告白
一度でも楽を覚えるとそこから抜け出すのは一苦労だ。しかし、努力の果てに強者として帰還した俺を見て勇者達は考えを改めた。
クラスメイト達との和解の後、彼らは人が変わったかのように堕落した生活から抜け出し、訓練に勤しみ始める。皆、以前から堕落した今の生活のままではダメと考えてはいたが、行動に踏み切れずにいたそうだ。
彼らの中には、ほんの僅かなやる気が残っていたのだ。俺がやったのは踏み出せずにいた彼らの背中を押したに過ぎない。小さな一歩であるがそれを前進という。前に進むことができれば、何かを変えることができる。心を入れ替えて訓練に挑む彼らの姿を見て俺はそう信じることにした。
訓練では俺が教師役となり、魔界で得た戦闘技術を叩きこむことになった。過去のいきさつを捨て、対等の関係で教え合うことで、充足した日々が過ぎて行く。
そして和解から三日後の今日、黒川が言っていた新Aランク冒険者の授与式の日を迎えた。
新たなAランク冒険者の姿を見ようと王国中から人が集まり、王宮内にも授与式に参列するために地方の貴族がやって来た。式に箔をつけるため俺達勇者にも参列の要請があったため、商売に忙しい黒川を除く王宮にいる勇者全員が式に参加した。
かつて俺達が転移してきた場所、玉座の間でもある城の大広間には真紅のレッドカーペットが敷かれ、多数の貴族、文官、武官が部屋中を埋め尽くした。俺達勇者も目立つ場所にということで玉座のすぐ近くに案内された。
「これより、新たなAランク冒険者様が入室致します。皆様拍手でお出迎えしてください!」
ファンファーレが鳴り響き、大広間の扉が開く。中に入ってきた二人の美女の余りの美しさに室内が静まり返った。
冒険者ならば、普段は鎧などを着ているのだろう。しかし、今日は祝いの日とのことで二人ともドレスを着ている。メイルという赤毛の少女は白いドレスに金の首飾り、リサという茶髪の女性は青いドレスにエメラルドで作られた髪飾りをつけていた。
二人の美女は祝いの音楽が鳴り響く中を、二人の美女は少し緊張した足運びでレッドカーペットを進む。
勇者達の前の通過した時、何人かが余りの美しさに言葉を溢したが、大広間を満たすメロディーにかき消されてしまった。
二人の美女は国王が座る玉座の前まで来ると、そこで膝を折り頭を下げた。
「え~では、これより、新たなAランク冒険者がどのような偉業を果たしたのかをご説明する」
長いひげが生えた大臣が、二人の冒険者がどのような経緯でAランク冒険者になったのかにいきさつを語る。
セレンの街で有力の冒険者であった二人は、勇者である津田と協力して魔王アドラメレクを撃破した。次にアドラメレク亡き後も残る魔王の配下であった数万の魔物の群れの討伐の指揮を執り、セレンの街を救ったそうだ。
王国に対して攻撃してきた唯一の魔王アドラメレクの脅威からローレンス王国を解放した。これが二人がAランク冒険者に昇格した理由だ。
「話には聞いてたけど、津田君、あんな美人と協力して魔王を倒したんだ。少し羨ましいね」
二条が溢した言葉に俺を含め、何人かが同意した。あんな美人とお近づきになれるのなら、魔王との戦闘など大したことないように思えてきた。
大臣の話が終わり次のプログラムに移ろうとした時、突如、慌てた様子で息を切らした一人の騎士が大広間に入ってきた。
「無礼者!!今は大事な式の最中であるぞ、持ち場に戻れ!」
式を妨害したと判断し、バルトライル騎士団長が叱責した。しかし、騎士団長の叱責に意も変えず、騎士は叫ぶ。
「大変です!王宮内に侵入者です。また王都の各地に悪魔が出現しました!!」
敵襲の知らせに驚く参列者一同、当然だ。この王都には女神が施した結界が張っているため、魔の者は力を出し切れない、そのため長らく魔王の直接的侵攻からは無縁の地であったからだ。
馬鹿な、本当か等の声が飛び交う大広間。ありえないはずの攻撃にどう対処しようかと王国のお偉いさんが思案している最中にまた新たな人影が大広間に入ってきた。
「ハッロ~、王国の人達元気にしてる~?」
陽気な声を上げて入ってきたのは、なんと商売で忙しいと言って出席を辞退した黒川だった。三日前に見た二人の従業員に加え、明らかに気怠そうな青年と三十歳くらいの太った女性を連れ、黒川は物怖じもせずレッドカーペットを進み、扉と玉座の中央付近で止まった。
