる種族が瘴気を体内に取り込むんだ上でその生物が負の感情を爆発させることで悪魔へと姿を変えるパターンだ。このパターンで悪魔になるのは天使など高位生命体がほとんどだが、極稀に人間が悪魔になるという例が存在していた。あまりにも稀過ぎてアスモデウスですらその可能性を除外してしまう例だが、それが現実のものとなった。
悪魔は精神生命体だ。魔界以外の世界で物体に干渉するには肉の器が必要だ。悪魔達はこの受肉するための肉体を得るだけでもかなりの苦労を強いるが、幸いにも高木には自分が今まで使っていた体という最高の肉体が目の前にあった。
悪魔になった高木の魂の影響を受けて、高木の肉体も変化した。体は一回り大きくなり、爪は伸び、髪も腰くらいまで伸びた。そして背中には一対の漆黒の翼が生えた。
「何この魔力ありえない」
アスモデウスは体の変化よりも高木の内包する自分どころか第三魔王ルキフグスにさえ迫る魔力に恐怖した。他種族が悪魔化した場合、かなりの確率で絶大な魔力を得るが、高木の魔力の上昇率は異常だったのだ。
一気に形勢が逆転しまったため、どうするか思案するアスモデウスだが、彼女が考えることができたのはここまでだった。高木が腕を振るったとアスモデウスが認識した時には彼女の首は刎ね飛ばされていたのだ。最後の言葉を発することなくアスモデウスはガイアを去った。
肉体を失ったことでアスモデウスの魂は魔界へと強制送還される。力を大きく失った彼女が他の世界に干渉するためには数百年の時が必要だろう。
アスモデウスが倒されたことで、ゾンビ達は活動を停止し、ただの死体へと戻った。倒れ行くゾンビを横目に見ながら高木は二条の体に寄り添った。自分は悪魔になり、凄まじい魔力を手にしたがそれでも二条はもう戻ってこないと感じていた。だが、それでも高木は二条と共にいたかったのだ。
高木がしばらくの間、二条と一緒にいる風景を妄想してると、ふいにパイプから声が聞こえてきた。
「アスモデウスが何か企んでいると思って、後をつけていたら面白いものが見れたな。人が悪魔に堕ちるなど滅多に見れるものではないからな」
パイプから姿を現したのは黒川華凛全ての元凶だ。高木は怒りのままに黒川に攻撃しようとする。だが、黒川の一言を聞き攻撃するのを止めた。
「二条を蘇らせたくはないか?ゾンビなどではなく本当の蘇生だ」
それは、まさに悪魔の囁きだった。そして、それは高木の怒りを止めるには十分だった。
「蘇生魔法はないと聞く、〈神の恩恵〉でも無関係の者は蘇生できないはずだ。どうやって蘇生させる?」
「それは企業秘密だ。簡単には教えられない」
高木は全ての元凶たる黒川を前にしてギリギりの所で怒りを抑えていた。怒りを抑えられたのは愛する女を助けられる可能性が少しでもあるからだ。
そんな、高木の心を見透かすように、黒川は畳掛けた。
「ただし、条件がある。二条以外の全てを諦めろ、それが条件だ」
「どういうことだ?」
「二条白雪を助けたければ、他の勇者全てを敵に回して私の命令だけを聞け」
高木は迷った。黒川の条件を飲むということは、自分のために兵を出してくれた津田や、王宮に置いて来たクラスメイト達を裏切ることになるからだ。だから、高木は首を横に振った。
「俺は、白雪に助けられて、みんなと和解した。今更裏切れない」
決心が固い高木に対して呆れながら黒川は言う。
「一度は見捨てられたクラスの連中を信じるのか?お前が強くなった途端に手のひらを返した連中だぞ」
「くっ、しかし」
「まあ待て、最後まで言わせろ」
黒川はじっくり話すためか壁に寄りかかった。
「正直言って、お前はこの世界の人間がどうなろうと構わないだろう?二条そして最低でもクラスの連中さえ無事ではそれでいいのではないか?その証拠にお前は自分をここまで案内してくれたそこの騎士を助けようとしなかった」
黒川が指指す方を見ると、ゾンビに殺されたウドーの死体があった。心の奥に密かに抱いていた事を見透かされ高木は少しだけ恐怖した。
「それに私は知っているぞ。お前が王都から逃げ出した時、助けて欲しいと声を上げる王都の民を無視したのを」
「それは、白雪の能力のせいで体が思うように動かなくて」
「ここで恋人のせいにするとは傑作だな」
笑い声を上げる黒川。それに対して高木の心はボロボロだった。
「逃亡中、やましい事は何一つしなかったか?食料はどうした?王都中の人間が逃げ出す大混乱だ。何してもバレなかっただろう」
高木は津田の元へ逃げる際の事を思い出して、自分の行動を恥じた。
「まあ気にするな、あれは異常事態だ。日本であれば災害時には物資をみんなに平等に分配するが、外国特に発展途上国を見てみろ、命掛けの争奪戦だぞ。それに歴史に名を遺す偉人ならまだしも、お前はただの高校生だ。悪いことの一つや二つをして当然だ」
それは甘言だった。高木の心は大きくは傾きつつあった。ここが勝負所だと黒川は高木にまだ他の誰にも言っていないある事実を告げた。
「それは本当なのか?」
「証明するものはない。私の言葉を信じるかはお前次第だ」
その事実は高木にとって無視できないものであり、彼が仲間を捨てるには十分なものだった。
「それにお前はもう悪魔だ。勇者の敵だ。仲間達はお前を受け入れないだろう」
黒川は気をきかせたのか、魔法で水鏡を用意した。高木は自分の姿を改めて見た。その姿は化け物そのものだった。もう人間の世界にはいられないだろう。
「分かった、お前に従う。だからせめて約束は守ってくれ」
「ああ、約束だ。二条は私が責任を持って蘇生して見せよう」
こうして握手は交わさなかったが、二人は共謀関係になった。