突然の登場にざわめく参列者だが、事態を落ち着かせようと司会役の大臣が声を上げた。
「黒川殿、これはどういうことですかな。貴殿がこの式に不参加なのは聞いておりましたが」
大臣の問いに対して黒川は笑いながら返した。
「今日は君達にお礼をするために来たのだよ。私の商売に色々と支援してくれてありがとう」
「でしたら、時と場所を選んでください。今日は大事な式の日ですぞ」
黒川と大臣の会話に対して参列者は固唾を飲んで見守っていたが、勇者達は普段物静かだった黒川が、饒舌に喋る姿を見て驚いている。
「華凛ちゃんは調子に乗ると、人が変わるようにベラベラ喋るよ」
黒川のことをよく知っている二条が、クラスのみんなに本当の黒川の姿を教えて上げた。しかし、黒川のことを良く知っていると自称する二条は凄惨な笑みを浮かべる黒川の姿を見て、不安になったのか二条は俺の手を握ってきた。
無意識か、それとも、俺は何も言わずに受け入れた。
「さて諸君、この式に花を添えるために私から一つ贈り物をしよう」
あの笑顔はもう人間の出せるものではない、と思った矢先、黒川が指を鳴らした。
次の瞬間、黒川が連れてきた四人から凄まじい魔力が放たれ、会場を包みこむ。黒川は自分の口から紹介したいようであったが、その凄まじい魔力を感じて会場にいたすべての者がその正体に気付いた。
「では、紹介しよう。この太った女性が第九魔王、不安定のリリス。めんどくさそうしている青年が第六魔王、醜悪のベルフェゴール。妙齢の美女が第五魔王、残酷のアスモデウス。そして最後に熊のぬいぐるみを持った幼女が第四魔王、無感動のアスタロトちゃんだ!」
大広間にいた人間が誰一人としてパニック状態にならなかったのは、あまりの恐怖で思考が停止したからに違いない。
一体一体が凄まじい魔力を放つ魔王。それが四体。しかも王国の上層部が集まるこの大広間現れた。これがどういうことを意味するのか。瞬時に理解できたのはほんの一握りだろう。
チェックメイト。
今日、ローレンス王国、最後の日を迎えるだろう。
静寂が大広間を包む、次第に大きくなる参列者の鼓動の音が徐々に静寂を切り裂いていく。
俺も呼吸以外、体を動かすことができなかった。よくよく考えてみれば、あれだけの思いをしたのにも関わらず、死ぬことがない魔界では恐怖を感じなかった。
手足が震える。あの者達の顔を見ることもできない。そうかこれが恐怖か。生まれて初めて感じた恐怖に、俺の体を支配されつつあった。
その時、このまま生きることを諦め石像のようになってしまう俺の右手何者かが引っ張り、体ごと後ろの方に引っ張った。そのまま、引っ張られる右手に導かれるように、俺は一番近くにあった扉をくくり大広間を出た。
突然、高木達が大広間を出る姿を見ても、参列者は誰一人として動けずにいた。
「おい、リリス!確かお前のクリフォト能力〈不安定〉は、お前の周囲にいる者の中で、少しでも不安な気持ちを持つ奴の動きを封じるはずだよな。なのに何故、あの二人は動けたのだ?」
そう、リリスの能力で動きを封じたと思った黒川も、あの二人が突然動き出して大広間を出て行ってしまったのに驚き、あっけに取られてしまったのだ。
「二人とも勇者のようでしたが、どうしますか?追いますか?」
アスモデウスは黒川に四体もの魔王から逃げ出した者の処遇を尋ねる。
「放っておけ、なぜ動けたのか気になるが、場内のほとんどは私の悪魔達が制圧している。雑魚で無能の高木では悪魔には勝てないないだろう。もう一人、一緒に逃げた奴のアルカナ能力も戦闘向きではないからな」
黒川は蔑むように言うと再び笑みを浮かべ、ローレンス王国国王、ガイウス七世に向かって尋ねた。
「さて、国王。最後に言い残すことはあるかな?」
仲間達を置いて俺を大広間から連れ出したのは二条だった。俺達はそこら中悪魔だらけの城内を出口に向かって走っている。
「酷い、なんで華凛ちゃんこんなことを」
城内でいくつもの死体を見て、友達だと思っていた黒川の所業を悲しんだ二条が弱気な言葉を溢す。先ほどからいつものような元気さはなく、敵地になったかもしれないのに手を繋いだまま、顔を伏せ、先導して前を走っていた。
「危ない!二条前だ!」
「えっ」
角を曲がった時、突如一体の悪魔が攻撃を仕掛けてきた。不幸なことに、俺の利き手は二条と繋いだままだったので、初動が遅れる。
「くっ!」
斧を振り回す悪魔の攻撃を二条は右足を犠牲にして止めた。斧の先端部分が二条の右足に突き刺さったため動きを止めることに成功したのだ。
「このぉー!」
式に参列していたため、武器を所持していない俺は空いている方の手に魔力を集中し、悪魔の顔面に向け拳を放った。パンチ一発で悪魔の頭部は吹き飛び活動を停止した。
「うっ、痛い!」
俺はすぐに、足に傷を負った二条を容態を見た。切断こそ免れたものも辛うじて繋がっている状態だ。とてもじゃないが、走ることなど不可能だ。
それでも俺は二条と一緒に逃げたくて、壁に寄りかかりながら、床に座り込んでいた二条の体を抱え込もうとした。だが、その行為に二条は待ったを掛けた。
「もういいよ、高木君。もう右足が動かない。このままじゃ私はお荷物になるよ」
「何を言うんだ二条!!あそこから俺を連れだしたのはお前だろう!お前と一緒に逃げないでどうする?」
柄にもなく、叫ぶ俺の言葉に耳を傾けず息を切らしながら二条は言った。
「聞いて!高木君。華凛ちゃんが何を考えているかは分からないけど、もうこの王都はお終い。このままではみんな殺される。だからあなただけでも逃げて!」
「何を言っている二条、諦めるな!?お前も一緒に逃げるんだ」
「ふふっ、いつも冷静な高木君が泣きながら慌ててるところ初めてみた。いじめられている時も、あなたは泣きもせず毎日耐えていたね」
俺はいつの間にか、目から涙を流していた。
「隣国にいる朝倉さん達と合流するのには時間がかかるから、あなたはひとまず、セレンという街の近くにいる津田君の元を尋ねて今後のことを話し合って!」
「くっ!二条、俺がお前を置いて津田の所に行くと思っているのか?!」
二条は笑いながら、首を横に振った。ここにいれば確実に殺される。彼女も俺が自分を置いて逃げるとは思っていないようだ。
「だから、高木君に逃げてもらうために、魔法をかけるわ」
一体何をと言おうとしたが、真剣な眼差しで言う二条に声が出せなかった。
「私は高木拓斗君、あなたが好きです。あなたが元の世界に彼女がいるのを知ってるけどそれでも好きです。返答は?」
突然の愛の告白に、頭の中が真っ白になった。だが、迷うことはない。俺の心はもう決まっている。
「俺から告ろうとしたのに先を越されたな、残念だ」
俺が答えた瞬間、二条は抱き着いて来た。俺も二条の体を抱きしめ、そのまま口づけを交わした。恐らく数秒だっただろう。しかし俺には永遠にも感じられた。
そして、お互いに体を離した。
「二条いや白雪、俺が彼女を置いて逃げ出すような奴に見えるか?」
自信たっぷりに言った俺に対して、何故か白雪は悲しそうな表情をした。
「そんな、酷い奴を私が好きになるわけないじゃない。でもごめんね。それでもあなたは私を捨てて津田君を選ぶわ」
そんなわけないだろうと言おうとしたが、突然、俺の意思に反して体が動き出した。
「これは、どうなっている!体の自由が聞かない!!」
戸惑う俺に白雪が答えた。
「言ってなかったね。私のアルカナ能力は〈恋人〉、キスした相手を操る能力。アルカナ能力を無効にする高木君には効かないと思ったけど、予想通り、告白して動揺して心が乱れたね。無効能力を持っていても、気持ちで負ければ発動しないようね」
白雪の言葉はほとんど入ってこない。自分の体を止めるのに精一杯だ。しかし、俺の意思に反し白雪を置いて俺の体は走りだした。
「くっそ!!なんでだ。止まれ俺の体!」
足が止まらない。俺は辛うじて、動く頭を後ろに向けた。俺が最後に見た白雪の姿は壁に横たわり、笑顔で手を振る姿だった。
「高木君、生きて」
最後にそう聞こえてような気がした。
王宮を出た所で俺は決意した。白雪を助けると、みんなを助けると。例えそれが叶わなくてもせめて仇を討つと。黒川そして魔王達に。
「津田お前は一度、魔王を倒しているな。ならば協力させてもらうぞ」
心を鬼にして悪魔達に襲われ悲鳴を上げる人達の声を聞き流しながら、俺はグレース通りを城門に向かって走りだした。




